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08.崩れ落ちていく音。


 ──静寂。


 ……死ぬ瞬間とは、一体どんなものなのだろう。

 実佳は無事だろうか。隆哉はまだ生きてるだろうか。自分がここで死んでしまったら、あの二人は一体どうなってしまうだろう。生きていて欲しいと願う。それ以外の可能性なんて、一切認めたくはないと強く思う。

 おまけに、こんな現実離れした状況下での死だ。遺体は隠蔽され、下手をすると行方不明扱いで、死亡確認さえ成されないかもしれない。こうして自分一人が死んだだけでも、家族は勿論、友人知人に学校で世話になった教授や講師、他にもこれまで関わってきた全ての人達にかける心労は、如何ばかりか。少し考えただけでも、申し訳なさしか浮かんでこない。それを謝れない身になってしまうのが、この上なく悔しい。

 もしも、次に視界に何か映すこと出来たとして、その時目の前に神か閻魔大王がいたなら、兎にも角にもまずは事の次第を追求しよう。そして、遺してしまっただろう二人の無事を、何としてでも保証して貰う。

 こっちは、まるで身に覚えのない出来事のせいで、二十年にも満たない人生を閉じる事になったんだ。簡単に成仏なんかしてやるものか。

 ……だけど、どうにも不可思議な事があった。

 こうしている間にも、この瞳を硬く強く閉じ切っている感覚だとか、全身至る所に走る激痛だとか、そういうのが未だ、はっきりと感じられる。そして、それを不思議に思える意識もまた、今この瞬間に機能している。死後だの、神だ閻魔だと考えている……明らかに、今この瞬間の現実から全力で逃避している脳も、動いて、生きているのだ。全て。問題なく。

 閉じた視界を染めた白が、少しずつ薄れてくる。恐る恐る目を開いた。目の前が彼岸の川であっても驚かないつもりだったが、そんな予想に反して、広がった光景は目を瞑る前と変わらないもの。その事実に、逆に驚いた。

 確かに振り下ろされたのだろう二つの刃が、数センチの空白を経た先で、止まっている。

 ……いや、よく見ると何かがおかしい。これらは、こんな風体をしていたか? 刃の半分以上が、光になって大気中に消えている。こんなもの、目を閉じる瞬間にはなかった。

 刀も、鎌も、ついでに周囲の壁や床も、消え続けている。真っ白な光の帯になって宙に広がり、はじめから何もなかったのだと言わんばかりに。

 突っ込んだその瞬間に瞼越しに視界に広がった白の正体は、もしかしてこの光か。

「……最悪だ」

 男は、憎たらしげに顔を歪めていた。

「刻印に、自律機能が付与されてるなど聞いていない」

「……もしくは、この人達のどっちかの影響?」

 少女は一歩下がっている。形が歪んだ鎌をまじまじと眺めていた。

「それこそ有り得ない。有り得てたまるものか。外部から刻印へ干渉出来る人間がいるなど、冗談じゃない」

「じゃあ、どうしようか」

「どうしようもこうしようもない。仕切り直しだ。それも最初から」

「そうだね。確認も、した方がいいと思うの」

「ああ、くそ。今まさに、目の前にあるのに……! 面倒な事になった」

 なつめ達を完全に放置して、何かを納得し合った男と少女は、互いに頷くと、そのままくるりと踵を返す。

「あ、ちょ……おい!」

 反射的に手を伸ばし、声を投げてしまった。そしてそれは拾われる。

 だが。

「そこの人間二人。今回は見逃してやる。感謝しろ」

「でも、刻印と一緒にいるのなら、また、会う事になると思うの。命が惜しくないのなら、それまでご機嫌よう」

 最後に、さらりと残されてしまったとんでもない爆弾に、全てかき消される事になった。

 二つの姿は、現われた時と同じように、幻のようにかき消える。その一方で、床に散らばる壁の残骸が、あの者達がいた証を、嫌になるほど知らしめてくる。

 それらを呆然と眺めながら、呟く。

「また……って、なんだよ。また、って」

「また、こんな目に遭うって事かい。うえー……考えたくねえ……」

 隆哉が、心の底からうんざりしたように呟いた。

 実佳は何も言わないまま、ただ、なつめの方に駆け寄って、押し倒しかねない勢いでしがみつく。

 小刻みに震える身体を、軽く抱き締め返した。宥め、慰める言葉の一つさえろくに浮かばない自分に対して、なつめは一つ、息を落とした。細く、長く。



 ひとまず命の危機は脱したらしい事を自覚したのは、相手がその姿を消して更に数分後。やっとの思いで我に返り、改めて現状を振り返る。明らかに人為的に壊れてしまった建物。そんなところに長居すれば、間違いなく面倒な事になる。

 事実を他人に説明したところで信用されるなどと露も思えないし、最悪の場合、頭のどこかがおかしい人として病院に連れて行かれるかもしれない。さすがにこの年で、警察のお世話になって、テレビで実名など流されたくない。奇異の視線に晒されるなんてのもまっぴらだ。

 人が集まる前に敷地から離れる為には、やはり【装神具】の能力を駆使せざるをえなかった。

 まず片手で、まだ若干放心状態の実佳の腕を引き、もう片方の手で動けない隆哉をどうにか担いで、ついでに三人分の荷物も抱える。そうしてやっと、可能な限りの早さで、自宅へ戻ることが出来た。今日の予定なんてものは、当然ながら完全に白紙だ。

 玄関を潜る。

 間髪入れずに扉を閉め切って鍵を掛けると同時に、一気に気が抜けて、三人揃う形でその場に崩れ落ちて、へたり込んだ。緊張の糸が切れたのか、靴を脱いで部屋に入ろうという気にすらなれない。

 何とも気持ちの悪い疲労感に全身を支配されていた時、そういえばと思い、ピアスを外す。出力リミッターが外れてしまった以上、【装神具】にどこか不具合がないか、確かめようと思ったのだ。

 結果、予想は裏切られた。それも悪い方向に。

 不具合なんてものじゃない。ピアス全体にひびが入り、今にも粉々に砕けてしまいそうなそれは、どう見ても再起不能だ。……だが、【装神具】一つの犠牲であの場を切り抜けられたのなら、むしろ安い方だったのかもしれない。

 そんな事を考えている時、ふと、なつめの視界の端に赤い何かが見えた。実佳を握り締めていた方の手、その手の甲に、僅かながら血の痕がある。

「実佳。手、怪我してるんじゃ」

「……え?」

 未だ、帰宅出来た事を実感出来ていないのか、ぼーっとした様子の実佳が、言われて自分の手に視線を落とす。なつめの目にも分かった。二の腕から手のひらにかけて、刻まれた複数の切り傷。

「あぁ……本当、だ」

「結構派手にやったな……。手当てするから、先にリビングに行ってな。俺は、こいつを何とかしてから行くから」

 重たい身体をどうにかして動かして立ち上がり、未だ身体の自由が完全に戻っていないらしい隆哉の身体を、再び担いだ。

「気ー持ーちーわーるーいー」

「……そんな間抜けな声出せるなら、大分余裕は戻ったみたいだな」

 見たところ、実佳のように派手に怪我をしているわけでもなさそうだ。落下した時は肝が冷えたが、すんでのところで救出が間に合っていたようで、今頃安堵してしまう。

「ひでえな、なつめ。これでも、自力で歩くの、まだ厳しいんだぜ。手足の感覚がさっぱりだ」

「なら、とっとと布団に潜って寝てろ。休め。お前んち、今日も誰もいないんだろ」

「おー、助かる。正直、この状態で家に帰るのは無理そうだったんだわ」

「だろうな」

 溜息を吐くと、実佳が心配そうに隆哉を見る。

「隆哉……」

「そんな顔すんなって、実佳。身体が動かないだけで、特別何かあるってわけじゃないんだし」

「でも」

「それより、お前の怪我の方がよっぽどだろ。早く手当てして貰いな。俺は、お言葉に甘えて一足先に休ませて貰うから」

 そう言って隆哉がいつものように笑うと、実佳は、おずおずと、不格好に唇の両端を持ち上げた。笑おうと、頑張ったようだった。



 姉の部屋のドアを開け、隆哉の身体をベッドの上に転がして布団を被せてしまえば、仕事の一つは大体完了。

 隆哉は少々居心地が悪そうに顔を歪めている。手足の感覚が麻痺しているのが気持ち悪いらしい。

「何かあったら呼べよ」

 さすがに、さっきの今だ。警戒するに越したことはないと思いそう言うと、隆哉は思いの外軽い調子で息を吐いた。

「俺を気にする余裕があるなら、その分を実佳に回してやれって。今のあいつは、一人にしない方がいいぞ」

「……お前の目から見てもそう見えるって事は、相当だな。じゃあ、言われた通り、俺はリビングに行くけど。ほんと、無理だけはすんな」

 しっかり釘を刺した上で踵を返そうとしたその時、

「──なつめ。その前に、一つ」

 普段よりも一段低い声で、呼び止められた。動かしかけた身体を元の位置に戻す。

「俺も、そんなに記憶力に自信がある方じゃねえけどよ……。小学校の途中まで、お前に年の近い親戚はいないと思ってたんだ」

 なつめの方は見ずに、隆哉は淡々と言葉を紡いでいく。

「そんな時、〝お前の従妹〟って体で現われたのが実佳だ。言っちまえば、あいつは〝前触れなく、急に現われた人間〟だった。ガキの頃は、深く気にした事なんてなかったが、そこそこ成長した今じゃ、それが普通じゃないって事ぐらいは分かる。……それ、今回の件と関係あると思うか」

「……」

 腕を組み、思考する。

 確かに隆哉の言う通りだ。実佳は、ある日突然伯母である飛鳥が連れてきた子どもだった。成長し、自然と浮かんできた疑問は、勿論両親や姉、伯母本人にもぶつけている。

 どこから来たのか。何故飛鳥に引き取られる事になったのか。

 引き取ったのは飛鳥なのに、どうしてこの家で暮らす事になったのか。

 本当の家族は、いないのか。

 しかしそれらは全て、答えらしい答えを得られないまま、今日という日にやって来てしまっている。

「俺にも分かんねえよ」

「……まあ、そうだよなぁ」

「飛鳥さん……俺の伯母さんがここにいれば、色々聞ける事もあったかもしれないけど。あの人、仕事柄どこそこ飛び回ってるから、連絡一つ付けるのも難しいんだ」

「お前の親父さんや、祐さんは? 同じ陰陽寮の特別職員なんだろ?」

「特別職員って一言で言っても、勤務地っつーか、所属する部署がいくつかあるらしくて。父さんは確か、飛鳥さんとは別だ。一番可能性がありそうなのは、多分、祐姉かな。飛鳥さんの所属が俺の知らないうちに変わってないなら、二人は一応、同じ部署のはずだから」

「じゃあ、まず祐さんに連絡とって?」

「その後、飛鳥さんの連絡先知ってるか聞いて」

「知らなかったら?」

「……その時は、またその時に考え直しだ」

「んー……何つーか。色々厄介な事で」

「本当に、な」

 どちらからともなく、示し合わせたように同時に溜息。

 考え込んでいたところで仕方がないが、それでも、肩にのし掛かってくる嫌な疲労感は拭うどころか増えるばかり。不明瞭な事が多すぎる。

「悪い、話はそれだけ。もう実佳んとこ行って大丈夫だ。あ、それと。多分、今から朝まで爆睡してっから。俺の安眠を邪魔しないでくれ給えよ、なつめ君?」

 ころりといつもの調子に戻った隆哉は、笑みさえ浮かべてそんな事を言い、そのままごろりと背を向けた。……つまり、明日になるまで特に気にかけて貰う必要はない、といったところか。実佳の事もあり、気を遣って貰っているのは明白で、相変わらず素直じゃないと少し苦笑い。

 言葉通りに動いてやるのも癪なので、後で、枕元に飲み物と軽い食べ物でも用意しておいてやろう。

 そう決めて、なつめは

「はいはい」

 と返事をしつつ、部屋を出て、音を立てずに扉を閉めた。

完結まで予約投稿済みです。

もし

「先が気になる」

「面白い」

と思って下さったら、

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とお星様のポイントを入れて下さると幸いです。

また感想・誤字脱字報告などもお待ちしています。

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