黄昏の御霊(短編小説)
純粋すぎるその笑顔を、守りたいだけなんだ
「綺麗だなあ。」
「え、私が?」
「いやいや、違う。」
夕暮れの暖かな夕日に照らされて、幻想的な輝きを醸し出す街の風景。
高台にあるこの高校から見えるその景色は、他の場所からでは感じ取ることの出来ないなにかがある。
「君ってここに来るの好きだよねー。私の特等席だと思ったのに。」
「なんだよ、邪魔なら帰るよ。」
いつからこの場所を知っていたのか、僕は知らない。
しかしここが特等席だって言うのなら、それを邪魔するのも悪い気がした。
「あー、嘘だよごめんって!君と一緒がいい!」
そう言ってこいつは、僕の左腕に思いっきりしがみついてきた。
「……離してよ。」
「君がここに座るまで離さないっ。」
何なんだよ。
そんな悪態を心のなかでつきながらも、ここに居ていいというのならもう少しだけ居させてもらうことにした。
どうせこの時間も長くは続かないのだから。
「友達いないの?」
デリカシーなど関係無しに、僕はこんなことを聞いてみた。
容姿はどの生徒にも引けを取らないくらい、愛嬌があって可愛いと思う。
でも友人関係は自分がどうしたいかという話であって、放課後なんてものは何に縛られるわけでもないから、こんな過ごし方もむしろ悪くないのだろう。
「お友だちはいるんだけどね。みんなすぐに帰っちゃうんだ。門限なんて気にしなくていいのに。」
「いや、門限があるなら気にかけたほうがよくない?」
僕たちは子どもではないかもしれないけれど、大人でもない。
そんな年齢だからこそ、家に帰る時間くらいは守ったほうがいい気がするのだ。
「みんなお馬さんがかけっこするみたいにお家に帰っちゃうんだもん。そんなの、この景色を見てからでも遅くないのに……」
どこか遠くにある光を見ながら、この子はそう言った。
ずいぶんと含みのある言い方だ。
そして、その含みの意味と在り処を知っている僕としては、なんとも言えない気持ちになってしまう。
「寂しい?」
寂寞な思いに浸っている瞳に、僕はそう問いかけていた。
「寂しくないよ。みんな大切な役目があるんだから、ここにいる私が悲しんでちゃダメだよね。」
……
別に、寂しいのなら悲しむことだって普通のことだし、そういうときは素直になっていいと思う。
「ねえねえ、あのピカピカ光ってるところってなに?」
「え、んーっと?」
指の指し示す方向が曖昧で一瞬わからなかったけれど、おそらく指し示しているのは繁華街にかがやくネオンのことのようだった。
「夜になると賑やかになるところだよ。」
「え、なにそれ行きたい!」
「……いや、間違いなく補導されて終わるだろうな。」
夜の街に憧れるのは、多くの人にとってどんな感情なのだろうか?
僕はそういうところに全く興味ないけれど、一度くらいは足を運んでみるのもいいかもって思っている。
社会勉強みたいな。
「ねえねえ、なんでこの時間ってこんなに短いの?」
「夕暮れ時のこと?」
「うん。すぐ暗くなっちゃう……」
それはなんというか、仕方がないとしか言いようがない。
「そういえば一年で二回だけ、この時間が長くなる日があるんだっけ。」
「え、そうなの!?」
ぐいっと身を乗り出して、僕の目の前に顔を出してきた。
普通だったらドキドキするはずのシチュエーション。
しかし今の僕には、この反応は悲しく苦しい感情として心になだれ込んでくるようだった。
ああ、やっぱりな。と。
「ねえ!約束してよ。」
「なんの?」
もはや僕にまたがって胸を抱きしめている格好になっているこの子は、どうやら防備という言葉を知らないらしい。
だからといって、手を出したりしないしする気はないのだが……
「いつか一緒にあの光のところ行ってみようよ!」
「……」
あの光、か。
だとしたら、実現するのは何年後になるのだろうか。
「その時になっても、僕なんかでいいなら一緒に行こうか。」
「やった!ありがとう!」
ムギュッと密着した体に伝わる、か細くて少しだけ冷たい体温。
別にここに居たいのなら、いつでも居られるようにしてあげてもいいのになんて、心のなかで思ったことがある。
だからこの子がここにいると知ったその日に、僕はどうにか出来ないかと相談したことがあった。
しかし、「それは出来ない」「これは決まりだから」と言われ、一蹴されてしまった記憶が新しく、悔しい。
「その時になったら、僕たちってどうなってるんだろうね。」
「ふふっ。お付き合いしてたりして。」
悪戯な笑顔を見せたこの子だったけれど、その瞳の奥にある儚くて脆く淀んだ世界が、きっと幾度となくリフレインしているのだと思う。
それはとても果てしなくて、本人以外に計り知ることはできないだろう。
「僕なんかよりもっと素敵な人がたくさんいるよ。」
当たり障りのない、遠回しでテンプレな文言。
しかしそれでも、この子の勢いは止まらなかった。
「色んな所行ってみたいなー。海で遊んだり山に登ったり。」
「あんまり妄想膨らませすぎると悲しくなるよ。」
コツンとおでこを小突くと、「むー……」と不満げな表情になって、僕の胸に顔を埋めた。
……
数秒間だけ流れた、静寂の世界。
夕日は今にも沈みそうになっていた。
「もうすぐか……」
「え?」
「ああいや、素敵なネックレスつけてるなって。」
ボソッと言ったつもりが聞こえていたときほど、焦ってしまう瞬間はない。
キョトンとした表情に甘えるように、とっさに首元のネックレスへと
話を切り替えた。
「これね、僕の大切な人からもらったものなんだよ。」
「そっか。」
「でもね、誰だか思い出せないの。」
「……そっか。」
今の僕の心境を、どうあらわしたらいいものか。
物悲しいというよりは、もっと悲しい。
それでもどこか安堵している自分がいるのだ。
「気が向いた時に思い出すって。」
「うん……」
申し訳ないといった表情になったこの子を、僕はどうしたらいいのだろうか。
大多数の人が「隣りにいてくれればそれでいいから。」なんて言ってくるけれど、結局のところみんな関わりたくないから、僕に押し付けてきているのが実際のところなのだと思う。
だけど僕は押し付けられているなんていう感覚はなくて、むしろありがたい役割だって、そう信じている。
「君の名前、教えてよ。」
「三浦涼太郎。」
「そっか……りょうちゃんだね!覚えたよ。しかも同じ苗字だ!」
「……うん。」
「私の名前は三浦ふうか!これからよろしくね。」
やめてくれ。
そんな懐かしい顔で僕を見ないでくれ……
その時、辺りが暗くなり完全に夜になった。
「なんか呼ばれてる……」
しょんぼりとした声色になった姿を見て、ああ、今年も一区切り付いたんだなって実感した。
「ねえ明日もここにいる?」
不安げな表情を隠すこと無く、そう聞いてきた。
「うん。この時間はここに来るから安心して。」
「ありがとう!」と言って立ち上がったその子は満面の笑みになって、座っている僕の真横を通り過ぎて、闇夜へ消えていった。
「またね。」
という言葉を残して。
「ふう……」
急に静かで無機質になった空間に、僕は一人で座っていた。
すぐ近くにある、胡瓜と茄子とともに。
今年もこの季節が終わった、無事に終えることが出来た。
「りょうちゃんなんて呼ばれたの、いつ以来だっけ。」
本人の記憶に僕がいないのはなぜなんだろう。
忘れられたのではなく、今まさに昇っている最中なのだとしたら、それは寂しくても受け入れないといけない事実なのだろうか。
「またね。」か。
来年も、会いに来てくれるのだろうか。
嬉しいけど、僕はちょっとだけ寂しいよ。
なんで記憶がないんだよ、ほんの少しでいいから僕のこと思い出してくれたっていいじゃないか。
それでも、またねって言ってくれた。
そう言ってくれたんだ
「ありがとう、姉さん。」
完
次回は24日に投稿予定です




