乱入②
見定めるように鋭い眼差しで見下ろすドラゴン。
2人はその迫力に怖気付いてしまい、身動き一つ取れずにいた。
「アォーン!」
堰を切ったのは狼だった。
深傷を負わされた怒りで、澄香に向かって勢い良く突進を放つ。
「そんなもの…当たらないわよっ!」
留奈が付与したバフで身体能力が上がった澄香は地面を踏み締めると真上へ大きく飛び跳ねた。
すかさずドラゴンが、空中に残る澄香目掛けて黒い火球を放つ。
「…ひっ!?」
落下していく最中。逃げ場は無い。
だが、後ろからそれよりも速い速度で盾が飛ばされ、火球が真っ二つになった。
「当てさせないわ」
「…っ!ありがとっ!」
切り裂かれたもう半分の火の玉。
澄香が食らってしまったが、留奈は防御のバフも掛けたのだろう。
軽い火傷で済んでいる。
留奈の体から静かに抜け出した俺。
環の頭の上に高速で乗った。
「フーちゃん!?」
「ぎゃ!きゃー!」
急いで、狼の後ろ足を羽根で指を差した。
魔石がある事に気付いた環は、狼のかみつきも鼻先を踏み付けて簡単に交わす。
着地と同時に盾を取りに戻った。
「魔石は後ろ脚ね…」
冷静に状況を見渡す環。
だが少しずつ、紫の光が薄くなっている。
「もう少しで留奈ちゃんの力が切れちゃう…!」
時間はない。
意を決した様子で深呼吸をする。
目を見開くと、狼の足元に潜り込んでいく環。
その行動に気付いた狼が、四肢を使って激しい一撃をお見舞いする。
片脚に踏み付けられながらも、懐に潜り込んだ環は大きな声で叫んだ。
「はっ!」
俺が頭に居た事で、魔力が増幅したのか眩く発光する衝撃波が狼の腹に直撃し、高々と宙を舞う。
盾越しに骨が砕ける音と振動が伝わった。
何も言わず、澄香へ視線を送る。
魔石を破壊されるのを防ぐべく、共にドラゴンが飛び去ると翼で狼の後ろ脚を守った。
環の方を向くと、小さく頷いた。
澄香自身が淡く光を放つ。
集中して魔力を練った先の杖先は逞しい稲妻の束。
静電気で髪を靡かせたその瞬間。
強烈な稲光がリング上を駆け巡る。
重なっていたドラゴンの羽すら抉る速さ。
力強い雷撃が、体へと直撃する。
小さな悲鳴と共に、魔石が割れる。
吸い込まれるように空へと光が上がっていった。
残るはあと1匹。
大盾の後ろへと下がる澄香。
しかし、2人の息は今にも途切れそうなほどか細くなっている。
金属音と共に、環の膝が地面に着いた。
「だっ、大丈夫!?」
「まだ、戦えるわ…澄香ちゃんを、守らなきゃ…」
そう言いながらも、視界は揺らぎチカチカと点滅する。
気力だけで、盾を強く握り直す。
地均しのような音が聞こえるたびに、ドラゴンとの距離が確かに近づいていく。
衝撃で揺れる度、恐怖で喉が鳴り心が折れそうになる環。
その時、自身の肩に温かさを感じた。
振り返ると、自信満々の表情を浮かべる澄香。
明るい笑顔に、思わず視界が滲んだ。
「…全ての力を出すっ!」
応戦するように、ドラゴンは大きく口を開けドス黒い光球を作り始める。
禍々しい風が辺り一面に吹き荒れた。
俺はドラゴンの顔を羽根で示す。
「額をぶち抜くっ!」
澄香は敵を真っ直ぐに捉え、杖を手が白むほど握り締めた。
杖先は巨大な炎が渦巻き始める。
激しい風が巻き込まれ、炎を強大にさせていく。
集中を切らなさないよう目を瞑る。
指先が耐え切れず、熱で焼けてきた。
最後の力を振り絞る。
(澄香ちゃんの魔法を成功させる為にも、私が!)
強い意志で盾を構える環。
シールドがヒビを散らしながらも、ドラゴンの波動を弾き続ける。
妹の高まりを背中で感じた。
火球を作り終えたドラゴンは大きく唸ると、2人目掛けて素早く放った。
火の影が、視界を覆う。
膝が崩れ落ちそうになりながら、それでも必死に盾を前に置きシールドを張り続ける。
火球が寸前の所まで来た瞬間、声が響いた。
「お姉ちゃん!下がって!」
掛け声と共に後ろへと下がる環。
待ち構えて居たのは、ドラゴンより数倍も大きな光球。
まるで太陽のように周囲を明るく照らす。
「いっけぇ!!」
澄香の絶叫が、光球を解き放った。
2つの魔法が衝突し、辺り一帯に強烈な烈風が起こった。
力は拮抗し、やがて火花が激しく散り始める。
勝負が決まったのは一瞬だった。
ドス黒い炎は耐え切れずに弾け消え、鋭い速さの炎がドラゴンごと飲み込んでいく。
魔石が砕け、空へと散った。
その直後、暗闇から光が差し青空が戻っていく。
明るくなる景色に、逃げ惑っていた人々から安堵の声が漏れた。
その声を聞いた途端肩の力が抜け、その場に座り込んでしまう2人。
環が嬉しそうに澄香の頭を撫で、そっと抱き寄せた。
「良かったわぁ…」
「…うんっ!やったよ…お姉ちゃん」
涙を滲ませながら、環の背中に手を当てて力強く抱き返す。
喜びを噛み締めあった。
「……まだ、続ける?」
息を上げ大量の汗を拭いながら、立ち上がり男に問い掛ける澄香。
呆然と立ち尽くしている男。
「くそっ!ま、まだだ!まだ俺には…」
慌てて戦闘態勢になるが、右腕の紋様はもう光らない。
動揺した男は満身創痍の2人に殴り掛かろうとした。
「うおおぉっ!」
突然、リングを覆う赤黒い旋風が吹き荒ぶ。
「………」
風の中から杖をついた男が現れる。
杖を鳴らしながら不機嫌そうに、フードの男へ近付いて行く。
「…神のチカラを得て、この程度か」
スッと小さく手を上げた。
刹那、赤黒い光の柱が落とされた。
瞬きすらする暇もなく、一瞬で。
「クロノス様…っ!ぎゃぁぁ!!」
焼け爛れた男が、力無く倒れて行く。
誰もが、声すら出せなかった。
その先の2人にクロノスは静かに目線を向けた。
妖しく光赤い瞳。
咄嗟に各々で武器を構える。
壮大な圧が纏わりついて離れない。
「ア、アンタ…誰?」
「………」
クロノスは背筋が凍る嫌な笑顔を2人に見せる。
ただそれだけだった。
絶望の雰囲気を掻き消したのはギルドマスターの声。
「皆ー!無事かっ!?」
「ギルド、マスター…」
「ええ!こちらは大丈夫です!魔物の方はどうなりましたか?」
環が問いで返すと、目を細めて小さく笑った。
「何とか片付いたよ…被害は大きいが、ね」
一瞬和やかな雰囲気に包まれた。
だが、クロノスから滲み出る禍々しいオーラを感じると、マスターは素早く剣を抜き取った。
「やはり…騒動の中心に居るのはお前か…」
怒りに震える手。
激しく脈打つ雷神の波動。
「おっと、今日はもう興が削がれたのでね。戦う気はないのだよ」
笑顔を保ったまま告げ、踵を返すとクロノスは誰にも聞こえない程の声でポツリと呟く。
「面白い器だ…楽しみにしておこう」
嫌な風が靡くと共に、クロノスは姿を消した。
緊張と疲れが同時に来た2人は、大きく息を吐いてその場に倒れ込んでしまう。
「大丈夫か!?」
「…これが大丈夫なように見える?」
大空を仰ぎながら、自身の傷を見て言い返す澄香。
「もう1人の妹の救護を…お願いします」
倒れ込んだままの留奈を力無く指差す。
マスターは小さく頷くと、急いで救護班を回して留奈を休める場所へと連れて行った。
「ねえ、お姉ちゃん。あたし達、生きてる」
指先は焼け、爛れている。
そんな手をきゅっと握り締めて、澄香が呟いた。
「ふふっ、そうねぇ。何て綺麗な空なのかしら…」
傷一つ無い盾、傷だらけの体。
汗を滴らせて環も答える。
2人は顔を見合わせ、健やかに笑った。




