初めて⑦
武器屋へと戻ってきた俺達。
留奈は澄香が見ていた杖を素早く手に取ると、勢い良くカウンターに置いた。
「…これ、ください!」
「さっきの、ああ…銀貨5枚だよ」
「……ほい」
ポケットから銀貨を取り出し、店主に渡す。
「お買い上げどもっすー」
「うふふ♪ようやく、買えたわねぇ」
「…うん、頑張った」
「そうね…きっと、澄香ちゃんも喜んでくれるわぁ」
これからは俺も、自身のチカラを使いこなさないと死ぬかもしれない。
(よく考えて行動しないとな…)
初めて買った武器を大事に抱え、今日の事を振り返りながら俺達は帰路に着く。
灯りが見えてきた。
もうすぐ我が家だ。
「ただいまぁー」
「…帰ったー」
「お帰り…って、ええっ!?」
汚れて帰ってきた2人を見て、澄香の時が一瞬止まった。
「ど、泥だらけじゃない!?何してたの!?」
「色々あって…ね?」
「…汚くて、ごめん」
「良いの!今から急いでお風呂入れるから!待ってて!」
澄香は、バタバタと慌ててお風呂の支度を始めた。
玄関で座っている俺達に、澄香が疑問を投げかける。
「てゆーか、こんな時間まで何やってたの?」
「それは…そう!お金持ちのおじさんから、草むしりを頼まれちゃって!」
「…ボーボー、凄かった」
「留奈はこれ以上喋らないで?」
環は慌てて今日あった出来事の一つを話す。
不満そうに聞いていた澄香だったが、浴室から風呂が沸く音がする。
「お風呂沸いたわよ!ほらほら!2人とも早く入りなさいっ!」
「澄香ちゃん押さないでぇー!」
「…わーっ」
グイグイと背中を押されて浴室まで誘導される環と留奈。
傷付いた背中を、澄香はジッと見つめていた。
「ゆっくり入りなさい!ゆっくりね!」
「ふふふっ、有難う、澄香ちゃん」
「…るな、もうへとへと…」
2人が入るのを確認すると澄香は庭に出て行く。
今日も魔法の練習だ。
庭には虫の声だけが響き渡る。
「…あたしなら…」
「やれば出来る…絶対っ!」
祈るように呟き、意識を集中させる。
(…炎よ、出でよ!)
強く願ってみても、枝の先は変わらない。
声も出さずその場でしゃがみ込んでしまった。
「……っ」
(待ってろ!今行く!)
小さな体で澄香に近寄ろうとするが…
「ぎゃっ!?」
こちらを見向きもせず、手で追い払い俺を遠ざける。
「うるさい!アホ鳥!今は1人で集中したいの!邪魔しないでくれるっ!?」
(俺にも手伝わせてくれよ…)
大人しく木の後ろに隠れて様子を窺う。
澄香は練習を繰り返す。振るう腕は疲労が溜まり、まともに使えなくなっていく。
(…もう…何時間も。何日も、やってるのに…なんで…っ)
それでも諦めずもう一度、精神を集中させる。
「…炎よ、出でよ!」
初めて言葉に出した、魔法の言葉。
その時だった。
火花のような音が鳴り、炎が灯る。
枝先は、小さな光が輝く。
「…えっ…嘘っ!?」
だが、光は一瞬の輝きを放ち消え去った。
「そんな、っ!待って…!」
慌てて光を掴もうと手を伸ばす。
その手には、空白。
杖が、絶望と共に地面へと落ちていく。
俺は無意識に飛び出してしまい、澄香の肩に乗ると、小さい羽で涙を拭った。
「っ!アンタの慰めなんか…要らないわよっ!」
言葉は強いが、瞳からは大きな雫が溢れ出す。
何度も拭う羽の隙間から、小さな嗚咽が聞こえた。
「やだ…やだよぉ…何で、消えちゃうのぉ…あたしにも、皆の役に立たせてよぉ…」
(俺だって、お前の役に立ちてぇよ…!)
目の前に落ちていた枝を咥え、そっと澄香に渡す。
「―――まだ、やれって、言うの?」
鼻を赤くしながら、俺を睨み付ける。
それでも静かに頷き、再び肩に乗ると嘴で髪を撫でてみた。
「……分かった」
ぐずった鼻を啜り、渡された枝を両手で強く握り気合を入れ直す。
「全力でやってやるわよ…!」
澄香が目を瞑ったと同時に、周りの空気が急に一変した。
自然が揺らぐ。
風は呻き、地は軋む。
透明に揺らめくオーラが、全身を包み込んでいくのが見える。
乱れた呼吸で、唱えた。
「炎よ、出でよっ!!」
――――ボッ!
枝の先には…優しく、強く灯る炎。
ジリジリと木の燃える匂いが、辺りに漂う。
(やった…っ)
「やったぁあー!!」
ゆらゆらと揺らぐ炎を、澄香は瞬きひとつすらせずに見つめ続けていた。
澄香は、嬉しさの余り近くに居た俺を思い切り抱き締める。
「これでやっと、皆の力になれる!皆の隣に…立てるんだぁぁ」
俺もバタバタと羽を羽ばたかせ、精一杯の喜びを澄香に伝えた。
「……澄香ちゃああん!!」
「…すみ姉、っ!」
風呂から上がった後から練習をずっと見ていた2人が、堪え切れずに飛び出してきた。
澄香を囲うように優しく抱き合う。
温もりだけを確かめ合うように
3人の息遣いが重なった。
静かに、環が言葉を紡ぐ。
「おめでとう…澄香ちゃん」
「お姉ちゃんっ!それに留奈も…!」
「…毎日、見てた」
「――――!!」
自分が泣いている事を自覚した澄香は顔を真っ赤にし、必死に顔を背ける。
「…は、離れてよっ!もうっ!」
両手で押し除けようとするが、環の怪力により決して逃れられない。
いや、それ以上にきつく抱き締められる。
ど真ん中にいる俺は死にそうになっていた。
「良かった…っ!本当に…!!」
環は声震わせ、嬉しさで涙が止まらない。
スッ、と環の腕からすり抜けた留奈が澄香を呼んだ。
「…すみ姉、これ…」
「えっ…これっ、て?」
持っていたのは澄香が欲しがっていた、あの杖。
「澄香ちゃん、この杖とっても欲しがっていたでしょう?」
俺達を優しく解放しながら、環は買った経緯を説明して澄香の手を取りそっと握らせる。
その言葉を聞いた澄香はまた胸が熱くなり泣きそうになるが…
「そ、そんな杖なんか使わなくても、あたしは魔法使えるんだからっ!」
プイッと頬を膨らませ、目を伏せながら2人に向かって澄香は告げる。
「でも…」
「ありがとうっ!2人とも!」
受け取った杖を強く握り締め、2人の暖かさを改めて感じた澄香。
頬を緩め、はにかむような表情で精一杯の感謝を伝える。
どっぷりと日が暮れた。
居間には全員が揃い、環が忙しく用意をしている。
「はい、どうぞ♪」
「あ、ありがと…」
「おお…美味しそう」
今日もバランスの取れた夕食だ。澄香の大好物がいつもより多い。
「甘い…」
照れくさそうに澄香は言った。
環は穏やかに笑みを浮かべ、澄香の頭を愛おしそうに撫でる。
「ふふっ、愛情たっぷり入れてるんだもの…当然よ?」
「…ピーマン、入ってる」
「苦手は克服しないとだーめ!」
「…にがー」
頬杖を突きながら、いつも通りな2人の掛け合いを見ていた澄香は心の中で大きく決心する。
(これからはあたしが、2人を守ってあげるからね…!)
こうして、怒涛の1日は終わりを告げた…。




