序章②
――ピピピッ、ピピピッ
いつものアラームがスマホから鳴り響く。
手を伸ばしアラームを止めると、次女の澄香は起き上がりベッドから眠そうに出ていく。
自分達が兄に生き返らされ、異世界に飛ばされたとも知らずに。
居間に行くと、長女の環がせっせとご飯の用意をしていた。
「お姉ちゃぁん、おはよぉ…」
「あらあら、おはよう澄香ちゃん」
環は妹の顔を見るなりふっと小さく笑みを浮かべてこう言った。
「今日も可愛い髪型ね♡」
「――えっ!?」
その言葉に慌てて前髪を触る澄香。
爆発した寝癖に気付くと顔を真っ赤にして洗面台へと突っ走って行くのであった。
「何で今日はこんな事になってるのよっ!バカぁあー!」
「ふふっ、朝から楽しそうねぇ」
「よしっ!お姉ちゃんも早く朝ごはん作らなくっちゃ!」
澄香が大暴れしているのを横目に、環は朝食の準備を続けていく。一家の食事担当である環は料理が趣味で、どんな物でも美味しく作ってしまう才能の持ち主だ。
「……おはよ」
後ろから小さな声がポツリと聞こえる。
「おはよう、留奈ちゃん」
眠たい目を擦りながら三女の留奈が環に挨拶をしにやってきた。
「ふぁああー…」
大きな欠伸をしながら居間のテーブルに腰掛け、今か今かと朝食を待っている。
「…今日のご飯、なに?」
「今日はねぇ、皆だーいすきなお魚さんと、卵焼きと、お味噌汁よぉ」
「おー…たま姉のご飯、大好き」
留奈はいつの間にか出来上がり、食卓に並べられた朝食を見てキラキラと目を輝かせる。
「…はぁ、はぁ、やっと直せたわ」
「あら、お帰りなさい澄香ちゃん」
「……すみ姉、また寝癖?」
「もう…その話は良いからっ!」
「「「いただきまーす!」」」
妹達の朝はここから始まる。
「…よがっだぁ」
その光景を見れただけで、俺はこのチカラを手に入れて良かったと思ってしまった。
まだ何も知らない、3人の可愛い妹達。
俺のエゴで、知らない世界へ飛ばしてしまった。
これから何が始まるかなど知らずに、美味しそうに朝食を食べている。
長女の環。
俺の妹なのだが、随分としっかり者で母親のような存在である。いつもニコニコ笑顔。本気で怒ると目が開いてチョー怖い。
次女の澄香。
一言で言えばツンデレ。それ以下でもそれ以上でもないのだ。この年頃は皆そうなるよな…。
三女の留奈。
あまり喋らないし、感情表現もしない大人しい子。動物大好きだし俺にも姉さん達にも懐いている…と思う。
「可愛い子達じゃのぉ…」
「だろ?俺の自慢の妹達だからな!」
「これから勇者になる子じゃからのう…ワシもしっかりとこの目に焼き付けておかなければな」
そうだった。
動いている3人に感動してる場合ではない。
俺はこれから、あいつらを勇者にして絶対に死なないようにさせなければいけないのだ。
でも…
あの世界で生きていくのはあいつらなんだ。
俺はこの世界の狭間で、ほんの少しの手助けをし、見届ける事しか出来ない。
同じ世界で冒険などもっての外。
少し、考えよう。
「よし、ゼウス!まずはあいつらが飛ばされた世界について教えてくれ!」
「ふぅーむ、あの一軒家が飛ばされた世界?」
「大国、ディスクレシアじゃな」
「ディスクレシア?」
「うむ、ワシらギリシャ神を信仰しておる魔術と剣術に栄えた国じゃのぉ…最近は魔王も誕生し、少しずつじゃが勢力が拡大している…と言ったところかの」
隣の妖精がドヤ顔でこちらを見る。
「あ、ありがとな、助かった」
「ガハハ!ワシにかかればこんなものじゃ!」
「…はぁ」
偉そうに踏ん反り返っているゼウスを見て俺は大きく肩を落とした。
ディスクレシア
この世界は魔術も剣術もあり、そしてラスボスも存在する…。
良い世界じゃないか。
俺の妹達が無双する、最高の舞台だ!
しかし、拠点の耐久力が不安だな…
「そうだ!さっき作った一軒家に最強の結界を張って…」
俺の目の前に一軒家が映った画面が開かれた。
『結界』
次の瞬間、半円状のシールドが我が家を包み込んだ。
地鳴りのような音を立て、砂埃を舞い上がらせながら。
「あ、やべ…あいつら何も知らないから…」
「「きゃあーーー!!」」
案の定、家の中から妹達の絶叫が聞こえた。
「妹ちゃん、怖がっとるの」
「うるせえ!まだチカラの使い方に慣れてねーから仕方ないだろ!」
慌てて飛び出してきたのは澄香だった。
「お姉ちゃん達はじっとしてて!あたしが様子見てくるから!」
「1人で外には…私も付いて行くわ!澄香ちゃん!」
「……お留守番は嫌、わたしも行くー」
…結局3人で家の外にある森へ向かってしまった。
「あ、あの近辺の森のモンスターのレベルを最底辺にしねえと!」
ピピッ
『レルーの森 モンスターレベル平均1』
よし、取り急ぎだが設定は変更したはず…
「きゃーーーっ!」
「いやぁっ!何なのこれぇー!!」
突然の絶叫。
あれ?こんなにビビるようなレベルのモンスターはもう居ない、よな…
画面を妹達に切り替える。
そこには巨大スライムに捕まっている3人が居た。
ガッツリと掴まれ、身動き1つ取れず。
「――!?」
俺はその光景に言葉を失ってしまった。
まさか、レベル1のスライムが合体…?
「こんのっ!離れなさいよっ!」
澄香は歯を食い縛りながら、懸命に殴っている。
「っ、苦し…」
「……息、出来ない」
こんな所で絶体絶命のピンチになるなんて。
俺は大慌てでコマンドを作るが、途中で入力をしてしまった。
ピピッ
『メテオ スライムに』
「うわっ!まだ途中―――」
その言葉と共に画面に居たスライムは巨大な隕石が当たると、勢い良く飛んで行く。
すぐ近くでメテオが爆発し、森が燃え上がっていた。
3人は燃える森を呆然を見つめていた。
「はぁっ…なん、だったの?」
震える体で澄香がか細く呟く。
「私達…もしかして異世界、みたいな所に居るのかしら…?」
留奈を抱き寄せて環は考えを巡らせた。
「…今の、スライム、漫画で見た」
「デカ過ぎるわよぉ!」
(俺の所為であいつらが危険に…!)
早く家に帰らせて安心させないといけない。
可愛いモンスターを出し、留奈の気を引いてどうにか出来ないかと俺は再びコマンドを打つ。
『鬼うさぎ レベル1』
ツノが生えたうさぎが誕生した。
動物大好きな留奈がそれを見逃す訳もなく…
「…!!」
「ツノが生えた、うさちゃん…!」
物凄い速さで追いかける留奈。
その留奈を物凄い速さで追いかける姉2人。
「留奈…?ちょっ、どこ行くのよっ!?」
「迷子になったら危険よ!追いかけなくちゃ!」
「…もふもふ、もふもふ」
家の入り口まで辿り着き、うさぎは家の結界により消滅した。
「え…?うさぎが、消えた?」
「私達の家は安全、ってコトなのかしら…」
「…うさちゃん、消えた…がっくし」
「こ、こんな格好で居たらとんでもない騒ぎになるわよ!早く家に戻りましょ!」
よし!やっと家の中に入ってくれた…!
実は俺は一軒家に特別な改造を施していたのだ。
『帰宅時 装備回復』
敷地内に入った瞬間、スライムにボロボロにされた3人の服は元に戻り新品同様の輝かしさを放つ。
「ねぇ…あたし達の服!元に戻ってる!良かったぁーー」
「良かったわねぇ、流石の私もあの姿ままじゃお嫁に行かないわぁ」
「…全然恥ずかしそうにしてなかったじゃない」
「あら?そうかしら…うふふ♡」
「るなのうさぎ…」
「うさぎの話はもうおしまいにしなさいっ!」
家の敷地内を歩いていく。
「ここは安全なのね、安心したわぁ…」
「ええ、そうね…危険な時も家に帰れば大丈夫そうね」
「じゃあ、皆で帰りましょう?」
3人で玄関に入ろうとした瞬間、澄香は俯き重い口を開いた。
「皆、ごめん…あたしの所為で…」
「ふふっ…大丈夫よ、ほら私達ピンピンしてるじゃない♪」
「…元気、いっぱい」
2人は軽やかに動き、不安そうな澄香に視線を送ると笑顔を見せた。
「お姉ちゃん…!留奈…!」
悲しげだった顔は明るく笑顔になり、澄香は2人を力一杯抱き締める。
(はぁ…いきなり死のピンチとか…勘弁してくれ…)
3人の笑顔を見て肩の荷が降りた俺は、安堵のため息を吐く。
でも神の俺を差し置いて強制イベントとかありなのかよ!?
チカラの使い方を覚える良い機会だったと思うしかないか…。
ふと妹達の方に目をやると、澄香が2人に真剣な表情で提案をしていた。
「ねえ、あたし…これから外の世界に行こうと思う…!」
(あれだけ怖い思いをしたってのにか…!?)
澄香の覚悟はもう決まっているらしい。




