24.呪怨は奈落の底から手を伸ばす。
瞬きを一つすれば、そこは花畑ではなく、闇に包まれた都市の直中。
眼前には、真っ二つに折れた大太刀の刃。そして大きく目を見開いて、呆然と立ち尽くす男が一人。
周囲を取り囲んでいた騎士達が光に戻って、煙のように消えていく。それは、あの竜もまた例外ではなく。
「っ……れ、れん……!」
もはや息も絶え絶えの有様となっているアーゲルハイネが、蓮の名を呼び、ふらふらとした足取りで彼へと歩み寄る。呼ばれた方は、未だ、信じられないものを見るかのように己の大太刀だったものを見つめている。
一方、なつめが喚んだ精霊達も、与えられた役目を果たした事を悟ったのだろう。人の形をしたものは頭を下げ、獣の形をしたものは一つ吠えて、あの大きな鳥はクルルル、と穏やかな鳴き声を残し、それぞれ、その姿を光の帯へと変えていく。
最後に、その帯はなつめの周辺を取り囲んだ。もう一つだけ仕事があるのだろう? と言わんばかりに。
「ありがとう。実佳を、迎えに行ってきてくれるか?」
労るようにゆっくりと撫でて、そう頼むと、光の帯は頷くように輝いた。実佳を避難させておいたマンションの屋上へ、昇っていく。
入れ替わるように、隆哉がなつめの方へと全力で駆けてきた。
「おい、おいなつめ! お前っ……! え、無事!? 無事なのかよ!? 間違いなく血ぃ吐いてたし、満身創痍だったよな!?」
「落ち着け隆哉。俺は大丈夫だよ。見ての通りに」
「いやいやいや! 意味が分かんねえよ! あの一瞬で何がどうなって……! それとも何か、これ、俺が見てる夢!? 現実のお前はもうあの世に逝ってて現実逃避してる感じの!」
「勝手に人を殺すな。こうして生きてるつってんだろ」
わりと容赦なく、隆哉の頬を両方思い切りつねってやった。隆哉の顔が痛みでゆがむ。
「あだだだだだ! 痛い!めちゃくちゃ痛い! あ、これ夢じゃねえ!」
「だから言っただろ」
「夢じゃないのか、そっか……!そっかそっかあ!!」
そうして隆哉は破顔して、なつめの背中をばしばしと何度も叩き、最後にその腕でなつめの肩を抱く。
「……良かったぁ……」
その目は大地に向いている。だけど。
「……おう」
隆哉の声が、震えていたこと。地面にいくつかの雫が落ちたことには、気付かないふりをしておこう。
とにかく、こうしてお互いの無事は確認出来た。ひとまず隆哉はそのままにしておいて、なつめは、未だ身動きが取れずにいる蓮とその傍に寄り添うアーゲルハイネの方を見た。
「今までの戦い方を見た限り、お前等の【装神具】はあの大太刀と、鎌なんだろ」
アーゲルハイネの顔がしかめられる。的を射たようだ。
「そっちの……えっと、アゲハ? だっけか。アゲハも、もう自力で戦うだけの力は残しちゃいないと見たけど、どうだ」
「……。だとしたら?」
アーゲルハイネは、声色だけでも平静を保とうとしながら問い返す。
「なら、この場は俺達の勝ちだ」
言い切った。胸を張ってみせる。
「こっちはまだ【装神具】が残ってる。使うだけの余力もな。勿論、お前等も引き下がれない理由があるのは知ってる。でも、今日はもう無理のはずだ。引いてくれ」
「……お優しいことだ。反吐が出る」
今まで沈黙を守っていた蓮が、吐き捨てるように口を開いた。
「武器の代わりなど掃いて捨てるほどあることが、理解出来ないはずがないだろう。今ここで俺とアゲハを始末しなければ、全て水の泡と化すぞ」
「生憎と、俺も隆哉も、お前等を殺したいわけじゃないんでね」
言いつつ、肩をすくめてみせる。
「この先、何度もお前等は俺達を狙ってくるんだろうさ。でも、その度に俺は闘うよ。例え、一人で闘わなきゃいけない時が来たって、闘って、勝って、あいつと一緒に生きる未来を掴み取る。……それだけだ」
言い終えた頃、光の帯に守られるようにして、実佳がゆっくりと空から降りてくる。
音もなく着地した彼女は、そのまま駆け足でなつめの方へと駆け寄った。
「なつめ! 隆哉も……!」
「大丈夫。何とかなった」
「……っ! 怪我してないか、お姫様!」
実佳がやって来たと同時に普段の調子を無理矢理取り戻した隆哉が、少し大袈裟に笑って実佳を迎える。なつめは安心させるように、わざとおどけたように笑ってみせたら、実佳はほっとしたように息を吐いた。
そうして、指笛を再び吹いた。途端に、全ての光が弾け、空へと昇り消えていく。ありがとう、ともう一度小さく呟いた。
光が消える、それと同時に蓮とアーゲルハイネ、その二人が糸の切れた人形のような有様で、かくんと膝から崩れ落ちる。
「……蓮」
何とか、引きずるように身体を動かしたアーゲルハイネは、相棒を守るように、その肩を抱いている。
「今日は……ううん。今日も、私達の負けだよ」
蓮は答えない。
地面を睨み付け、唇を噛み締めている。
「帰ろう。今日は駄目でも、次がある。見つけるのに、十年近くかかったんだもの。仕留めるのに、それ以上の時間がかかったって……」
「……駄目だ」
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