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34. 妨害は、上等な裏書き

 審問の二日前、私は鎖の代わりに監査官を二人提げて、リヒト様の研究室へ出かけた。


 被疑者の申し立てた証拠は、審問に先立って検分の手続きを踏むことができる――王太后さまの名代が置いていった作法の一枚が、その扉を内側から開けてくれたのである。籍と作法は、まったく、使いようだ。


 七日ぶりの研究室は、硝子の森のままである。主は、伸びた無精髭で現れた。


「やあ、毒見役殿。ひどい顔だ、と言いに来たんだが……僕のほうがひどいらしい」


「お互い、職業柄ですので」


 卓の上に、封印の山が並ぶ。私の部屋から出た包み。牢へ来た粥と菓子と、巡回飛ばしの指図の文。薬種蔵の灰。王太后さまの薬湯の残り。北の棚の麻袋の繊維と黒土。着任からの事件がそっくり封蝋の列になって、行儀よく着席している。壮観というより、少々胃にもたれる眺めである。毒でもたれない胃が、である。


 リヒト様の器具が、ひとつずつ裏書きをしていった。牢の粥の兜草は、薬種蔵の灰の兜草と、繊維の癖まで同じ。王太后さまの薬湯とも同じ。そして私の部屋の包みだけが、別の畑の子である。土が違い、干しが違い、株の歳が違う。


「君の舌の言うとおりだ。ついでに、部屋の包みの油紙は、東市場の薬種商が使う判付きの紙だよ。あの店の判は、蔵出しの月ごとに刷りが変わる。これは今月の印――店に出たのは、薬種蔵に監査の検めが決まった日より後だ。折り目にも、まだ張りが残ってる」


「隠し持っていたはずの歳月ごと、若いわけですね」


「そういうこと。四月(よつき)盛り続けた薬箱にしては、新品がすぎる。それと、安心したまえ。殿下の膳は料理長が戦場の飯で固めてる。目の前で茹でる卵と封切りの塩には、盛りようがないからね」


 老官吏は、写しの綴りを三冊、胸に抱えて現れた。一冊目は、その東市場の薬種商の売り帳の写しである。火事の翌日の行に、兜草と白鈴を小口で購った、名の無い頭巾の客がひとり載っていた。名の無い客というものは、それだけで少し、名乗っている。


 残る二冊が、本命だった。曰く、発煙玉を組める材料屋は城下に二軒。うち一軒の売り帳に、この半年で四度、王宮向けの払いがある。名目は――『防虫燻蒸ノ用』。侍従長府の、経費の判付きである。


「……防虫、ですか」


「薬種蔵の焼けた棚も、台帳の上では『南方産香料、樟脳、防虫ノ類』でしたのじゃ。防虫のひと言は、便利な蓋ですのでな」


 枯れた指が、綴りの三箇所に几帳面な付箋を貼っていく。この方の几帳面は、将棋仲間の弔いである。急がず、休まず、一手ずつ詰めていく。


       ◇


 夜半だった。


 閉め切った研究室の換気窓の外で、こと、と素焼きの鳴る音がして、白いものが床を這った。唐辛子の辛み、痺れ草の青さ。……三度目まして、の調合である。


「リヒト様。息を止めて、廊下へ」


 言いながら、私は封印の山を毛布ごと胸に抱えた。煙は目に染みるが、それだけである。効かないので。窓の外で足音がひとつ、闇へ走り去る。追うより、抱えている物のほうが重い。リヒト様を押し出し、検体を廊下へ運び出し、それから戻って、煙の源の欠片を火挟みで摘まみ上げた。


「夜分に、証拠の差し入れとは」


 巻きの手際に、花火師の癖。売り帳のあの店の品である。防虫燻蒸の払いと、同じ棚の子だ。妨害というものは、それ自体が上等な裏書きなのである。燃やしに来るのは、その紙が本物だと、燃やす側がいちばんよく知っているからだ。


「命より検体を抱えて逃げる被疑者は、初めて見たよ」


「依頼主ですので。それに命のほうは、煙では取れませんので」


「……頼もしくて、涙が出るね。煙のせいかな」


       ◇


 審問の前夜、塔の部屋に、湯気の立つ盆が届いた。蜂蜜の白湯と――皺ひとつない侍従長服、である。侍従長みずから、である。塔の螺旋の石段は、老いの膝に優しくないはずなのだが。


「明日は、冷えますのじゃ。……ヴィオラ殿。老婆心を、ひとつだけ」


 垂れ目が、深く深く、下がる。


「病を理由に、静かにお下がりなされ。籍のあるお家で療養なさる分には、誰も追いはしませんのじゃ。審問というものは、勝っても負けても、傷が残る。若い方の傷は……ワシには、見るに忍びない」


「ご忠告、痛み入ります」


 白湯は、検めた。白である。この方の盆は、いつも白い。白いまま、いつも静かに、こちらの背中だけを押してくる。


「ですが、明日の膳は、逃げませんので」


「……ほっほ。それでこそ、ですのじゃ」


 扉が閉まり、懐中時計の鎖の音が、螺旋の石段を細く長く降りていく。あの音が聞こえなくなるまで、私は白湯の椀を、両手で持ったままでいた。


 温かい。温かいのに、今夜もあの夜のようには、喉を通らない――。



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