Ex.【 】をみた。
夢を、見た。
黄金色の溢れる草原に、いつの間にか立っていた。
見たこともない草花が、金の光を零しながら揺れている。その草原はどこまでも続いていて、最果てでは、澄み渡った空の青と、金の大地が、綺麗に溶け合っているようにも見えた。
風が微かに吹いて、こちらの頬をゆるやかに撫でていく。
ふわりと鼻先をくすぐる香りは、知らないものだったけれど、心が落ち着く良い香りである事だけは分かる。
草原の、真ん中。
そこに、白いテーブルと白い椅子がある。椅子は二つあって、テーブルを挟んで向かい合うように置いてあった。
その椅子の片方に、誰かが腰掛けている。
麗しい見た目の青年のようにも見えたし、美しい姿をした女性のようにも見えた。あるいは、草原の光に埋もれて、どんな姿かも分からないような気もした。
「座りませんか」
と、その人は言った。
断る理由が思い浮かばず、
「じゃあ」
と短く応えて、向かい側にある椅子に座る。
その人は、ふんわり笑ったようだった。
「ここは、どこでもあって、どこでもない場所。全てに繋がる中心であり、全ての行く末にある最果て。今も、皆が息づいている事が確かに感じられる、私の揺り籠」
その人の言っていることは、よく分からない。
夢なのだから、それも当たり前かもしれない。だけど夢の中の自分は、それを真剣に聞いて、こくりと一つ頷いた。
「私は、忘れ去られた八つめ。一つめ、二つめ。三つめ、四つめ。五つめ、六つめ、そして最後の七つめ。皆が去って行くのを見送った最後の一つ。皆が作った〝あの子〟に寄り添い、愛し続けるたった一つ」
歌を歌うように軽やかに言の葉が紡がれていく。
その声は伸びやかで、しなやかで、こちらの胸の中に、あっという間に染み渡る。
「皆が残してくれた〝あの子〟にそっと寄り添って。そうやって見守ることが、慈しむことが、私の喜びでした。幸福でした。それ以外など、有り得るはずがなかったのです。けれど、ほんの少しだけ、ここから〝あの子〟へと溢れ落ちたものがある。小さな小さな、私のしずく。私のかけら。有り得ぬそれは、もはや私ではなくなってしまった。でも」
ざあっと、涼やかな音を立てて風が吹き、黄金色の草原が揺れていく。金の花弁が舞い上がって、青の空に溶けていく。
「私のかけらを受け取ってくれた幼子。一人きりだったあの幼子を受け入れてくれた暖かなあなた」
その人の手が、伸びる。
指先で、頬を愛おしげに撫でてくれる。
「その道行きに祝福を。その道行きに幸多からんことを。もはや私ではなくなった、私から溢れたしずく。私から零れたかけら。そこから巡り会ったあなた達に、私は寄り添いましょう。愛しましょう」
だから、どうか。
この先に待ち受ける数多の苦難に、決して挫けぬように。
何が襲いかかろうとも、負けないように。
絶望に打ちひしがれたとしても、膝を折らないように。
繋がったその手を、きっときっと、離さないように。
「──私は、ここで、祈っています。祈り続けています」
それを、忘れないで。
可愛い可愛い、私の愛し子達よ。
「……………………」
なつめは、眠気を拭えないまま、目を開く。
美しい夢を見た気がした。
綺麗な光景を目に映した気がした。涼やかな風を肌で感じた気がした。気持ちの良い香りが心地良かった気がした。鈴のような声を聞いた気がした。美しい誰かに、触れられたような……気が、した。
だけど、それは全て夢幻で。
引き止めることも出来ずに、あっという間に、霧のように消えてしまって。
どんな夢だったのか、僅かでも思い出すことが出来なかった。
「……まぶし」
朝日が窓から差し込んでいる。
実佳はまだ寝息を立てている。横になったまま時計を見て、そろそろ起こしてやらないと、と思う。
夢は破片も残さずに消え去って、いつもの日常に舞い戻る。
だけど何故か、差し込んでくる金色の光を、ついさっきまで見ていたような、そんな不思議な感覚が胸を微かに掠めていった。
完結まで基本一日一話で予約投稿済みです。(一部例外あり)
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