歓迎①
3人が準備をしている間、俺は狭間へと戻ってきた。
「おー、随分早いお帰りじゃの!」
「まだ夜にもなっとらんぞ?何かあったか?」
暇そうにモニターを見ていたゼウスが、不思議そうに問い掛ける。
「いや、ちょっと今からやる事があってな…」
地面に座り込みながら言葉尻を早めて返す俺に、興味深そうに妖精は飛んでくる。
「今度は妹ちゃんに何を付与するんじゃ?」
「お前も、何でもお見通しだよなぁ」
「今は、環を最優先でチートを付与していく予定だ」
時間がない焦りの中、一言そう言い放つと俺は環のステータス画面を開く。
「あれ?女神の、加護?」
見慣れない言葉に手が止まる。
「お主の妹ちゃん、愛されておると言うたじゃろ?」
「今はまだあやつの直接的なチカラでは無いが、その内接触を計ってくるじゃろうて」
どうやら、環はどこかの女神に微笑まれたらしい。
だが、これは今すぐ強くなるチカラではない…そうなるとまずやる事はひとつ。
「そこは、女神様に任せるとして…俺はまずこの力を付与するぞ!」
ピピッ
『不壊』
これなら、干渉しないで強くなれる。
前線に立つ環の装備が壊れないとなると、パーティの安定力は一気に上がるはずだ。
でも、まだ足りない。
『意志の力』
人一倍、愛情が深い環なら強い意志を持って妹を守ろうとするだろう。
意志の力が、防御力に直結する。
「…これで良いよな?」
「これはワシが決める事ではない。お主が決める事じゃぞ?」
諌めるような口調で告げられ、不安な気持ちが見透かさていた俺はハッと我に返る。
「俺がやらなくちゃいけねぇ事なんだよな、これは…」
コマンドを入力すること音が、狭間に響き渡る。
息を呑む音すら大きく聞こえたような気がした。
「よし!成功だ!これで環は強くなれるぞ!」
安堵のため息を吐いている横で、ゼウスはモニターを凝視する。
画面越しの環は胸を押さえて苦しそうな表情になり汗が額から流れるが、妹の前では気丈に振る舞っている。
「急な体の変化に…ついていける訳ねぇよな…」
「……お主の妹ちゃん、壊れなければ良いが…」
その予想が当たる事で、大惨事になる事を俺は知らなかった。
狭間から戻った俺は、小さく悲鳴を上げた。
「ぎゃっ…」
「…フーちゃん、起きたの?」
俺が離れている間に、いつの間にか3人は外へと出ていたようだ。
柔らかい笑みを浮かべて、留奈は小さな体を優しく撫でる。
「アンタが寝てる間にもうギルドに着いちゃったわよっ!」
「まぁまぁ、澄香ちゃん。フーちゃんも疲れる時だってあるのよ、ね?」
心配そうに視線を送る環だが、雰囲気は少し変わっていた。
力強いオーラを感じる。
(いきなりチート付与しちまったが、体に影響とかないよな?)
「ぎゃー!」
「フーちゃん!?急にどうしたのぉ?」
勢い良く留奈の腕から抜け出すと、環の周りをぐるぐると飛んでみせた。
理解が追いついていない環は、ギルドに俺の声が響き渡り恥ずかしそうに耳を赤らめている。
その時、カウンターの奥から小さな拍手が聞こえてきた。
「いやいや、こんなに早くお帰りになられるとは…」
手を叩きながら称賛の言葉を言う謎の男。
豪華な甲冑を着て、高そうなマントまで着ている。
鎧の音を立ててゆっくりと近寄ってきた。
「…アンタ、誰?あたし達はこの前の依頼について聞きたい事があるんだけど?」
「す、澄香ちゃん?お姉ちゃん、喧嘩は良くないと思うわぁ」
「…すみ姉、聞いてない」
環の言葉も届かず、詰め寄る男に刃向かうように睨みをきかせる澄香。
その様子を見て目を細めながら、男は一礼した。
「失礼。私はギルドマスター。…正確には王都の、なのだがね」
「ギルド、マスター?」
「ああ、水晶が割れたと聞いて駆け付けてきたのだが…まさかこんな可愛らしい少女だなんて」
「かっ、かわっ…!?」
「…褒められた、嬉しい」
突然の台詞に思わず動揺し、男から距離を取るように後ずさ澄香。
留奈は自慢気に笑っている。
その場を収めようと、環が一言男に問う。
「それで、貴方のようなお偉い方がなぜ私達に会いに?」
「…これだよ」
環の掌に手紙を置く。
何も言わず、環は手紙を開けて中身を読んでいく。
『ディスクレシア城にて、闘技大会を開催!』
『優勝者には豪華賞品を贈呈!皆の参加を待っている』
「どこの土地よ、それ?」
首を傾げて思わず疑問を呟いてしまう澄香。
その言葉に、受付嬢が目を丸くして返答を返す。
「何言ってるんですか!今皆さんが居る国じゃないですかっ!」
「え?ここってそんな名前の国なの?」
「そうだったのねぇ…私、言われるまで気にした事もなかったわ」
「…ん、覚えた」
(そう言えば国の情勢とかすっかり言うの忘れてた…!)
留奈の頭の上に居た俺はその事を思い出すと、バタバタを羽根を震わせた。
「…フーちゃん、うるさい」
「ぎゃい…」
ジト目で上を睨み付けてくる留奈に返事をすると、静かに丸くなる。
「…どうして、私達なんです?依頼すら、まともに達成していないのですよ?」
「ハハッ、達成しているじゃないか!」
「えっ?」
ギルドマスターが3人に依頼の紙を見せてきた。
書いてある内容は昨日と同じものだ。
「これを達成してくれたんだろう?」
「…森の主を撃退するなんて、Dランクのパーティが出来る事じゃない」
「この手紙はね、私に認められた者にしか渡さない決まりなんだ」
男の言葉に、ギルド内が静まり返る。
一瞬の静寂の後、周りからヒソヒソと囁きが漏れ始めた。
「おい…あいつら、森の主を追い払ったらしいぞ…」
「あんなのに出会っちまったら、生きて帰れないのに…」
「マジか!才能溢れる子も居るもんだなぁ…」
「…ふふふ、いつか闘ってみたいわね」
色々な思惑が溢れ出すギルド内。
その囁きを掻き消すように、男が両手で乾いた音を鳴らす。
「闘技大会の話、引き受けてくれるかな?」
3人は無言で顔を見合わせる。
息が詰まる。
昨日の傷が脈打つような、鼓動の高まり。
環は俯き、昨日の失態が頭を過り即座に返事を返す事が出来なかった。
だが、強者が集まる大会。
自分が強くなるチャンスはここしかない、と顔を上げる。
「ええ、お引き受けいたしますわ」
「それは良かった!では、私は城下町のギルドで待っているからね」
「君達の活躍、期待しているよ」
柔らかい雰囲気で目配せをした後、男は不意に澄香に近付く。
目を細め、鋭く口角を上げると耳元でこう囁いた。
「…君の稲妻は、雷神のように眩しかったよ」
「えっ、それってどう言う…」
「まるで、ゼウス様を彷彿とさせるようだ…」
後ろ姿を見せながら、手を振り出て行くギルドマスター。
澄香へと向けた言葉は、神を知っているかのようだった。
それと同時に、モニターを見ていたゼウスは無言で画面を切った。
背中を見終わると、3人は改めて手紙を読み直す。
「豪華賞品って、何かしらね?」
「うふふっ、私は格好良い鎧とかが欲しいわねぇ」
「…私は、お金の方が欲しい」
留奈の言葉を聞き、顔色が変わった澄香。
「そうよ!森の主?を追い払ったのよっ!報酬を頂戴っ!」
「はい、ギルドマスターから預からせて頂いております!」
カウンターに置かれたのは金貨1枚。
「あらあら、こんなに頂けるなんて…ありがとうございます♪」
頬に手を当てて嬉しそうに微笑みながら金貨を受け取る環。
拭えない恐怖が蘇り、手は小刻みに震えてしまい金貨を落としそうになる。
「あっ、すみません…!」
「いえいえ!実はあの依頼、怪しい記載が多くて…こちらでも別件として調査する予定だったんです」
「まさか、こんな事になってたなんて…!」
「…でも、皆で追い払った」
「そうよっ!ダメージだって受けてたし、きっと暫くは大丈夫なはずよっ」
自信満々に言い放つと、受付嬢も安心した様子で笑った。
3人は早速ギルドから出て、王都へ向かおうとする。
「皆さん!王都はここから遠いので、馬車での移動をお勧めします!」
受付嬢は声を大きくして助言を試みる。
澄香が振り向き、了解の意で大きく頷いてみせた。
「馬車かぁ…その前に、装備とかも買っておきたいわよねっ」
「こんなに頂けたんですもの、ご褒美に何か買いましょう?」
「…出来る事は、しておく」
王都への希望を胸に、自身の成長を期待し武器屋へと向かって行く。
1人、不安気に下を向く環を除いて…。
遠くの空は、赤黒い雲が立ち込めていた。




