異変③
賑やかな宴会は続いた。
澄香も環も楽そうな笑い声を上げて、村人と会話をしている。
その様子を、熱いお椀を持ったままの留奈が無言で見つめ続けた。
熱烈な視線に気付いた環。
ふと振り返ると、柔らかな笑顔で手を招く。
「留奈ちゃんもこっちでお話しましょう?」
「…ん、今行く」
その場に器を置くと、留奈は頷いてから宴会の輪に入る。
「勇者殿はもう帰るんか?」
「あの小屋は好きな時に使ってくれて良いからなぁ!」
「ありがとうございます。大切に使わせて頂きますわ」
「次の依頼も待ってるわ!早くオルドに帰らないとねっ!」
「………」
いつもの笑顔。
いつもの仕草。
何も変わらないように見える環に、胸の奥がざわつく。
飲み物を口に含み、考えを巡らせる留奈。
(留奈ならきっと、気付いてくれるよな…?)
3人の近くに座っていた俺。
楽しそうに話している様子を見ているしかない無力さに、肩を落としてしまった。
(これは環が望んだんだ。俺が介入すべき事じゃないって分かってる)
(このまま見てるだけって、神様は残酷な事をしてくれるよなぁ…)
深いため息を吐き、己を呪う。
ふと、俺の姿を捉えた留奈が微笑みかける。
その笑顔に俺は安心の表情を浮かべた。
大丈夫。あいつらを信じろ。
やがて夜も更け、村人達が料理を片付け始める。
楽しかった宴会もお開きだ。
3人も忙しそうに手伝いで歩き回っている。
「勇者殿は何にもしなくて良いんだぁ!」
「何言ってるのよ!あたし達にも手伝わせてっ!」
「ええ、こんなに楽しませて頂いたんですものぉ」
「………」
終始無言の留奈。
ただひたすらに皆の手伝いをしていた。
思い詰めた様子で、唇を閉じている。
「ふーっ!こんなものかしらね?」
「助かりましたぁ!村に来た時はいつでも、歓迎しますぞぉ!」
「うふふっ、ありがとうございます。では、私達はこれで失礼しますわ」
「勇者殿!また来てくれなー!」
村長は明るい声で言い、小屋から出ていく3人を見えなくなるまで見送った。
姿が消えると、少し寂しそうに眉をひそめて自分の家へと戻っていく。
小屋へと戻って来た3人。
「あー楽しかったっ!あんなに食べたの久しぶりだわ!」
宴会を思い出し、楽しそうに声を弾ませる澄香。
黙っている留奈を見ていた環は、心配そうに声を掛ける。
「…留奈ちゃん?どうしたの?何か、あった?」
「…どうかしてるのは、たま姉だよ」
怒気に溢れた視線。
その言葉を口にした瞬間。
留奈は、環の左手に巻かれていた包帯を勢い良く引っ張った。
「あっ…」
酷く抉れた生傷が露わになった。
傷口から、ジワリと血が滴り落ちる。
その光景を目の当たりにした澄香は見る見るうちに顔から色が消えていく。
「お姉ちゃん、その傷…どうしたの?」
「えっ、あ、これは…気付いたら…」
「…分かってるくせに!!」
大声で2人の会話を割く留奈。
怒りに震えた手は、白く染まるほど強く握られていた。
一呼吸吐いた後も、怒号は続く。
「その右腕だって、さっき火傷した足だって…傷付いてるの、知ってるよ」
「…どうして、るなに言ってくれないの?」
「治すのは任せてって、言ったのに…っ!」
涙を浮かべて言葉を言い切ると、留奈は膝から崩れ落ち肩を揺らして嗚咽を漏らす。
澄香は2人を交互に見つめ、青ざめた顔色でその場に立ち竦む。
「えっ!?だって、お姉ちゃん…あんなに元気そうじゃない!」
「傷が治ってないなら、動ける訳…」
「…きっと、たま姉は痛くないんだ」
「……」
「何も、感じないんだよね?」
「ごめんなさい。2人に心配、かけたくなくて…」
環は、伏し目がちに言葉を紡ぐ。
気まずそうに、俯いて、包帯を解いていく。
血だらけの包帯が、床へと散乱する。
喉を詰まらせて見守る2人。
布が擦れる音だけが、部屋に響いた。
「…わからないの。今の私は」
「痛みを、感じられない…」
頭を垂れる環。
戸惑い混じりの声色は苦しそうに震えていた。
その姿を見た留奈は、座り込んだまま息をこぼす。
「…頼ってくれないの?」
「わたし達じゃ、力になれない?」
「そんな事ないわ!でも、こんな情けない姿見せられないじゃない…っ!」
「ばかっ!情けない姿なんかないよ!」
「そーよっ!死んじゃったら終わりなのよ!?」
「もっと弱さを見せてよ!お姉ちゃん!」
2人の言葉に、バッと顔を上げる環。
全員の視線が交錯する。
環の感情が一気に込み上げ、泣き出してしまった。
顔を覆うと、しゃくり上げる声が響く。
「うぅっ…ごめんなさい…ごめんなさい」
「あ、謝らないでよ!お姉ちゃんが悪い事なんて何も無いんだから!」
「…うん。どんな傷だってわたしが、治してあげるから」
そう告げた留奈は、すっと立ち上がる。
そのまま環へと歩み寄ると、力一杯抱き締めた。
直後、留奈の体から黄緑の光が溢れ出す。
「いたいの、とんでけっ!」
部屋中が眩い光に包まれた。
2人を包み込むように光は柔らかく形を変えていく。
傷が、一つ一つ消えていった。
不自然に曲がった腕が、元の姿に戻っていく。
妹の暖かさを感じ、目を瞑り環はそっと抱き返す。
優しく抱かれた腕に、留奈は胸が熱くなった。
「…留奈?治せたの?」
風のように消え去っていく輝き。
澄香は不安そうに視線を向けて声を掛ける。
応えるように小さく頷く留奈。
「ありがとう、留奈ちゃん。とっても、癒されたわぁ」
「…次からは、嘘、つかないで」
「ええ、もう2人に嘘は吐かないって約束する」
「絶対だからね!?あたし達1人でも欠けたらパーティじゃないんだから!」
恨めしそうに眉を寄せ、確認するように言い放つ澄香。
環は何度も首を縦に振って同調する。
留奈は静かに息を吐くと、不意に環の頬をつねってみせた。
急な出来事に思わず目を丸くしてしまう2人。
頬が赤く染まる。
力強く捻る手は、小刻みに震えていた。
何秒か経った後…
一つ、質問する。
「…痛い?」
問い掛けと共に、握る力が強くなる。
「……大丈夫よぉ」
環は顔色を変えず、笑顔でそう言った。
その言葉が発せられると、場の空気が一気に凍る。
冷ややかな雰囲気に、全員の口が閉ざされた。
誰も、何も言えない。
指先が震える。
頬から力無く、留奈の手が離れた。
「…分かった」
噛み締めるように呟いた言葉。
そのまま踵を返して、留奈は背を向けた。
誰も、動かない。
ただ、時間だけが過ぎていく。
沈黙に耐えかねた澄香が顔を上げる。
「ま、まずは着替えましょ!折角治ったんだからさっ!」
「わわっ!澄香ちゃん!押さないでぇ」
澄香は場の空気を変えようと、必死に明るく振る舞った。
背中を押されて環は部屋へと戻っていく。
玄関に1人佇む留奈。
環の反応を思い出し、表情がどんどんと崩れていく。
俺は静かに、足元へと身を寄せた。
「…っ、もう…治せないよ」
「るなの魔法、役に立たなかった…」
「皆を元気にしなきゃ、いけないのに…っ!」
不意に体を拾われ、強く抱き締められる。
鼻を啜る音と共に、悲しい本音が聞こえてきた。
その言葉を否定しようと強く体を横に振り回す俺。
(違うんだ!あれは、代償で…!)
(誰の所為でもねぇんだよ!)
あまりの暴れっぷりに、少しだけ表情が緩んだ留奈。
深呼吸を繰り返すと、抱いていた力が弱くなった。
無言のまま、居間へと歩みを進めていく。
居間の奥に光る扉を見つけた留奈。
ただ静かに、2人が降りてくるのを待つ。
扉の眩さに、目を細める。
その光はやけに遠く感じた。




