第2話 かけちがい
「おっさん、誰なんだよー!?気付いたら急にこのテーブルにいたよ?!」
君をつくったゲームの作り手だよ、なんて言っても信じないだろうからなあ・・
どう自己紹介したらいいか困った俺は咄嗟に、
「君を救うために宇宙から遣わされた、スーパーヒーローさ」
と、低い声で囁いた。
アホか、と自分でも思ったが、とりあえず今は何か言ってこの場を凌がないと、と前に作ったゲームの設定を話した。
信じるわけないよな・・と思い彼の顔を見ると、目をキラキラさせて笑顔でこちらを見つめていた。
「おっさん、ほんとうに・・!?ほんとにヒーロー!!?やったー!すごい!」
・・あれ?なんか思ってたリアクションと違う・・。
こんな子供騙し効くんだ、とホッとしつつ、彼に何歳なのか聞いてみた。
「いま7歳だよ!」
そっか、7歳か。俺がつくっている冒険者フウのゲームは数人が携わっているため、作業分担ではない設定のところは、俺もよく分かっていない。
とりあえず、元の自分の世界への戻り方も分からず行き場所もない俺は、フウの家にいるのが一番安全そうだと考え、彼にここにいてもいいか確認する。
「いいよ!オレ、ヒーロー大好きだもん!」
すんなりOKをもらった俺だが、フウの危機感の無さに心配になった。まぁゲームの世界だし?、7歳だったらこんなもんか、と思いつつ、彼の家族設定はどんなだったかな?と気になり聞いてみた。
「・・オレは1人だよ。生まれたときから、パパもママもいないし」
そう言って寂しそうな顔をして俯く彼を見て、俺は元の世界に戻ったら、速攻でフウに家族をつくってあげようと思った。
それから、小屋前の表札である木札が割れている件について聞いてみた。
「あー、あれ?あれは学校のクラスの友達がやったんだよ。すごい力でバキッて、割ってったの」
フウは冒険者だが、学校みたいなところに通っているらしい。俺の担当じゃない情報には、本当知らなさすぎる。
それにしても、俺がこの世界に転生する前にこのゲームをつくっていたときには、表札は壊れてなかったはずだが・・?
それに、友達にやられたって、その友達ひどくないか?フウが可哀想になり、俺がなおすよと優しくなだめる。
すると、顔をあげたフウは、パァと顔を輝かせ嬉しそうにうなずく。
「やっぱり、オレのスーパーヒーロー!ありがとう!」
こんなキラキラした素直な反応、しばらくもらったことがなくて胸の辺りがこそばゆい。
俺はフウと小屋の外に出ると、フウから工具を借り適当な木を探して新しく表札を作ると、先っぽを地面に差し込む。
「冒険者フウ」
最近はずっとインドアで、ほぼパソコンしか触れてこなかった俺は、久しぶりにDIYだかなんだかをして気持ちが良かった。我ながら上出来だな、と木札の表札をポンポンと叩いて笑う。
「やったーーー!おっさん、ありがとう!!かっこいいーー!」
飛び跳ねて喜ぶフウを見て、大したことしていないが俺も嬉しくなる。
「あ、そうだ、俺のことはおっさんじゃなくて、おじさん、と呼びなさい、ね」
一応、教育的なマナー的な、老婆心ろうばしんみたいな思いから指摘してみたりする。
「わかった!そしたらおじさん、これから学校に行かなきゃだから、行く準備するね!」
・・え、これから学校?!
遅刻しないだろうな?!
急な話に、慌ててフウと小屋の中に入る。
「もうかばんの準備はできてるから、あとは制服着るだけなんだ」
そう言って、フウは木でできた縦長のクローゼットのようなものの扉を開く。
中には数着の洋服が、ハンガーにかけられ吊るされていた。クローゼットの大きさに反し、中はガランとしている。
「えーっとね、着ていくのは・・これっ!」
そう言って、チェックの緑色のズボンに、白色の半袖ブラウス、青い薄い半袖のブレザーみたいなものを取り出す。
半袖のブレザーかぁ、珍しいしこれはセットで着るとかわいいな。
この設定をした、職場の同僚のアイデアに唸る。
フウは着ているものを脱ぐと、自分で制服を次々と着ていく。いくらゲームの中の少年とはいえ、着替えを見ててはいけない気がして、気まずくなった俺は違う方を向き、朝ご飯は食べたのかい?と尋ねる。
「食べたよ」
制服に集中しているのか、身が入っていない声だったが、食べたことに安心した。
俺が小学生の頃は、朝ごはんは毎日食べなさい、って母親に口酸っぱく言われたっけ。
そう思い返していたとき、フウが俺に話しかけてきた。
「ねぇ、おじさん、着るの手伝って」
お?と振り返ると、フウは半袖のブレザーのについている、3つのボタンをとめるのに四苦八苦していた。
ボタンに手をかけるも、穴にうまく入れられないようで、イライラしている様子だ。
「どうした?苦手なのかい?」
そう聞くと、ムスッとした顔をしてもう一度ボタンを穴に通そうとみせるフウ。
「ボタンをこうやって持って穴に入れようとすると、ほらーーー!」
ボタンが穴に通る前にピョンと指から離れ、元に戻ったことにイラつくフウは、怒って半袖ブレザーを脱ぎ捨て下に叩きつける。
「そんなことをしてはダメだよ!俺が一緒にやってあげるから、もう一度やってみよう、ほら」
フウの服を叩きつけた行動に驚いたが、半袖ブレザーを下から拾い、腕をもう一度通してみるよう促す。
フウは、ブスッとした顔で近づいてくると、もう一度俺と一緒にやってみようとする。
俺が穴を持ってフウがボタンをもつが、一緒にやるもうまくいかない。
「ほらー!やっぱりできない〜!」
できなかったことで、フウは眉毛がへの字になり、またイライラし出す。
「わかった!今日はおじさんがやるから見てな」
また機嫌を損ねてはまずいと焦った俺は、ボタン3つともしてあげた。
ボタンが終わるとフウは満足気にニコッと笑い、手を広げて制服を見せてくれた。
うんうん、と頷いて見てあげると、くるんとその場で一周まわってポーズまで決めてくれた。
7歳なんてまだまだ子どもだよな、可愛いな、なんて思いながら、機嫌がなおったようで良かった、とふうと安堵する。
ふと、時間が気になり、俺は壁にかけてある時計を見る。
8時10分
・・・!?俺のときは8時15分までに登校だったぞ!?
1人焦った俺は、急いで時計を指差しフウに時間は大丈夫なのか聞く。
「大丈夫だよ。だいたい先生来るの30分くらいだし。それにここから走っていけば、10分もかからないよ!」
ブーーーーン!と言って、部屋の中をグルグル走り回るフウ。
分かった、分かった、と興奮するフウを落ち着かせ、かばんを背負わせて扉まで押して行く。
「いってらっしゃい!気をつけてな!」
元気よく送り出そうとしたのだが、どうしたのかフウは急に扉の前から動かなくなり、真顔になりこちらをチラチラと見る。
「どうした?まだ何かあるんか?」
両膝に手をつき、フウと視線を合わせる。
「ちがう。あのさ・・おじさんオレが帰ってきてもいる?」
不安そうに俺の顔を見るフウ。
「いるよ。おじさん、他に行くところないからさ。悪いけど、しばらくここに居させてもらうね」
他に行くところないとか、現実でもそうだわ、と急に寂しくなった俺。
だが、そんな俺の気持ちに反し、俺の言葉にフウは満面の笑みを浮かべ、うん!いいよ!と大きく頷く。
フウの健気さに、胸の奥がくすぐったくなる。
「いってきまーーーーす!」
フウは元気に言うと、こちらを時々振り返りながら、走って丘を降りていく。
俺はフウが見えなくなるまで、大きく手を振って見送る。
フウが学校に行ったあと、俺は背伸びをし深呼吸をする。
我ながら、小屋まわりにつくった草花は綺麗だし正解だったな、と感心する。
フウはこの草花で遊んだりするのかな?と考えたりも。
さて、この後どうしようか、と小屋の中に入る。とりあえず掃除でもするかー?とほうきや掃除機を探しに小屋の中を歩くと、ふと流し台で目が止まった。
流し台の中には、ご飯粒がついた欠けた小さなお茶碗1つとスプーンが1つ、それからコップが転がっていただけだった。
フウはご飯を食べたとは言っていたけど、ちゃんと食べてるのか?と疑問に思いながら、それらの食器を洗う。
美味しい夜ご飯を作ってフウを喜ばせてやるか、と冷蔵庫を開けて食材を見ていたときに気づいた。
独り身で弁当ばかりの生活だった俺は、ろくに料理もつくれないってことを・・。