初めて④
「ぎゃーっ!」
俺が次に案内したのは、郊外近くにあるやけに塀が高い貴族の家。
「…次は、ここだって」
(あれ?…伝わってる?)
留奈は羽ばたく俺を見上げるとふっ、と鼻で笑っている。
いや、まさかな…?
「でも、困ってる人はどこにも居なさそうねぇ…」
環が注意して辺りを見渡すも、穏やかな風が流れ静かな時間が流れている。
と、思っていたのだが…
「はぁ〜〜っ!」
とんでもないデカい溜息が家の敷地内から聞こえて来た。
素早く2人は入り口へ向かうと身を顰め、溜息の出所を恐る恐る覗いてみる。
「…んん?そこに居るのは誰だっ!」
「「ひえぇっ!?」」
物凄い剣幕で怒鳴り散らかして来たのは金を持っていそうな小太りのおっさん。
急に大声を出された2人はびっくりしてその場から動けずに居た。
俺が助けねえと…!
最高速度で頭突きをしようと飛びかかる俺。
「おや!もしかして草刈りのお手伝いさんかい!?」
思い出したかのように言うとおっさんは満面の笑みで2人へと駆け寄って行く。
―――俺は勢い良く地面に突き刺さった。
「えっ!?…あっ、はい!手伝いに参った者ですわ!」
「…おじさんの家、ボーボー」
「いやぁー!助かるよ!実は昨日家に帰ったばかりなんだが、メイドが1人も居なくてねぇ」
「庭もこの有様さ。…ギルドに相談していた所だったんだが、まさか次の日に派遣されるとは!」
(…夜逃げされたんじゃね?)
延々と自分の事を話し込むおっさんに困り果てている様子の環。
だが、機転を効かせギルドからの派遣だととっさに嘘を吐く。
「ええ!お話は伺っておりますわ、庭のお手入れをすれば宜しいのですね?」
「…まだ、冒険者じゃ…むぐぐっ」
「いっ、今すぐ用意を致しますので!旦那様はごゆっくりお寛ぎ下さいませ♡」
「…あ、ああ、そうさせて貰うよ」
まだ冒険者として登録されていない3人。
留奈がそれを指図しようとした瞬間、物凄い速さで環が口を塞ぐ。
一瞬訝しげな表情を見せたおっさんだったが、環の圧に押され家の中へと入って行った。
「何とかなったみたいね…」
「…草むしり、するの?」
「ええ!お姉ちゃんに任せなさいっ♡」
自信満々に言い切った環はいそいそと用意を始める。
家から背負ってきたパンパンのリュックサックを床に降ろす。
まず、出て来たのはサングラス。
麦わら帽子
ハンドタオル
…え、防護服?
まるで異次元ポケットだ。
必要な物を取り出すと環はささっと着替え、完全防備の草刈りスタイルが出来上がる。
「おお、たま姉…すごい」
「さあ、始めるわよぉ♪」
「…私も、手伝う」
そう言いながら突き刺さったままの俺をズボッと引き抜き、留奈は縁側へと向かって行く。
「…でも、少し、休憩」
「留奈ちゃんは無理しなくても良いのよ!私が全部、刈り尽くして見せるぁー!」
鎌が高速で草を刈り尽くしていく。
環の腕を振るスピードが速すぎて、肉眼では追えないほどだ。
荒れ果てた庭が綺麗な敷地へと整地されていく…!
環の器用さは料理だけじゃなかったんだな…。
だが、庭の隅には段々と雑草が積み重なって行く。
それをチラリと横目に見た留奈は、小さなネズミを数匹呼んだ。
「…あのボーボー、たま姉に気付かれないように、持って行って」
「チュッ!」
その号令と共にネズミ達はせっせと雑草を森の方へと運んで行く。環に見つからないよう、小刻みに。
裏で留奈も手伝っているとはつゆ知らず、汗まみれになりながらも速度は落とさず手早く草を刈っていく環。
「はぁ、はぁっ…お姉ちゃんも頑張らなくちゃ…!」
草木で体が傷付いても、その手は止めない。
さっきの依頼、何も出来なかった事が悔しかったのだろう。
(頑張ってるな、環…)
自分の思いを糧に腕を振る環が、勇ましく見えた。
「……ん、元気、出た」
「ぎゃー!」
「…わたしも手伝う、えい」
ブチッ!
「―――!?」
留奈が抜いたのは、色鮮やかに咲いていた花。
それは雑草じゃなくて、依頼主の自慢の花だった。
「る、留奈ちゃんっ!お手伝いは今度で大丈夫だから!ねっ!」
「…?…うん、分かった、待ってる」
無惨にも根元から引き抜かれた残骸を見つめ、慌てふためきパニックになる環。
これ以上の被害は出すまいと留奈にストップをかける。
「キェェーー!!」
…留奈が引き抜いた花から、大絶叫が聞こえた。
悲鳴が収まるのと同時に、ネズミが軽やかに運んで行く。
「え、留奈ちゃん?ソレって…」
「…うるさかったから、抜いた」
どうやらモンスターだったらしい…。
気付けばもう半分以上が整地され、綺麗な庭へと変わっている。
「ふう…もうあと少しってところかしらねぇ」
「…たま姉も、休憩、しよ?」
そう言って留奈はおにぎりとチラチラと見せつける。
「あら、そう言えばまだご飯も食べてなかったわぁ」
「あまり根詰めても良くないし、少しお休みしましょうか?」
「…うん!お腹、減った」
2人は庭に置かれていたベンチに座り、少し遅めの昼食を取ることにした。
疲れていた様子の環だったが、自身の料理で体力も回復し元気そうに笑顔を見せる。
「んんーっ!梅干しを入れておいて正解だったわぁ♪」
「…んぐっ!す、すっぱ…」
「………」
「ぎーっ!」
隣で美味しそうにおにぎりを頬張る環を横目、俺は酸っぱさで気絶しそうになりジタバタと暴れ回っていた。
その横で、留奈はおにぎりを黙々と食べ、2人は遅めの昼食を終えるのだった。
「よし!お姉ちゃん元気になっちゃったから、ささっと終わらせちゃうわよぉー!」
スクッとベンチから立ち上がり、環は足早に走り去り残りの作業を進めていく。
「…わたしも、何か、したい」
「ぎゃっ!」
何もしなくていい…。
その気持ちだけで充分だと、立ち上がろうとする留奈を必死で抑える。
俺の異変に察しが付いたのか、諦めたように再びベンチへと座り環が頑張る姿を見つめる。
「…たま姉、大丈夫、かな」
「ぎゃー!」
「…心配、ない?」
「ぎゃっ!」
「…そか」
不安気に背中を見つめていた留奈。
だが、返答に安心したのか俺の体に顔を埋め、暫くすると小さな寝息が聞こえてきた。
留奈が寝ているのを確認すると安心した表情を浮かべ、環は手を震わせながら鎌を強く握り直す。
疲れた顔など、見せられない。
お姉ちゃんとして。
自分に出来る事をやる。
長女として。
「おお!終わったのかね!?」
見違えるほど綺麗になった庭を見て感動しているおっさん。
手入れされた花、刈り尽くされた雑草、程良く耕された土…どれをとっても素晴らしい出来である。
「ええ、精一杯頑張らせて頂きましたが…ご満足いただけましたか?」
作業が終わった庭を心配そうに見回した後、環はおっさんに問い掛ける。
「長期間留守にしていた庭がこれ程とは…これは素晴らしい…!大満足だよ!ハハハ!」
「あ、ありがとうございますっ!」
「はい、じゃあ報酬の銅貨10枚だ。換金して銀貨にでもすると良い」
「はいっ!ではこれで、失礼いたしますわ♪」
「…ばいばーい」
これで2つ目の依頼も達成…!
環のお母さん力があって良かったぁ…
「…もう少しで、杖買えるね」
「…ええ!今手元にあるのは銀貨約4枚…まだ街に困っている人が居ると良いのだけれど…」
再び広場へと戻る道中、環は心配そうに呟く。
「ぎゃーっ!」
「…ふふ、任せておけって言ってる」
(言ってる!)
「あらあら、フーちゃんは頼りになるのねぇ」
留奈の腕の中で叫ぶ俺を嬉しそうに見つめる2人。
次が最後のクエスト。
俺達は夕方までに家に帰るんだ…!




