第二章 不思議な海のテツロウ⑥
第二章・第六話です。
今回は、海底洞窟探索へ向かう回です。
【登場人物】
青星テツロウ/エミ/リオ/ミニ/赤井エアリ
第二章 第六話
ログハウスの窓から、
朝のさわやかな風が入り込む。
やわらかな陽光が、
室内を静かに照らしていた。
まだ、夜の余韻がわずかに残る中――
エアリとリオは、
エミやミニよりも少し早く目を覚ましていた。
エアリは、
すでに海底洞窟探索の準備を進めている。
手元の端末を操作しながら、
静かに確認を続けていた。
一方、リオは――
ふと視線を向ける。
そこには、
エミがテツロウの特別個室を
大事そうに胸元へ抱えながら、
幸せそうに眠っている姿があった。
その表情は、
どこまでも穏やかで――
リオは、思わず微笑む。
「……エミ、幸せそうに寝ているわね……」
起こすこともせず、
そのままにしておく。
そのとき――
特別個室の中のテツロウと、
ふと目が合った。
リオは、やわらかく微笑みながら、
少しだけ身を寄せて囁く。
「お兄様、エミをお願いしますわ」
「今朝の朝食は、私が用意しますので――」
ほんの少しだけ間を置き、
優しく続ける。
「……幸せそうな寝顔、
お兄様も、しばらく堪能してくださいね」
「……ああ」
テツロウは小さく頷いた。
その隣では、
ミニもまた、無防備な寝顔で眠っている。
静かな朝の空気。
穏やかな時間が流れていた。
やがて――
リオが、大きな皿を持って戻ってくる。
焼きたてのトースト。
ふんわりとした玉子焼き。
エアリも、
コーヒーと牛乳を持ってテーブルへと向かう。
折り畳みテーブルが広げられ、
朝食が静かに並べられていく。
ログハウスの中に、
焼けたパンの香ばしい匂いと、
淹れたてのコーヒーの香りが広がった。
その香りに誘われるように――
エミが、ゆっくりと目を覚ます。
まだ少し眠たそうな表情のまま、
胸元に抱えた特別個室へと視線を落とす。
「……おはようございます、兄さん」
やわらかな声。
「よく、眠れました?」
テツロウは、
その問いかけに答えようとして――
ふと、言葉に詰まる。
起き上がったエミのパジャマが、
わずかに崩れ、
やわらかな布の隙間から
肌の輪郭がちらりと覗く。
朝の光に照らされて、
その存在感がよりはっきりと浮かび上がる。
(……朝から、これは反則だろ……)
思わず視線を逸らしながら、
小さく息をつく。
「……ああ、ぐっすりだった」
なんとか平静を装って答える。
エミは、そんな様子に気づいているのかいないのか、
やさしく微笑んだまま、
リオとエアリの方へ視線を向けた。
「姉さん、エアリさん。
朝食、ありがとうございます」
リオは穏やかに頷く。
「いいのよ。たまには任せて」
エアリも軽く微笑みながら、
「準備も、順調です」
と一言添えた。
そのとき――
「おはよー、お兄ちゃん!」
ミニが勢いよく起き上がる。
寝ぼけた様子もなく、
いつもの元気な声だった。
「……朝から元気だな」
テツロウは苦笑する。
ミニは、エミの胸元にある個室を覗き込みながら、
「今日もいっぱい遊べるー?」
と嬉しそうに聞いた。
テツロウは、
少しだけ笑って――
「……今日は探検だな」
そう答えた。
その後、
簡単に朝食を済ませ――
静かな準備の時間が流れる。
やがて。
海底洞窟へ向かうため、
彼女たちはその場で水着へと着替え始めた。
「……ちょ、ちょっと待て……!」
テツロウは思わず声を上げる。
だが――
エミは、やさしく微笑んだまま言う。
「兄さんだったら……大丈夫ですから」
リオも穏やかに続ける。
「気にしなくていいわ」
エアリも淡々と告げる。
「すぐ終わりますので」
(……見ないほうがいい……よな……)
そう思いながらも――
完全に目を逸らすことは、できなかった。
彼女たちは、
ゆっくりと動きながら、
水着へと着替えていく。
その動作ひとつひとつが、
あまりにも大きく、
あまりにも静かだった。
布が滑り落ちるたびに、
その奥に隠れていた輪郭が、
朝の光の中で、やわらかく浮かび上がる。
それは、
人の身体というよりも、
どこか“自然の造形”のように、
なめらかな曲線が連なっていた。
見上げる視界の中で、
その存在は、
まるで巨大な彫像のように、
静かに形を変えていく。
(……なんなんだよ、これ……)
思わず、息をのむ。
神々しい――
そんな言葉が、
自然と浮かんでいた。
やがて、
彼女たちは水着へと着替え終えた。
先ほどまでの、
やわらかな空気とは打って変わり――
どこか引き締まった気配が漂う。
エアリが、一歩前へ出る。
「それでは、出発前の確認を行います」
その足元に、
ひとつの装置が置かれていた。
丸みを帯びた、
小型の潜水艇。
透明なドーム状の外装に覆われ、
内部の座席や計器がはっきりと見える。
テツロウの特別個室よりも小さいが――
その分、
機能は凝縮されているようだった。
「テツロウさんには、こちらに乗っていただきます」
エアリが説明する。
「耐圧・防水ともに問題ありません。
深度にも十分対応しています」
テツロウは、その機体を見つめながら、
「……こっちのほうが、ちゃんと“潜る用”って感じだな」
と小さく呟いた。
リオが穏やかに頷く。
「ええ、今回は少し深くなるからね」
エアリは続ける。
「私とリオちゃんで、先行して海底の確認を行います」
エアリのその言葉を合図に、
彼女たちはゆっくりと海へ向かって歩き出した。
ログハウスの外へ出ると、
朝の光が一面に広がる。
青い海。
穏やかな波。
その中へ、
巨大な足が静かに踏み込まれる。
ちゃぷん――
水面が大きく揺れ、
白い波紋が広がっていく。
テツロウは潜水艇の中から、
その光景を見上げていた。
(……このスケール、やっぱりおかしいだろ……)
彼女たちは、
そのまま迷いなく進んでいく。
海は、
彼女たちにとっては浅く、
だが、
テツロウにとっては、
どこまでも深い世界だった。
やがて、
水位がゆっくりと上がっていく。
膝。
腰。
そして――
胸のあたり。
波が大きく揺れ、
周囲の景色が水に沈んでいく。
「このあたりですね」
エアリが静かに言った。
エアリは、海中の一点を見つめながら、
静かに口を開いた。
「見つけました――」
その視線の先。
海底の一角に、
わずかに暗く沈み込んだ場所があった。
リオも同じ方向を見据え、
ゆっくりと頷く。
「……あの下ね」
エミとミニも、
その位置へと集まってくる。
四人は、
円を描くように配置についた。
海の中に、
巨大な“囲い”が生まれる。
エアリが、テツロウへ視線を落とす。
「テツロウさん――」
「この下です」
その声は、
水越しでも不思議とまっすぐ届いた。
リオが続ける。
「ここから先は、私たちでは入れないわ」
「浮力の影響で、細かい操作ができないの」
エミもやさしく言葉を添える。
「兄さんの潜水艇でしか、進めない場所です」
ミニは、
少しだけ身を乗り出しながら――
「でも、ちゃんと見てるからね!」
と、明るく言った。
四人の巨大な存在に囲まれたまま、
テツロウは、
その中心へと潜っていく。
潜水艇が、
ゆっくりと下降を始める。
見上げる。
胸のあたり。
水面に近いその位置では、
太陽の光が強く差し込み、
無数の揺らめく光が、
やわらかな輪郭を包み込んでいた。
きらめきが、
波のように流れ、
その存在を幻想的に縁取っている。
(……上は、まるで空みたいだな……)
さらに潜る。
腰のあたり。
光は少しずつ落ち着き、
青く静かな色へと変わる。
ゆるやかな曲線が、
水の中で深い陰影をまとい、
ゆっくりと揺れていた。
その動きは、
まるで地形そのものが呼吸しているかのようだった。
(……本当に、人なのか……?)
思わず、そんな感覚がよぎる。
さらに下へ。
太もも。
水の流れが、
その表面に沿って滑り、
緩やかな潮の動きを生み出している。
光はさらに弱まり、
輪郭は深い青の中へと沈んでいく。
それでも、
圧倒的な存在感だけは、
変わらずそこにあった。
(……包まれてる……)
その感覚が、
はっきりと形を持つ。
さらに潜る。
足元。
海底に近づくにつれて、
光はほとんど届かなくなる。
巨大な足が、
海底に根を張るように立ち、
その周囲で砂が静かに舞っていた。
四方には、
彼女たちの影。
見上げれば、
上方に揺れる光の中に、
巨大な輪郭が重なっている。
エミの声が、
やさしく響く。
「兄さん、大丈夫です」
リオが続ける。
「そのまま、まっすぐ進んで」
エアリの落ち着いた声。
「位置は合っています」
ミニも、
少しだけ弾んだ声で。
「お兄ちゃん、すぐそこだよ!」
テツロウは、
その声に背中を押されるように、
前を見据える。
視界の先。
海底の一角が、
わずかに沈み込んでいる。
暗い影。
ぽっかりと開いた、
穴のような空間。
海底洞窟の入口。
(……ここか……)
小さく息を吸う。
背後には、
光に包まれた巨大な存在。
前方には、
光の届かない暗闇。
その境界で、
テツロウは一瞬だけ目を閉じ――
再び開く。
そして。
潜水艇は、
ゆっくりと前へ進み――
潜水艇は、
外の光が、
徐々に細くなっていく。
岩肌に囲まれた空間。
水の音だけが、
静かに響いていた。
(……思ったより、広いな……)
テツロウは周囲を見渡す。
潜水艇は、
ゆっくりと洞窟の中へと進んでいった。
その先に、
何が待っているのか――
まだ、誰も知らない。
(第七話へ続く)
第六話を読んでいただき、ありがとうございました。
いよいよ海底洞窟へと進んでいきます。
次回・第七話は、脱出とクライマックスです。
第七話は、4月13日ごろ公開予定です。




