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02.神谷なつめの日常



 ◇◆◇



 国家行政機関【陰陽寮】特別認可第壱拾弐都市──志導市。


 そこは、豊かな都市であった。

 世に存在するものを〝全て〟、ありのままに受け入れた街。その一方で、それらを過剰に敬わず、共存し、生きる。さながら、皆で寄り添って生きているような、そんな雰囲気をまとう都市。

 街は生命を帯びて息づき、そこで生きる人々は活気づいている。空にある青と白。街に広がる鮮やかな緑。それらが溶け合い、見目麗しい素晴らしい風景として広がっている。

 そんな穏やかな光景を、冷徹な視線でもって見下ろしている存在が、二つ。市内で最も高い、電波塔の頂上に。どちらとも真っ黒な衣装を着込み、フードを深く被っている。

 一つは、塔の先端に、足を揃えてぴたりと立つ。鉄と身体が融合しているかのように、僅かも揺らがない。一つは、片割れが立っているより一段下がった位置の鉄棒に、浅く腰掛けている。強い風が吹き付けてきても、やはり、何事もないようにそこに在った。

「ここが、志導市」

 先端に立っている方が呟く。

「本当に、ここに?」

「分からない」

 そう答えるのは、腰掛けている方。

「だけど、あるかないかは重要じゃないと思う。重要なのは、見つけ出さなければいけない、ということ」

 ぎちりと音がする。忌々しげに歯を噛み締めた音。立っている方のものか、座っている方のものか、それとも、両者か。

「必ず見つけ出して、確実に破壊しないといけない。あれは、この世にあってはいけないものだから。そうでしょう?」

「そう……間違いなく、そうだ。この世にあってはいけないもの──忌々しい、あの刻印」


 ──今度こそ、必ず。


 低く、これ以上ないほどの激情が込められた言葉は、すぐさま風にかき消される。塔の傍を行き交う人々は、遥か上空に存在する〝もの〟に、誰も気付く事はなかった。

 もう一度風が吹く。一瞬の間に、二つの影は消えた。そこに人の形をした何かがあった事が幻だったかのように。



 ◇◆◇



 陰陽寮特別認可都市が設立した学舎の一つ、志導市立霧ヶ崎学園。

 小学部から大学部まで抱えているこの学園は、陰陽寮が中心となって研究開発が為された【装神具】に対して、幅広い方面からのアプローチを可能としていることで有名な学園だ。

 人知を超えた神の御力を宿した核へ、人の手で作った外装を取り付ける。それを〝装〟着する事で、国と民を見守る、大いなる地に御座します〝神々〟の御力を僅かに借り受ける──。それが、【装神具】の、その名の由来。

 しかし、神の力を借りるだけでは、益の欠片にもならない。肝心要は人の努力である事は、何事であっても変わらない。

 ここでの試験結果が実を結び、今や全国各地の警察や消防隊、病院、自衛隊などでも、少しずつ用いられるようになったのだというのが、近年における霧ヶ崎学園の主な評判である。

 例を挙げるならば、霧ヶ崎学園大学部音楽学科。ここでは、一般的な音楽学や演奏法などを学ぶだけではない。

 人の歌声や楽器の音色に、【装神具】の能力を重ねるという試みが講義に組み込まれ、音楽学科全体における必修科目とされている。


「──……じゃあ、次。神谷なつめ君」

 女性講師に名前を呼ばれ、なつめは「はい」と、簡単に返事をして立ち上がった。

 今日の小テストは、一般楽器と自分の【装神具】を用い、精霊や妖精、妖の召喚における詠唱呪文の類を、人の言葉ではなく旋律に置き換えるというもの。

 大学の講堂ホール、その舞台の上には、様々な楽器が設置されている。

 ピアノにオルガン。チェンバロ。ティンパニや木琴といった打楽器。弦楽器なら、ヴァイオリンにヴィオラ、チェロにコントラバス。木管楽器は、フルートやピッコロ。果ては他の楽器とは一風雰囲気の違う、和太鼓まで設置されてある。

 この中から好きなものを選んでいい、と前もって言われていたので、迷う事なくフルートを手に取った。母親が趣味にしていたものを小さい頃から見て、触れてきたので、一番馴染みが深い楽器だ。

 演奏する曲目は自由なので、その頃から何度も繰り返した曲を、演奏させて貰う事にする。

「……」

 左耳のみを飾っているピアスを一度撫でた後、マウスピースに、唇を触れさせる。頭の中で、リズムを付ける。四拍子。

 いち。

 に。

 さん。


 ──よん。


 ……やがて講堂内に響き渡ったフルートの旋律。生まれてはじめて、一人で吹けるようになった曲だ。誰しもが知っているだろうクラシック。

 第九。歓喜の歌。

 小さい頃は、よく部屋で吹いて、そのすぐ傍で、メロディラインを歌のように口ずさんでいた少女がいた。おかげで思い入れは特別強く、だからこそ、今回の小テストにもこの曲を選んだ。

 フルートの音が十二分に空間に満ち渡った時、どこからともなく現われる光の帯。それは自由気ままに、くるりくるりと優雅に円を描いている。

 音色に合わせ、踊っているようにも見えるそれは、やがて人の形を成した。大きさは大人の手の平を広げた程。その背には鳥でも蝶でもない、強いて言うならば絹で織った羽衣のような、神秘的な羽根を浮かべている。

 心地良い声で笑いながら、周辺を取り囲む。もっと聴かせて、もっと歌わせてとそんな意思が伝わってくる。望まれるまま、心のままに更にフルートの音色を響かせていく。光の数は増え続け、やがて、両手の指の数では足りない程になった。

 ついに光は舞台に留まらず、客席の方まで飛んでいく。からかうように、学生の一人の眼前を、くるんと一周する光もあれば、頭の上にちょこんと座るかのように留まり、美しい歌声を響かせるものもいる。光の粒子が、次から次に溢れていくのが目に見えて分かる。

 奏でられる音楽が終盤に差し掛かると、終わりを察したか、人の形をした光達は名残惜しそうに、くるりくるりと宙を舞い、残像を長く残しながら消えていく。

 最後の音色を吹き終え、その余韻が講堂全体に響く頃、最後に残った光がそっと近づき、額にちょこんと触れた。別れとお礼の口付けとでも言うように。

 そうして、訪れた静寂。フルートから唇を離し、ふう、と一息付く。

「えーと、もういい? 先生」

「えっ? え、あ……」

 我に返ったらしい講師は、数度頭を軽く振り、ぎこちなく笑った。

「……大変、素晴らしかったわ。さすがは天津宮(あまつのみや)、神谷家のご子息ってところね。来期は、召喚学も取ったらどう?」

「あはは」

 にっこり笑い返し、その笑顔で先生の言葉を誤魔化しつつ、フルートを元の位置に戻した。他の学生達がひそひそと何事が呟いている。

「すげえな……やっぱ、才能ある奴は違うのか」

「神谷のあれは、才能とは別枠だろ」

「〝能力者〟の血筋、〝神の子ども〟……天津宮か。ああいう家って、ご先祖に文字通りの神様でも、混ざってんのかね?」

「案外、妖怪や鬼、魔物、妖魔……そんな魑魅魍魎の類いかもしれないぜ。ただの化け物が神様を名乗る話、山のようにあるじゃん」

「昔は、海外の魔王や悪魔もひとまとめに奉ってたっていうし」

「どっちにしたって、そういう奴は、こんな面倒な小テスト程度、楽でいいよなぁ」

「なんか、ああいう化け物じみた奴見てると、俺等みたいな一般人が真面目にやるのが馬鹿みたいだな」

「しっ。声落とせ、聞こえるぞ」

 全部ばっちり聞こえてるぞ、と思いはしたが知らぬふり。いつものこと──それこそ小学校の頃からの慣れた事だし、何より友人でもない連中に、何か言われたところで気に留めるつもりはない。どうせ、直接言ってくる度胸もない、ただの小物だ。

 と、ここでチャイムが鳴る。

「今日の小テストは、ここまでね。次は木村君からテストする事になるから、みんな、しっかり練習してきなさい」

 「はーい」「わかりましたぁ」といった、若干気の抜けた声が返されていく。そうして学生達は、すぐに荷物をまとめ講堂を出ようとしたが、それと入れ替わるように、少々早足で駆け込んで来た女性が、一人。

「加藤先生。お電話です」

「あら。分かりました、すぐに行きます。……あ、でも、まだ片付けが……」

「それでしたら、代わりに引き受けますよ。丁度、こっちは手が空いているところですから」

「そうですか? ……じゃあ、お願いしようかしら」

「はい」

「ありがとうございます、桜守(おうかみ)先生」

 そうして、いそいそと手荷物をまとめた彼女は早足で講堂を出る。講堂を出る際、ぺこりと、桜守と呼んだその女性へ、頭を下げるのも忘れなかった。

 気付けばこの場に残されたのは、女性と、なつめ。二人だけ。

「さて、と」

 彼女はにこりと笑う。

「悪いけど、片付け、手伝ってもらえるかな。なつめ……じゃなくて。神谷君」

 その言葉に、負けんばかりの笑みを返した。

「勿論いいよ。桜守先生」

完結まで予約投稿済みです。

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「先が気になる」

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また感想・誤字脱字報告などもお待ちしています。

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