Ex.また、【 】のゆめをみた。
黄金色の草原が、揺れている。
また、いつの間にかその中心に立っている。
涼やかな風。心地の良い香り。この世とは思えぬ美しい場所。
いつか出会った気がする〝誰か〟は、やはり、いつか見たような気がする白い椅子に腰掛けたまま、
「私のかけらだったもの。私のしずくだったもの」
歌うような声で己の意を織り成し、紡いでいく。
「〝あの子〟の下へ落ちていくそれに、気付けなかった。止めることが出来なかった」
誰に届けているかなど分からない。そもそも、誰かに聞かせるつもりもないのかもしれない。
「……私は、運命を司るものではない。だから、それが必然であったのだとは、決して言えません。しかし有り得てしまった事として、それは、〝あの子〟の下へと去って行ったという結果が残った。そうであるのなら、やはり、その事を口にすることが許される存在がここにあれば、それは定められたものであるのだと、言い切ったのやもしれない」
よく通るその声は、はじめて聞いた時と何一つ変わらないまま、ただ伸びやかに響いていった。
「だとしても……これだけは、はっきりと分かるのです。きっと、それを受け入れることは、あの幼子の願いではなかったでしょう。外側で飛び交う様々な人々の、意志と意思が交錯してしまった果てであったのでしょう。辛く、痛く、苦しいもので、あったでしょう」
紡ぐ声には憂いが帯びる。はっきりとした悲しみが感じ取れる。
「しかし、全てに気付いたその後も、私には何も出来ませんでした。私がここに残ったのは、〝あの子〟に寄り添う為であった。愛する為だった。決して、干渉する為ではなかったのです。去って行った皆に、我が身が言の葉を介して課した誓約は、守るべきもの。破るものではありません」
「……待ってくれ。だけど」
気付けば、その声を遮り、口を開いて言葉を発していた。
「だけど、あなたは、今、俺に会っている。話してる」
今言われた通りに、何も出来ぬというのなら。
この〝誰か〟は、自分とこうして出会う事も、話すことも行なうべきではないのではないか?
そんな単純な疑問を素直にぶつけると、〝誰か〟は小さく笑う。
「それは、ほんの少しだけ、違います。私があなたに会っているのではなく、あなたが、私に会いに来てくれているのです。あの幼子の中に息づく、かつて、私であったものを通じて」
「……?」
それは、意味としては同じように聞こえた。
この人が自分と出会うことと、自分がこの人に会いに行くこと。そこに、決定的な差があるとは思えない。
不思議に思っているこっちに、気付いたのだろう。〝誰か〟は浮かべていた笑みを深めて、
「私にはほんの少しだけ、〝あの子〟を愛する為に、数多の人々へこの想いを伝える事が許されている。皆と交わした誓約の範疇として」
そう言った。先ほどまで感じられた憂いも、悲しみも、拭い去られた声で。
「その想いの形を、あなたも既に知っています」
「それは……身に覚えがない、と言っても?」
「ええ。あなたに……皆に、身に覚えなど、なくても、それでいいのです。それが、私から〝あの子〟へ、あの子と共に息づく皆へ、届けられる想いの形。唯一のもの。ですが」
言葉が、一瞬途切れる。
ぶわりと、強く、それでいてとても気持ちの良い風が吹いた。その人が、とても嬉しそうに笑ったのだと、その感情に応えた風なのだと、何故か全身で理解した。
「先ほども言った通り。私は、私から〝あの子〟へ何も出来ない。それは決して破られぬ誓約です。今までも、これからも、永劫に守られ続けるもの。……けれど〝あの子〟に息づくあなたには、何の誓約もありません。それは当然です。私達の間で結ばれた誓いは、私達だけのもの。あなたのものではない。私達とあなた達は、生きる世界が違う。存在する場所が違う」
「…………」
……またも、言っている意味がよく分からなくなってきた。
それを分かり易く表情に出してみると、その人は椅子から立ち上がって、歩み寄ってくる。頬をそっと撫でてくる。
「刹那に存在するからこそ、何者にも囚われず自由である。一瞬を力強く生きるからこそ、その意志はありとあらゆる全てに届く。……こうして、あなたの手が、私のところまで届いたように」
「……あなたの言っている事は、抽象的過ぎてよく分からない」
「ええ。ええ。それでも私は嬉しいのです。あなたにこうして、言葉を伝えることが出来ることが。会いに来てくれることが。何より、あなたが、あの幼子を今も大切に慈しんでくれることが」
「あなたの言葉の、ほんの僅かでも、俺が理解出来ていなくても?」
「いつか分かる時が来ると信じているから、今はそれでいいと心から思えます。……〝あの子〟は、あの幼子ではなく。あの幼子も、〝あの子〟ではない。あの幼子が受け取ってくれたかつて私であったものは、既に形を変えてしまった。……だからこそ、あなた達は、私の誓約の外側に在る」
手を、取られる。きゅっと力強く握り締められる。
「私の愛し子達。どうか私を忘れないで。覚えていて。思い出して。ここでの全ては泡沫の幻であっても。夢幻の狭間に消えるとしても。私を、どうか、その魂に刻みつけて。私は……──」
一つめ。二つめ。三つめ。四つめ。五つめ。六つめ。七つめ。
そして、最後に残った私は。
「………………」
なつめは目を開ける。いつの間にか、自分のベッドの上で、横になっていた。
「ん。起きた?」
ひょい、と祐が顔を覗き込んできた。
「……え? 俺、寝てた?」
寝入った記憶、どころか横になった記憶もない。
戸惑いを隠せないまま祐に問う。
「私が気付いた時にはぐっすり眠ってたよ。……なつくんも、色々疲れてたんだろうね。しんどいならもう少し横になってて大丈夫」
「……いや、いいよ。なんか目は冴えてるし……。それに、変な夢、見た」
「夢?」
「……うん」
髪をがしがしと乱雑に掻き乱す。
思い出せるのは黄金色の草原と、そこにいた誰か。男なのか女なのか、その声色も何もかも、霞となって消えていきそうだけれど。
「言ってること、全然、よく分からなかったけど。なんか、忘れちゃいけない気がする。そんな夢」
忘れないで、と夢の中の誰かは言った。
その切なる想いだけは、はっきりと、今も尚この胸に刻まれていた。
完結まで基本一日一話で予約投稿済みです。(一部例外あり)
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