第5話 コントロール
「いいか、フウ。ボタンの留め方だがな・・」
小屋の中に入ると、俺は早速制服をクローゼットから取り出してフウに教え込む。
フウは最初こそ見ていたが、すぐに飽きたようで、近くの本棚から絵本を取り出し始める。
「おい、フウ、せっかく教えてやってるんだ、集中して見ろよ。友だちに赤ちゃんなんてもう言わせないように頑張るぞ。ほら、今度フウやってみろ」
「やだ、やりたくない。今はやらない。ねぇーおじさん、あそぼー」
「友だちにバカにされて、悔しくないのか?!
ほら、教えてあげるから!」
だんだんと、俺の声のボルテージがあがる。
それでもやろうという意思を示さないフウに、俺はイライラし始め、制服は放っておき、冷蔵庫に向かうと開ける。
中にはプリンにゼリーに、子どもが好きそうな物がたくさん入っていた。
佐藤さん、俺が小物類よく見てるって分かったから、力入れ始めたのかな?
俺はプリンを取り出すとテーブルに置き、一緒に食べようとフウを呼ぶ。
「プリンーーー!」
嬉しそうに駆け寄ってきたフウは、椅子に座るとスプーンを持ってプリンに差し入れる。
持ち方は、やっぱり逆手持ち。
俺はフウの手を掴むと、持ち方なおすぞ!と無理やり指を剥がし、鉛筆持ちに変える。
「いたいよ、おじさん」
フウは不満そうな顔でスプーンを持つ手を見たが、その後観念したように、ガッ、と思いっきりプリンに差し込む。
すくい出そうとスプーンを上に持ち上げた拍子にプリンは倒れ、カップから出たプリンがテーブルに雪崩れ広がっていく。
「あーーー!ほらー、こうなった!もう食べられない!!」
フウはスプーンをテーブルに叩きつけるように置くと、席を立ちまた遊び部屋に行ってしまった。
テーブルは拭いてあるだろうし、大丈夫、3秒ルールで食べられるぞ!とか、俺のいた世界のルール言ってみたりして、プリンをカップに戻す。
「もう食べられないし、いらない!」
フウはまた眉毛をへの字にして大きな声で言うと、そばにあったおもちゃを思い切り壁に投げつけた。
「物を投げたらいけないって、前に言っただろーーがっ!!!」
俺もカッ!と怒りのスイッチが入り、またもや怒鳴ってしまう。
できないことで、嫌な思いしないようと、フウのためにボタンもスプーンも教えようとしたのに。
なんだよ、俺ばっかり必死になって。
そんな気持ちもあり、余計に苛立った。
急に怒鳴られて少し萎縮した様子だったが、怒った顔で近付いてくる俺を、相変わらずのへの字眉で見つめる。
投げつけたおもちゃを手に取り、フウの手を掴むと、俺はフウの手を思いきり叩いた。
バシン!!
俺の手にもビリビリと衝撃がきた。
フウは一瞬キョトンとしたが、その数秒後、自分が何をされたのか分かったようで、ワーーーーーー!と大きな声で泣き出した。
泣け泣け。悪いことしたのはフウだ。俺の気も知らないで。
フン!と大人気なく、俺はそっぽを向く。
その瞬間、泣いているフウの手に体が吸いねじ込まれるような、ギュウーッとした気持ち悪い感覚になり、目の前の景色が歪み意識が飛ぶ。
◆◆◆
「こんな所で寝てたら危ないですよ」
ぱちっと目を開けて上を見上げると、誰かが俺を見下ろしていた。
逆光でよく顔が見えない。
「て、あれ、僕棚橋です。覚えてますか?最近まで職場一緒だった」
へっ??
起き上がり顔を見ると、あぁ、「冒険者フウ」のゲームで同じチームだった棚橋くんだ。思い出した。
たぶん、こうやって声をかけられなければ、道ですれ違っても分からないくらいの関係性で、でも1対1で会うとちゃんと関係がハッキリするものだ。
「ここ、道路っすよ。あんまり車は通らないですけど、ここで寝るのはやめた方がいいっすよ。昨日は飲み会とかだったんですか?今日は土曜日っすから、ぱーっといっちゃった感じっすかね」
自分を認識してくれたと分かった途端、口調がほどけ笑顔を見せる棚橋くん。
チュンチュン、と聞こえてくる鳥のさえずりと、棚橋くんの話から、今は朝か午前中なんだろう。
ははは・・と笑い、話をうやむやにしながら立ち上がると、グラッとよろけ慌てて地面に手をつく。
なんだ?現実とゲームの間を転移しすぎて、体が変になったのか?
「大丈夫っすか?僕んち、すぐ目の前なんで、ちょっと休んでいってください」
いや、流石に家によるのは・・。と断ろうとしたが、思っていた以上に体がダメージおっていたらしい。まっすぐ歩けない。
棚橋くんはそんな俺の肩に腕を回すと、半ば引きずるように俺を家まで連れて行く。
棚橋くんの部屋は思っていたより片付いていて、綺麗にしてあった。
しかも、なんかおしゃれな家具もあって、俺の部屋とは大違いだ。
「どうぞ」
目の前の丸いテーブルに紅茶が出され、俺はすみません、と言いながらいただく。
向かい合うように棚橋くんも座るが、俺は正直困っていた。
なぜって、棚橋くんとは今まで業務上言葉を交わしたことが2、3回はあったか・・?それ以外では、全く話したことがなく、どんな人かも知らなかったからだ。
いや、正確には知ろうともしてなかったのだが・・。
沈黙が続く中、気まずくなった俺は、天気の話でもしようかと口を開いたときだった。
棚橋くんが、ポツリと話す。
「すみません。急にやめたりして。ご迷惑おかけしてますよね」
まともだ・・。
天気の話なんかより、仕事の話すればいいのに俺ってやつは、本当コミュニケーションが壊滅的だ。
正直、辞めたことすら事後で知り、彼の残していったバグ修正にも携わってない俺は、迷惑かけられるほどの仕事を今はしていない。
俺は返す言葉が見つからず、大丈夫ですよ、と一言。
沈黙が気まずく、紅茶を飲むフリをすると、棚橋くんが苦笑いして話を続ける。
「僕、上司によく怒られてて。ミスが多いって。あと、納期も守れないことが多かったので。いつも我慢していたんすけど、とうとう溜まっていたものが爆発してしまって、上司に怒鳴って言い返してしまって、クビになりました」
えぇ、そうだったの!?
内部事情なんて知らない俺は、突然の告白に困惑し、更に返す言葉に詰まる。
「僕、幼い頃からそうだったんすよ。他の人よりできないことが多くて。でも言い返せなくて、このモヤモヤする気持ちをどうしたらいいのかも分からなくて」
なんで、急にこんな展開になってしまったんだろう、と思いながらもお悩み相談を受けている気持ちで話を聞く。
「それでも僕はゲームが好きだったんで。今回の「冒険者フウ」のゲームでフウのキャラ作成担当になったときは、すんごい嬉しくて」
あー、彼が担当していたのか。
俺は、今その事実を知る。
「やっぱり主人公は成り上がりがいいよな、って思って、フウは、僕の子どもの頃に似たような感じにしたんすよ。例えば、うまく着替えられないとか、あとは何かあるとすぐ怒ってしまう、とか、あとは・・」
「スプーンの持ち方が上手くないとか?」
「そうなんす!・・て、あれ、もうゲームって完成して体験したんすか?」
転移して経験しました、とは言えないので、俺はなんとなくそうかな?って勘で、ってことにした。
「主人公のフウはできないことが多くて、ダメなキャラクターなんすけど、プレイヤーが彼をうまくコントロールしてクリアしていくことで、プレイヤーは満足感が得られて・・」
ありがとう、もう体調良くなったわ、と俺はすくっと立ち上がる。
キラキラした目で話していた棚橋くんは、急な俺の行動に驚くも、玄関へ向かう俺を慌てて追う。
ありがとう、世話になりました、と棚橋くんの顔を見ずに軽く会釈し、俺は外に出て階段を降り、スタスタと歩き出す。
無性に腹がたった。
フウは自分ができないことに困っているだけでなく、バグとはいえ友だちからバカにされ悲しんで泣いていたというのに。
その設定をした彼は、自分もそれで悩んでいたんじゃないのか?
なぜその役割を、7歳のフウに押し付けるんだ。
かわいそうに・・フウは1人で泣いていたんだぞ・・。
偶然、俺がそのとき転移できて、そばにいられたから良かったものの・・。
偶然・・?泣いているときに・・?
いや、偶然じゃないとしたら?
フウが泣くことで転移するとしたら?
俺がもとの世界へ初めて戻ったときは、スプーンを壁に投げつけたフウを叱った後だった。
フウは叱る俺に背中を向けていて、顔は見えなかったが、あのとき、もしかしてフウは泣いていた・・?
ゲームの世界へ転移した、さっきもそうだ。
フウは自分が草花の所で泣いていたら、俺が突然現れたって言っていた。
そして、今俺がまた元の自分の世界へ戻ってきたのも、おもちゃを投げたフウを叱ったときだ。叱られてフウが泣いた、そのときだった。
俺は徐々に歩くスピードを早め、最終的には走り出す。
今からこのまま職場に向かう。
ゲームを立ち上げなければ、フウに会わなければ。
作り手の勝手な都合でキャラ作成されているのに、そんなフウを叱った俺は・・。
なんて自分勝手なんだ。
悔やまれる自分の行動に、唇を噛み締めながら急いで職場へと向かう。
給料発生しない休日出勤になろうとも、俺には関係ない!