第3話 さかてもち
「ただいまーーー!」
フウが、元気よく扉を開けて帰ってくると、一目散に俺のところへ駆け寄ってきた。
俺は調理台で苦手な料理と格闘し、鍋と睨めっこしている。
「ねぇねぇ」
服を引っ張るフウ。けっこうな力で引っ張るので、着ている服がビヨーンと伸び、よろける俺。
「ただいまって言ったら、おかえりって言うんでしょ?」
あ、そうだった。独り身が長いせいで、おかえりとか言う習慣なくて忘れてたわ。
7歳のフウに言われて、気付かされるアラフォー。
「ごめんごめん、おかえり!」
その言葉を聞いてフウは満足げな笑顔を見せる。
ニコニコしたフウは、調理台に立っている俺の服を掴み興味津々で見てくる。
「なにつくってるの?」
「ん?今日の夜ご飯を作ってるんだよ」
「夜ご飯なに?」
「カレーにしてみた。カレー好き?」
「うん、カレー好き!やったー!」
俺の服に捕まったまま、小さく跳ねるフウ。
7歳ってこんなにも人懐っこいんだな。
俺は会ってまだ数時間のフウが可愛くて仕方なかった。まぁ実際にはこのゲームを作っていたのだから、フウとはもーっと長い時間一緒にいたのだが。
やっぱり、現実に一緒にいるのは格別だ。
フウは背負っていたかばんを床にヒョイと投げ捨てると、制服のまま部屋の中で遊び出す。
制服は着替えた方がいいよな・・?と自分の子どもの頃を思い返す。
よく母親に、帰ったらすぐ着替えなさいって言われてたっけ。
カレーの鍋をかき混ぜながら、フウに着替えるよう声を掛ける。
聞こえてるのか聞こえてないのか、返事はないがまぁそのうち着替えるだろうと、カレーに集中する。
人生で、2回くらいしか作ったことのないカレー。そもそも自炊なんて、本当にこれっぽっちもやってこなかった。唯一作っていた自炊メニューがカレーで、今日はその3回目。
冷蔵庫にあった材料とバーモンドのカレールーを使って適当につくったが、これで合ってるんだろうか?
というより、バーモンドのカレーさまさまで、自炊経験がほぼない俺は、本当にこのパッケージに助けられた。
バーモンドのカレールーとか、ずいぶん細かいところまで拘った設定してるんだなぁ、と、今度この部分の担当者と、話してみたい気持ちになった。
まぁこんなもんか?と、味見して火を止める。
フーーと伸びをしながら息を吐き、一息つく。
よし、あとは夕飯までフウと何かするかー、とフウの方を見ると、まだ制服のまま遊んでいた。
「おい!着替えるよう言っただろ?服はどうした?」
慣れない自炊で疲れてきた俺は、フウに今までで1番強く言った。
だが、そんなことは気にせず、フウは遊びながら答える。
「きがえるの、手伝ってー」
またかーと思いつつも、制服をぬがし朝着ていた服に着替えさせる。
着替え終えた途端、また1人で遊び出す。
こんなに元気なのに、なんで自分でやらないんだ?俺の7歳のときはどうだったっけ、と思い返すも、全く記憶になくだめだった。
ま、7歳なんてこんなもんか、と思い、フウのそばに行き、今何をしてるのか聞いて遊びにまざる。
◇◇◇
日が暮れてきて時計は夜の7時をさし、夜ご飯にしようとフウに声をかける。
フウは嬉しそうに頷くと、俺のあとにくっついてきて、カレーが入った鍋を見る。
「ん〜〜カレーのいいにおい〜〜」
目を閉じて幸せそうな顔をするフウに、俺も嬉しくなる。と同時に、このカレーの味はフウに美味しいと言ってもらえるだろうか、と不安になる。
カレーをお皿によそりテーブルに持っていくと、フウは自分の席に座りスプーンを持ってウキウキして待っていた。
「いただきまーす!」
フウはスプーンでカレーをすくうと、口いっぱいに頬張る。
俺はドキドキしながら、おそるおそるフウに味はどうか聞いてみる。
「おいしい!」
ニコッと笑うフウに大きく胸を撫で下ろした俺は、自分でもカレーを食べてみる。
うん、まぁいいんじゃないか?我ながらよく出来た方だと自画自賛しながら食べていると、そんな俺を見ながら、フウもニコニコと嬉しそうにしていた。
食事中に、今日の学校での出来事を聞いてみた。これはまるで家族じゃないか、と、こそばゆく感じていたとき、ふとフウのスプーンの持ち方が気になった。
俺の持ち方とは違って逆、そういわゆる、逆手持ち、でカレーをすくっていた。
あれ?7歳ってまだこんな持ち方だったっけ?と、フウに指摘する。
「スプーンはさ、こうおじさんみたいに、なんて言うんだっけ・・そうだ、鉛筆持ち!鉛筆を持ってるように・・そう、こうやって、この指を絡めて・・そうそれ」
フウの指を掴み、スプーンを正しく持たせる。
フウは不思議そうにスプーンを持っている自分の手を見ると、ゆっくりとカレーに突っ込む。
「こう?」
俺の顔を見ながら、使い方が合ってるか確認する。
俺がOKと手で示すと、フウは慣れない手つきでカレーを口に運ぶ。
1口食べてもぐもぐしたあと、またゆっくりとカレーに突っ込む。
うんうん、上手く教えられて良かった、と思い自分のカレーを食べ進めていたのだが、フウに目をやると、また元の逆手持ちでスプーンを握り食べていた。
「おい、また戻ってるぞ」
持ち方を正そうと指に触れたそのとき、フウは急にスプーンを壁に投げつけた。
カレーがついていたスプーンは、壁にべちゃりと跡を残し床にカラカラン!と落ちる。
「なんで投げたんだ!危ないだろ!!いけないぞっ!投げるのは!!」
俺はフウの手を掴み、フウの顔を見て叱った。
急にスプーンを投げたことにびっくりしたが、悪いことは注意しなければ。
「あの持ち方だと、うまく食べられない!もうご飯もいらない!」
また眉毛をへの字にさせ大きな声で言い放ったフウは、椅子からサッと降りるとさっきまで遊んでいた部屋に行き俯きながら遊び始めた。
「戻ってきなさいまだ全然食べてないじゃないか!」
慣れない料理疲れと異世界での生活に疲れが溜まってきた俺は、フウに負けず劣らず大きな声をあげる。
俺の声が聞こえているのだろうが、無視を続けるフウは、俺に背中を向けて遊ぶ。
はぁーーーー。と溜め息をつくと俺は持っていたスプーンをテーブルに置き、フウのお皿に残っているカレーに目をやる。
まだ半分以上残っているカレー。
フウのお腹の満たされ具合も気になるが、料理が苦手な俺がやっと作ったカレーなのに、最初はあんなに楽しそうに食べていたのに。なんでこうなった?
スプーンの持ち方を、教えただけだったのに。
「おい、こっちに戻って最後まで食べようよ」
気分がガクッと落ちた俺は、抑揚のない声でフウの背中に向かって話しかける。
反応しないフウに寂しさを感じたが、自分のカレーを食べ終えてしまおうと、仕方なくスプーンを握る。
すると、あの時の感覚が突然現れた。
スプーンに体が吸いねじ込まれるようなギュウーッとした気持ち悪い感覚。
目の前の景色が歪み、また意識が飛ぶ。
◆◆◆
ハッ!と気が付くと、俺は職場にいた。
自席に座り、目の前にはパソコンが置いてある。
周りを見渡すと、同僚が黙々と画面を見て作業している。
元の世界に戻っ・・たのか・・?
呆然とする俺。
「大丈夫ですか?」
隣の席から心配そうに声をかけてきたのは、「冒険者フウ」の同じチームである女性の佐藤さんだ。
「あ、すみません・・ちょっとぼーっとしちゃって・・大丈夫です・・」
世界を行き来したせいで頭がよく働かないのと、久しぶりの女性とのコミュニケーションにどういう反応したらいいのか分からず、真顔に口元だけだらしなく笑う俺。
それを見て、引いた顔をする佐藤さん。
「あれ、佐藤さんて席は前からここでしたっけ?」
「違う違う、つい昨日同じチームの棚橋くんが辞めちゃったじゃない。それで私がここの席に移ってきたの」
冒険者フウのゲームを作っているチームは5人いて、そのうちの1人がやめたっていうのに、俺は何も知らずにいた。
仕事に追われていたとはいえ、さすがにこれは申し訳ない気持ちが勝る。
「棚橋くん、辞めるときにゲーム内に色んなバグ残していっちゃっててね、ゲーム内に色々支障が出てるのよ」
「支障?どんなですか?」
フウのことが心配になって、佐藤さんの方へ椅子ごと移動してパソコンの画面を覗く。
急に距離を詰めてきた俺に、驚いてのけぞる佐藤さんだったが、俺の真剣な顔を見て教える気持ちになったらしい、詳しく話してくれた。
「えっとね、例えばここ。主人公が初めて冒険しに行く草原が消えてたりとか、あとは主人公の学校での友達とのやり取りが上手くいってなかったりとか、あとは・・」
「フウの小屋の前の木の表札が、壊れてるとかですか?」
ピタッと手を止め目を丸くしてこちらを見る佐藤さんの顔を見て、俺は正解かどうか見定めようとする。
「あたり・・そうそう、表札がね、ここの・・ってあれぇ?なおってるー」
佐藤さんが驚いているのを見て、それは俺がゲーム内でなおしたからです、なんて、言いたいけど言えない。
「あ、あとね、なんかこのバグで主人公も消えかけるかも、ってなったらしいんだけどね、なんかその時ちょうど、なぜか主人公が設定通りに小屋のテーブルに座っていなかったらしくてね、なんとか主人公消失まではいかなかったらしいんだけど。本当そうなってたら最悪だったわよ」
フウが消えるかもしれなかった・・
さっきまで一緒にいてニコニコと笑っていたフウの顔を思い出して、俺はギュッと心臓が締め付けられた。
もしかして、フウが消えなかったのは、俺が突然ゲームの世界に転移してきたことで、驚いたフウが席を立って壁にへばりついていたからなのではないかと。
じゃあ、今俺が元の世界に戻ってきたことで、フウはどうなってる・・?
フウは今何してるんだ・・。
胸がざわめいて、俺は慌てて自分のパソコンを立ち上げる。




