06.変わらない一日となるはずだった。
昨晩、隆哉には知れないように、と実佳に言い含めていたおかげで、実佳は起き出してすぐ、手早く身支度を整えて、愛用の枕と一緒に部屋を出て行った。
「昨日はありがとう」
と照れたような笑顔を、扉を閉める寸前、なつめに向けながら。
実佳の笑顔に一日の活力を貰いつつ、さて、今日はどうしたものかと考える。
とりあえず朝食を作って、三人で食べて、その後の予定が決まっていない。折角の休日で、気心知れた幼馴染みも泊まり込んでいるのだから、遊びに出てもいいかもしれない。
もしくは、家にあるゲーム達を引っ張り出すか。最新版のゲーム機も揃ってるし、ボードゲームも多々ある。何をするにしても、退屈だけはしないだろう。
そう考えていたのはなつめだけではなく隆哉も同じだったらしい。
なつめと実佳よりも、一時間ほど遅れて起きてきた隆哉は、一人分残された朝食を食べつつ、
「今日は外に出るのと中ではっちゃけるのと、どっちがいいもんかねー」
と二人に聞こえるように声を出す。現在の時刻は午前十時半。本格的に動き出すには、まだ少し早い時間かもしれない。
「仮にうちで何かするにしても、買い出しには行かないとだぞ」
市販の紅茶パックをストローで飲みながらなつめは言う。
「じゃあ、どっちにしろ最低一回は出かけにゃならんってことか」
「そういうこと」
「それじゃあ」
と実佳が手をちょこんと挙げる。
「一回、出るだけ出てみて。そこからどうするか決めない? 散歩がてらに、スーパーには歩いて行って。もし途中で外に出たくなる気分になったなら、そこからバスなり電車なりに乗ればいいんじゃないかな」
「実佳にさんせー。なつめは」
「俺も異論なし。じゃ、隆哉の飯が終わったら、一息入れて、そこから出かけるか」
「買い出し先はどうする?」
「散歩ついでなら、少し遠くても大丈夫だろ。ここらで一番大きなスーパー。あそこなら、歩いて三十分ぐらいで着くし、近くにバス停もある。丁度良くないか?」
「んじゃ、その流れでいきますか」
「うんっ」
ひとまずの方針が定まった後は、各々出かける準備の為に、一度散らばった。
外に出るにしろ家に戻るにしろ、遊ぶとしたら全力だ。掃除や洗濯といった細々とした家事をきちんと終わらせてから、遊びに熱中したかった。
さすがに二日連続で、我が家のことを家の外の人間である隆哉に任せるのも気が引けたので、
「隆哉。お前は、適当に時間を潰しておけ」
「うん。こっちの準備が終わったら、声をかけるよ」
「ういー。じゃ、お言葉に甘えますかねー」
あっさりと納得した隆哉をリビングで待たせつつ、なつめと実佳は、二人がかりで家のあれこれを慣れた手つきで片付ける。
そうして全てが一段落して、これなら大丈夫だと二人顔を見合わせて笑った後、改めて隆哉を含めた三人で外に出た。
それが、正午になるか、ならないか。
太陽は空のてっぺんに昇っていて、白い雲に遮られることもなく、さんさんと輝いている。日差しのぬくもりと、気温が丁度良い。絶好の散歩日和だ。
散歩だと思えば充分歩いて行ける大手スーパーへ、いつもならなつめと実佳の二人のところ、今日はもう一人加わった三人で向かう。
実佳と二人だったなら、行く道も、帰り道も、交えるやり取りは取り留めのないものばかり。
今日のご飯は何にしようか。家に帰った後どうするか、複数箇所ある家の掃除の、どこをどっちが担当しようか。
そういう、何でもなくて、多分記憶にも残らないような、他愛もない話。
話の盛り上がりどころなんて勿論ないし、何だったら、ささやかな会話が終われば、お互い静寂を楽しみながら、道を行くこともある。
お互いが隣にいるという事実一つあれば、そんなささやかで静かな空間も中々捨てたものじゃないのだ。
けれど、今日は隆哉がいる。
こいつがいるのなら、その口から次から次に溢れてくる日々の出来事の話に、なつめが逐一相槌を打つことになる。
実佳は自分から口を出すことは滅多にせず、二人の話に耳を傾ける。時折、何か気になったことがあったら、言葉を発したりもして。
それが、三人揃って遊ぶ時の、いつもの風景。
隆哉が持ち出す話題は、どこからそんなに話のネタを仕入れているんだと思うぐらいに、めまぐるしく変化していく。時折、言っている本人がそれに加えた悪巧みを思いついたのか、なつめの高校時代の失敗談を実佳に暴露したりもする。暴露された身としては、怒るよりも先に、何でそんなところまで覚えているのだと驚き半分、呆れ半分。
「──……そんで結局、あの時は心優しい俺が、なつめの奴に昼飯奢ってやったんだっけか」
「そりゃあ、お前のせいで俺の昼飯台無しにされたらな」
「なんだよ、今も昔も学食一番人気の、豚カツ定食奢ってやっただろー?」
「……学食」
気になるキーワードだったらしく、ぽつりと実佳が声を零す。
聞き逃す事はしない。なつめも、隆哉もだ。
「中学までは給食だったし、まだ利用したことないんだ。美味しい?」
「学食の事は、隆哉の方が詳しいけど。まあ、競争率高い奴は、大体美味いんじゃないかな」
「んだな。特に、今言った豚カツ定食は、大体一番に食券が売り切れてる」
「……デザート系は、ある?」
尋ねる声色が僅かに変わる。大事なことを確かめるように。いや、実際実佳にとってそれはとても大切な事だろう。彼女は、大の甘党だ。
その質問を隆哉は予見していたのか、にやりと笑って応えてみせた。
「定食系とは別クチ、毎週月金限定。加わるのは一品だけだけど、当然ながら、競争率の方は半端なく高いぜ? 曜日限定で一種類なだけあって、手間かかってる奴ばっかりだからな」
「……」
ぐっと実佳の手が握り締められた。どうやら、その限定デザートに興味が湧いたらしい。
「デザートだけの食券も、買えるのかな」
「買えん事もないけど、どうせ狙うなら定食とセットの方にしとけ。そっちの方が若干、売り切れるまでに余裕ある。予め言っといてくれれば、俺の分のついでに、食券確保しとく」
「だってさ。来週の月曜か金曜、弁当作らずに行くか? 俺も久々に、学食で昼飯もいいし」
「あ。因みに来週月曜日はフルーツタルト。金曜日はアーモンドとキャラメルのクッキーとのこと」
「う……! どっちに……しようかな。両方、美味しそうだ」
実佳は真剣極まりない様子で悩んでいる。別に、一回だけしか学食を利用してはいけないわけでもないし、何なら来週の月曜日と金曜日、両方弁当なしで学校に向かったって構わないと思っている。
が、なつめはそれを言わない。こうして、実佳が心の底から悩んで考える姿を見ていたら、それの邪魔をしないようにしている。これもまた、昔からの癖のようなもの。
はじめて会った時、何かに興味を示す事がまず稀だった実佳だ。彼女が、少しずつ外へと興味を持ち始めた時、隣に立っていた自分はよく、彼女が考え込んでいる隣でその姿を見ていた。幼かった頃は、気の利いた言葉が言える程、聡くはなかった。ただ傍にいて、彼女が自力で答えに辿り着くのを待つぐらいしか、出来ることが思いつかなかったのだ。
隣で隆哉が
「考えろ、考えろ。俺はいつでもいいから、お前次第だぜ?」
と、軽く笑って実佳の髪を撫でつけている。隆哉も、こういう時になつめがどうするか知っているので、さりげなくそれに合わせてくれている。
(何だかんだ言っても、有り難い事で)
逐一言葉にし合わなくとも、それとなく意思の疎通が出来る存在がいてくれるというのは。
そう思い、二人に知れないようにこっそりと笑った……。
──いや。
笑おうとした時、だった。
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