パーティ⑤
貰った救急箱で、気を失ったままの環の手当てをする澄香。
所々の傷から血が溢れており、悔しそうに必死で包帯を巻いてみる。
「早く止血して、家に…」
自分が発した一言でハッと何かを思いついた。
「そうだわ…!家に戻れば、傷だって治るはず!」
「今すぐにでも帰らなきゃ!」
そう言うと、澄香は環を背負う。小柄な体で。
想像以上に重い体に手が解けそうになるが、力を振り絞り顔を真っ赤にしながら歩き出した。
「アホ鳥!アンタも何か手伝いなさいよっ!」
「ぎゃー!?」
(さっき名前で呼んでくれたのにもう元に戻ってる!?)
俺は哀しみに泣きながら、素早く留奈の元へと近付く。
留奈も意識を失ったままのようだ。
よし、あの力を使うか!
留奈の体を嘴で咥えて、思い切り踏ん張った。
精一杯の力を込めて。
(ふぎぎぎ…!)
渾身の力でようやく、留奈の体が地面からフワリと離れた。
留奈1人だけなら、持ち上げられる。
鈍く重たい足取りで澄香の後ろに着いていく。
「ふーん、意外と力あるじゃない」
俺を横目に見て、意外そうな表情で小さく呟くとまた前を向き我が家へと急ぐ。
「はぁ、はぁ、あともう少し…」
(待ってろ!2人共!)
目の前には一軒家。俺達は駆け足で家の敷地内へと入って行く。
―――シュンッ
「お姉ちゃん!これで傷も…」
背負った環に期待で満ちた様子で、声をかける。
そこには…
装備が直っただけの環と留奈が居た。
「な、何で…?全部を回復してくれる訳じゃないって、こと?」
澄香は顔面蒼白で膝から崩れそうになり、玄関までの足取りはどんどんと遅くなる。
そうだ。
俺は、装備が回復するコマンドしか入力していない。
怪我や病気が治るようはしていなかった。
これくらいで良いだろうと、高を括っていた。
留奈を咥える嘴に、自然と力が入る。
後悔しかない。
神様は、何でも出来るんじゃねぇのかよ…!
だが、今の世界に降り立てるのは所詮、この半身だけなんだ。
俺は自分自身に憤りを感じながら、家へと戻って行く。
「早くお姉ちゃんをベッドに連れていかないと!」
肩で呼吸を繰り返しながら、澄香は環を部屋に連れて行き、ベッドで休ませる。
辛そうに息を荒げて寝息を立てている環を見て、小さく息を呑んだ。
「……っ!」
息が詰まる。
胸が張り裂けそうになる気持ちを振り払うように首を大きく横に振り、今度は留奈の元へと駆け寄っていく。
「留奈!すごい熱…」
全身が赤くなり、小さく苦しそうに呻き声を上げる留奈を見て、ぎゅうっと力強く抱き締める。
「こんなに頑張って、くれたのね…」
自嘲するように言い放ち、澄香は留奈を抱き上げ部屋へと連れて行く。
そっとベッドへ寝かせると、留奈の熱冷まし用の道具を取りに急いで居間へと戻っていく。
氷枕を何個も作り持って来た。
頭や脇、首など至る所に詰め込む。
「よしっ!留奈の方は大丈夫そうね!次はお姉ちゃんの所に行かなくちゃ!」
敷き詰められた氷枕を満足気に見ると、澄香は留奈の部屋から出て行き環の部屋へと向かう。
「……すみ姉、すごかった、よ」
意識を取り戻していた留奈は、足早に出て行く姉の後ろ姿に向かって呼び掛けるが、澄香の耳には入らなかった…。
「お姉ちゃん…また血が出てる…」
さっき巻いたばかりの包帯はもう真っ赤に染まり血が溢れ出し、痛々しい現実を突き付ける。
自分がこんなにも深い傷を負わせてしまったのだと。
「絶対に、大丈夫だから…っ」
まだ呼吸が荒い。
その姿に泣きそうになり、包帯を持つ指先が震えた。
(あたしの所為で…お姉ちゃんが死んだら、あたしも一緒に、死ぬ)
決意の眼差しで、環の体に包帯を巻いて行く。
小刻みに揺れる手。
生々しく開いた傷を見ながら。
その夜、澄香は環の傍からひと時も離れることは無かった。
翌日。
環のベッドの隅で、いつの間にか座ったまま寝ていた澄香。
慌てて顔を上げ、目の前で寝息を立てている環を確認すると嗚咽を発してその場に崩れ落ちた。
「生きてて、良かった…もう、死なないで…お願い…っ!」
不意に、2人の目線が合った。
「目が、覚めたの?」
「ええ…迷惑かけてごめんなさいね、澄香ちゃん…」
「お姉ちゃんが謝る事なんて、1つもないのよ…」
力強く環の手を握り締める澄香。
それに応えるように環は優しく握り返す。
「じゃあ…今日はずっと、傍に居て貰おうかしら?」
「…うん、あたしが居るよ…お姉ちゃん」
からかうように微笑んで環が言うと、力無く笑った澄香は環の無事を確認するように、優しく抱き締める。
そして包帯を変え終わると、勢い良く立ち上がり…
「あたし、留奈の様子も見てくる!」
そう言うと、足音を立てて留奈の部屋へと向かう。
1人残された俺は、環の傍にそっと近付き、羽で頭を撫でてやった。
「ありがとう、フーちゃん。やっぱり貴方は、優しい子…」
安心したのか、その言葉を呟きながら環は再び眠りへと落ちていく。
寝入ったのを確認し、俺も急いで留奈の元へと向かう。
「ぎゃっ!」
「…あ、フーちゃん。おはよ」
ほんのりと赤い顔で俺に挨拶をする。
「まだ熱もあるんだし、今日もしっかり休みなさいよ?」
「…ん、分かってる。おやすみ」
ご飯の支度をしに部屋を出て行く澄香。
俺もそれについて行こうとしたが、脚を掴まれ留奈の布団に強制的に収納された。
「ぎゃーっ!?」
「もふもふ…やっぱり、あったかいね…兄ちゃん」
体に顔を埋め、はにかんだ笑顔で囁きそのまま夢の中へと入って行く留奈。
え?
兄ちゃんって言ったよな?
バレてる、ってこと?
留奈の一言により、俺は一瞬で大パニックになりガタガタと体が震えだす。
ヤバい…これは間違いなくゼウスに叱られる。
それどころか存在を消されるかもしれねぇ。
恐怖で固まった体は動かせず、留奈の吐息を感じながらも俺は次にするべき行動をひたすら考えた。
(もういっその事喋れるようにするか?いや、でもそんな簡単に導けちまうなら最初から…)
(くそっ!俺はどこで間違えちまったんだ?)
(ゼウスに会わなければ、こんな事には…)
終わらない負のループ。
纏まらない考えに俺はバタバタと留奈の腕で暴れ回る。
いや、その選択だけは後悔しちゃいけねぇだろ。
妹達を生き返らせる。
俺は、どんな姿になってももう一度笑顔を見るって決めたじゃねぇか!
その願いはもう叶ったんだ。
次の事だけ考えろ。
最強の勇者にする
死の淵に立たせるのは2度とごめんだ。
神のチカラで、助けてやる。
それが俺のするべき事。
(…1度、ゼウスに説教食らってくるかぁ)
俺は留美の腕からこっそり抜け出すと、狭間へと向かった。
「おい!ゼウス!どこに居る!」
「…ここじゃよ」
いつもなら笑顔で迎えてくれるはず。
だが、眉間に皺を寄せて顔で胡座をかいていた。
「もう、見たよな?俺、正体がバレたかもしれねぇ」
「…うわ言じゃと信じたいが、もし本当にそうなら不味いのぉ」
「何がどうなるか、教えてくれるか?」
場の空気が変わり、空気の重さを肌に感じる。
ゼウスが口を開こうとした瞬間
「全知全能の神が、この世界から消えるのだ」
聞いたことのない声が真っ白な空間に響き渡った。
静かで、重厚な。
貫禄があるその声の方へと視線を向けると、杖をついた長身の男が立っていた。
「なっ、お主は…!?」
声の主を見つけて振り返ったゼウスは、俺の前で初めて動揺を見せた。
「雷神の後継…いや、もうそうではなくなるのかもしれないが…」
「お前が足掻けば足掻くほど、この世界は歪んで行くのさ」
コツコツと杖を鳴らして少しずつ歩みを進める謎の男。
この前の奴とは違うが、こいつも明らかに格が違う…!
「お前が作った街で、どれだけの魂が歪んだか…知っているか?」
俺は言葉に詰まる。
知らなかった。
1つのコマンドだけで、こんなにも世界を変えてしまうのだと。
男は俺を横目に静かに通り過ぎた。
「そして、無理に繋げた欠片達が世界の均衡を壊しつつある…」
(何の事を、言ってるんだ?)
考え込んでいた俺の肩に、そっと手が触れる。
冷たい感触に、体の底から震え上がった。
「…これが、雷神を信仰する奴等に知られたらどう思う?」
漂う沈黙に、男は苛立ちを見せる。
「チッ!つまり、お前のチカラはどんどん矮小になり存在すら怪しくなると言う訳だよ」
「…まぁこれで、私の信仰が増えるなら悪い話ではないがね」
厭らしい笑顔を作り俺にそう告げる男は俺から離れ、ゼウスを睨み付けるとくるりと背を向け小さく手を振った。
「お前達のチカラを欲しているのは、アイツだけじゃあないのさ…」
真っ白い世界に赤黒い旋風が吹き抜けると同時に、男は消え去った。
隣に居たゼウスから、とてつもない程の稲光が走る。
「クロノスめぇ…!!」




