暗雲①
「…フーちゃん、おかえり」
薄らと目を開けて、留奈は両手を広げた。
一鳴きすると、腕の中目掛けて一直線に駆け抜けた。
「ちょっ!やっぱり留奈には甘いわよねっ!」
「…わたしは、優しいから」
揶揄うように微笑む留奈に、目を吊り上げて言い放つ澄香。
和やかな空気を感じ、胸を撫で下ろす環。
その様子を静かに見ていた依頼主。
「あの…お体の方は大丈夫なんですか?」
「貴女の薬で良くなったわ!ありがとう!」
「…助かりました」
声を揃えて2人が言う。
元気そうな表情を見て優しい笑顔を見せる女性。
「私の妹も、元気で居てくれたら嬉しいなぁ」
目を瞑り、胸に手を当てて誰かを憂う。
淡々とした口振りだが、心配の気持ちが溢れ出ている。
「妹さんとは、別れてしまったのですか?」
「そう、ですね…私達は少し前まで悲惨な生活をしてましたから」
「私だけ、逃がされて…」
女性は苦々しい表情で言葉を発した。
重苦しい空気になり、過去を思い出したのか額から汗が滴る。
重々しい雰囲気に、誰も言葉が発せなくなった。
時が経つのが遅く感じる。
「ご、ごめんなさい!変な事を聞いてしまって…」
「いえ…大丈夫です。私なんかより、あの子の方がよっぽど傷付いているでしょうから」
自分の失言に気付くと、慌てて頭を下げる環。
沈んだ雰囲気を振り払うように女性は、首を横に振り力無く笑みを浮かべた。
「…依頼、達成したよ」
俺を抱き締めたまま、ベッドから起き上がる留奈。
女性に近寄ると自信に満ちた眼差しを向けて言葉を待つ。
「そうでした…!ありがとうございます!」
「今回の報酬、受け取ってください」
思い出したように叫ぶと、女性は留奈に金貨一枚を手渡した。
留奈は嬉しそうに小躍りしながら2人の元へと駆け寄る。
「やったね。いえーい」
「ぎゃっ!」
「皆が生きてくれた事が、私の報酬よ?」
「お姉ちゃんは心配しすぎ!あたし達だって強くなってるんだからっ!」
談笑が部屋に響き渡る。
羽根を小さく震わせて俺も飛び回った。
その度に淡く光る俺の体。
「では、この紙にサインを頂けますか?」
「はいっ!分かりました」
依頼の紙に達成の文字が書かれた。
それを確認すると、環はもう一度深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!では、これで失礼致しますね」
「こちらこそ!また何かあれば、是非お願いします」
お互いに礼を言い合って、ログハウスを後にする3人。
彼女は3人の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
「また、手伝いが出来ると良いわねっ!」
「ええ、そうね。優しい人で良かったわぁ」
「…あの液体、凄かった」
「それは言っちゃいけません!」
暑い森を抜け、無事に宿へと戻る事が出来た。
留奈は宿の扉へ入った瞬間、倒れるように座り込んでしまう。
「留奈ちゃん!?まだ熱があるの…?」
「…大丈夫。ちょっと、疲れただけ」
「折角だし…温泉、入ろ?」
「そう言えば…何か特別な感じがするわよね、あの温泉」
「お風呂は心の癒しですもの!皆で入りましょう?」
留奈の提案に声を弾ませて賛成する環。
澄香と共に3人で浴室へと向かっていく。
突然、留奈が振り返る。
「…フーちゃんは、待っててね?」
とてつもない圧を発して言い放つ。
脚をプルプルと震わせて俺は何度も首を縦に振った。
3人を見送ると、静まり返った空間で考え事が始まる。
(留奈の魔力消耗はどうやって防げば良い…?)
毎回、熱を出して倒れ留奈を思い出す。
その場に座り込み、必死に知恵を働かせた。
考えろ。
これ以上、倒れる所は見たくない。
…ずっと考えていた事。やってみるか。
俺は早速スリープ機能を使って世界の狭間へと向かった。
「帰ってきたの!お疲れ様じゃ!」
楽し気に舞いながら、俺へと近付くゼウス。
口角を上げて耳元で囁いた。
「お主の波動、よーく感じたぞい」
「余計な事言うなっての!」
「そうそう、君の事もう噂になってるよん♪」
「…ん?」
ゼウスの言葉に恥ずかしくなり、咄嗟に振り払う。
直後、聞き慣れない声が狭間に聞こえた。
動揺で勢い良く振り向いた。
「おっつー♪」
「お前、誰だよ」
「アレスだよん。以後お見知り置きを♪」
(何だ?こいつは…)
「そんなに怖がらないでよー!」
「俺もまた、君の妹に魅入られし者の1人ってワケさ」
短髪で、細身の男。
あっけらかんとした態度で名乗る。
ピアスに、飄々とした態度。
明らかに神には見えないが…。
「一体、誰がお気に入りなんだ?」
「勿論、澄香チャンさ♪」
「…っ、ええ!?」
「何を驚く事があるんだい?」
「あの爆発的に光る感情を見ただろう?俺はその輝き方に一目惚れしちゃってねぇ」
「…あの子に、祝福を授けたい。良いだろうか?」
先の件を思い出し、惚れ惚れした様子で語るアレス。
神は人に惚れると、こんなにも生き生きとするもんなんだな。
語り合えると真剣な眼差しを俺に向けて了承を乞う。
「ああ、でも決めるのは俺じゃない。澄香だからな?」
「気に入った素材は最後まで面倒見るから安心して♪」
その言葉を聞いた瞬間、花が咲いたように笑顔になる。
しかしその後、アレスの周りが灼熱の炎を撒き散らした。
真っ赤な熱風が吹き荒れ、地面を焦がしてアレスは消えて行く。
「全く…神ってのは個性の塊だな」
「己の価値観だけで動くからのぉ。今後が楽しみじゃなぁ」
「あいつに祝福授けたら大変なことになりそうだ…」
頭を抱えて文句の言葉と共にため息を吐き出す。
アレスの所為で、自分のやるべき事をすっかり忘れていた。
「やべ!留奈にチート付与してやらねぇと!」
「ほほう?お主の考えは面白いからの、見せてみ」
俺が考えた最強のコマンド。
ピピッ
『絆』
「いつもの説明をせい」
「こんなの簡単だよ。留奈と召喚獣の絆が強ければ強いほど、魔力消耗を少なく出来るってだけだ」
「単純だが、強い良いチートじゃ!」
「だろ?これなら回復にリソースも使えるし、消耗戦でも戦えるはずだ」
鼻高々で言い放つと同時に、コマンドを入力する。
ピピッ
『入力に成功しました』
その瞬間、現実世界で温泉に浸かっていた留奈の体は魔力の波動を強く感じ、胸を押さえた。
「うっ…ぐっ…」
留奈の体は黄緑色に何度も強く瞬いた。
どんなに抑えようとしても溢れてくる。
苦しそうに肩を上気させて、温泉の端にもたれ掛かっている。
(本当に、大丈夫か?俺の所為で倒れたり、しないよな?)
モニターの画面を穴が開くほど見つめ、喉を鳴らす。
留奈の異変に気付いた2人は慌てて駆け寄る。
「留奈!?大丈夫?」
「のぼせちゃったのかしら…?」
「…ん、大丈夫。あったかくなっただけ」
ふわりと柔らかい笑顔で2人の問いを返す留奈。
その表情に安心した様子でため息を吐いた環と澄香。
「無理しないでよ?」
「…きっと、平気」
「留奈ちゃんがそう言うなら…」
訝し気に見据えて言葉を語る澄香。
何故か自慢気に言い放つ留奈に、心配しつつも自分を納得させる環。
その光景をモニター越しに見ていた俺も思わず安堵の吐息が漏れる。
苦しそうな留奈を見ていていると、チート付与の重さを改めて思い知らされた。
「それでも…使わないとダメなんだ」
「俺があいつらを最強にしねぇと…!」
決意を固めた俺は力強く拳を握り締める。
その横に、ゼウスが同調するように小さく頷く。
「まぁ、あの子らなら心配要らぬじゃろ!」
「神に選ばれし者が2人も居るんじゃからな」
「…ああ、俺の力以外だって強くなる方法はいくらでもあるんだな」
アレスやアテナを思い出し、頬が綻ぶ。
自分以外にも、妹を認めてくれる人が居るのだと。
「よし!じゃあ俺は様子見してくるからまたな!」
「おー早く帰ってくるんじゃぞー」
いつもの世界に戻ってきた。
目の前には風呂上がりの3人。
魔力の波動が元気に脈打っている。
(温泉の力はすげーな!)
肌も艶々になり、環や澄香の傷もしっかりと癒えていた。
「今日はここで寝ましょうか?」
「そーね、もう疲れちゃったわ」
「…わたしも、動けない」
3人はそのまま宿の小部屋へと向かう。
事前に割り振りした部屋へと戻って行く。
「おやすみっ!」
「おやすみなさい♪」
「…おやすみー」
夜の挨拶と同時に、部屋の扉が閉められた。
俺は留奈の様子を見に、静かに扉を開けて一緒に寝る事にした。
いつでも、守れるように。




