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19.父からの想いとその形、その温度。

 こつん、と頭を突っついてくる感触で、なつめは目を開いた。

 大学の教室が見える。それと、次の講義までの空き時間を楽しんでいる学生達の賑やかな姿。

 決して静かとは言えない室内でありながら、今の今まで、机に突っ伏して眠っていたようだ。突いてきたであろう方を見れば、案の定隆哉がいた。机を椅子代わりにして座っている。

「起きたか」

「おー……」

 寝起きのせいで掠れた声を出しながら、大きく身体を伸ばす。思ったよりも寝入っていたみたいで、数度、ぱき、ぽき、と身体の中が音を鳴らした。

「色々気張るのはしゃーねえって俺も思うけどさ。あんま無理すんなよ」

 珍しく隆哉に気を遣われる。

「……そんなにひどい状態か? 俺」

 つい尋ね返してしまった。

「お前の事だからどうせ自覚してねえだろうから言うけどな。俺達がはじめて襲われてからこっち、お前、相当ピリピリしてるぞ」

「そっかなぁ……」

「だから、自覚出来てねえって言ってんだろ」

 ごつん。今度は強めに頭に衝撃が走る。

「そうは言うけど、気を抜ける状況でもないだろ。いつ何があるのか分からないんだから」

 少々痛みのある頭をさすりながら反論する。

「そりゃまあ、そうだけどさ。でもお前はどう見ても、力入れすぎ。ガチガチ。いざって時、動けないんじゃないかってぐらい」

「……そういやお前、飛鳥さんや祐姉から、俺を監視しとけって言われてたな」

「監視とは人聞きの悪い。目付役と言いたまえよ」

「どっちも大差なくないか?」

 ぼやきながら、肩をすくめる。それを何気なしに眺めていた隆哉は、何事か思い出したらしい。

「あ」

 と少々間抜けな声を零して、

「そうだ、なつめ。お前に確認しておきたい事あるんだけどさ」

 などと言う。

「何だよ、改まって」

「んー。どうすれば分かりやすく伝わるかね……。『お前は、実佳との関係を、今後どこに落ち着けるつもりなんだ』……こう言えば分かるか?」

「!」

 ぴくりとなつめの指先が揺れる。隆哉は相変わらず、机に座りながら足をぶらぶらと揺らしていた。行儀が悪い、と、今は言わずにそのままで。

「祐さんや飛鳥の姐さんの前で、あれだけ大見得切ったんだ。今までみたいに、のらりくらりとかわして誤魔化して、ふわふわした兄妹以上の〝何か〟のままでいられる……なんておめでたい事は考えてねえだろ」

「まさか、今ここでそれを突っ込まれるとはなぁ……。確かにお前の言うとおりだけど、わざわざ、それを説明する必要あるか?」

「お前と違ってめちゃくちゃに気が利く隆哉サンは、いつもの手紙攻撃達を、現在進行形で『今の神谷は取り込んでるから』つって受け取り保留にしてんだよ」

「なるほど。そこは素直に助かった。ありがとう。……けど、よりによって理由がそれか?」

「俺が、お前と実佳のこの件について首を突っ込めるのは、お手紙問題だけでだろ」

「はい、ごもっとも。……じゃあ、その受け取り保留の手紙は全部、俺が受け取りを拒否した、今後は手紙を出しても無意味になる、って事で、頼めるか」

「出来るし、それで構わんけど。つまり、そういう事でいいんだな? 噂通りの阿修羅のような兄になるわけではなくて」

「そんなぬるいものに収まるつもりはねえよ」

「それは何より」

 にかりと、隆哉は歯を見せて気持ちよく笑ってくる。

 いや、だからなんで当事者じゃないお前が、そんなに満足そうなんだよ……と思い、それを口に出そうとした時。

 ピンポンパンポーン、という耳に馴染んだ音調の上がっていくお知らせ音。次いで。

《お知らせします。神谷なつめ君。神谷なつめ君。いらっしゃいましたら、第一事務室までお越し下さい。繰り返します。神谷なつめ君。いらっしゃいましたら、第一事務室までお越し下さい》

 ピンポンパンポーン。始まりとは違い、下がった音調で、放送は終わった。ついつい隆哉と顔を見合わせる。

「……なんだろ」

 何か呼び出される用事はあっただろうかと考えて、やっぱり心当たりはないな、となつめは思う。隆哉も隆哉で、不思議そうにしていた。

「まあ、呼び出しなら行けばいいんじゃねえの?」

「そうだな……いや、でも。もしかしたらあいつらが」

 あいつら、とは勿論蓮とアーゲルハイネの事。一度は学園に姿を現したのだ。二度目がない、と言い切れない。

 しかし、言葉も思考も途中で遮られた。今度こそ、容赦のないチョップがなつめの頭に直撃したせいだ。

「いてっ!?」

「別の事に考えを巡らせる余裕が出来た、と思ったらすぐそれだ。そんなんだから、ガチガチになってるって言ってんだよ。今度、あの二人がお前の前に出てきた時は、間違いなく仲良くお喋りするような状況にはならんだろうが。って事は、今の呼び出しはそれとは関係ないって事だ」

「これまた、仰るとおりで……」

 ぐうの音もでないほどの正論である。反論のはの字も浮かばず、素直に頭を下げた。

「じゃあ、とりあえず事務室行ってくる。ただの雑用かもしれないしな」

「おー。行ってこい行ってこい。そんで少しは気分転換して、その強張りっぷりを何とかしてくるがいい」

「そうするよ」

 複数の意味が自然と込められてしまった苦笑をしながら、なつめは立ち上がり、教室を出た。




 学園一階。高等部と中等部の合間。そこにある表玄関口のすぐそばに第一事務室はある。大学部にある教室からは少し距離があるが、歩いて行く時間分だけ、身体と心にも、少し余裕が出来た。

 なので、事務員さんからの頼み事かなんかかなぁ、と、普段の調子でのんびり考える。

 扉を開けて、

「失礼します」

 そう断りを入れたと同時だった。

「………は?」

 言葉を失った。

 事務室の中、黒のスーツ姿で立っている壮年の男性が、一番に目の飛び込んできたからだ。

 その人は、本当ならここにいるはずがない人で、ここに来れるような人でもなくて、そんな時間なんてあるはずもなくて、今も尚、陰陽寮の特別職員として一分一秒も惜しいであろう大量の仕事を捌き続けているはずの人で。

「父、さん?」

 市外から遠く離れた都市に、母と妹と共に赴任しているはずの、父だ。

「久しぶりだな。なつめ」

 父である毅はほんの少し目を細めて、なつめを出迎える。だが、すぐに眉がひそめられた。心配げに。

「痩せたか」

「ああ、えっと、少し……。や、そうじゃなくて。なんで? なんで父さんがここにいるんだよ?」

「それは……いや、まとめて話そう。すみません、どこか空き室をお借り出来ますか」

 そう声をかけたのは、父がこの学園の学生だった頃から事務員をやっている、古株の一人。

「構わんよ。丁度隣が空いている。それにしても、毅君も立派になったもんだねぇ。貫禄も出てきた」

 言いながら初老の男性職員は笑っている。

「恐縮です。ですが、まだまだですよ」

 父は微かに笑って……それでもどこか照れくさそうに、頭を下げた。



 空き部屋に入った時、父は扉を閉めた後、すぐには机に向かわず、閉めた扉に向き合う。懐から一枚の符を取り出し、もう片方の指先で何か印を幾度か切った。

 星と月、太陽を模した印はそれぞれ光を帯びて、この部屋一帯を覆い尽くす。その光景を見たなつめは、閉じ込められたという感覚よりも、父に守られていると強く感じる。

「父さん……これって」

「その筋に精通している同僚に融通して貰った、護りの術符だ。これで、ここでの出来事、会話、その一切は外に漏れる事はない」

「……そういえば。祐姉も、うちに帰ってきた時、何か影みたいなのを散らしてた」

「だろうな。不本意だが、〝天津宮の神谷〟という名前は、気付けば陰陽寮でそこそこ知れてしまった。そして、同期や上司の中にはそれが面白くない者もいるらしい。……勿論、信頼や尊敬出来る人達もいるが……厄介な事だよ」

 もはや、こんな事はすっかり慣れているのだろう。顔色を変えずに、父はそう言いながら、空き部屋の机へと足を勧める。

「ただでさえ、こんな状況だ。つまらんやっかみで、足を引っ張られては敵わん」

「……今回の件、そんなに広まってるの?」

 不安を隠さずなつめが問う。父はすぐ、首を横に振った。

「いいや。精々、神谷と神宮司がごたついている事を薄々察している人間がいるぐらいさ。あとは、事の詳細はどうでもいいが、面白半分で首を突っ込もうとする人間だな。そういった人間に、手出しなど決してさせないから、安心しろ」

 ぽん、と背を叩かれる。その手のひらの大きさが、父の言葉が嘘ではないと教えてくれて、なつめは素直に頷いた。


 ……改めて。

 父と二人、机の一つを借りて、それを挟んで向き合って座った。遠くから学生達の声が聞こえる。それが届くぐらい、この部屋の中は静かだった。

「……あの、父さん。今更だけど、仕事は大丈夫なの」

 最初に疑問だった事を口にしてみると、父は緩く頷いた。

「我が子に何事か起きている時に、悠長に仕事をしていられるほど、俺の神経は太くなくてな。これが終わればすぐに戻るが、なに。戻ってから溜まった分は片付ければいい。仕事なんぞより家族の方がよほど大事だ」

「そっか。……でも、無理しないでくれよ?」

「その言葉は、そっくりそのままお前に返すぞ。なつめ」

 じっと、父の目が真剣になつめの目を見つめる。

「姉貴から、話は聞いた」

 部屋の中の空気が、ぴん、と張り詰めるのが分かる。

「実佳のこと。お前が決めたこと。隆哉君のこと……までは、俺は口出し出来ないが」

「……うん」

 こくりと首を縦に振った。……父の表情だけでは、何を考えているのかまでは窺い知れない。ただ、その声は複雑な心境をうっすらと宿していたように聞こえた。

「正直に言えばな。……お前にも実佳にも、危険な目には遭って欲しくはない」

 ついに父の表情がゆがむ。苦しそうだ、と思った。

「今回のこと、単純な問題ではない事は分かっている。お前の気質が〝そう〟でなければ、問答無用で、姉貴に実佳を預けていただろうな」

 そして、落ちるのは深いため息。

 なんだかいたたまれなくなって、目線をいくらか泳がせた後、父に返せそうな言葉を探す。

「ご、ごめ……あ、いや。違う、今のなし。謝るのは、なんか違う」

「そうだな」

「……飛鳥さんや祐姉に発破かけられたところもあるけど。でも、最終的には俺が決めた事だ。俺が、自分の意志で決めた。……それで父さんに心配かけるのは、それこそ、申し訳ないって思うけど」

「でも、譲るつもりはないんだろ?」

「勿論」

 そこは即座に頷いて、断言した。なつめにとって迷う必要のない問いだったから。

「自分で言うのも何だが。……そういうところは、間違いなく俺に似てしまったな。喜べばいいのか、何なのか」

 苦笑が、一つ。その苦笑いに対して、喜びの滲んだ笑みを返した。

「俺は、嬉しいけどね。父さんと同じところがあるのは」

 何せ、その背を見て育ってきたのだ。小さい頃は一番の憧れだった。自分も、父のような人になれるだろうかと、幼いながらに夢見たぐらいに。

「……あ、それとさ。父さん」

 ここでようやく、父に礼を言わなければならなかった事があったのを思い出す。

 チェーンで腰に繋いだ小さな太刀のペンダントトップを手にとって、父に見えるように差し出した。

「これ。父さんが飛鳥さんに渡してくれたんだろ?」

「……どうやら、何事もなくお前の手に渡ったようだな。使い方については?」

「大丈夫。伊達に、父さんと同じ学校、小学校から大学まで進んでないよ。【装神具】への向き合い方、使い方は、身体と頭、両方に全部叩き込まれてる自信ある」

「何よりだ」

「……ありがとね」

「礼を言われるのも複雑だな。それはあくまでも武器だ。他の【装神具】とは違う、純粋な武器として調整した。一つ間違えば、お前も、他人も、傷つける。……それでも、それがなければ、お前と実佳の身を守れないかもしれない。難しいところだったよ。散々悩まされた」

「大丈夫だよ。俺は、これを実佳を守る為だけに使う」

「ああ。そこは信頼している」

「……それで多少怪我しても、あいつを守れるなら安いもんだ」

 言い終えるよりも先に、父の表情が険しいものに変わった。

「実佳だけじゃなく、お前もだ。なつめ。実佳が大切なのは分かるが、自分の身を忘れるな。実佳は勿論、お前にも何かあったら、と思うと、こっちは気が気じゃないんだぞ」

「うっ……。は、はい」

 全くもってその通りの言葉に、思わず身を小さくする。

 唐突に、教室で隆哉から言われた台詞が思い返される。ガチガチになっている自分は、どうも、実佳の事を最優先にし過ぎて、己の事を省みることが出来ていないらしい。

 今回の事で、隆哉が最後まで付き合ってくれる事を選んだのは、なつめ自身が思っているよりもずっと意味のある事なんだと、今頃気付いた。

「……じゃあ、言い直す。実佳を守る。自分の身も、自分で守る。約束する」

「ああ。是非そうしてくれ」

 そうして父は、ようやく安心したような笑みを浮かべ、右手で拳を作り、差し出してくる。それが意図するところを察して、なつめも同じように右手を握った。

 音はなく、けれど確かに父と子の拳同士はぶつかった。その意志を確かめ合うように。伝え合うように。

「約束だぞ」

「うん。約束だ」

完結まで予約投稿済みです。

もし

「先が気になる」

「面白い」

と思って下さったら、

★★★★★

とお星様のポイントを入れて下さると幸いです。

また感想・誤字脱字報告などもお待ちしています。

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