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よく燃えた蝋燭には名がなく、煤を吐いた十本にだけ私の名が戻ります

作者: 豆田 はち
掲載日:2026/09/01

「ごほっ」


 白い布に、黒い筋が一本。二本。三本。


 煤は遠慮を知らない。ついでに家族も知らない。


「シネイド。返品だ」


 兄のドラガンが作業台へ十本の蝋燭を転がした。札には私の名がある。昨日まではなかった名だ。


 その冬、私は硬い獣脂を温水で三度洗った。洗って静置し、水と滓を落とす。それを三回。百本の蝋燭は煙も出さず、兄の完成札を付けて売られた。


「精製、シネイド」


 私が下書きした札を、兄は裏返した。


「完成品に必要なのは家の信用だ」


 なるほど。よく燃えると、私の名は裏へ回るらしい。


 そして洗浄不足の脂で作られた十本が煤を吐くと、名は表へ帰ってきた。札というものは火より身軽である。


「この脂は私が洗ったものではありません」


「お前の札が付いている」


「今、付けましたね」


「責任者は私だ。誰が付けたかも私が決める」


 便利な役職だ。火まで命令を聞けばよかったのに。


 私は返品された十本と、自分が残しておいた見本を指した。


「一本ずつ燃やしましょう」


「客を待たせる気か」


 待たせられたのは火ではなく私だった。試験の席は用意されず、弁償分だけが給金の欄へきっちり座った。


 百本の売上は兄へ。十本の煤は私へ。


 家業というものは、足し算より配分が難しい。


    *    *    *


 二度目は、灯芯が太った。


「五撚りで、と札に書きました」


「七撚りのほうが明るい」


 ドラガンはそう言って、木綿芯を二本分も肥えさせた。


 夏越しの柔らかい脂に七撚り。火は景気よく脂を食べた。大食漢である。明るさだけは立派、燃える時間は短い。宴会なら人気者、宿屋なら食費のかかる居候だ。


 注文主は三晩分として買った蝋燭を二晩で使い切り、不足分を請求した。


 完成札は兄の名だったはずなのに、戻ってきた箱には私の札が結ばれていた。名札の脚が速い。そろそろ競走へ出したい。


「指定を変えたのは兄さんです」


「芯を選ぶのも精製師の仕事だろう」


「脂の硬さに合わせて五撚りを選びました」


「結果が悪かった」


「結果へ行く途中に、あなたが七撚りへ曲げました」


 ドラガンは給金控えへ数字を書いた。私の言葉より太く、七撚りより迷いがない。


「家の損失は家の者が負う」


「売上のときは家の者に数えられていませんでしたが」


「口答えの分まで引かれたいのか」


 声まで太くなった。反論しない相手へ向けると、兄の声はよく燃える。煙も多い。


 五撚りの見本、七撚りの返品、同じ長さの蝋燭。作業台には全部そろっていた。ただし、火を点ける許可だけがなかった。


 不足分は私の給金から引かれた。


 一度目が十本。二度目が二晩分。


 三度目に何が戻ってくるか、私はもう驚かないつもりだった。


 驚きにも給金が出るなら、話は別だが。


    *    *    *


 三度目は、人が来た。


 宿屋の女将ブロナは工房へ入るなり、煤で黒くなった布をドラガンの完成札へ叩きつけた。


「実際に脂を洗った者を出しな」


「当工房の品は、すべて家の管理下で——」


「家が蝋燭を洗うのかい」


 ブロナは私を見つけ、黒い布と一緒に荷馬車へ積んだ。扱いは布より丁寧だったので、ひとまず客として数えておく。


 宿屋は十八室。そのうち十二室で、新しく納めた蝋燭が壁と天井を燻していた。厨房係の白い前掛けにも黒い指跡。夜番は空の布籠を抱え、使用済みの布の山を顎で示した。


「一晩でこれだ」


「見事ですね。洗濯屋なら祝杯を上げます」


「宿屋は上げないよ」


 帳場では、レンナルトさんが客室ごとの使用本数を帳面に並べていた。背筋も数字もまっすぐ。曲がっているのは眉間だけだ。


「精製師殿。十二室、各四本。壁布の洗浄費。燭台の磨き直し。合計はこれです」


 差し出された数字は、私の半年分の給金より元気だった。


「私に弁償を?」


「返品札にあなたの名がある」


「完成札には兄の名があります」


「工房は、精製を担当したのはあなただと回答した」


「よく燃えた品では、私は工房の床板だったようですが」


「床板?」


「帳面に書ける言葉へ直すなら、売上の分配対象外です」


「最初からそう言ってください」


 ブロナが黒い布を帳面の上へ置いた。


「数字がお好きなら、まず黒を一つ」


「叔母上、帳面が汚れます」


「客室は十二だよ」


 レンナルトさんの口が横一文字になった。黒一つ対、客室十二。ブロナの勝ち。採点するまでもない。


「この納品で出た損失にしか興味はありません」


「結構です。私も燃えない家族愛には興味がありません」


 返品札には私の名だけが書かれていた。


 レンナルトさんの右手が、その札の上で止まった。


 一つ、二つ。


 彼は眉を寄せ、私の名と帳面を見比べた。転記する位置を探しているのだろう。帳面に住む人は、名前にも欄がないと困る。


「弁償の前に検算をします」


「工房の完成札は確認済みです」


「札を燃やす宿なら、確認はそれで十分です」


「蝋燭を燃やす宿です」


「では、話が早い」


 私は持参した見本箱を開けた。冬の硬い脂で作った蝋燭と、返品された夏越しの柔らかい脂。三撚り、五撚り、七撚りの木綿芯。レンナルトさんの目が、帳面から初めて火のない蝋燭へ移った。


「条件をそろえます。同じ部屋。同じ長さ。同じ型の燭台。脂は二種、芯は三種、それぞれ二本。合計十二本」


「四時間ごとに記録します」


「違います。四時間、同時に燃やして一時間ごとに記録します」


「なぜ」


「十二本を四時間ずつ順番に燃やしたら二日です。お客様が先に帰ります」


「……話を蝋燭へ戻してください」


 ブロナが鼻を鳴らした。厨房係が十二脚の燭台を運び、夜番が壁の白い客室を一つ空けた。


「一本ずつ燃やしましょう」


 私は十二本を机へ並べた。


 一本目。長さを指でそろえる。


 二本目。芯を切る。


 三本目。煤受けの白紙を燭台の後ろへ立てる。


 四本目で、レンナルトさんが帳面を開いた。


「太い芯は大食漢です」


「七撚りは燃料消費が多い、と書きます」


「情緒が死にました」


「帳面は生きています」


「では、こちらは風呂嫌い」


「洗浄不足」


「かわいげがない」


「蝋燭に求めていません」


 十二の火が点いた。


 三撚りの炎は細い。冬の硬い脂には少々頼りなく、炎の周りへ溶け残りが輪になった。


 五撚りは火と脂の減り方がそろう。炎は揺れても煤受けの紙は白い。


 七撚りは明るい。明るく、よく食べ、柔らかい脂を吸い上げ、黒い筋を吐いた。


「大食漢」


「七撚り」


「そこは負けませんね」


「記録ですから」


 一時間目。レンナルトさんが燃えた長さを測った。


 二時間目。私が芯先の茸を切り、煤の筋へ番号を振った。


 三時間目。ブロナが茶を置き、最も黒い紙だけレンナルトさんの肘元へ寄せた。


「叔母上」


「数字の隣が好きかと思ってね」


 四時間目。火を消す。


 厨房係が窓を開け、夜番が燃え残りを順に机へ並べた。


「三撚りは脂を残す。七撚りは脂を食べすぎて煤を出す。五撚りは四時間でこの長さ」


 レンナルトさんはそれぞれの重さを量った。


「返品された品は、七撚りです」


「ええ。脂も私の見本と違います。色が濃く、夏越しで柔らかい。洗浄は一度、多くても二度。鼻を近づけますか」


「必要ありません」


「賢明です。風呂嫌いは近づくと主張が強いので」


 彼は帳面へ「未洗浄」と書きかけた。


「一度は洗っています」


「なぜわかる」


「一度も洗わない脂は、もっと威張ります」


「帳面語で」


「滓の量です」


 レンナルトさんは「滓、多」と直した。帳面のかわいげは今夜も絶滅している。


 だが、脂と芯の組み合わせが悪いことだけでは、私の脂が使われていない証明にはならない。


 ブロナは帳場から古い受払帳を持ってきた。工房の老番頭が、今回の納品を引き渡した際に置いていった控えだという。


「完成札だけで数を合わせると、脂の量が余るんだよ」


 レンナルトさんの右手が、今度はすぐに帳面を引き寄せた。


 私は季節帳を横へ置く。冬に精製した硬い脂、百本分。夏越しの桶、四十八本分。宿への納品、四十八本。数字だけなら仲のよい一家だ。


「冬脂の受取量は、百本を作って少し残る量です」


「実際に売られた良品も百本」


「私の脂は、そこで使い切られています。宿へ来た四十八本に回せる分はありません」


 老番頭の受払帳には、冬脂の桶が別の納品先へ移された日と、空になった日が書かれている。その翌日、夏越し脂の桶が蝋燭台へ出された。灯芯の払い出しは七撚り四十八本分。


 燃え残り。煤の筋。季節帳。受払帳。


 四つ並べると、完成札だけがひどく居心地悪そうだった。紙に同情はしない。こちらは二度、給金を食われている。


「あなたが三度洗った脂は、別の納品へ使われた」


 レンナルトさんが言った。


「宿へ納められたのは、洗浄不足の夏越し脂。芯は七撚り」


「はい」


「それに、あなたの返品札を付けた」


「そこだけは大変よく洗練された手順です」


「精製師殿」


「シネイドです。返品札で確認できます」


 彼は私の名を見た。右手はもう札の上になかった。帳面の弁償額へ一本、太い線を引く。


「シネイド。あなたを疑い、弁償を求めた。すまなかった」


 名前が一つ進んだ。


 ただし謝罪は火ではない。蝋燭も、壁布も、仕事のやり方も、それだけでは白くならない。


「確認しました」


「それだけですか」


「帳面に印を付けるところです。謝罪一件。損失は未回復」


 ブロナが茶をすすった。


「いい精製師だね」


「厳しい精製師です」


「帳面よりは、かわいげがあります」


 レンナルトさんは反論する前に、黒い布を帳面からどけた。


 遅い。今夜の採点はもう終わっている。


    *    *    *


 翌朝、ドラガンは代金の返却を拒んだ。


「検査の方法に問題がある。宿の燭台か、部屋の風かもしれない」


 昨夜、同じ部屋で十二本を燃やしたばかりだ。兄の言い分だけ、窓を閉めてもよく飛ぶ。


 ブロナが燃え残りを机へ置くと、ドラガンの声は七撚りから三撚りになった。


「補償として、処分予定の未精製脂を渡す。今後の取引は解消する。それで十分だろう」


 十分ではない。だが、実家と話す一刻は、未精製脂一桶より臭う。


「いただきます」


「そんなものを?」


「三度洗えば使えます」


「家の設備なしで何ができる」


 ドラガンは私の名を消した完成札を裏返した。


「家の名を外して売れると思うな」


 私は札ではなく、処分予定と書かれた桶を受け取った。


「では、燃えるほうを売ります」


 代金の返却も、謝罪も、兄の改心も持ち帰らなかった。重い桶だけで荷車は十分沈んだ。


 宿屋の裏には、薪置き場だった空き作業室があった。窓が一つ、煉瓦の炉が一つ、雨漏りが二か所。ブロナは家賃を示し、レンナルトさんは鍵を出した。


「宿屋の損失を回収するまでの臨時契約です」


「売上以外には興味がありませんものね」


「そのとおりです」


 彼の右耳が、鍵より先にこちらを向いた。耳は帳面に書けないので放置する。


 新工房の鍵は私が受け取った。


 最初の朝、処分予定の未精製脂を温水へ入れると、作業室は盛大に獣の自己主張で満たされた。


「窓を開けます」


「閉めてください。冷えると脂が固まります」


「では、どうすれば」


「慣れてください」


「帳面に書けません」


「鼻で覚える項目です」


 レンナルトさんは布で鼻を覆いながら、長い匙で桶を混ぜた。


「これは一度目ですね」


「はい。混ぜて、静置して、水と滓を落とします」


「三度とも私が?」


「売上以外に興味のない宿屋主人が、なぜ二度目までいる予定なのですか」


 匙が鍋底へ当たり、かん、と鳴った。


「損失回収のためです」


「鍋が返事をしましたね」


「脂を見てください」


 一度目の水は濁った。


 二度目は薄い灰色。


 三度目、冷えた脂は白く固まり、底の水には細かな滓が沈んだ。


 レンナルトさんは三つの瓶へ洗浄水を残し、「一回」「二回」「三回」と札を付けた。謝罪の翌日に変わったのは口数ではなく、保存する証拠のほうだった。


 十本目の試作では、彼が灯芯を切った。


「冬の脂には五撚り」


「今日は春です。室温も上がりました。この硬さなら三撚り」


「先週は五撚りでした」


「先週より脂が柔らかいので」


「毎週変わるのですか」


「季節は帳面を読まないので」


「困ります」


「春へ苦情をどうぞ」


 彼は三撚りを切った。次の一本では切る前に脂を指で押し、硬さを確かめた。


 朝は脂を洗う。


 夕方は芯を切る。


 夜は客室ごとに燃え時間を記す。


 十本、十五本、二十本。帳面には完成札の名ではなく、「精製担当シネイド」と書かれるようになった。仕入れ先の欄にも、工房名の隣へ実際に脂を洗った者の名が増えた。


「帳面が急に人好きになりましたね」


「不良率が下がるからです」


「売上以外には興味がない」


「よく覚えていますね」


「三度洗っても落ちなかったので」


 新しい蝋燭を使い始めた夜、厨房係と夜番が空の布籠をブロナへ差し出した。


「煤拭き、なし」


「壁も白い」


「芯切り、一度で済んだ」


 三人分の報告を受け、ブロナは空の籠をレンナルトさんの帳面へ載せた。


「数字がお好きなら、白を一つ」


「籠は数字ではありません」


「黒い布より軽いだろう」


 宿の損失は、空の布籠と新しい蝋燭の売上で少しずつ減った。客は煤の出ない灯りを持ち帰りたいと言い、二十本目からは宿の帳場でも売ることになった。


 完成札には、先に私の名が書かれた。


 ほかの町の雑貨商から、十二本卸してほしいと手紙が来たのは、そのころだ。


「受けるつもりです」


「そうですか」


 レンナルトさんは商品札へ紐を通した。


「別の町へ卸すのは自由だ」


 右手の人差し指と親指は、私の商品札の紐をつまんでいた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 四つ。


 五つ。


 私は六つ目の前に、試作品をもう一本、彼の帳面へ置いた。


「こちらの燃焼記録がまだです」


「雑貨商への返事は?」


「蝋燭のあとで書きます」


 彼の指が紐を離した。


「では、先に試験を」


「売上以外には興味がない方は働き者ですね」


「宿の品だからです」


「他所へ卸してよい品ですが」


 レンナルトさんは三撚りの芯を切りすぎた。短くなった芯を見て、はさみを置く。


「一本、やり直します」


「損失として帳面へ?」


「私の給金から引きます」


「宿屋主人の給金は、誰が払うのですか」


「話を蝋燭へ戻してください」


 その一季節で、実家の工房から宿屋以外の顧客も離れたらしい、と老番頭から一度だけ聞いた。


 私は二十一本目の芯を切っていた。切った芯先を皿へ落とし、次の一本を手に取った。


 確かめには戻らなかった。


 こちらの火は、こちらで数えなければならない。


    *    *    *


 三十本目の朝、作業台には白い蝋燭が一本、商品札が一枚、新工房の鍵が一つ並んだ。


 宿裏の部屋はもう狭い。洗浄桶が三つ、芯を撚る台が一つ、完成品の棚が二つ。雨漏りはゼロ。レンナルトさんが売上から修繕費を引き、私が家賃から半分を引き、ブロナが両方の帳面を奪って正しい額にした結果である。


「三十本目です」


 レンナルトさんが燭台を置く。


「一本ずつ燃やしましょう」


 私は蝋燭の長さを測った。


 彼が芯を切る。三撚り。短すぎず、長すぎず。


 私が火を点ける。


 彼が時刻を書く。


 炎はまっすぐ立ち、脂を静かに溶かした。煤受けの紙は白いまま。燃え残りも予定の線にそろった。


 四時間後、レンナルトさんは記録を閉じた。


「合格です」


「帳面語でなくても、同じですね」


「では商品札を」


 私は紐を取ろうとした。


「私が結びます」


 レンナルトさんの右手が、札を押さえた。


 札の一行目へ、彼は私の名を書いた。


 シネイド。


 その隣へ、同じ大きさで自分の名を書く。


 レンナルト。


 下には、共同の屋号として『ふたり灯り』。


「臨時の共同作業だ」


 そう言いながら、彼は二人分の札へ自分の指で紐を通した。結び目を一度引き、ほどけないことを確かめ、札の表を私へ向ける。


 右手は止まらなかった。


 三十本のあいだに変わった指が、完成した札を私の側へ返した。


 数え上げるものが、そこで切れた。


「臨時、ですか」


「契約期間は決めていない」


「共同の屋号は仕事だけですか」


 レンナルトさんの指が、結び目から離れた。


「君の技術を、君の名のまま売りたい」


 彼は帳面を開かなかった。


「その隣で、私の名も売りたい。宿の所有権でも、肩書でもなく、私の仕事として」


 右耳も左耳も隠さず、こちらを向いている。


「それから」


「それから?」


「できれば食卓も」


 軽口が一つも浮かばなかった。


 私の名前が先にある札を、指でなぞる。隣の名前は同じ大きさだった。どちらも裏返されていない。


「朝食だけでしょうか」


「夕食も」


「昼食は宿が忙しい」


「運べます」


「脂洗いの日は臭いますよ」


「三度まで耐えます」


「季節ごとに芯を変えます」


「記録します」


「失敗した品へ、私だけの札を付けませんか」


「私の名も同じ大きさで付けます」


 返事が速い。帳面を挟まないと、この人は案外、数字より手強い。


「では、仕事と食卓を共同にします」


「それは」


「婚約の受諾です。帳面語へ直しますか」


「いや」


 レンナルトさんの呼吸が一つ止まり、それから深く戻った。


「そのままでわかる」


 よろしい。帳面以外の言葉が一件、通じた。


 私は作業台の新工房の鍵を取った。宿裏の部屋より広い、通りに面した工房。家賃も仕入れも半分ずつ。借主の欄には、初めから二人の名を同じ大きさで書いてある。


 レンナルトさんが右の掌を開いた。


 私はそこへ鍵を一度置く。


 彼は握り込まず、掌を開いたまま私へ差し出した。


 私は鍵の端を持った。二人で工房の扉の前へ立ち、同じ鍵を錠へ挿す。


「右です」


「帳面には左と」


「扉から見て右です」


「書いたのはあなたです」


「読んだのはレンナルトさんです」


 二人で反対へ回し、鍵がびくともしなかった。


 新しい生活、開幕早々の検算不足。


「いったん手を離しましょう」


「君が離せばいい」


「共同作業でしょう」


「では、三つ数えます」


「一本ずつにしてください」


 結局、私が錠を押さえ、レンナルトさんが鍵を右へ回した。


 かちり。


 扉が開く。


 朝の光が作業台を置く予定の場所まで伸びた。私は二人分の商品札を掲げ、彼は新しい灯りの箱を抱えて中へ入る。


 ただし右手の指だけは、また札の紐をつまんでいた。


「レンナルトさん。指を離してください。札が掛けられません」


「これは難題だな」

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