初めて②
―――――翌朝
「…ふぁーあ…」
昨日も明け方近くまで魔法の練習を続けた澄香。
大きく欠伸をしながら、スマホを手に取る。
「…ええっ!?」
現時刻、昼前。
いつもなら環の朝ご飯の号令で目が覚めるはずなのだが、今日は違った。
寝過ごした事が信じられない澄香はスマホを何回も見るが、時刻は変わらない。
高速で布団から飛び出すと猛ダッシュで居間へと向かう。
そこにいつも見る2人の笑顔はなく…
「お姉ちゃん…!留奈!」
踵を返し、服を着替えに部屋へ戻ろうとする澄香の目に何かが見えた。
「…おにぎり?」
テーブルの上にあったのは、置き手紙と環が握ったおにぎり。
澄香は添えられた手紙に目を通す。
澄香ちゃんへ
疲れて寝ているようなので、今日は留奈と2人で街へ出掛けに行こうと思います。
ゆっくり、休んでね。
環
ふと、目線を自分の手に向けた。
真っ赤になって、痛々しい自分の手。
「…全く、お姉ちゃんにはお見通し、って訳か」
バツが悪そうに頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰おうかなーっと♪」
そう言いながらおにぎりを手に取ると、嬉しそうに鼻歌交じりで部屋に戻っていく澄香であった。
――――始まりの街 オルド 道具屋
昨日は重く感じた扉。小さな腕が勢い良く扉を開ける。
「いらっしゃ――おや、昨日のお嬢さん♪」
挨拶を無視すると、足を鳴らして店主へ詰め寄る。
店に入るのと同時に留奈はカウンターに澄香のスクールバッグを勢い良く置いた。
「…この中身、買い取りよろしくぅ」
「す、すみません…うちの妹が…」
「あーいやぁ、ちょーっと、お待ちくださいね」
環のフォローも虚しく、店主は動揺しながら引き攣った笑顔で中身を一つ一つ取り出し始める。
「…これは?」
「敵を殴る、武器」
「…これは?」
「虫を殴る、武器」
「……これは?」
「お腹から―――」
「もういい…次!」
バッグからボロボロと出てきたのは壊れかけのハンガー、使い古しのハエたたき、なぜか澄香のへそくり貯金箱。
(こ、これはさすがに売れねえだろ…!)
俺の心配は届かず、留奈は自信満々で次から次へと澄香の私物を売り捌いていく。
「す、澄香ちゃんに怒られないかしら…」
後でどうなるか分からないこの現状に、環は冷や汗をかきながら無心で店中を歩き回る。
「――ふぅん、この世界では見た事ない品物ばかりだねぇ」
「希少価値、あります」
「ま、まぁ…確かにありそうだけど、値段がなぁ」
「銀貨、がいい」
「ええ!?これに?…うーん、そうだねぇ」
「申し訳ないけど、ウチでは銀貨2枚が最高だね」
「ん、それで良い、ありがと」
澄香の私物とガラクタを横目に、店主はカウンターで頬杖をついてそう言った。
あんな物でも意外と良い金額になったな…
留奈の頭の上で感心していると突然体がフワリと浮いた。
俺は店主に摘まれてしまった。
「…これも、買い取りに出すのかなぁ?」
店主は口角を上げ、ニヤリと不吉に笑うと俺の体の匂いを嗅ぐ。
えっ!俺臭い!?
「んんー!何だか懐かしい匂い…これなら金貨5枚払っても良いねぇ」
「!?…フーちゃんっ!!」
留奈の怒号が店に響き渡る。
ヤバいと思った俺は渾身の力を振り絞り店主の顔目掛けてドロップキックを放つ。
ベシッ!
「…いでっ」
「…早く!こっち!」
「ぎゃ、ぎゃー!」
留奈が両手を広げて俺を待つ。
精一杯の羽ばたきで、留奈の胸の中へと収まる俺。
蹴られた店主は頬を摩りながら残念そうな表情で吐き捨てる。
「あらら、嫌われちゃった?ざんねーん」
「……うちの子達が失礼しました。では、これで」
「ばーかっ!」
カウンターに並べられていた銀貨を素早く手に取ると、環は怒気を含ませた声で静かに謝罪をし、店を後にする。
留奈は俺を力強く抱き締めながら、店主に向かって捨て台詞を放つ。
2人の背中を、妖しく光る瞳で見つめながら最後にこう呟いた。
「…大切なものなんだから、もっと大事に扱わないと。失くしたら、取り返しがつかないんだからサァ?」
店主の目に、一瞬だけ影が差した。
―――――広場前
「全くもう!色々ありすぎてお姉ちゃんは怒ってます!」
「留奈ちゃんっ!?」
「…は、はいっ」
「澄香ちゃんの物を勝手に売るのはいけません!店主さんにもあんな態度、しちゃだめですっ!」
「…ごめんなさい」
広場で環がぷりぷりと頬を膨らませ、顔を赤くしながら身振り手振りで怒っている。
留奈も、しゅんと肩を落とし落ち込んでいる。
「…それにしても、どうしてフーちゃんを買い取ろうとしたのかしら…?」
「…フーちゃんは、わたし達の大事なもの。だから、欲しくなった、だけ」
歯切れの悪い言葉を紡ぎながら、留奈は俺を強く抱き締め、体に顔を埋める。
「あらあら、フーちゃんは大人気ねぇ♪」
「…あったかい」
ぎゅっと顔を埋める留奈を見つめて、微笑ましそうに笑う環。
こんなにも大事にされるなんて…俺、フーちゃんで良かったよ…!
でもまだ一つ、俺にはやらなきゃならない事がある。
守られてばかりじゃ、神様の名が泣くからな。
ピピッ
「留奈ちゃん、フーちゃん寝ちゃったみたいねぇ」
「…ん、優しく、持ってる」
俺は狭間に帰って来た。
「おー!今日は早い帰りじゃの!何かあったか!?」
俺の顔を見るなりご機嫌に周りを飛び回る小さい妖精。
「いや、ちょっと人助けをしにな」
「人助けぇ…?お主がぁ?」
「おい!平和を維持するのが神の役割なんだろ!」
「た、確かに…!」
いつもの軽口を叩き合いながら、俺は街の画面を見る。
「さあ、困ってる人を探すぜぇ!」
クエストになりそうな、困っている人を探す。
これがもう一つの俺の仕事。
銀貨はもう2枚あるし、あとは3枚、報酬として頂こう。
ピピッ
ピピッ
中々見つからないな…よほど平和な街なのか?ここは…
ブツブツと独り言を繰り返しながら俺は画面を見続ける。早く探して戻らなければ…
『猫が居なくて困っている 銀貨1枚』
お!これは良い!よし、場所を覚えておいてっと…
『草が生えていて困っている 銅貨10枚』
実質銀貨1枚だよな!これも候補にするか!
『スライムを追い払って欲しい 銀貨1枚』
…モンスター討伐はまずいか?
ええい!もう時間がない!この3つのクエストをこなして澄香に杖を買ってやるんだ!
「わりぃ!ゼウス!もう行くわ!」
「えぇっ!?早すぎんか!ワシの相手―――」
ゼウスの言葉は最後まで聞こえなかった。1秒でも早く俺はフーちゃんになり、クエストの地へと導いてやらなければ。
ピピッ
「ぎゃーっ!」
「わぁ!?び、びっくりしたぁ。フーちゃん、起きたのね」
「…おはよ」
可愛い妹達に出迎えられながらも、俺は勢い良く留奈の腕の中から飛び出した。
そして、最高速のスピードで飛び立つ。
「…フーちゃん!どこ、行くの?」
不安気に俺を見つめる留奈だが、鳴きながら真っ直ぐ進む姿を見ると何かを察したようだ。
「留奈ちゃん!フーちゃんが!」
「…大丈夫、ついて来て、って言ってる」
(言ってる!)
俺は初めて、妹たちを冒険者として送り出した。




