24. 濡れ衣は、産地が違う
引き菓子の騒ぎは、半日で宮廷を煮立たせた。
王太后さまの名で配られた白鈴糖――白鈴の実を模した砂糖菓子である――から、本物の白鈴の毒が出た。しかも三家同時。茶会の一件が前振りとなって、筋書きはもう出来上がっていた。曰く、王太后さまが邪魔な家々を静かに間引いておられる、と。よく出来た濡れ衣である。仕立ての良さが、かえって職人の存在を教えてくる。
離宮は面会謝絶、貴婦人たちは寝込み(毒のせいではなく、騒ぎのせいである)、殿下の執務室には苦い顔が並んだ。
「祖母上が、そんな雑な手を使う方かどうかは別として……疑いは、証がなければ晴れん」
執務室の殿下は、書類を置いて窓の外を見ていた。離宮の方角である。冬空色の目の底に、政の計算と、それより古い何かが同居している。祖母君の噂を潰したいのが情なのか政なのか、たぶんご本人にも、切り分けられていない。
「では、証を食べてきます」
「……食べて、どうにかなるのか」
「毒は嘘をつきますが、土は嘘をつきませんので」
三家から引き菓子を全部集めさせた。白鈴糖、三十四個。うち四個はリヒト様の器具へ。残る三十個は――検めるなら、全量である。
◇
検めの間の卓に、甘い山が積まれた。リヒト様が器具を並べながら、珍しく渋い顔をする。
「取り分は四個で、君が三十個か。逆にしないか、その配分」
「器具は嘘をつきませんが、土の匂いまでは嗅ぎませんので」
「……その舌の言い値には、いつも負けるな」
◇
一つ、二つ、三つ。……微量の遅効毒が、確かに練り込まれている。十個を過ぎた頃、体の奥がかすかに火照り始めた。二十個を過ぎると、指先にひやりと冷たいものが走る。懐かしい感覚である。十三の冬、凍った井戸の水を桶に半分飲み干した時と、同じ軋み。毒を一度に呑みすぎると、私の体はしばらく、炉に薪をくべたように熱くなるのだ。死にはしない。しないが――限りは、ある。誰にも言ったことのない、帳簿の外の一行である。
三十個目を飲み下して、私は手帳より先に、引っかかりを得た。
まぶたが、上がる。今日いちばん高いところまで。
「――産地が、違います」
王太后さまの御料地は、南の海沿いである。あの土地の白鈴は、海風の砂地で育ち、味の底に薄い潮が残る。だが、この毒の白鈴に潮の気配はない。乾いた内陸の黒土、そして――風の通る日陰で、時間をかけた、あの陰干し。
手帳を開く。指が、少しだけ急いた。『同ジ干シ手。五度目』。
断っておくと、産地違いは、潔白の証明ではない。内陸の白鈴を買うことは、御料地の主にもできる。ただ――自分の名で菓子を配りながら、自分の土の白鈴をわざわざ外す理由は、ない。名を借りて人を沈めるつもりの筋書きに、土が一つ、不自然に浮いているのである。
「白と書くには、早い。黒と書くには、雑――そういう毒です。それも、私には見覚えのある干し手の」
リヒト様の器具が、取り分けた四個から毒成分の同一を裏書きした。産地の当たりは、舌の領分である。成分と産地、二枚札の齟齬は検分記録として監査の卓に載り、断罪へ傾きかけていた振り子は、ひとまず真ん中へ戻る。疑いを晴らすには足りない。けれど、筋書きを軋ませるには足りた。毒はまた、盛った側の手癖を少しだけ喋ったのである。
◇
夕刻、離宮に呼ばれた。
王太后さまは、天蓋も侍女も下げた小部屋で、黒い扇を膝に置いて座っておられた。
「わたくしを、庇ったつもりか」
「事実を申し上げただけです。潮の足りない白鈴でしたので」
「……ふん。無粋な娘」
扇が開いて、また閉じる。その一瞬、扇の内側に、色褪せた小さな紙が貼ってあるのが見えた。子供の描いた似顔絵である。黒髪で、生真面目な眉をした、男の子の顔だった。……誰の絵かは、聞かないでおく。無粋は、お互い様である。
「下がりや。……礼は、言わぬ」
「頂戴する予定も、ありませんでした」
言ってから、少しだけ後悔した。無粋の在庫が、我ながら豊富である。
退がり際、背中に扇の音を一つ聞いた。怒っている音ではなかったと思う。たぶん。
◇
その夜である。
自室へ戻る廊下で、体の奥の熱が、遅れてぶり返した。三十個ぶんの、勘定書きである。手すりを掴んで、三つ数える。悪寒は来て、過ぎて、消えた。それだけの、ことだった。
「――大丈夫ですか?」
通りがかりの侍女が、心配げに駆け寄ってくる。見覚えの薄い顔である。私は「少し、食べ過ぎただけです」と笑って見せた。事実である。
ただ――立ち去るその人の目だけが、最後まで、心配の形をしていなかった。
毒見役は、毒では死なない。けれど、盛りすぎれば軋む。……その一行が、今夜、誰かの手帳に書かれたかもしれない――。




