第二回:李建忠 義によって窮地を救い、呼延贊 夢に武神の教えを乞う
『絳州城外・龍虎相打つ』
城前風捲塵沙起 (城前 風は塵沙を捲き起こし)
黒駿嘶雲喚老龍 (黒駿雲に嘶いて老龍を喚び)
猛虎伏地迎新鋭 (猛虎地に伏して新鋭を迎う)
双雄交刃一刹那 (双雄刃を交じう 一刹那)
城門の前、風が吹き荒れ砂塵が舞い上がる。 若武者の駆る黒馬は雲に向かって嘶き、その背後には龍が喚び起された。 対する老将の背後には、地を這う猛虎が若き鋭気を迎え撃たんと構える。 龍と虎を背負う二人の英雄が、今まさに刃を交錯させる、その一瞬である。
【しおの】
木枯らしが吹きすさび、舞い落ちる枯葉が足元を掠めていく十月――。
故郷の父母に別れを告げた呼延贊は、ひとり当てのない旅路を急いでいた。肌を刺す冷風が旅人の孤独を募らせるなか、数日の歩みののちに、眼前に天を突くような険阻な山影が立ちはだかった。
「殺気を含んだこの山容、さては山賊の巣窟か」
贊がそう呟いた矢先のこと、静寂を破ってジャーンと銅鑼の音が響き渡り、山陰から数人の荒くれ者たちが躍り出て行く手を遮った。
「おい若造、この道を行きたくば、通行料を置いていくんだな!」
卑俗な脅しに、贊は鼻を鳴らして一喝する。
「天下の往来は万人のもの。それを貴様ごときが私物化するなど笑止千万だ。この剣に勝てるなら金もくれてやろうが、叶わぬならその首を置いていけ!」
侮られた小頭目は怒髪天を衝き、刀を振りかざして襲いかかった。だが、贊の武芸は並ぶ者なき天性のもの。交錯したのはわずか一合、鋭い剣閃が奔ると、男は悲鳴も上げられずに山の斜面へと斬り落とされていた。
残された手下たちは色を失い、一人が転がるように山塞へ駆け戻ると、頭領の耿忠へ事の次第を訴えた。
「麓に物凄い若武者が現れました! 通行料を求めた兄貴分が、瞬きする間に斬り殺されてしまったのです」
驚いた耿忠は急ぎ馬を駆り、眼下を見下ろした。そこでは、若武者が残る手下たちと激しく渡り合っている。その猛々しくも面影のある顔立ちを目にした瞬間、忠は思わず声を張り上げた。
「なんと、そこに居るは甥殿ではないか! 待て、双方武器を引け!」
贊もふと手を止め、声の主を仰ぎ見る。それがかつて父と親交のあった耿忠であると気づくと、慌てて武器を収め、その場で恭しく礼をとった。
山塞へ招じ入れられた贊は、耿忠とその義兄弟である耿亮に対し、これまでの経緯を語った。一族を襲った非業の運命、そして父から託された血書の四句について。
「父の遺命に従い、お二人の叔父上を頼って参りました。知らぬこととは言え、配下の方を手にかけてしまった罪、どうかお許しください」
忠は首を横に振った。
「過ぎたことは誤解が生んだ不幸、甥殿に罪などあろうはずもない」
忠は直ちに盛大な宴を張り、贊を歓迎した。
「我らはここで兵を養い、時世の変わり目を窺っているのだ。甥殿という希代の英雄を得たからには、今日より第三の寨主(頭領)として遇そう」
贊は拱手してその厚意に深く感謝した。こうして山塞の一員となった贊は、近隣の悪徳官吏を討ち、不正な富豪を襲っては、連戦連勝の武功を上げ、その名は瞬く間に轟いた。
ある日、贊は耿忠・耿亮の兄弟にひとつの提案を持ちかけた。
「河東の周辺には富める地が多くあります。叔父上、私に三千の兵をお貸しください。絳州を強襲し、一気に二年分の糧食を持ち帰ってみせましょう」
血気盛んな若武者の言葉に、忠は苦笑して諌めた。
「はやるものではない。絳州を守るのは張公瑾という古強者だ。万夫不当の勇を持つ彼に挑めば、かえって我らが窮地に陥ろう」
「もし兵の一人でも失うようなことがあれば、私の首を差し出しても構いません」
その烈々たる気迫に気圧され、耿忠もついに折れて三千の兵を預ける決断を下した。
贊は甲冑に身を固め、愛馬に跨ると、「河東切歯仇(河東の憎き仇)」と大書した旗をなびかせ、意気揚々と絳州城下へ迫った。
城を包囲した贊の大音声が轟く。
「府庫の金銀食糧を大人しく差し出せば軍を引こう。さもなくば城壁を乗り越え、草の根一本残さず奪い尽くしてくれるわ!」
報告を受けた張公瑾は、冷静に事態を見定めた。
「賀蘭山に呼延贊なる若き英傑が現れたと聞くが、この騒ぎは奴か」
歴戦の将である公瑾は、即座に策を講じた。
「剛力の弩を用意し、吊り橋の両側に潜ませよ。私が奴をおびき寄せるゆえ、そこを狙って生け捕りにするのだ」
公瑾は武装し、五百の精鋭を率いて城外へと出撃した。対する呼延贊は愛馬・烏龍を踊らせ、敵陣の前に立ちはだかる。
「他意はない、ただ庫の黄金三千両ほどを借り受けたいだけだ」
公瑾は眼を剥いて一喝した。
「のぼせあがった賊徒めが。早々に立ち去れば命だけは助けてやるものを。逆らうなら捕らえて主君への手土産とし、八つ裂きにしてくれる!」
売り言葉に買い言葉、贊は激昂して槍をしごき突進した。公瑾もまた槍を構えて迎え撃つ。
二人の戦いは三十合を超えても決着がつかず、まさに龍虎の争いの様相を呈した。頃合いよしと見た公瑾は、隙を見せて敗走を装い、吊り橋を渡って城内へと逃げ込んだ。
「逃がすか!」
勝利を確信した贊は、好機とばかりに馬を飛ばして橋へ殺到する。だが、その刹那、一斉に鳴り響く銅鑼の音とともに、両側の草陰から伏兵の矢が雨霰と降り注いだ。
「謀られたか!」
驚愕した贊は急ぎ手綱を返して逃れようとしたが、時すでに遅く、率いていた三千の手下の半数が無慈悲な矢の犠牲となって倒れた。公瑾はそれを深追いすることなく、悠然と兵を収めていった。
手痛い大敗を喫した呼延贊は、耿忠に合わせる顔もなく、己を恥じてひとり寂れた小道へと落ち延びていった。しかし不運は続くもの、夜の一更(午後八時頃)近く、闇に潜んでいた山賊の罠にかかり、またしても捕らわれの身となってしまった。まさに「虎の穴を逃れて、また落とし穴に落ちる」の如しである。
賊徒らは贊を太行山の主、馬坤の元へと引き立てた。
馬坤が鋭く問う。「何者だ」
「私は相国の息子、名は呼延贊。道に迷い、難儀していたところです。どうか命ばかりはお助けを」
身分を明かして情けを乞うも、馬坤は冷ややかに一喝した。
「絳州を囲んで府庫を狙った不届き者がいるとの噂は聞いている。それがお前であろう! 往生際が悪いぞ」
馬坤は即座に贊を檻車(護送用の檻)に押し込め、二百人の手下をつけて絳州の張公瑾のもとへ送り、賞金に換えようと目論んだ。
一行は山を下ったものの、手下たちの間で不穏な相談が始まった。
「我らの大王と第八寨の頭領は犬猿の仲だ。もしこの先で呼延贊を奪われたら、俺たちの命はない。今夜はどこぞで宿を借り、夜明けを待って発つのが安全だろう」
そこで彼らは「攔路虎」という名の山賊の砦へ行き、事情があると言い含めて檻車を強引に裏庭へと運び込んだ。
運命の綾というべきか、この時、第八寨の主である李建忠もまた、この砦に宿をとっていた。彼は以前、西京(洛陽)で芝居見物中にあえなく捕縛され、四年の獄中生活を経て、脱獄して戻る途上であった。
建忠は外の騒がしさを怪しみ、門番に問うた。
「何事だ、この騒ぎは」
「へい、太行山の馬大王の手下が、なんでも呼延贊という男を絳州へ護送する途中だそうです」
建忠は眉を跳ね上げた。
「呼延贊……獄中でその武名は聞き及んでいる。如何なる不運か、そのような英傑が捕らえられるとは。義を見てせざるは勇無きなり、これを見過ごしては男が廃る」
彼は愛用の朴刀を提げると裏庭へ大股に歩み寄り、雷のような大声を浴びせた。
「義士・呼延将軍を檻に入れるとは何事か! 俺がいる限り、ここを通すわけにはいかんぞ!」
予期せぬ襲撃に手下たちは度肝を抜かれ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
建忠は剛力で檻車を破壊し、呼延贊を解き放つ。星明かりの下、二人の英雄は相見えた。
「どなたか存じませぬが、この恩義、生涯忘れはいたしません!」
贊が涙ながらに礼を述べると、建忠は豪快に笑った。
「私は第八寨の李建忠だ。我らは同じ義侠の徒、袖すり合うも多生の縁、今日からは兄弟も同然よ」
そう言って着替えを与え、二人は肩を並べて建忠の拠点「新建寨」へと向かった。
翌日、二人が寨に到着すると、留守を預かっていた寨主の柳雄玉が目を丸くして出迎えた。
「なんと、兄上が戻られるとは!」
雄玉は再会を喜び、建忠を上座に据えた。建忠が脱獄の苦労話を語ると、雄玉は顔を曇らせて嘆いた。
「兄上が去られてより兵力は衰え、そこへ付け込むように第六寨の羅清が毎年みかじめ料を取り立てに来ては、我らを苦しめております」
建忠は拳を机に叩きつけた。
「あのこそ泥めが! 今度顔を見せたら、生け捕りにして鬱憤を晴らしてくれるわ」
そして雄玉に贊を紹介した。「見よ、こちらは相国の御子息、天下に聞こえた呼延贊殿だ」
雄玉は居住まいを正して拱手した。「その武勇、かねがね噂に聞いております」
三人は意気投合し、再会と出会いを祝して盛大な宴を開いた。
宴もたけなわの頃、慌ただしい急報が入った。
「注進! 羅清が五、六百の手下を引き連れ、半年分のみかじめ料を取り立てに来ました!」
雄玉は狼狽したが、贊が静かに杯を置いて進み出た。
「兄上、ここは私にお任せあれ。馬と武具をお貸しくだされば、羅清を生け捕りにし、救命の恩に報いてご覧に入れます」
「おお、賢弟の腕があれば造作もあるまい」
建忠は喜び、二百の兵と最良の装備を与えた。
身支度を整えた贊は、疾風のごとく山を下り、敵陣の前で叫んだ。
「羅寨主、何の用だ!」
「柳寨主に地代をもらいに来たまでよ」と羅清がふてぶてしく答える。
「渡世の仁義を知るなら早々に立ち去れ。さもなくば捕らえて山へ連行する」
「小童が生意気な、死ねい!」
羅清は猛り狂って槍を突き出したが、歴戦の贊の敵ではない。五合も打ち合わぬうちに、贊は猿臂を伸ばして羅清を馬上から引きずり下ろし、生け捕りにしてしまった。残る雑兵を蹴散らすと、捕縛した羅清を建忠の御前へ引き据えた。
建忠は大いに笑い、羅清を柱に吊るし上げた。
「積年の恨み、晴らさせてもらうぞ」
その処遇は壮絶を極めたが、英雄たちの血盟を固めるための儀式のごとく、祝宴は夜明けまで続いた。
命からがら逃げ帰った羅清の残党は、第五寨の張吉に救いを求めた。激怒した張吉は兵二百を率いて報復に押し寄せてきたが、再び贊が立ちはだかった。
「手間が省けた。まとめて片付けて、憂いを断ってくれよう」
贊は陣頭に立ち、張吉を挑発する。「羅清を返せば命は助けてやる」と息巻く張吉に対し、一槍のもとに彼を刺殺。主将を失い浮き足立った敵兵を追って砦へと攻め込み、金銀を奪ってこれを焼き払った。
凱旋した贊を、建忠と雄玉は手放しで絶賛した。戦利品とともに持ち帰られた羅清の心臓と肝は、酒宴の肴として英雄たちの腹に収められ、義兄弟の契りは鉄のごとく固まったのである。
一方、砦を追われた敗残兵たちは太行山の馬坤の元へ逃げ込み、羅清と張吉の死を涙ながらに伝えた。面子を潰された馬坤は激昂し、長男の馬華に五百の精鋭を与え、呼延贊への報復を命じた。
知らせを受けた建忠が自ら出陣しようとすると、贊がそれを制した。
「兄上の手を煩わせるまでもありません。明日、私が策を用いてあの悪党どもを捕らえ、完全なる勝利を捧げましょう」
贊はその夜、砦の守りを固めさせると、明日の決戦に備えて早々に床に就いた。
夜半、うつらうつらとしていた贊の夢枕に、忽然として一団の火の玉が転がり込んできた。導かれるようにして進んだ先には、雲上の如き壮麗な宮殿が広がり、殿上には威厳に満ちた一人の猛将が鎮座していた。
「天下に武芸を知る者は、己ひとりだとうぬぼれているのか?」
猛将の声は雷鳴のように腹に響いた。贊は恐縮して平伏した。
「私はただの猪武者、取るに足りぬ者です」
「ならば教場へ参れ。伝えたいことがある」
場所を移すと、猛将は贊に武芸を演じさせた後、自ら馬に乗って手合わせを求めた。
数合打ち合ったところで、猛将は絶妙な手綱さばきで贊の隙を突き、彼を馬上から引きずり落とした。
「我が弟よ、この技を忘れるな」
その啓示とともに、贊は夢から覚めた。不思議なことに、夢であったはずなのに身体には甲冑の重みがまざまざと残っている。部下に問うてみると、近くに荒れ果てた古廟があるという。
翌朝、その廟を訪れた贊は、額に掲げられた「唐の尉遅恭」の名を見て衝撃を受けた。堂内に祀られた像は、昨夜夢に現れた猛将そのものであったのだ。
「ああ、尉遅敬徳将軍の御霊が、私に力を貸してくださったのか!」
贊は恭しく額き、「必ずや功名を立て、この廟を再興いたします」と固く誓った。戻って建忠にこの奇瑞を話すと、彼もまた大いに喜び、勝利を確信した。
やがて、馬華の軍勢が到着し、挑戦の叫びが響いた。
贊は静かに出陣し、馬華と対峙した。馬華は汚い言葉で罵り、槍を繰り出してくる。贊は夢で習った尉遅将軍の神技を心に描き、わずか二合で馬華の槍を封じ込めると、電光石火の早業で彼を生け捕りにしてしまった。
長男捕縛の報に、父の馬坤は愕然とした。「なんたる手強さだ」。今度は次男の馬栄が二百の兵を率いて救出に向かった。
馬栄は蛮勇を振るって贊に挑んだが、二十合戦っても勝負がつかない。そこで贊は計略を用い、敗走を装って馬首を返した。勝ち誇った馬栄が山陰に追ってきた瞬間、贊は隠し持っていた金の鞭を取り出し、流れるような動作で背後から一撃を加えた。
「ぐはっ!」
夢の教え通りの強打に、馬栄は鮮血を吐き、命からがら逃げ帰った。
二人の息子をあえなく破られ、馬坤はすっかり意気消沈していた。そこへ進み出たのは、娘の「金頭馬氏」である。彼女は並の男まさりではない武勇を誇る女傑であった。
「父上、嘆くことはありません。兄たちの仇、この私が討ってご覧に入れます」
「待て、奴の強さは尋常ではないぞ」
「力で勝てぬなら知恵を使います。山脇に伏兵を置き、私が誘い込んで仕留めましょう」
馬坤は娘の才覚に望みを託し、七千の兵を与えて送り出した。
これを知った呼延贊は、勇躍して先頭に立ち叫んだ。「降伏せよ、女とて容赦はせんぞ!」
馬氏は柳眉を逆立て、刀を閃かせて贊に襲いかかる。十数合激しく打ち合った後、馬氏は予定通り逃げるふりをした。
贊は一里ほど追撃したが、山陰の殺気を鋭敏に感じ取った。かつての絳州での失敗が脳裏をよぎる。
「む、これは罠か」
贊は深入りすることなく、慎重に馬を引き返した。
当てが外れた馬氏は唇を噛んだ。「あの男、腕が立つだけでなく、兵法にも通じているようね」
その時、見張りの兵より「山の裏手から一隊の軍馬が接近中」との報が入った。
警戒して様子を伺うと、それは第一寨主の馬忠であった。味方の来援に、馬坤はようやく安堵し、彼を寨に招いて酒宴を開いた。
しかし、酒が進んでも馬坤の顔色は晴れない。馬忠が理由を尋ねると、馬坤は沈痛な面持ちで語りだした。
「第八寨に呼延贊という希代の強者が現れ、我が長男は捕らわれ、次男は重傷を負わされたのだ。もはや我が一門の面目は丸潰れよ」
それを聞いた馬忠は、杯を置いて力強く言った。
「兄上、ご案じ召されるな。私が骨を折って若君を救い出し、一門の恥を雪ぎましょう」
「しかし、奴は相当な古強者だぞ」
心配する馬坤に対し、馬忠は不敵な笑みを浮かべた。
「力押しだけが戦ではありません。私に奴を降伏させる秘策があります」
馬忠は自信のほどをみせると、妻の劉氏と共に手勢を率い、勇ましく山を下っていった。果たしてその秘策とは如何なるものか――物語は次なる展開へと続く。
若き英雄の「挫折と覚醒」、そしてアウトローたちの「絆」を描いた、少年漫画のような熱い展開が魅力です。
この回は、主人公の一人・呼延贊が、未熟な若者から「神に選ばれし武将」へとレベルアップする物語です。
スタートアップと失敗: 父の仇を討つために旅立った呼延贊は、父の友人・耿忠の山賊団に合流。「俺ならやれる!」と調子に乗って政府軍の拠点(絳州)を攻めるが、ベテラン将軍・張公瑾にボコボコにされ、罠にハマって大敗北。自信をへし折られます。
不運と救済: 逃亡中に別の山賊に捕まり、護送されるという最悪の状況に。しかし、たまたま居合わせた李建忠という義侠の男(脱獄犯)に助け出されます。「強いやつはだいたい友達」の理屈で二人は義兄弟になり、新しい拠点で勢力を拡大。
修行編(神の指導): 敵対する悪徳山賊(馬一族)との抗争中、呼延贊は夢を見ます。夢に出てきたのは伝説の英雄「尉遅恭」。彼は呼延贊に直接武芸を叩き込み、「必殺技」を伝授します。
覚醒と逆転: 目覚めた呼延贊は、近所の古廟が夢の神(尉遅恭)を祀っていることを知り、感謝。その直後のバトルでは、夢で習った技で敵を瞬殺。かつてない強さを手に入れ、敵対勢力を圧倒します。
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この物語は、単なるチャンバラではありません。当時の「庶民の願望」と「正義の基準」が色濃く反映されています。
「山賊」こそが「正義」?(官逼民反)
この物語の重要点は、主人公たちが堂々と「山賊(強盗団)」をやっていることです。
政治的背景: この時代(宋代の講談など)は、役人が腐敗しており、「まともな人間ほど、理不尽な罪でアウトローにならざるを得ない」という「官逼民反(官が民を背かせる)」の思想が民衆に共有されていました。
貴族と民衆のギャップ: 本来、呼延贊は「相国(大臣クラス)の息子」という超エリート貴族です。その彼が、泥臭い山賊(李建忠)と兄弟になり、強盗で生計を立てる。これには「身分なんて関係ない、大事なのは『義(心意気)』だ」という、当時の庶民の痛快な願望が込められています。「役所の法」より「仁義」が優先される世界観です。
「夢」と「宗教」による正統性の付与
なぜ、呼延贊は「夢」で修行したのか?
夢に出てきた「尉遅恭(敬徳)」は、かつて唐王朝を建国した際の大将軍で、後世では「門神(魔除けの神)」として信仰されるスーパーヒーローです。
意味合い: 呼延贊が彼から技を習うというのは、「唐という偉大な時代の武勇を、宋の英雄が正統継承した」という宣言です。「山賊あがりの若造」ではなく、「神に選ばれた正統な武人」であることを読者に納得させるための、宗教的演出なのです。
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武器「鞭」の系譜
ここからは視点を変えて、歴史・武侠小説ファン向けの深掘りです。この回の最大の注目点は、武器の「鞭」です。
「鞭」と言ってもSMのムチじゃない!
日本人が「鞭」と聞くと「革紐のムチ」を想像しますが、呼延贊が使うのは「鉄鞭(鉄の棒)」です。
•形状は「竹の節」のような凹凸がついた金属の棒で、刀や剣で斬れない甲冑の上から叩きつけて骨を折る、パワー系の鈍器です。
•呼延贊が隠し持って敵を叩いた描写は、この武器が「奇襲・暗器(隠し武器)」としても機能したことを示しています。
「鞭使い手」英雄の系譜:尉遅恭 → 呼延贊 → 呼延灼
この回で「尉遅恭」が出てきたのは偶然ではありません。
•尉遅恭: 歴史上、鉄鞭の名手として知られます(双鞭の使い手)。
•呼延贊: この物語で、尉遅恭から霊的に技を受け継ぎます。
•呼延灼: 皆ご存知『水滸伝』の英雄。「呼延贊の直系の子孫」という設定で、彼もまた「双鞭」の使い手です。
つまり、この夢のシーンは、「中国軍事小説における『最強の鈍器使い』のライセンスが、唐の英雄から宋の英雄(楊家将)、そして水滸伝へと継承された瞬間」を描いた、非常に歴史的意義の深い「神回」なのです。
戦術的リアリズム:敗走という「罠」
この回では敵も味方も頻繁に「逃げるふり(偽装敗走)」を使います。これは『拖刀計』などと呼ばれる古典的な戦術。
ただ逃げるのではなく、「追いかけてきて隊列が伸びた敵を、隠しておいた鈍器(鞭)や伏兵で叩く」という実戦的なマニアックさが描かれており、当時の講談師たちが、いかに戦闘の駆け引きをリアルに客へ伝えたがっていたかが分かります。




