初めて⑤
――――郊外
街の喧騒から大分離れ、静かな森林近くまで俺は2人を案内する。
少し先には明らかに困っている農夫が1人、寂しそうに佇んでいた。
「あ、あの…!何かお困りごとですか?」
心配そうに駆け寄る環。
留奈も慌てて環の後を追う。
その言葉を聞いた農夫はバッと振り向き大きく頷いた。
「聞いてくれよ!俺の畑が最近スライムに荒らされてるんだ!」
「アイツら…!俺が育てた野菜を粘液でぐしゃぐしゃにして…ううっ」
「このままじゃあ野垂れ死んじまうよぉー!」
何処にも発散出来ない愚痴を、見ず知らずの2人にぶつける農夫。
悲しい叫びが木霊する…。
そんな様子を見て2人は、必死に農夫を励ましていた。
精一杯の慰めの言葉。
「だ、大丈夫ですわ!その悩み、私達にお任せ下さい!」
「…スライム、倒す」
留奈の一言で農夫は心からの笑みを浮かべるが、不意に環へと目線を移す。
「…でも、本当に頼んで大丈夫かい?アイツら、減るどころか増えてる気がするんだ…」
「君達の装備…ただの服にしか見えないが…」
その言葉を受けた2人はお互いの格好を見つめ合うと、ハッ!と思い出したように呟いた。
「そう言えば私達…何も装備してないわ!」
「…うん。でも、今はお金、使えない」
「あっ!じゃあ…」
「…武器は、無理」
環の要望を先に却下する留奈。しかしここでは環も引き下がらず…
「お願いっ!盾だけでも良いから!」
「お姉ちゃんに、留奈ちゃんを守らせて…ね?」
両手を合わせ、妹に豪快におねだりをする姉。
完全に立場が逆転している…!
大事な金を使うのを躊躇っていた留奈だったが、暫くの沈黙の後…コクリ、と小さく頷いた。
「……分かった、盾、買いに行こ」
「留奈ちゃぁん!大好きっ♡」
嬉しさが抑えきれず抱き締める環。
抱き締められたままの留奈は、環を引き摺って武器屋へと運んで行った。
武器屋へ到着すると、環は様々な種類の盾に目を輝かせていた。
色々な盾を見比べては、何を買おうか考えているようだ。
「あ!これ、お洒落で素敵ねぇ♪キラキラしてて、とっても強そう♡」
「…それは、だめ」
「ええっ!?」
明らかに高そうなだけの盾に環は目をつけるが、ゲーム脳の留奈は直感でソレを却下する。
結局環が選んだのは――
「お買い上げどもっすー」
環が買ったのは、銅貨5枚の安い木の盾だった。
「うふふっ♪留奈ちゃん!見て!立派な木の盾よぉ♡」
「…おー、たま姉、良いセンス」
自慢気に盾を見せつける環。
パチパチと両手で拍手を送る留奈。
留奈に安い物を買わされた事を環は知る由も無かった…。
「…よし、じゃ、戻ろ」
「ええ!今のお姉ちゃんは何も怖くないわ!この盾があるものっ!」
「…たま姉、テンション、あげあげ」
「ぎゃっ、ぎゃっ!」
初めての装備を買い、鼻歌交じりで再度、あの農夫の元へと戻る2人。
「お待たせしました。これで準備万端ですわ!」
「お、おお…何も変わってないように見えるが…スライム退治、頼めるかい?」
「ええ!バッチリですわ!お任せ下さい!」
「……行ってきます」
「スライムが来る畑はもう少し西に行った場所にある!よろしく頼むぞー!」
手を大きく振りながら見送る農夫。
森の奥へ行かなければいけないようだ。
暫らく歩くと道が開け、大きな畑が広がったが…
作物はドロドロに溶かされ、畑一面地獄絵図と化している。
お、早速スライムがやってきたぞ…?
『ぷる、ぷるる…』
うわ!ゲームでよく見るやつ!
プルプルしてるし、顔も可愛い!こいつらが畑を荒らすなんて信じられないな…。
スライムが、野菜を食らう。
酸で溶かされる嫌な音と共に、野菜は跡形もなく消え去ってしまった。
「「…ひっ!?」」
その音を聞いた2人は初めてこの世界に来た日のトラウマを思い出し、顔を真っ青にして突っ立っている。
物陰に隠れながら震える体で様子を見ている2人。
「あ、あの子を倒して畑を守りましょう!」
「…ん、やってみる」
作物を荒らされるのを食い止めようと意を決して飛び出し、スライムの前へと立ち塞がる。
突然現れた人間にスライムは慌てふためき逃げようとしていた。
「ごめんなさいっ!スライムちゃん!」
激しい打撃音。
退路を断つと環は思い切り盾を振り翳し、スライムを殴打した。
「…やった、の?」
環の後ろに隠れてながら、潰れたスライムを心配そうに見つめる留奈。
(それはフラグじゃ…!)
ぷるっ!ぷるるる!!!
粉々になったスライムは意思を持ち、再びプルプルと動き始めた。
倍以上に増殖し、明らかに敵意を持った大群が環へと襲いかかって行く。
「んもう!あっち行きなさーい!えいっ!」
増える事など全く知らない環はスライムをまた倒してしまった…。
その亡骸からどんどん仲間が増えていく…。
「…たま姉、この子、倒しちゃダメ」
「で、でもっ!あのおじさんは退治しろって…」
「…この子、倒すといっぱい、増える。魔法じゃないと、消えない」
環が倒したスライムから新しいスライムが出てきたのを見た留奈は、瞬時に判断し環にそれ以上の攻撃を辞めるように促す。
だが、増えてしまったスライム達は2人を見つけると目を光らせて飛んで来る。
「いつの間に…!?私達、囲まれてるわ…!」
「……むぅ、困った」
完全に2人を包囲し、ジリジリを距離を詰めてきていた。
周りは酸で焼けた匂いで充満し、黒い煙が立ち昇る。
喉が焼ける。
痺れを切らした1匹目を筆頭に、環目掛けて一斉に飛びかかってきた。
まずい…!
今、環を守れるのは俺だけだ…
咄嗟に環の前に出る。
死なない体…こんな時くらい…役に立てよ!
一瞬…俺の体は、青白い閃光を放った。
辺り一面が昼間のように眩く照らされる。
光を浴びたスライム達は俺から距離を取るように大きく後ずさった。
その時俺は確信した。
これは俺の力ではない。ゼウスが何かしたのだと。
稲光の眩さが、瞳から離れない。
(神のチカラは、偉大だよ…本当に)
天を仰いだ瞬間、留奈が俺を呼ぶ声がした。
「…フーちゃんっ!!戻って!」
「ぎゃーっ!!」
覚束ない足取りで留奈の腕の中へと戻った。
焦げた匂いが鼻を突き、尻尾の先がじりじりと痛む。
ホッとしたのも束の間、スライム達は再び臨戦態勢へと入った。
「………」
数の暴力。圧倒的存在感。
辺りはもう酸の海が広がっている。
それでも環は無言で留奈の前に立ち盾を構える。
恐怖で足が竦む。
けれど、背中にいる留奈の温もりがそれを跳ね除けた。
「…たま姉?」
その腕は、湧き上がる怒りの感情で小刻みに震えていた。
「もう怒ったわ…私の妹達に手を出すのは絶対に許さない!」
「かかってきなさいっ!」
震える声、でも叫んだ。妹のために。
初めて目を開き本気の怒りを見せる環。
恐怖を消し去るように、もう一度盾を構え直す。
安っぽい木の盾が静かに軋む音を立て、ゆらりと金色の光を帯びていく…。




