初めて⑥
(何だ、あのオーラは…!?)
怒りに溢れた環の周りはひび割れたように空気が震え、異質な雰囲気へと変貌する。
…握り締めている木の盾から、懐かしい力を感じた。
「留奈ちゃん、下がって」
「……っ!」
環は一度だけ留奈を見る。
それから何も言わず、ただ真っ直ぐ前を見据えた。
「妹には指一本触れさせないわ!」
しっかりと地に足を付け、自身の盾を目の前に構える。
スライムは飛びかかろうと大群で押し寄せ環を押し潰そうとしていた。
(そんな盾じゃ…!)
「やぁあっ!」
環は覇気のある声を放つと、体から激しく眩い金色の光が溢れ出した。
小さな木の盾が大きく振動すると大勢のスライムを弾き飛ばす。
だが、全てを防げる程、攻撃は甘くない。
「くっ、盾が…!」
「…たま姉!!」
「大丈夫…私はまだまだ戦える、貴女を…守れるわ」
環の盾が酸によってドロドロと腐食し始める。
飛び散った酸が、服すら溶かし始めた。
(もう一度、さっきの力を使うんだ、俺!)
小さく羽ばたくだけの羽根。
体は自分の意思に反して身動き一つ取れなかった。
電池切れ、か…。
「…大丈夫、わたしも、たま姉を守るから」
「ぎゃっ」
身を挺して守る環を目の前に、留奈は俺を力強く抱き締める。
決意の眼差し。
抱き締める手は、もう震えていない。
だが、攻撃を防がれたスライム達はついに怒りが爆発する。
混ざり合い、やがて一つの巨大個体へと変貌を遂げた。
何もかもが、影で埋もれていく。
巨大化により地面は大きな地響きを立て、土煙が舞い上がる。
一歩前へ進むたび、酸が飛び跳ね、焦げ臭い匂いが増していく。
「なっ、こんなに大きくなるなんて…!」
あの日のトラウマが蘇る。
思わずフラついた足で後ろに下がってしまう環。
その瞬間を見逃さなかったヤツは、環を攻撃しようと更に大きくなり押し潰そうと前傾姿勢になる。
スライムの影が一気に伸びる。
環の喉が音を鳴らし、息を呑み込んだ――
「ぎゃおーー!!」
ただの鳥の叫びが辺り一面に木霊する。
「フーちゃん…!」
環はハッと我に返り、怖くて震える手で盾を強く握り直す。
もう一度、攻撃を防ごうと。
スライムはもう目の前に迫っている。
(環…!)
「…私は、聖騎士なんだからっ!!」
環が発した言葉と共に、盾は金色の輝きを増す。
その光は全員を包囲する程の大きなシールドを展開した。
スライムは大きく弾かれ、後ろに後退し態勢を崩してしまった。
立て直そうと再び大きくなったその瞬間…
「留奈ちゃん!お願いっ!」
「うんっ!」
後ろに居る留奈に向かって一言そう告げた。
「………来て!」
留奈は自身が作った黄緑色の魔法陣の上に立ち、強く願った。
姉を守る力が欲しいと。
それに呼応するように魔法陣から小さい白狼が現れた。
(何だ、あの魔法陣は…!?)
「ワォーーン!」
白狼は魔法陣から現れると同時に咆哮し、目にも止まらぬ速さでスライムへ喰らいつく。
噛みついた所から、一気に氷の膜が広がっていった。
(こいつは… !?)
スライムは白狼を振り解こうと必死に動き回る。
吹き飛ばされそうになる白狼。だがそれでも離さない。
負けじと酸を吐き出して攻撃をするスライムだが、白狼は体が溶け出そうとも無言で抗い続ける。
氷は尋常じゃない速さで体を凍らせて行く、が…
突然、噛み付いていた白狼は淡い光に包まれ何処かへと消え去ってしまった。
大きく息を吐いたと同時に、留奈は大量の汗を流し膝から崩れ落ちる。
俺を抱いたまま、青ざめた表情で力無く倒れてしまった。
今にも消え去りそうな声で、留奈はスライムを指差し環に向けて的確な指示を出す。
ジワジワと、広がる氷。
「たま姉!…赤い石を……壊して!」
「ええ!分かったわ!」
中心部には不気味に輝く赤い魔石。
指示を受けた環は膝に力を入れ、大きく踏み出すと高々と空中へ跳ね上がった。
その反動を利用し、盾を両手で握り締めるとスライム目掛けて渾身の一撃をお見舞いする。
静かに、ヒビが広がり始める。
スライムが激しい爆発音と共に、大きな音を立てて砕け散る。
だが、赤々と光る魔石は砕かれたコツンと地面へ落ちた。
「っ、えぇいっ!」
もう手に力が入らない。
痺れる両手で、剥がれ落ちそうな盾を握り直す。
着地と同時に環は魔石を見つけると、ボロボロの盾を思い切り叩きつけた。
甲高い音と共に、砕かれた。
魔石も、盾も。
環の一撃で粉々になったスライムは、淡い光を放ちながら空へと登っていく。
「――いたっ!」
力が有り余り派手に転ぶ環。
「…たま姉!大丈夫!?」
力を使い果たした留奈は、その場で声を掛ける事しかできなかった。
そんな心配を他所に、環は自力で立ち上がると逆にこちらへ慌てて走ってきた。
「2人とも!?怪我はない!?」
ギュッ、と力強く抱き締められる。
深く息を吐いたその手は小刻みに震えていた。
「…たま姉が、守ってくれた」
「ぎゃー!」
「ああ…本当に、良かった…っ!」
俺達を交互に見つめ、笑顔を向ける環。
そんな環の頭を無言で撫でる留奈。
「…ありがとう、たま姉」
「2人が無事なら、私は…幸せよ…」
留奈の肩に顔を埋めた後、消え入りそうに小さく呟く。
―――その後ろで、砕かれた魔石は火花のように赤黒く煌めいていた。
2人を背負いながら、環は退治が終わった事を農夫へと伝えに行く。
「やあ、お帰り…って、ええ!?」
「あはは…何だか大変な事になってしまって…」
「…でも、大丈夫。スライム、倒した」
「本当かい!?ちょっと畑を見てくるよ!」
「あっ!お待ちください!私も行きます!」
農夫は駆け足で自分の畑に向かうが、目の前に広がるのは腐り尽くした作物達だらけだった。
「…そうか…やっぱりダメだったかぁ」
辺りを一通り見渡すと、か細い声でそう呟く。
咽せ返る様な、沈黙。
耐え切れなくなった環は深々と頭を下げる。
「申し訳ありません!大事な畑を守れなくて…!」
「いや、良いんだ。畑が無くなっても…俺は生きてる」
「…それに、また1からってのも悪くないさ」
踏ん切りがついた晴れやかな表情で環に言うと、農夫はそっと銀貨を握らせる。
「ありがとう、少ないけど受け取ってくれ」
「…えっ!?」
手の中に、それ以上の物がある。
恐る恐る手を開くと、銀貨は2枚。
「こ、こんなに頂けません!」
「危険な退治を受けてくれたのは君達が初めてなんだ!記念に貰っておいてくれ!」
「それじゃあ、俺はこれから一仕事するから…」
「また何かあったら、よろしく頼むよ」
寂しそうな笑顔で農夫は言い、重い足取りで家へと帰って行く。
その姿をただ見ている事しか出来なかった。
俺は羽で腐った土地に触れながら、無力な自分が悔しくて怒りに体を震わせる。
(…ん?何だ?魔石から黒いモヤが……)
一瞬、魔石が脈打つ残滓を感じた。
違和感を感じたその瞬間、留奈が俺を素早く抱き抱えると、体に思い切り顔を埋めてきた。
「ぎゃっ!?」
「フーちゃんも、助けてくれて、ありがと」
「そうね…あのままだったら私、死んでいたかもしれないもの」
環も同意するかのように頷くと、俺の頭を優しく撫でる。
「それじゃあ、後は澄香ちゃんの杖を買って帰りましょうか!」
「…ん、絶対、喜んでくれる」
2人はゆっくりと武器屋に向かって歩き出す。
(俺も、ちゃんとこのチカラを理解しねえと…!)
あの妖精に説明して貰おう。
全てじゃない、話せる所までで良い。
世界の事について。




