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13.激昂。

「──」

 学園長室の扉を開けた瞬間、信じられないものを目の当たりにして、背負っていた疲労感だとか、固めたはずの意志だとか、そういったものが全て吹っ飛んだ。

 部屋の中央、黒檀で出来たデスクの前に立っているのは全部で三人。一人は勿論学園長。問題は、残る二人。

 忘れてなどいない。忘れるものか。嫌になるほど脳裏に鮮明に焼き付いているその容姿。片方だけ輝く金色の瞳。西洋人形みたいな風体の少女。

「──……現在志導市に来ておられる、陰陽寮特別職員の方々だ。本来なら、こんな場は設けないのだがね。君の話をしたら、是非会ってみたいと言うので」

 笑いながらそう説明してくれる学園長先生には申し訳なかったが、正直、それどころではなかった。

 一週間前、その手に各々刀やら鎌やらを持って追っかけ回してくれた張本人達。それが今、目の前にいる。

 出来るものなら、瞼を擦ってみたかったし、自分で自分の頬か手の甲を抓りかった。先日の出来事に頭をやられたが故の幻覚か夢ではないかと、自分の脳みその異常を疑ってみても、何も変わらない。

 次から次に色々考えてみても答えは欠片も浮かばず、混乱する思考ばかりが加速する。

 そんな状態のなつめを尻目に、問題の二人……一人の男と、一人の少女は、それぞれついと一歩進み出て、礼儀正しく頭を下げた。にこやかに微笑まれて、思わず一歩、引きそうになる。

「〝はじめまして〟──あなたが、神谷なつめさんですね。自分は、陰陽寮所属特別職員の(たちばな)(れん)と言います。お会い出来て光栄です」

「私は、西欧魔術教会所属、現陰陽寮出向中のアーゲルハイネ=シュヴァルツフリューゲルと申します。この国に馴染みのある響きの、アゲハ、で覚えて下さると、嬉しいです」

「……は、じめまし……て」

 明らかに、顔の筋肉が引き攣っているのが分かる。それを誤魔化す為に、勢い良く頭を下げた。学園長は笑っている。緊張のあまりの挙動不審と捉えたか。

「学園長先生、神谷さんと三人でお話させて頂いても構いませんか?」

 蓮、と名乗った男の方がそう言った。

 咄嗟に顔を上げるも、もう遅い。

「勿論! 神谷君にとっても、今後の事を考える良い機会になるでしょう。隣の応接室へどうぞ」

「ありがとうございます」

 ……そして、あっという間に応接室に、蓮とアーゲルハイネ、なつめの三人しか存在しない空間が出来上がってしまった。

 テーブルを挟み、蓮とアーゲルハイネが向かいにそれぞれ座っている。

 学園長は、扉一枚隔てた向こう側。すぐ傍にいるにはいるが、多分、もはやそれは大した意味はなさないだろう。

 目の前の二人は、出された珈琲を優雅に飲んでいる。いよいよもって、意味がわからなくなって来た。

「いやいや……!」

 ついに頭痛すらしてきたので、当事者以外誰もいない事をいいことに、頭を両手で抱え込んだ。現実逃避がてらに目の前から思いっきり目を逸らす。

「具合が悪そうだな」

 世間話でもするような調子の、声。

 正直、それに反応して顔を上げたくはなかった。というか、そこにいる事自体を未だ認めたくなかった。

 だが、しばらくそのままの体勢でいても、目の前に誰かがいる気配は一向に消える気配はない。こうなると、顔を上げないわけにもいかない。

 歯を噛み締め、ゆっくりと顔を上げる。案の定、やっぱりすぐ目の前に座っている男一人と、少女一人。蓮。そして、アーゲルハイネ。

「お前等……!」

「一週間、学校をお休みしてたって聞いてたの」

 アーゲルハイネが言う。

「病み上がりだとしたら、申し訳ないけれど。あなたに、大事なお話があります」

「まあ、そういうわけだ。少しばかり、付き合って貰うぞ」

 相方の言葉を、蓮が繋いだ。

 その言葉のお陰で、頭痛が更に強まった。誰のせいで一週間も休む羽目になったと思っているのか。ふざけるなと叫べるだけの余力は、痛みに全て持って行かれている。

 聞きたい事が山のようにあるのはこっちだというのに、そんな事知らんと言わんばかりの様子で『話がある』と言われても。あっさり受け入れろというのが無理な話だ。

 顔を伏せたまま、二、三度、深呼吸した。無理矢理にでも腹を括るために。

 半ば自棄の勢いだ。いや、半分じゃ足りない。八割から九割は自棄が入っていた。

 膝の上で手を握り締め、勢い良く頭を上げた。何でもない顔をしてこちらを見てくる二人の顔を、順番に見回す。

「……聞くだけ、聞いてやる。今はな」

 にやりと蓮が笑った。不敵な笑みだ。見ている方の警戒心がこれ以上ないほど強まるほどに。

「貴様。神谷の人間なんだな」

 くるり、と蓮の手の中にあるスプーンが、ブラック珈琲の中で円を描く。

「僅かばかり調べてみたら、神谷本家の人間というだけじゃなく、あの神谷飛鳥の甥と言うじゃないか。驚いたぞ」

「……あの人のこと、知ってるのか」

「私達の間では、有名人なの」

 答えたのはアーゲルハイネ。

「立ち振る舞いは、さながら暴れ龍。必ず結果を出すその能力は、歴代の職務員の中でも随一。だけどそれを帳消しにしかねない、扱いづらいその挙動と性格」

「全くだ。破天荒というか、ぶっ飛んでるというか。何で行政機関に勤務しいるのか、理解しかねる人種だよ」

「……」

 甥の立場として、それを否定出来る材料がなかった。あえて沈黙で、この場を流す事にする。

「……とはいえ。だからこそ、今刻印を所持しているのが神谷の家なのも、納得出来るが」

「うん、そうだね」

「さて、和やかに世間話が出来る間柄でもない。そろそろ本題に入ろう」

 そう前置きを置き、話し始めた蓮。

 アーゲルハイネは、砂糖とミルクをたっぷり入れた珈琲を、一口一口、ゆっくりと飲んでいる。

「単刀直入に言う。今、神谷本家に存在している刻印……あぁ、貴様には神宮司実佳と言わなければ通じないか? まあいい、とにかくあれを、こちらに引き渡せ」

「断る」

 当たり前ながら、即答だ。

「そんな話に、『はい分かりました』なんて言えるか。……というかな。さっきから、実佳の事、ものみたいに言うのをやめろ。聞いてて気分が悪い」

 向こうも、それは想定済みだったのだろう。アーゲルハイネがなつめを見る。かちゃり、と手にしていたカップをソーサーに置いた。

「そっか……。やっぱり、あなたはあれを、人間だと思ってるのね」

 少女の表情が微かに動いた。見間違いでなければ、どこか、哀れみを帯びた目で。

「一応、体裁上は家族……妹か、従妹か。そのどちらかになっているんだ。それで今まで生きてたいたなら、仕方がないと言えば仕方がない」

 蓮が顔をしかめて、なつめを睨む。憎々しいものを見る眼差しで。

「では、この場ではっきり告げるとしよう」

 蓮の瞳が、冷たく光る。

「あれは、人間ではない」

「人の形をした【装神具】。それが、あなたが神宮司実佳と呼んでいる、刻印の正体」

 思考が、凍り付くように静止した。

 口を開きかけるも、何と言えばいいのか分からない。

「……な、にを」

 何を言っているのかと、思った。

 この二人は、一体、何を。

「刻印は、偶然が重なった果てに、人が人としての領分を越えた先で生まれたもの。本来ならこの世界にあってはならない、八百万の神々への冒涜と成り得るもの」

「アゲハの言う通りだ。あまつさえ、正当な制御者を持たないままで自由意志を持つ、危険性の極めて高い生きた兵器。【装神具】の名前を冠する資格など、本来ならば持ち得ていない」

 ぎり。耳の奥で音がする。

 無意識のうちに、奥歯を強く噛み締めてしまったが故の音だと、すぐに気付く事が出来なかった。

「俺とアゲハの目的は、約十年前に行方不明となったこれの破壊」

「いくつもの、街や都市を探した。国境を越えた事もあった。でも、今まで見つけることが出来ずにいたのを、ようやく、ここに来て見つけることが出来たの。

「……正直、俺とアゲハの二人だけで探し出すなんてぬるい対応を取る事なるとは思わなかったがな。この国は【装神具】の恩恵を強く受けているというのに、諸外国に比べて神やそれに属するものへの真摯な信仰が、圧倒的に足りていない」

「そう、だね……。もし私の国だったら、きっと国を挙げて【神】を騙る異端者を断罪していた」

 腹の底からふつふつと込み上げてくるものがある。

 どろどろとした汚い感情。その熱さのあまり、内臓が焼き切れそうな気さえする。

「……まあ、いい。見つけたのなら、あとは、成すべき事は一つ。【装神具】が持つ、本来なら敬意を持って借り受けるべき神の力を、外道極まりない手段で宿した人の形をした〝何か〟。それが世間を闊歩してるなど、笑えもしない」

 感情は骨を軋ませ、喉をからからに干上がらせていく。

 喉から舌の上に乗った声は形にならず、衝動と化して瞬く間に全身に巡った。

「理解出来るだろう? あんなもの、今すぐにでも問答無用で破壊されて然るべきだということが」

 ──この瞬間、なつめの感情は限界点を越えた。

 何か言葉を返すよりも前に、立ち上がり、拳を握り締めて振りかぶる。

 二人の内どちらかを、等と考えていなかった。ほとんど我を失ったまま、激情のままに身体が動いた。振りかぶった拳は、容赦なく宙を切り裂いていく。

 力の限りに、振り下ろす。

完結まで予約投稿済みです。

もし

「先が気になる」

「面白い」

と思って下さったら、

★★★★★

とお星様のポイントを入れて下さると幸いです。

また感想・誤字脱字報告などもお待ちしています。

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