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14.神谷飛鳥という女。


「私抜きで、勝手にそういう話をされるのは困るな」


 ……いや。

 振り下ろした、つもりだったのだ。

「実佳は、私が養子にした時点で、間違いなく私の娘だ」

 振り下ろしたはず利き腕を、突如、背後から恐ろしく強い力で掴まれ、制止をかけられた。

 部屋に響いたのは、蓮のものでもアーゲルハイネのものでもない。まして、なつめ自身のものでもなかった。

「……神谷、飛鳥」

 蓮が、なつめの背後を見ながら立ち上がり、身構えた。あからさまに敵意を向けている。

 自分の腕を、へし折りそうな勢いで掴んでいるのが伯母である事を、なつめはこの時、ようやく知った。

「あ……すか、さん?」

 制御出来ないほどに暴れていた感情が瞬く間に冷えていくのを感じつつ、伯母の名を呼ぶ。

 すると、何を思ったか飛鳥は、腕に見事な関節技をきめてきた。

「──ッ!?」

 予想外の行動に、ろくな対応が出来ない。おまけにあまりの痛みに声も出ない。間抜けに口をぱくぱくさせつつ、何とか動かせる残る片腕で、飛鳥の身体を数度叩いて、「やめてくれ」と意志表示する。

 飛鳥は思いの外、あっさりと解放してくれた。思わず蹲り、大きく深呼吸を繰り返す。

「ちょ……い、いきなり、なにす……」

「ちったぁ頭が冷えたか。この馬鹿」

 見下ろす飛鳥の目は冷ややかだ。

「私が止めなかったら何するつもりだった。ここがどこなのか、隣に誰がいるのか忘れたか。騒ぎを起こしたらどうなるか、分からないわけじゃないだろう」

「…………」

 言い返せる言葉は、ない。

 唇を噛み締めて俯く。確かに、ついさっきまでの自分は完全に、怒りで我を失っていた。その衝動に任せての暴挙だった。

「……けどまぁ」

 しかし、飛鳥はそれ以上なつめを咎める事もなく、視線を動かし蓮とアーゲルハイネの方を見る。

「お前等の言い方も気に食わんね。うちの甥っ子ほど青臭い時期は過ぎ去ってるが、そうやって人の神経逆撫でされるような事並べられると……」

 左手の平に、右手の拳を、ぱしんとぶつける音がする。

「さすがの私でも、ちょっと色々、考えるところがあるんだが?」

 アーゲルハイネが口を開きかけ、しかしそれを蓮が制止した。

「場を改めた方が良さそうだ」

 と、蓮。

「でも……神谷飛鳥。あなたが関わっているとしても、私達の目的は変わらないよ?」

 アーゲルハイネがゆったりとした動作で立ち上がりながら、尋ねる。

「さて。私はただ、身内の問題を片付けに来ただけだ。お前等の目的がどこにあろうが、関係はない。そのはずだろうに」

 しばしの、無言。

 飛鳥は微笑み、蓮はそれを睨み返す。アーゲルハイネは二人を見やり、最後になつめを見た。こっそりと、ぺこりと頭を下げてくる。……まさか、もしかしてと思うが、言葉が過ぎた事を、謝っているのだろうか?

「……まあ、いい。とにかく、今日はここまでにしよう。行こうか、アゲハ」

「うん」

 存外あっさりと、二人は引き上げる体勢に入った。躊躇なく応接室から学園長室へ続く扉を潜ってしまい、学園長に、軽く挨拶をしている声が微かに聞こえた。

「あ、あの……飛鳥さ」

 突如現われた伯母を呼ぼうと振り返ったその瞬間、

「あれ……」

 自分の背後には、既に誰もいない事に気が付いた。

 代わりに見つけた、テーブルの上に置かれた一つの手紙。蓮達が立ち去る寸前まで、こんなものはそこになかったのに。

 手に取り、開いてみる。


『話は、お前が帰ってきてから。家で待ってる』


 短い一文を読み終え、浅く息を吐く。

 手紙を鞄の中に放り込むと、なつめもまた応接室を出ようとする。なつめが動き出したタイミングに、蓮達を見送り終えたらしい学園長が応接室の扉を開けたところが重なった。

「神谷君。どうだったね」

 学園長が笑顔で尋ねた。言わんとするところは何となく分かる。

 特別職員について新たに知る事があったかとか、適性試験を受けるか否かを考え直すきっかけになったかとか、そういうところを尋ねているのだろう。

 嘘をつく事になるのは若干心苦しかったが、そういう意味で得たものは何一つない。

 けれど。

「──ええ。良い、時間でした」

 決して、あの二人の手に実佳を渡すものかと、自らの意志を決めるには。

 これ以上ないほどに、充分過ぎる時間だった。




 遅刻するつもりだった一限目を含め、今日の分の講義は全て白紙に戻す事に決めた。大急ぎで自宅への道を辿り、駆け抜け、逸る心のままに玄関を開ける。

 一つ、見慣れない靴がある。やはり伯母は、既に中にいるようだ。慌ただしく靴を脱いで、リビングへ走った。

「ただいまっ!」

 大きな声で叫ぶと、

「おや、早かったな。おかえり」

 ソファに腰掛け、悠長に緑茶を啜っている飛鳥に、笑顔で迎えられた。テーブルを挟んだその向かいに、見るからに不機嫌そうに佇んでいる祐……と、あと一人。

「……え? 隆哉?」

 予想していなかった親友の姿に、思わず呆気に取られる。

 隆哉は、祐の隣で悠長に茶を飲んでいた。にっと笑って、手をひらりと振ってみせる。

「一応、俺も無関係じゃないしな? 声かけられたから、そのままダッシュでこっち来た」

「なつめも隆哉も、別にすぐ帰ってこなくても良かったのに。学生なんだから、学業を疎かにするのは感心しないなぁ」

 緑茶の入った湯飲みを手に、飛鳥はにっこりと笑っている。

「……白々しい」

 ぼそりと呟いたのは、なつめではなく祐だ。舌打ちさえしかねない声色だった。

 飛鳥も飛鳥で、声のトーンを一つ低くした。

「何か言ったか?」

「いいえ、別に? 更年期で幻聴でも聞いたんじゃないですか。伯母様」

「相変わらず年上の人間に対する口の利き方がなってないこと。遠回しに、躾直しをご所望か?」

「伯母様の手を患わせるなんて、まさかそんな。それに私、どこぞの無責任女に躾けられるほど、落ちぶれてはいませんので」

「あ?」

「何か?」

「いや、あの……二人とも、ひとまず落ち着いて貰える?」

「相変わらずだねえ、祐さんと姐さんは」

 けらけらと隆哉が笑っているが、正直、笑ってないで止めてくれと思う。

 一度でも相対してしまえば徹底的に反目し合う、この姉と伯母。二人がこのような剣呑な雰囲気の中で、殺伐とした会話を繰り広げるのは、もはや馴染みの光景と化した。普段なら自然に終わるのを待つが、さすがに今日はそうもいかない。

 祐の隣……隆哉が座っていない方に腰を降ろす。聖は、講師としての仕事の為、家を出ている……として。残っているはずの、実佳の姿がここにないのは、何か、理由があるのだろうか。

「あの、飛鳥さん……。実佳は」

「部屋で休んでるよ。わざわざ起こすのも忍びなくてね。……それに、この事は、あまりあの子の耳に入れたくない。やっと、あの地獄から抜け出せたんだ。思い出させるような事はさせたくないんで、ね」

 歯を噛み締める。改めて言葉にされると、胸が締め付けられるほどの不快感が沸き上がりそうになってきて、それを表に出さないように必死に自分を制する。

「……話して、貰うよ、飛鳥さん」

 膝の上で拳を握り締め、伯母を見据える。隆哉も、それに続くように飛鳥を見たのが分かった。

「実佳のこと。あいつらの事。知ってる事、全部」

「話すにしても、聞くにしても、面白い話じゃあないがね」

 一言断り、彼女は手にしていた湯飲みを、静かにテーブルに置いた。

「実佳がここに来るまでの経緯は、祐から聞いてるんだったな?」

「ああ」

「じゃあ、余計な前置きはいらないか」

 言うと、飛鳥は服のポケットの中から、何か取り出した。

 一見すると、子どもの握り拳ほどの大きさをした、硝子玉。彼女はそれを、なつめの方へ差し出してくる。

「なに、これ」

「情報記憶型の【装神具】。実佳の事は、色々話すよりも〝視〟て貰った方が早い。理解も出来るだろうから」

「……」

 おそるおそる、その【装神具】を受け取る。曇り一つ無い球体の中に、余裕のない表情をしたなつめ自身が映り込んでいる。

「使い方に、ちょっとコツがいるんだけど……ま、お前なら大丈夫だろ」

「……俺だけ? 隆哉は?」

「あ、俺はパス」

 隆哉が先にきっぱりと言った。

「明らかに、身内の込み入った事情ってのは分かるからな。そこまで無神経に足突っ込む気はねえよ」

「……だそうだ。友達の気遣いは、有り難く受け取っておけ。その装身具に、意識を重ね合わせるようにすれば、自然と視える」

「重ね……合わせる」

 曖昧な表現ではあったが、長年愛用していたピアスと同じ、【装神具】。用途こそ違うが、【装神具】である事実は変わらないのだから、その延長線と考えればいいのだろうか。

 【装神具】から力を引き出すのではなく、【装神具】と自分を、重ねるようにして──。



 その直後。

 まるで今までいた場所とは全くの別次元に、放り出されたような感覚がして……世界が、瞬く間に反転した。

 

 


完結まで予約投稿済みです。

もし

「先が気になる」

「面白い」

と思って下さったら、

★★★★★

とお星様のポイントを入れて下さると幸いです。

また感想・誤字脱字報告などもお待ちしています。

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