18.黄金色の夢を見続けていた。
──ふと顔を上げれば、黄金色の世界の、中心に立っていた。
すぐ傍に、八つの存在がある。
人というにはあまりにも、その雰囲気が透明なぐらいに澄んでいて、灯りを零して、煌めいている。
どれもこれも、男か女か分からない。
明確な形を取っているようにも見えるし、輪郭さえおぼろげかもしれないと思う。
ただ、これらはこれ以上なく美しく尊い存在なのだと心から思った。
「さあ、始めよう」
誰かがそう言った。
その声に、皆が応え、頷き、そうして。
神話に語られる光景を、見た。
一つめが、【核】を作った。
二つめが、【核】を守る【殻】を作った。
三つめが、それらが根を張ることの出来る【大地】を作った。
四つめが、それらを包み込み守れるよう【天空】を作った。
五つめが、それらが息づくように【大気】で満たした。
六つめが、それらがいつか還る場所にと【大海】を作った。
そして、七つめが、手探りながらも、ついに最初の【命】を作り上げた。
七つの存在の手で、産声を上げたそれは、生まれたての【世界】。
彼等はこの原初の瞬間に、世界たりえるものを創り上げたのだ。
「……国産みの、神」
そう呟いていた。
自分の中に積み重なった沢山の記憶、知識の中を紐解いていく。今見た光景は、まさにこの国の神話に謳われる、国産みの神々の姿。
……では、最後の八つめは?
「世界の誕生に祝福を。そして……ならば、私は何も作りません」
声が聞こえる。
はっきりと、聞いた覚えがあると確信出来る声が。
「作らない? 何故?」
誰かが問うと、その声は穏やかに答えた。
「皆の力で、この小さな小さな子は、ここに生まれた。けれど、生まれたての世界は、きっと、脆い。私は何も作らないその代わりに、世界を守りましょう。長く、永く、生きていくことが出来るように」
七つの存在が、ひどく驚き、狼狽えた。
「我等は皆、いずれ〝ここ〟を去ることになる」
「お前は、独りきりで〝ここ〟に残るというの?」
「それは、とても寂しいことだよ」
「独りぼっちは、とても、とても、寂しいことだ」
八つめは、それでも、とても優しく笑った。
「独りではない。皆が作った世界に、私は永く寄り添うでしょう」
だから、大丈夫だと。
「……私は、孤独ではないのだと」
背後から同じ声がする。
目の前の光景が、突如舞い上がった金の花弁に覆い隠された。
「確かな温もりと共に過ごしていける、生き続けることが出来るのだ、と。そう信じて、ずっとずっと長い間、ここにいました」
情景が瞬く間に変化していく。
黄金色の草原に、真っ青な空。頬を撫でていく風。
花弁達は、まるで溢れる光のように、空に向かって高く昇っていった。遠い遠い昔、ここにいたのであろう七つの存在の影を消していきながら。
ゆっくりと振り返った。なつめははじめて、はっきりと自分の意識を持ってこの場に立つ。
夢を介して、繰り返し出会ったその人と、真正面から向き合った。
見覚えのある白いテーブルと椅子。その椅子のすぐ傍に佇んでいるその人は、何度も夢見たあの時と変わらぬ美しい姿姿でそこにいる。
「あなたは、神なのか」
問いかける。
「俺達の国の神話に描かれた、七柱の国産みの神々……神世七代。……誰も知ることがなかった、その八柱目。それが、あなたなのか」
その人はこくんと頷いた。
「人々の言葉を借りれば、そうであるのかもしれない。けれど私達は、私達が〝何〟であるのか、己で定義してはいません。どう言葉を紡ごうと、織り上げようと、私達は私達でしかありませんから。人の世の神話は、人のものであり、私達のものではない」
「……俺達が知る、【装神具】の核も、あなたから生まれたの、か?」
「【装神具】……人の子は、そのように呼んで、形を与えているのですね。あれらは生まれたのではありません。全ては、私の想い。世界と、そこで生きていく数多の命への愛。祝福。言祝ぎです」
「何が、違うんだ? あなたから生まれたものだと、そう言ってるようにしか聞こえない」
「人の子も同じものを持っているはずです。感情。想い。声。言葉。形は持たないけれど、我が身からあふれるもの」
「確かにある、けど……」
「分かりにくい、ですか? ええと、それでは……そうですね、例え話をしましょう。あなたは、自分の想いを、言葉を、〝己の肉の一部〟……あるいは、〝我が子〟として扱いますか? 形を持って、確かにそこに在るものだと、定義しますか?」
「! それは……」
勿論、無理だ。少し考えれば分かる。そんな事は思えない。
つまり、向こうの言いたい事、というのは。
「なんとなく、だけど、分かった。俺が生きてる側に来ているものは……いわば、あなたの【力】だ。目に見えないけど、そこにあるもの。重力とか、斥力みたいなものか」
そして、その未知の力に、【装神具】の核という形を与えているのは、あくまで自分達〝人〟の側である、と。そういう事でいいのだろう。
「伝わって良かった」
その人はほっと安心したように笑った。対して、なつめはあえて、笑い返さない。
「そうか……。あぁ、じゃあ……。つまり」
手を握りしめ、僅かに歯を食いしばる。
〝そう〟であるとするならば、ここで、この人に直接、確かめねばならない事が、今はある。
「実佳に埋め込まれたあの【核】。あれは、あなたそのものなんだな」
疑問ではなく、確信を持って告げた。
異例中の異例と言われた、あの八角の形をした黄金の石。あれだけは、この人の一部だったのだ。
「──ええ。そうです。知らぬうちに私からこぼれ落ちてしまった、私のしずく。私であったもの。そして、時を経て形を変えて、私ではなくなってしまったもの」
「でも、実佳は神じゃない。あなたでもない」
「その通りです。私は、私。あの幼子……あの子は、あの子。あなたが、あの子の名前を呼んでくれたその時から」
……ふいに。一歩前へと、かの人がこちらへ足を踏み出してくるのを、なつめは真正面から見る。一歩、また一歩と、ゆっくりと歩み、そして目の前までやって来た。
そうっと、手が伸びた。暖かな感触が、なつめの頬を何度か撫でる。
「私の愛し子達。私のせいで、あなた達の道行きに、様々な苦難を強いてしまった。……それでも、あなたも、あの子も、握った手を離そうとはしなかった。私にとって、それが何よりも嬉しかった」
「……あなたの為じゃない」
何度も撫でられているのだと感触で分かり、それがどうにも落ち着かず、誤魔化すためにややぶっきらぼうな言い方になる。
「実佳と一緒にいるって決めたのは、俺だ。だから、俺の為だ。全部」
「その決断が、意志こそが、嬉しかったんです。……私にとって、あなた達が共に生きていく事は、何者にも代えがたい喜びです」
その言葉に応えるように、頭上に広がる青空から、ふわふわ、きらきら、柔らかくて暖かい光が降ってくる。
ああ、本当に嬉しくて仕方が無いんだなと、思った。こんなにも光が溢れていくぐらいに。
……けれど。
「──どうして、そこまで」
だから、つい、口に出てしまった。
「俺も、実佳も、ただの人間だ。世界でもないし、あなたと同じ七人でもない」
なつめは、今までこの人という存在を知らずに生きてきた。
実佳は、ただの〝人〟の都合だけで、この人の一部を、無理矢理身体に埋め込まれた。
「それなのに、なんで俺と実佳の事を、そんなにも想ってくれる?」
「…………」
その人は、少し迷ったようなそぶりを見せる。少しだけ、風の音しか聞こえない空白を経てから、やがておそるおそる口を開いた。
「あなたは、否定する……かも、しれませんが」
頬を撫でていた手を下ろし、ゆっくりとなつめの手を取って、握る。
「……あの子は。実佳は。私にとって、たった一人の、唯一の、娘です。こぼれ落ちた雫を受け取った。受け入れてくれた。そこに、実佳の意思はなかったとしても、それでも、何も作らなかった事を選んだ私にとって、実佳だけが私を受け継いでくれた存在になった」
なつめの手は、その人の胸まで持ち上げられる。
両手で強く握られた。咄嗟に、なつめは握り返す。無意識の事だったけれど、そうする事で、その人の言葉に、応える形になる。
「実佳が本当の意味で生きられるようになったのは、なつめ。あなたに出会ったあの瞬間です。あの子はあなたと共にあって、はじめて、命を動かすことが出来た。だから、あなた達は私の大切な子ども達。大事な愛し子達。……どうか幸せに生きて欲しいと、そう願わずにはいられない」
「──」
口を開きかけたが、結局、言葉では何も答えられず。ただ一つ、なつめは頷く。
紡がれた言葉が、切なる響きを持っていた事を全身で感じた。語られた言葉は、全てその人にとっての真実で心の底からの思いと願いそのものであるのだと伝わった。
ゆえに、受け止めた。受け入れた。否定なんかしなかった。
(……ああ、でも)
……もし。もし本当に、そうであるのなら。
「……なら、いつか。実佳にも会えるといいな」
気がついたら、そんな言葉をそっと投げかけていた。
その人はぱっと顔を上げる。
ぽかん、としているのだと感じ取れた。少しだけ、それに笑ってしまいそうになって、何とか我慢する。
「どうやってか、は、分からないけど。俺は、どうにかして、こうしてあなたに会いに来てるみたいだから。いつかあなたのところに、実佳も、来れるといいな、って。……思うよ」
「それは……。ああ、それはなんて、素敵で幸せな奇跡でしょう! いつか、実佳に、こうやって会えたなら! 私の中の歓喜も幸福も溢れてしまう!」
「そのいつかに、辿り着く為にも。俺、頑張るから。あなたを悲しませるような事には、絶対にしないから」
握り締められたままの手を、殊更強く、握り返す。
「だから、戦うよ」
「なつめ」
声がかすかに強ばっているのが分かる。だけど、それ以上言わせない。首を横に振って、それを示す。
その不安は、この人は持たなくてもいいものだ。
「あなたの想いも、俺が、ここで引き受ける。背負っていく」
その想いは間違いなく、未来を切り開く力になる。
ならば、この人が憂う事など、何一つないのだから。
完結まで予約投稿済みです。
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