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第7話 ゲームの世界で

 あれから数ヶ月、いや半年はたっただろうか。フウは俺と地道に苦手なことに取り組み、不器用さを少しずつ克服していった。


 ネックだったボタン留めやスプーンの使い方も、今では1人でできるようになり、身辺自立がほぼできている。


「おじさーん!ただいま〜!ねぇねぇ、今日お友達とさあ〜・・」


 学校から帰ってきたフウは、ニコニコしながらすぐに俺のそばに走り寄ってくる。


 バグ修正されたこともあってか、いや、それ以上にフウがグンと成長したこともあるだろう、学校の友だちとも上手くいってるようで、時々この小屋に、友だちを連れてくることもある。


 フウは毎日その日の出来事を、必ず俺に話してくれる。

 俺もフウの話しをニコニコと笑って聞いている。至福のときだ。

 このゲームの世界に転移してから、毎日こんな幸せな生活を送っている。


 もう元の世界のことなんて、未練はこれっぽっちもない。正直、戻りたいとも思わない。

 帰ってもあの1人で家にポツンといる生活に、同じルーティーンの日々・・。


 まぁ強いて言えば、この「冒険者フウ」のゲームの開発がどうなっているのか、俺の担当していた業務は大丈夫なのか、が気にはなる。


 なぜなら、フウが関わっていることだから。


 俺はフウの頭をクシャクシャッと撫で、今日のできごとを話し続けるフウを優しい目で見つめる。


「ねぇおじさん、魚つりにいこうよ!ちょっと着がえてくるから、まっててー!」


 よし、わかった!俺は大きく返事をする。

 あ〜腰が痛むな〜。

 腰をトントン拳で叩きながら、テーブルまで歩いて行く。

 椅子に腰掛け、テーブル上にある、少しボロボロになった本を手に取る。


 佐藤さんからもらった、子育てバイブルの本だ。

 フウとの関わりで困ったときに読み、悩んでは読み、自分の関わり方が合っていたのか確認したくて読み。


 一日に何回も読んだ。

 近くに相談できる人もいない俺には、この本が毎回助けてくれた。

 その甲斐もあってか、フウは前に比べると気持ちが安定しているように見える。


 いいことなのか悪いことなのか分からないが、フウはあれから泣くことはなくなった。

 おかげで俺は元の世界へ転移することもなく、「冒険者フウ」のゲーム世界で伸び伸びと、そして毎日フウと楽しく生活している。


 フウの着替えを待っている間、少し外の空気を吸うかと小屋の外に出る。


 草花は相変わらず綺麗だな、と思ってふと視線をうつすと、小屋の前に俺が立てた「冒険者フウ」の木札の表札が半分に割れている。


 え・・?

 不穏に思い触ると、バチバチっと何か電気が走り慌てて手を引っ込める。

 何かおかしいと思った俺は、慌てて小屋の中に入りフウの名前を呼ぶ。


「フウ!!おい、フウ!!どこにいるんだ!?いるなら返事をしてくれ!」


 心臓の鼓動が早くなる。

 俺は狭い小屋の中を隅々まで隈なく探したが、フウはいなかった。

 いや、正しくは消えていた。


 クローゼットの前には、フウが脱いだ制服が落ちていた。

 拾い上げると、制服は適度に汚れていて、フウがさっきまでちゃんとここに存在していた証が残っている。


 俺は泣きそうになる自分を抑え、小屋の外に勢よく出る。


 まさか・・俺は嫌な予感がしてもう一度、半分に割れた木札の表札を触る。


 バチバチバチ!!と静電気よりもっと強い電気を感じた瞬間に、その場で意識が遠のいた。


 ◆◆◆


 目を覚ますと、そこは俺のアパートだった。

 上半身を起こし外を見ると明るく、その次に時計を確認すると午前10時をさしていた。


 勢よく起き上がると、俺はその服装のまま職場へ直行する。


「冒険者フウ」のゲームに、何か問題が起こったに違いない。


 必死に走り自分の部署があるフロアにつき、バタバタと自席まで向かう。


 部屋の中がザワッとするも、俺は椅子に座ると誰に挨拶をするでもなく、黙って自分のパソコンを立ち上がる。


「ちょっと・・あなた今まで何してたの」


 囁くように話しかけてきた佐藤さんが、眉間にシワを寄せて俺を見ていた。


「あなた、2週間出勤しないで、しかも音信不通だったって。部屋にもいなかったって聞いてるけど・・」


「迷惑かけてすみませんでした。それより、教えてください、「冒険者フウ」のゲームは今どういう状況ですか!?」


 鬼気迫る俺の様子に、怯える佐藤さん。


 分かってる、こんな無断欠勤の末に急に来て、謝罪もせずゲームの進捗聞くなんて、頭が狂ったんじゃないかって思うよな。


 でも今はそんなこと気にしている暇はない、フウのことが心配で不安だった。


 佐藤さんはどうしようか迷ってる様子だったが、同じチームのよしみか、はたまた狂人への気遣いか、コソコソと話してくれた。


「あなたがいない間にね、どういうわけか主人公のフウの性格が初期設定から変わってしまったの。それがこの前社内で行われた、途中経過のチーム発表のときに発覚したのだけれど、フウが不器用キャラだったのに、なんでもできるようになってしまっていて。バグかと思って修正しようとしたんだけれど、なおらなくて。これでは、このゲームの元々の趣旨も変わってくるし、つまらなくなったと上から指摘が入ったの。それでね、開発中止になったのよ」


 佐藤さんは、暗い表情で視線を下に落としたそのとき、


「うそだろ・・フウーーっ!!!」


 パソコンを両手で掴み、涙を流す俺。


 俺はフウを失った恐怖と、現実を受け入れられない混乱で体がブルブルと震えていた。


 パソコンは立ち上がるも、「冒険者フウ」のゲームデータが見つからない。


 俺の取り乱した様子に、同じ部屋の同僚や上司、部下、そして同じチームの皆が、唖然として見ている。


「そんなにあのゲームに思い入れあったんすかね・・」

「てか、今までゲーム放ったらかしておいて、どの面下げてここにいるんだっつーの」


 ボソボソと聞こえてくる嫌味な言葉も、フウを失った損失の気持ちの方が大きく、なんとも思わない。


「ちょっとこっち来て」


 涙を垂れ流す俺を見かねて、佐藤さんが部屋を出るよう合図する。


 ツカツカと廊下を歩いて行き、倉庫に行き扉を開ける。


「ここ見てて」


 多くの古いパソコンが置かれている中に、1台だけ電源が入っているものがあった。


 佐藤さんは、カチャカチャと暗証キーを入力する。


「冒険者フウ」


 ゲームのタイトルが出てきて、ゲーム開始のトップ画面になる。


「えっ・・これ・・」


「私、このゲームのために、子ども達との遊ぶ約束を破ってまで、それに初めて休日出勤したのよ。それなのに開発中止なんて、受け入れ難いわよ。だから、記念にここにデータ移しといた。これは私のささやかなら仕打ち」


 ニコッと笑うと、驚いている俺を置いて歩き出す。


「あなたもそのゲームに思い入れ強かったみたいだし、良かったらどうぞ」


 俺の方を振り返らずに去りながら、手だけ上にあげてヒラヒラと振る佐藤さん。

 めっちゃ、かっこ良いな!!


 俺は倉庫で1人カーソルを動かし、「冒険者フウ」のスタートボタンを押す。


 音楽と共に、ゲームが始まる。

 そしてフウが出てきた。

 あの、ニコニコと可愛い笑顔でこっちを見ている。


 あぁ・・フウはここで俺を待っててくれたんだな・・。

 俺は目を潤ませながら、カーソルを動かす。


 ◇◇◇


 倉庫の扉が少し開く。


「ねぇねぇ、もうそろそろ戻らないと。皆んな心配してるし、上司が話あるって探してるわよ・・って、あれいない」


 ツカツカと古いパソコンの前に行くと、「冒険者フウ」のゲームが途中で静止していた。


「あれ、またバグかな。んー、とりあえず電源落としておくか〜」


 電源ボタンが長押しされる。


 その静止した画面では、フウと大人の男性1人が小屋のテーブルに座り、カレーを食べている。

 そのテーブルの端には、ボロボロになった1冊の本。


 --プツン

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