帰還②
青空が広がる。
澄み渡った空気。
治療を施された3人が小さく寝息を立てていた。
もふもふの動物が、環を揺すって起こし始める。
「…ん、あら。おはようございます、もふもふさん」
「おはよう。あたしはまだ動けないけど」
「…皆…看病、ありがと」
それぞれがまだ傷を負ったまま、朝を迎えた。
特に澄香は未だ体の動きが鈍いままだ。
「…すみ姉、回復する?」
「大丈夫!留奈の魔力が無くなったら大変じゃない!」
不安そうに近寄り問い掛ける留奈。
澄香は心配を吹き飛ばすように、歯を見せて笑顔を浮かべた。
喋る度に、体が悲鳴をあげる。
それでも澄香は笑顔を貫いた。
弱さを見せないように。
「早くギルドに戻らないといけないわねぇ…」
「そうね。報告しに行かないといけないわ!」
「…2人とも、歩けるの?」
その言葉に、シンとした静寂が広がる。
「わたしも、歩けない」
「だから、助けに来てもらう…!」
「助けに…?」
「留奈、何するつもりなの?」
「えいっ」
留奈は小さな魔法陣を展開させる。
淡く光った後、鬼うさきが1匹飛び出てきた。
「…これ、ギルドに持って行って」
うさぎに手渡したのは血塗れの依頼書。
看病したもふもふが、救護要請の文字を入れていた。
(俺が届けてやれたなら…)
時折、視界が揺らぐ。
自身の体が薄くなり、顕現が危うくなる。
ふと、留奈に視線を送った。
目線が合う。
頬を緩ませ柔らかい笑顔を俺に向けた。
直接、現実へと引き戻される。
留奈の信仰も俺の力の一部になっていると確信した。
こんな俺でも信じてくれる妹が居る…。
嬉しくて、背を向け小さく体を震わせた。
「…じゃあ、お願い」
うさぎは大きく頷くと、目にも止まらぬスピードで森を駆け抜けていく。
あっという間に見えなくなってしまった。
「あの足なら、すぐギルドまで着きそうね!」
「そうねぇ。頼りになるわ…」
「るなの自慢の、友達」
鼻息を立てて、自慢気に語る留奈。
その様子を見て朗らかな雰囲気になる2人。
傷付いた体を摩り、ポツリと環が呟いた。
「また勲章が増えたわねぇ」
「あたしなんか動けないんだから!あいつ許さないっ!」
「ええ、今度は絶対に勝ちましょう?」
「…ん、わたしも頑張る」
メルクスに対して敵意を燃やす3人。
語気を強め、鼓舞するようにお互い言い放つ。
後ろでもふもふが嬉しそうに見つめていた。
「…皆が、手当てしてくれたから、だよ?」
「……」
「…んー」
「今は、秘密にしておくね」
優しい視線を感じ振り返る。
留奈はもふもふと会話を始めた。
2人は不思議そうに様子を見つめている。
「秘密にする事なんて、あるのかしら?」
「留奈ちゃんにしか、言えない事なのかもしれないわねぇ」
小首を傾げて言葉を漏らす澄香。
楽しそうに会話をしてる留奈を見て、眉尻を下げる環。
―――数時間後。
馬車の音が聞こえてきた。段々と近づいて来る。
それも複数だ。
「皆!大丈夫か!?」
体を乗り出して叫んだのはギルドマスター。
鬼気迫る表情を浮かべ、馬車から飛び降りる。
「大丈夫、じゃないわね」
「申し訳ないですが、同じく…」
「わたしも」
血塗れの依頼書からは想像もつかない弛んだ空気にマスターの顔にハテナが浮かぶ。
だが、目の前の3人は生々しい傷痕だらけ。
集落が無くなっている事にも気付くと、途端に険しい顔付きになる。
「…一体ここで、何があった?」
「例の黒いモンスターと戦ったわ」
「それ以外は?」
「…メルクスって奴にボコボコにされた」
明らかにトーンダウンした声色で語る澄香。
3人ですら太刀打ち出来なかった事に、悔しそうに唇を噛み締める。
その後、俯いて小さく肩を震わせた。
名前を聞いたギルドマスターから、血の気が引いていく。
「ほ、本当にそいつと戦ったのか?」
「見たら分かるでしょ?」
「あたし達、こーんなボロボロにされちゃったんだから!」
澄香は八つ当たりのようにマスターへと言葉を向ける。
改めて3人を見つめた、マスター。
全員、致命傷の治癒跡が残っている事に気付いた。
「そうか…本当に、無事で良かった…!」
「あいつの事、知ってるんでしょ?」
「ああ、魔王の側近じゃないかと噂が出ていた獣人だよ」
「最近、オルドの方から闇の魔道具が流出されていた様なんだが…」
「どうやら、メルクスが意図的に流していたらしい」
3人に治癒士を付け、回復を指示するマスター。
淡々と語る言葉に、留奈が反応を示した。
「あの、黒い魔物って…」
「強制的に闇の力で支配し、凶暴化させる魔道具…と聞かされている」
「やっぱり、あの子は…」
事実を知った留奈。
確信を持った瞬間、膝から崩れ落ちた。
あのモンスターを思い出し、肩を揺らして涙を流す。
涙に呼応するように、動物達が集まってきた。
まるで留奈を慰めるように寄り添う。
「ごめん、留奈。あたしが言う事聞けば…」
「…あの状況じゃ、仕方ないよ」
「あの子ももう、染まりかけてた」
「だから、そんなに責めないで、すみ姉?」
動物達が去って行く。
静かに、ローブで涙を拭う留奈。
一呼吸すると、澄香の言葉を否定する様に首を横に振った。
「妹に慰められるなんて、姉失格ね」
「…すみ姉は、いつも格好良いよ」
不意に向けられた優しい言葉。
一瞬で耳まで赤くなる澄香の顔。
「へ、変な事言わないのっ!」
「あらあら、澄香ちゃんたら照れちゃって」
「お姉ちゃんまでっ!」
揶揄うように発言する環に、恥ずかしそうに顔を向ける。
和やかな雰囲気に、ギルドマスターはホッと胸を撫で下ろした。
「元気になったようで、何よりだよ」
マスターが手を挙げると、治癒士が馬車へと足早に戻って行く。
鋭い眼差しは、和やかな空気を一変させる。
「メルクスは並外れた戦闘能力を持っている」
「異常、その一言に尽きるよ」
「私達が会った時は、道具屋さんの店主だったのに…」
「オルドの店かい?」
「…オルドは、突然出来た街でね、ギルドで探りを入れていた最中だったんだ」
(…俺は、とんでもない罪を犯していたのか?)
マスターの言葉に俺は1人、絶句する。
勢いで、妹の為にと作った街。
そこに生きている人がいる。
ただ、それだけで良いと思っていた。
だが、因果は歪んだ。
四天王のねぐらになり、王直属のギルドマスターが動き出すほどに。
俺の所為で、集落が消えたんだ。
何も考えずに作った街。
突然生まれた命。
(もっと考えてれば、こんな事になんて!)
プルプルと震えていた俺を、暖かい手が包み込む。
留奈が無言で、顔を埋めて来た。
目を瞑り安心したように吐息を吐く。
その行動に、グッと胸が熱くなる。
(お前達をこんなに傷付けのは俺なのに…)
「…フーちゃんの所為じゃ、ないよ」
全てを射抜くような視線。
口角を上げて柔らかく笑うと、留奈は俺の頭を撫で回す。
「依頼は達成したけど、あいつを倒す事なんて出来なかったわ」
「メルクスから生きて帰れただけ奇跡さ」
「っ、あんたに何が分かるのよ!こっちはプライドも実力も、全部ぶち壊されたのにっ!」
「澄香ちゃん!落ち着いて!」
「情けで生かされて…嬉しい訳ないでしょっ!」
その瞬間、環の目の色が変わった。
「…それ、本気で言っているの?」
乾いた音と共に、澄香の右頬が赤く染まった。
「お、ねえちゃん?」
「マスターの言う通りなのよ!」
「私は貴女達が生きていてくれるだけで、幸せなの!」
「それを、妹の貴女が否定しないで…!」
感情が昂り、涙が溢れ出る環。
ジンと痺れる右手を握り締め、叫ぶように澄香へと語りかける。
叩かれた事が理解出来ない澄香。
ただ、目の前には泣いている姉の姿。
右頬を摩り、唖然とした表情で一言を紡ぐ。
「ご、めんなさい…」




