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楊家将 〜血と涙の最強一族〜  作者: 光闇居士


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第七回:北漢主、河東を死守せんとし、呼延賛、敵将を力攻めに擒(とら)う

挿絵(By みてみん)

『河東の激雷 〜呼延賛、澤州を断つ〜』


水墨しろくろの 虚空を砕く 双金鞭そうきんべん しならぬくろがね これぞ虎の牙」



【しおの】


 さて、八王(はちおう/趙徳昭)は太宗たいそう皇帝からのみことのりを懐に抱いて屋敷へ戻ると、呼延賛こえんさんに向かい、慶賀の言葉を贈った。

「そなたのため、帝より直々に聖旨せいしを賜ってきたぞ。これこそが、そなたの命を護る鉄壁の盾となろう。ただ法を守り道理に従う限り、その身の安全は万全である」

 賛は深謝し、喜びを胸に退出した。

 ところが運命の悪戯か、賛の妻である馬氏は、「夫が大罪に問われ処刑される」という凶報を耳にしていたのである。当然、災いは家族にも及ぶと早合点した彼女は、使用人らを引き連れて密かに屋敷を脱出し、古巣である太行山たいこうざんの砦へと逃げ帰ってしまっていた。

 勇んで屋敷へ戻った賛であったが、そこに待っていたのは静寂のみ。頼るべき身寄りもなく、ただ虚しく嘆息するばかりである。賛はやむなく、しばらくの間、とある寺院に身を寄せて時機を待つこととした。

 一方、河東(かとう/現在の山西省一帯)の地。北漢ほくかんの主、劉鈞りゅうきんのもとへ、中原の情勢が知らされた。そうでは太宗が新たに即位し、さらにあの太行山の猛将・呼延賛を配下に加えたという。

 劉鈞は急ぎ文官武官を召集し、不安を吐露した。

「宋の先帝・太祖(趙匡胤)の在位時より、我ら北漢は孤立無援、常に敵国として睨まれてきた。今、新たに太宗が立ち、あのような猛将を得たとあっては、河東の存亡にかかわる憂患となろう。如何にすべきか」

 その問いに、丁貴ていきが進み出て奏上した。

「陛下、ご安心ください。かつて宋軍に沢州たくしゅうを囲まれた際、我らは楊令公(ようれいこう/楊業)を召して囲みを解かせ、講和を結び退かせました。あれから数年、我が軍は鋭気を養い、武具城壁はより堅牢となっております。陛下の枕を高くして眠れる日々は、決して脅かされておりません。近年の懸念は、ひとえに備えが甘く敵の侵入を許したことにございます。今こそ各辺境の関所へ厳命を下し、防御を鉄壁とし、宋兵を一歩たりとも入れぬよう固めるべきです。これこそが持久し防衛する最善の策。我らはいつをもって待ち、彼らは遠征の労苦に疲弊する。軍費を費やし功なきを見れば、彼らとて河東を攻めようなどとは思わなくなるでしょう」

 劉鈞はこの進言を是とし、直ちに各関所へ厳戒態勢を命じた。晋陽(しんよう/太原)の城においても、堀は深く穿たれ、塁は高く築かれ、守りは盤石のものとなった。

 河東の防備強化の報は、すぐさま汴京(べんけい/開封)にも届いた。太宗は群臣を集め、征討の是非をはかった。

 楊光美ようこうびが進み出て言う。

「河東の守りは堅く、急いては落ちません。これを図ろうとするならば、敵国内に隙が生じるのを待ち、然る後に兵を進めるのが上策です。さすれば、勝利は揺るぎないものとなりましょう」

 太宗は沈黙し、決断を下せずにいた。

 そこへ曹彬そうひんが力強く進言した。

「何を迷われることがありましょう。我が国の精鋭なる軍容をもってすれば、太原という孤立した砦を攻略するなど、枯れ木をへし折るが如きこと。勝利を疑う余地などございません」

 帝は曹彬の言葉に背を押され、決意を固めた。潘仁美はんじんび北路都招討使ほくろとしょうとうし高懐徳こうかいとくを正先鋒、そして呼延賛を副先鋒とし、八王を監軍かんぐんとして十万の精兵を率い、日を選んで自ら親征することとしたのである。

 詔が下り、潘仁美らは教練場にて軍馬の配分を行った。ところが、呼延賛に割り当てられたのは、老兵や弱卒ばかりであった。

 高懐徳はこれを見咎め、直言した。

「先鋒の職責は重大です。山に逢えば路を切り開き、水に遇えば橋を架けるのが務め。今、このような老弱の兵を賛に率いさせ、万一、朝廷の大事を損なうようなことがあれば、招討使殿、その責めは誰が負うのですか」

 仁美はしばし沈黙し、不承不承に答えた。

「では、この老弱の兵を誰に指揮させよと言うのか」

 懐徳は返した。

「老弱と言えども、役立たぬわけではありません。ただ、敵陣を突き破る力には欠けます。この者たちは、親征に随行する将に分統させ、後軍とするべきです。前軍は精鋭を選び抜き、私と呼延賛で均等に統率させてください」

 理路整然とした提案に、仁美は従わざるを得なかった。

 翌日、太宗は出征の儀を執り行った。国事は太子少保たいししょうほ趙普ちょうふに託し、郭進かくしん太原石嶺関せきれいかん都部署とぶしょに任じてえんけいからの援軍を断たせる配置を整えると、車駕しゃがは汴京を発し、一路河東へと向かった。

 見渡せば、翻る旌旗せいきは雲を霞め、林立する剣戟けんげきは陽光を浴びて煌めいている。

 数日の行軍を経て、軍が懐州かいしゅうに至った時である。

「前方に伏兵あり! 所属不明!」

 斥候せっこうの急報を受け、呼延賛は直ちに部下を率いて軍の前面へと躍り出た。

 そこに待ち構えていた顔ぶれを見て、賛は目を疑った。李建忠りけんちゅう耿忠こうちゅう耿亮こうりょう柳雄玉りゅうゆうぎょく、そして我が妻、金頭きんとう馬氏の一行ではないか。

 賛は槍を提げて下馬し、駆け寄って尋ねた。

「兄上たち、なぜ山砦を守らず、このような場所に?」

 建忠が答えた。

「以前、馬氏が砦に戻り、お前が罪に問われて処刑されたと知らせたのだ。我らはその報せに怒髪天を衝く思いであった。今、宋帝が河東征伐に来ると聞き、一族総出で道を塞ぎ、お前を陥れた奸臣に復讐を遂げようとしていたのだ」

 賛は事の次第を理解し、八王殿下の尽力により命を救われた経緯を語った。

 話が尽きぬうちに、高懐徳の軍が到着した。彼らが賛の義兄弟であると知ると、懐徳は呼びかけた。

「ここで巡り会ったのも天の配剤。天子に奏上し、共に河東を征伐して功を立て、富貴を掴んではいかがか」

 建忠は応じた。

「それこそ我らが本望。命を賭して先陣を競いましょう」

 高懐徳は直ちに太宗の御前へ参じ、奏上した。

「今、賛の義兄弟である八人の猛将が、陛下に従い征伐に加わることを願っております」

 太宗は大いに喜び、「これぞ天佑。河東攻略は成ったも同然だ」と声を弾ませた。直ちに建忠ら八人を団練使だんれんしに任じ、河東平定後に帰朝して正式な辞令を授けるとした。建忠らは平伏して恩命を受けた。

 まさにその光景、聖主の下に傑物が集う様は、後世においてこのように謳われたのである。

  聖主 龍飛りゅうひして俊良しゅんりょうを重んじ、

  英雄雲集うんしゅうしてあに尋常ならんや

  干戈かんかただちに指して風声ふうせいしゅくたり、

  かんしゅす河東の域疆いききょうを献ぜんことを

 翌日、大軍は天井関てんじょうかんの下に陣を布いた。

 関を守るのは、万夫不当ばんぷふとうの勇を誇る猛将、鉄槍てっそう邵遂しょうすいである。宋軍の襲来を知るや、部将の王文おうぶんと迎撃を協議した。

 王文は慎重に言った。

「宋軍の勢いは凄まじく、正面からぶつかるのは得策ではありません。ここは堅守すべきです。晋陽へ急使を送り、援軍の到着を待って前後から挟撃すれば、必ずや勝機が見えましょう」

 しかし邵遂は鼻を鳴らした。

「先日、劉主より『敵を容易に入れるな』との厳命があったばかりだ。遠路はるばる来て疲弊している今こそ、一戦にて打ち破る好機。どうして援軍など待てようか!」

 邵遂は諌止かんしを振り切り、即座に手勢を率いて関を出撃した。

 両軍対峙する中、宋の陣営より先鋒・呼延賛が槍を構え、馬を躍らせて名乗りを上げた。

「北の将よ、早々に降伏せよ。さもなくば滅亡のわざわいを招くぞ!」

 邵遂も負けじと応じた。

「お前こそ、退くなら今のうちだ。一歩でも進めば、片甲へんこうたりとも帰さぬ!」

 賛は大喝し、槍を振るって直進した。邵遂もまた大刀を旋回させて迎え撃つ。二騎は激しく交錯し、三十合あまり打ち合ったが勝負はつかない。

 賛は一計を案じ、わざと負けたふりをして本陣へ逃走した。これを好機と見た邵遂は、猛然と馬を飛ばして追撃する。

 敵の気配が背後に迫ったその刹那、賛は馬首を巡らし、雷のごとき叫び声とともに襲いかかった。予期せぬ反撃に邵遂は防ぐ間もなく、馬上で生け捕りにされてしまったのである。

 その早業は、電光石火の如き武勲として詩に残された。

  兵馬南より来たりて勢気せいきゆうなり、

  将軍志こころざし奇功きこうを建つるに在り

  旌旗せいき展ずるところ風雲変じ、

  敵将身亡ぶること頃刻けいこくうち

 続いて控えていた高懐徳が、賛の勝利を見るや一斉に兵を動かした。勢いに飲まれた北兵は大敗し、おびただしい死傷者を出した。副将の王文は戦う勇気も失せ、陸亮りくりょうの方へと落ち延びていった。

 かくて宋軍は難なく天井関を攻略した。太宗は関に入り、賛が捕縛した邵遂の首を実検すると、「無用な逆臣である」として即刻斬首を命じ、その首を軍門に晒した。

 翌日、軍はさらに進み、沢州たくしゅうへ至った。

 沢州の守将・袁希烈えんきれつは、宋軍切迫の報を受け、副将の呉昌ごしょうに問うた。

「宋の先鋒は天下の虎将、呼延賛である。まともに戦っては勝算が薄い。ここは守りを固め、敵の疲労を待つのが上策であろう」

 だが、呉昌は強気であった。

「沢州は金城鉄壁、兵も精強です。戦うも守るも我らの意のまま。まずは私の武芸をもって宋兵を打ち払いましょう。もし勝てずば、それから籠城しても遅くはありません」

 希烈はその気迫を買い、五千の兵を授けて送り出した。

 呉昌は鎧に身を固め、東門を開け放って陣を布いた。対する宋軍からは、呼延賛が門旗の下へ静かに馬を進めた。

 呉昌は罵った。

「我が主君は一方の地を守っているだけではないか。何ゆえ執拗に侵略する!」

 賛は毅然と答えた。

「我が大宋は仁義の兵をもって天下を平らげた。服従せぬは唯一、河東のみ。貴様らは釜の中の魚も同然、死は目前にある。潔く降伏せよ」

 激昂した呉昌は刀を舞わせて襲いかかった。呼延賛は槍でこれを受け止める。

 交戦開始と同時に宋軍全体が雪崩のように押し寄せ、北軍はたちまち崩れ立った。呉昌は支えきれず、本陣へと馬首を返したが、賛は逃すまいと追撃の手を緩めない。

 その勢いに恐れをなした呉昌は、城へ逃げ込むことすら叶わず、汾澗ふんかんの方向へと迂回して遁走した。

「賊将、どこへ行く!」

 殺気立った賛が背後に迫る。呉昌は振り向きざまに弓を引き絞り、矢を放った。しかし賛は身をひらりとかわしてこれを避ける。

 焦った呉昌はさらに逃げようとしたが、不運にも人馬もろとも汾沢ふんたくの泥沼に足を取られてしまった。もがけばもがくほど深みにはまり、身動きが取れない。追いついた賛の部下により、呉昌はあえなく縛り上げられ、彼に従う二千余人もことごとく降伏した。

 呉昌は太宗の前に引き出され、即座に斬首の刑に処された。宋軍は勢いに乗って城攻めの準備を整える。

 一方、城へ逃げ帰った敗残兵から報告を受けた袁希烈は、顔色を失った。

「我が言を用いず、みすみす兵を失うとは……。この強敵、如何にして退ければよいのだ」

 その嘆きが終わらぬうちに、奥より一人の女性が進み出た。希烈の妻、張氏である。

 彼女は絳州こうしゅう張公瑾ちょうこうきんの娘であり、その容貌は極めて醜く「鬼面夫人」とあだ名されていたが、万夫不当の武芸と鋭い知略を兼ね備えていた。

 張氏は凛とした声で言った。

「将軍、何を狼狽なされます。わらわに敵を退ける秘策がございます」

 希烈はわらにもすがる思いで尋ねた。

「事態は切迫している。夫人にどのような妙案があるというのか」

「宋兵は大軍にして勢い鋭く、力攻めでは分が悪うございます。知略を用いるべきです。明日、将軍が精鋭を率いて出撃し、わざと敗走して敵を密林へ誘い込んでください。妾がそこに強弓隊を伏せ、四方から矢の雨を降らせば、必ずや全滅させられましょう」

 希烈は膝を打ち、その策を採用した。

 翌日、希烈は精兵六千を率いて城を出た。

 両軍布陣し、呼延賛が先陣を切って進み出る。

「賊将よ、城を明け渡さず、なおも無駄な抵抗を続けるか!」

 希烈は叫び返した。

「今日こそ貴様を捕らえ、呉昌の無念を晴らしてくれる!」

 言うが早いか、大斧を振り上げて突進した。賛も槍をしごいて迎え撃つ。剣戟の響きと兵士らの喊声が戦場を揺るがす。

 二十合ほど打ち合ったところで、希烈は偽って馬を返し、逃走を図った。好機と見た賛は、部将の祖興そこうを伴い、猛追を開始した。

 宋軍が密林に差し掛かったその時、希烈が合図の号砲を放った。

 轟音が山川に響くと同時、草むらから張氏の伏兵が一斉に起き上がり、千の強弩きょうどが火を噴いた。雨のように降り注ぐ矢に、宋兵は次々と倒れていく。

 計略に落ちたと悟った賛は、慌てて撤退を命じたが、そこへ張氏が立ちはだかった。

 二騎が交錯してわずか三合、張氏の繰り出した槍が賛の左腕を深々と貫いた。激痛に耐え、賛はどうにか包囲を突破したが、後を追った祖興は運悪く取って返した希烈の大斧を浴び、落馬して絶命した。

 宋軍は甚大な被害を受け敗走し、希烈と張氏は高らかに凱歌を挙げて城へと引き揚げた。

 陣へ戻った賛は、女の身である張氏に手傷を負わされた恥辱に、歯噛みして悔しがった。

 妻の馬氏に相談を持ちかける。

「今日の戦は大敗だ。大将の祖興を失い、多くの兵を損ねた。あの張氏とかいう女、槍の腕前は私に劣らぬうえ、恐るべき知略を持っておる。彼女が指揮を執って籠城すれば、沢州は容易に落ちぬぞ」

 馬氏は夫の傷を労りながら、静かに微笑んだ。

「案ずることはありません。奇策というものは、一度しか通用せぬもの。今度は私が策を用いて、城を落としてみせましょう」

「どのような策だ?」

 馬氏は語り始めた。

「まず全軍に待機を命じ、『呼延賛は左腕の傷が重く、再起不能』との偽情報を流すのです。敵は必ず慢心し、守りを緩めましょう。

 その上で、老兵たちに武装を解かせ、毎日汾澗で悠長に馬を洗わせ、あたかも撤退の準備をしているかのように見せかけます。

 私と貴方は精鋭を率いて密かに城東の高台に伏せ、敵の出撃を待ちます。高懐徳将軍に正面を任せ、敵軍が出てくれば、我々はその虚を突いて城内へ雪崩れ込む。これぞ、内を空にして外を撃つ敵の隙を突く策です」

 賛は手を打って喜んだ。「その策なれば、必ずやこの雪辱を果たせる!」

 直ちに全軍に密令が飛び、宋軍の陣営は不気味なほどの静寂に包まれた。

 数日が過ぎ、城壁から様子を窺っていた斥候が希烈に報告した。希烈は急ぎ張氏に相談する。

 張氏は推察した。

「先日、私の槍は確かにあの男の腕を貫きました。宋軍には他に恐るべき将もおらぬゆえ、敵の士気は崩壊しているはず。この虚に乗じて打って出れば、もはや敵ではありません」

 希烈は同意し、精兵七千を選りすぐり、南門を開いて突撃した。果たして、宋軍の先鋒は戦うそぶりも見せず逃げ散っていく。

 罠とも知らず、希烈は勝ち誇って軍を進め、ついに宋の中堅にまで達した。

 そこに立ちはだかったのは、高懐徳である。

 まさに両者が激突しようとしたその時、城の方角から早馬が駆け込んできた。

「申し上げます! 宋兵が東門より城内に侵入しました!」

 希烈は仰天し、慌てて馬を返して引き返そうとした。

 そこへ雷鳴のごとき叫び声とともに、呼延賛が姿を現した。

「賊将、逃がしはせぬぞ!」

 背後を断たれた希烈は戦意を喪失し、必死に包囲を破って逃れようとした。しかし、執念に燃える賛からは逃げきれない。

 半里も行かぬうちに追いつかれ、賛の金鞭きんべんが一閃、希烈の背を打ち砕いた。希烈は馬より転げ落ち、そのまま二度と動くことはなかった。残された北兵はこぞって降伏した。

 猛将を討ち取り、戦況を一変させたその光景、まさに詩に詠まれる通りである。

  精兵排しくだして勢い龍の如く、

  慷慨こうがいの英雄幾陣の中

  敵国未だ平らがず心激烈、

  旗を奪い将を斬って威風をあらわ

 同じ頃、張氏は異変に気づき城東へと急行したが、そこで待ち構えていた馬氏と遭遇した。女将軍同士の激しい一騎打ちとなったが、すでに大勢は決しており、張氏は支えきれずに敗走、わずか数百騎を伴って蜂州ほうしゅうへと落ち延びていった。

 高懐徳の軍も合流し、宋軍はついに難攻不落の沢州を完全に制圧した。

 賛より勝報を受けた太宗は、龍顔に笑みを浮かべ、軍を進めて堂々と城に入城したのである。

逆転の兵法:お尋ね者から将軍へ、そして策士の妻たち


すれ違いの悲劇と再起

呼延賛こえんさんは八王の助けで皇帝(太宗)から恩赦を勝ち取りますが、妻の馬氏ばしは夫が死刑になると勘違いし、使用人を連れて実家の山賊砦へ逃走済み。独りぼっちになった賛は寺に身を潜めます。


北漢の危機と開戦

「宋が攻めてくる」と焦る北漢国(現在の山西省)の王。守りを固めますが、宋の皇帝・太宗は、将軍たちの後押しもあり、ついに「親征(自ら出撃)」を決意。呼延賛は先鋒に抜擢されます。


社内政治パワハラと奇跡の合流

総司令官の潘仁美(はんじんび/悪役)は、新参者の呼延賛を嫌い、わざと「老人と虚弱な兵士」だけを与えて出撃させようとします。同僚の高懐徳が仲裁し、精鋭部隊を分け与えることで解決。

進軍中、呼延賛は偶然にも山砦から「復讐」のために下りてきた妻・馬氏たち山賊軍団と遭遇。「なんだ、生きてたのか!」と喜び合い、彼らはそのまま宋軍の強力な援軍となります。


連戦連勝と、最強の女たち

呼延賛は圧倒的な武力で敵将を次々と撃破(一人は捕獲、一人は泥沼へ追い込む)。

しかし、沢州たくしゅうの城で敵将の妻・張氏ちょうしが登場。彼女の奇襲策(伏兵)にハマり、賛は負傷してしまいます。

「死んだふり作戦」でフィニッシュ

ここで賛の妻・馬氏が策を授けます。「重傷で戦えないフリをして油断させよう」。敵が慢心して城から出てきたところを、呼延賛が急襲。敵将を殴り殺し、城を陥落させ、大勝利を皇帝に捧げました。


この回には、単なる戦争アクション以上の、中国封建社会のリアリズムと民衆の願望が込められています。


廟堂びょうどうの腐敗」と「草莽そうもうの英雄」

作者は潘仁美(奸臣・貴族階級)と呼延賛(民衆出身の豪傑)を対比させています。

潘仁美: 手続き論や足の引っ張り合い、保身を優先する腐敗した官僚機構の象徴。国の危機よりライバル潰しを優先します(老弱兵を与えるくだり)。

呼延賛とその一族: 山賊アウトロー上がりですが、義理人情に厚く、実力がある。「出世は家柄ではなく、実力で掴むもの」という、宋代以降の科挙制度(実力主義)や民衆のエネルギーを肯定するメッセージが込められています。


「天命」の可視化

偶然にも道中で家族(山賊軍団)と遭遇するシーンは、物語的に都合が良すぎますが、これは当時の宗教観(儒教・道教的価値観)における「天命」の表現です。「宋が天下を統一するのは天の定めだから、全ての偶然が味方する」ということを読者に刷り込んでいるのです。


ジェンダー観の特異点「女性武将の活躍」

『楊家将』の最大の特徴ですが、この回でも馬氏(味方)と張氏(敵)という女性が大活躍します。

当時の儒教社会では「女性は家にいるもの」ですが、北方の遊牧民族との戦いが続いた宋代の背景、あるいは民間の講談(語り物)としての娯楽性から、「女性の方が冷静で策士であり、男と同等に強い」という描写が頻出します。

敵の張氏が「鬼面(醜女)」とされつつも最強クラスなのは、「外見に惑わされず実を見る」という逆説的な美学も感じさせます。


なぜ「泥沼」と「伏兵」なのか?

泥沼の戦い(対 呉昌): 華北(山西省周辺)は乾燥地帯が多いですが、汾河ふんが流域の戦いであることを「湿地帯・ぬかるみ」を使うことでリアリティを持たせています。重装備の騎兵(当時の最強ユニット)が無力化する典型例です。

伏兵戦(対 張氏): 平地での正面衝突では勝てないから森へ誘い込む。これは『孫子』の基本ですが、豪腕タイプの呼延賛が「力押し」で失敗し、妻の「心理戦(偽装撤退)」で勝利するプロセスは、「武力だけでは天下は取れない(知略の重要性)」を教訓として示しています。


北漢の悲哀

北漢は、五代十国時代最後の生き残り国家でした。

敵の刘钧りゅうきんが「宋はずっと我らを敵視してきた」と語る場面には、大国の圧力を受け続ける小国の悲哀があります。また、彼らが頼みにする「防御の厳格化」も、結局は内通者や宋の圧倒的物量の前には無力でした。

読者は宋側(主人公)に感情移入しますが、歴史的視点で見れば、「北漢の滅亡=軍事的多様性が失われ、宋の中央集権化が完成する瞬間」を目撃していることになります。これは後の宋が文治主義に偏り、軍事的に弱体化する遠因とも重なり、深い哀愁を感じさせます。


今回は、個人の武勇伝アクションから始まり、夫婦の知恵比べ(サスペンス)、そして国家統一戦争(大河ドラマ)へとスケールアップしていく、構成の妙が光る回です。「妻の言うことを聞いた方が夫は出世する」という、現代にも通じる教訓が隠されている点も見逃せません。

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