表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/31

24. 濡れ衣は、産地が違う

 引き菓子の騒ぎは、半日で宮廷を煮立たせた。


 王太后さまの名で配られた白鈴糖――白鈴の実を模した砂糖菓子である――から、本物の白鈴の毒が出た。しかも三家同時。茶会の一件が前振りとなって、筋書きはもう出来上がっていた。曰く、王太后さまが邪魔な家々を静かに間引いておられる、と。よく出来た濡れ衣(ぬれぎぬ)である。仕立ての良さが、かえって職人の存在を教えてくる。


 離宮は面会謝絶、貴婦人たちは寝込み(毒のせいではなく、騒ぎのせいである)、殿下の執務室には苦い顔が並んだ。


「祖母上が、そんな雑な手を使う方かどうかは別として……疑いは、証がなければ晴れん」


 執務室の殿下は、書類を置いて窓の外を見ていた。離宮の方角である。冬空色の目の底に、(まつりごと)の計算と、それより古い何かが同居している。祖母君の噂を潰したいのが情なのか政なのか、たぶんご本人にも、切り分けられていない。


「では、証を食べてきます」


「……食べて、どうにかなるのか」


「毒は嘘をつきますが、土は嘘をつきませんので」


 三家から引き菓子を全部集めさせた。白鈴糖、三十四個。うち四個はリヒト様の器具へ。残る三十個は――検めるなら、全量である。


       ◇


 検めの間の卓に、甘い山が積まれた。リヒト様が器具を並べながら、珍しく渋い顔をする。


「取り分は四個で、君が三十個か。逆にしないか、その配分」


「器具は嘘をつきませんが、土の匂いまでは嗅ぎませんので」


「……その舌の言い値には、いつも負けるな」


       ◇


 一つ、二つ、三つ。……微量の遅効毒が、確かに練り込まれている。十個を過ぎた頃、体の奥がかすかに火照り始めた。二十個を過ぎると、指先にひやりと冷たいものが走る。懐かしい感覚である。十三の冬、凍った井戸の水を桶に半分飲み干した時と、同じ軋み。毒を一度に呑みすぎると、私の体はしばらく、炉に薪をくべたように熱くなるのだ。死にはしない。しないが――限りは、ある。誰にも言ったことのない、帳簿の外の一行である。


 三十個目を飲み下して、私は手帳より先に、引っかかりを得た。


 まぶたが、上がる。今日いちばん高いところまで。


「――産地が、違います」


 王太后さまの御料地は、南の海沿いである。あの土地の白鈴は、海風の砂地で育ち、味の底に薄い潮が残る。だが、この毒の白鈴に潮の気配はない。乾いた内陸の黒土、そして――風の通る日陰で、時間をかけた、あの陰干し。


 手帳を開く。指が、少しだけ急いた。『同ジ干シ手。五度目』。


 断っておくと、産地違いは、潔白の証明ではない。内陸の白鈴を買うことは、御料地の主にもできる。ただ――自分の名で菓子を配りながら、自分の土の白鈴をわざわざ外す理由は、ない。名を借りて人を沈めるつもりの筋書きに、土が一つ、不自然に浮いているのである。


「白と書くには、早い。黒と書くには、雑――そういう毒です。それも、私には見覚えのある干し手の」


 リヒト様の器具が、取り分けた四個から毒成分の同一を裏書きした。産地の当たりは、舌の領分である。成分と産地、二枚札の齟齬は検分記録として監査の卓に載り、断罪へ傾きかけていた振り子は、ひとまず真ん中へ戻る。疑いを晴らすには足りない。けれど、筋書きを軋ませるには足りた。毒はまた、盛った側の手癖を少しだけ喋ったのである。


       ◇


 夕刻、離宮に呼ばれた。


 王太后さまは、天蓋も侍女も下げた小部屋で、黒い扇を膝に置いて座っておられた。


「わたくしを、庇ったつもりか」


「事実を申し上げただけです。潮の足りない白鈴でしたので」


「……ふん。無粋な娘」


 扇が開いて、また閉じる。その一瞬、扇の内側に、色褪せた小さな紙が貼ってあるのが見えた。子供の描いた似顔絵である。黒髪で、生真面目な眉をした、男の子の顔だった。……誰の絵かは、聞かないでおく。無粋は、お互い様である。


「下がりや。……礼は、言わぬ」


「頂戴する予定も、ありませんでした」


 言ってから、少しだけ後悔した。無粋の在庫が、我ながら豊富である。


 退がり際、背中に扇の音を一つ聞いた。怒っている音ではなかったと思う。たぶん。


       ◇


 その夜である。


 自室へ戻る廊下で、体の奥の熱が、遅れてぶり返した。三十個ぶんの、勘定書きである。手すりを掴んで、三つ数える。悪寒(おかん)は来て、過ぎて、消えた。それだけの、ことだった。


「――大丈夫ですか?」


 通りがかりの侍女が、心配げに駆け寄ってくる。見覚えの薄い顔である。私は「少し、食べ過ぎただけです」と笑って見せた。事実である。


 ただ――立ち去るその人の目だけが、最後まで、心配の形をしていなかった。


 毒見役は、毒では死なない。けれど、盛りすぎれば軋む。……その一行が、今夜、誰かの手帳に書かれたかもしれない――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ