パーティ④
「――グルヴァア!!」
空気を切り裂く雄叫び。
衝撃が、俺達を貫く。
足が竦んで動けない俺の横から、何かが投げられる音が聞こえた。
「…フーちゃんに、近寄るな!」
小さい小石が巨大な体に当たる。
足をガクガクと震わせながら、留奈は精一杯の力で対抗した。
怒りで目の色が変わった群れの主は、目標を留奈に定めると俺から離れてゆっくりと歩みを進める。
「ぎゃっ!ぎゃっ!」
「…すみ姉のところに、早く!」
「…わたしだって、まだ…戦える!」
俺を澄香の方へと向かわせると、留奈は自分を鼓舞するように言い放つ。
留奈から放たれる黄緑色の光が、小さな魔法陣を描く。
強く願った心が、魔法陣を淡く輝かせた。
――――パァッ!
「…………来てっ!」
「クマーーッ!!」
魔法陣から飛び出て来たのは、小さいピンク色の可愛い熊だった。
飛び出した勢いで、熊は強大な敵に向かって渾身の右ストレートを放つ。
すさまじい衝撃音と共にこの辺り一面が大きく揺れた。
突風が吹き抜け、砂埃が舞った。
「……グルゥゥ」
留奈の目の前には、ツノが折れた巨大な狼。
顔から血は流れているが、その鋭い眼光は未だ留奈に向けられていたままだった。
主は一言も発さず、ただ大きな爪を振り下ろす。
「クマッ!クマーー!」
咄嗟に庇ったのは熊だった。
必死に耐える。留奈の為に。
必死に足掻く。体が悲鳴を上げようとも。
だが、抑え切れない力に負け、骨が軋む音と共に無惨にも叩き潰される。
小さな熊は、最後まで留奈を庇って前に立ったまま――淡く光ると静かに空へと消えていった。
「…クマ、ちゃん…また、逢えるよね?」
留奈は、登って行く光に手を伸ばすも届かず、哀しげに見つめて小さく呟く。
「皆、ごめん…」
震える体で俺達を見つめた留奈は、意識を失いその場に倒れ込んでしまった。
最後に向けられた視線は、俺だった。
(考えろ…!考えろ…!)
静寂が戻る。
大地を踏み締めて体を揺らしながら、主はゆっくりと留奈へ近付いていく。
折れたツノは禍々しい妖気を放ち、その傷口からは黒い靄が滲み出ていた。
風を切る音がしたと同時に、主は鋭い牙を留奈に向けて飛び掛かってきた。
「…させ、ないっ!」
鈍い音と共に、金色の光が煌めいた。
壊れた木箱を盾にし、環は留奈の目の前に立つ。
命を削って。
「アォォーーン!!」
主が環の盾に食らいつく。
段々と、金色のシールドにビビが入り光が弱くなっていく。
「…ゔっ…うう…私が、守らなくちゃ…」
(環まで…!おい!何やってんだよ!澄香!!)
震えている澄香の頭で、俺はうるさく鳴き叫ぶ。
だが、悲惨な光景を目の当たりにした澄香の瞳から、光が完全に消えていた。
(お姉ちゃん…留奈…)
(あたし、またやっちゃった)
(魔法使えるなんて、大見得切った結果が…これ)
俺がどれだけ叫んでも、澄香の心には届かない。
(…あたしが、最強?)
ピクリとも動かず、絶望の底に堕ちた澄香。
それでも、俺は諦めない。
頭の上で跳ねたり、小突いたり、何でもやった。
(…何よ、アホ鳥…)
ふと俺の事に気付いた澄香は視線を上へと上げた。
その時だった。
―――ピリッ!
俺が頭に乗った瞬間、澄香の杖から小さな雷が散る。
「!?…今の、って!」
もう一度握り直した杖から澄香は、雷の波動を感じた。
「ぎゃっ!」
その光景に驚いた俺はびっくりして澄香の頭から離れてしまった。
…俺が離れたと同時に、杖から光が消え失せる。
「離れないでっ!」
突然の絶叫。
澄香の瞳は光を取り戻し、力強く杖を握りしめた。
「アンタは、あたしの上に居て」
「…ただ、それだけで良いわ」
目を瞑り、集中する。
その瞬間、澄香の胸の奥で何かが噛み合う感触を感じた。
揺らいでいた魔力が、俺が頭に乗る事で一本の糸のように絡まり合う。
澄香の周りには青白い光が集まり始め、杖先に留まっていく。
眩いくらい、強い輝き。
静電気で、澄香の髪の毛がフワリと舞い上がる。
「…行くわよ!フー!」
「ぎゃーっ!」
―――バチィッ!
力強く言葉を発した後、杖先に集まった稲光は激しく音を立て、一瞬の静寂の後、群れの主に向かって一直線に放たれる。
森が、割れた。
「………」
攻撃の激しさにたじろいだ主は、無言のまま脚を引き摺りながら再び森へと戻っていく。
恨めしそうに俺達を睨み付けながら。
その時俺は、主の後ろ脚が魔石の色と同じ輝きを放っているのを見過ごさなかった。
(あのオーラ…スライムの時と全く一緒だぞ…!)
偶然じゃない。
「…はぁ、はぁ…」
肩で息をしながら、澄香は主の背中を無言で見つめていた。
はっ!と我に返ると、倒れていた環の元へと真っ先に向かう。
「お姉ちゃん…っ!」
「すごいわね、澄香ちゃん…とっても、強い光…」
「余計な事喋らないで!今、治してあげるから!」
「…ふふ…あら、思ったより深いわねぇ…」
澄香に抱き抱えられながら、力無く笑う環。
(……くそっ!)
俺は耐えられず、2人から目を背けた。
空気が、重くなる。
「…何だか、寒いわねぇ…」
「お姉ちゃん、変なこと言わないでよ…」
「言ってないわよ…事実だもの」
「…帰ったら、大好きな卵焼き、作ってあげるからね…?」
声を震わせる澄香の頬に、環の手がそっと添えられた。
優しく微笑むと、その手は力無く崩れ落ちる。
「お姉、ちゃん…?」
返事は、返ってこなかった。
澄香は力強く環の手を握り締めたが、指先は氷のように冷たい。
「お姉ちゃんっ!返事してよ…!お願いだからっ!」
何度も何度も体を揺する。
だが、環の体は力無く揺れるだけだった。
澄香は顔を真っ青にして、声を詰まらせる。
「…嘘だって、笑ってよ…」
絶望は、再び澄香の瞳に影を落とした。
その時
留奈が、地面に倒れた環の手を強く握りしめる。
「……いたいの、とんでけ」
か細く呟いた言葉。
黄緑色の小さな光が環を包み込む。
環の傷が癒されていくが、治るペースは少しずつだった。
青ざめた顔に血色が戻っていく。
「………」
「留奈?…留奈!!」
環の治療が途中で止まる。完全に治すのは留奈でも無理なようだ。
留奈は顔を真っ赤にして、再び気を失ってしまった。
その様子に気付いた澄香が慌てて留奈に呼びかけるが、生きている事がわかるとホッとした表情を浮かべ小さくため息を吐いた。
「…ぐすっ…良かったぁ」
「ぎゃーっ!」
「何でアンタも喜んでるのよ!」
澄香の力になれたんだ。喜ばない訳がない。
(あの感覚は嘘じゃねぇ…!)
しかし、感傷に浸る時間はなかった。
環の傷から血が流れている。
傷は塞がったようだが、血は止まり切っていない。
澄香は自分の服を破ると、傷付いた箇所に巻き止血を試みる。
じんわりと血の痕が滲んできた。
「……さっきのおじさん、呼んでくる!」
「アンタは2人を見てなさい!良いわね!」
「ぎゃー!」
澄香は駆け足で男の家へと戻り、家のドアを必死に叩く。
「…何だ。依頼は終わったのか」
「終わったんですけど、姉が…!怪我をしてて!」
「……そうか」
男はドアを閉めた。
少し経った後、救急箱を持って来てドアの隙間から澄香に手渡す。
「応急処置くらいはできるだろ」
「あっ、有難うございます!」
救急箱を受け取った澄香は深々とお辞儀をし、足早に庭へと戻っていく。
その後ろ姿を見つめながら、男がボソッと呟いた。
「…やっと、あいつを撃退出来る奴が現れたか。これで…ようやく始まるな」
男の腕が赤黒い光を放つ。
それは、さっきの狼と同じ色だった…。




