第9話 レベルアップ
「壮馬様、命の実をお掲げくださいませ。それで色が少し回復するはずですわ」
命の実はビフロンの契約の後、さらに色が剥げ、茶色に近い灰汁色にまでなっていた。
そもそも、元の色というのが何色なのかはわからない。だが明らかに良い状態では無くなった事だけは察せられる。
その命の実を衛兵に向ける。
衛兵はどうやら絶命してしまったようで何の反応も示さない。
しばらくすると、その体から黒い細かい粒子のようなものが漂い始める。まるで黒い砂塵が舞うかのように。
黒い粒子は、徐々に黒い霧となって命の実に吸い込まれていく。
命の実は霧を吸い込み、徐々に赤さと黒さを増して行く。
それに合わせるかのように衛兵の体が徐々に崩壊し霧になっていく。
マルファスと契約した後の色である焦茶色を経て、アグレアスを契約した後くらいの色にまで戻ったのだった。
「ずいぶんと霧の量が多いですわね。先ほどの者、単なる冒険者ではないのかもしれませんわね」
足下にはまるでここが脱衣所であるかのように、衛兵の衣類と所持品だけが捨てられている。茶色い衣服に草色の兜、胸鎧、腰鎧。さらに腰に付けていた道具袋がいくつか。そして愛用の十字の槍。
道具袋を開けると、宝石がいくつかと、金貨が数枚か、銀貨が幾枚かが入っていた。
「宝石とお金か……。宝石は後で加工するって話だったけど、お金はどうしたものかなあ」
袋の口を持って下から手で支えると、中身がちゃりちゃりと小気味良い音を奏でる。
「溜めて置けばそれを目当てに来る冒険者がいるんじゃないですか? 冒険者に定期的に来てもらわないと命の実が枯れてしまうかもなのですから、良い餌だと思ったら良いじゃないですか」
マルファスの意見に、アグレアスも賛成であった。だが、ビフロンはまだいまいち現状が飲み込めていない様子。そんなビフロンにアグレアスが軽く説明を施した。
「なるほどですねぇ。あたしぃ、光が操れるんですよぅ。それでレベルを上げる事ができるんですぅ。とりあえずぅ、洞窟内をぉ、外と同じような明るさにしますねぇ!」
そう言うとビフロンは何やらごにょごにょと呪文を唱え始めた。
ビフロンの透明な体から、ふわりと白く輝く玉が浮かび上がる。その白い球に照らされて、洞窟内全体が外と変わらない明るさになったのだった。
「今はぁ、あたしのレベル的にぃ、これが限界なんですけどぉ、そのうちもっと広い範囲もぉ、照らせるようになると思いますぅ」
ビフロンとしては頑張って喋っているつもりなのだろう。
つもりなのだろうが、どうにもこの喋り方には苛々するものがある。アグレアスは額に青筋を立てて笑顔を作っているし、マルファスはギリギリと歯を噛みしめている。
先ほどの呪文の詠唱は実にはきはきと喋っていたわけだから、できればいつもあの喋り方でお願いしたいところだ。
「なあビフロン、この光ってのは、例えば洞窟内で野菜が育てられたりできるような光なの?」
ビフロンに俺はたずねたのだが、これ以上この喋りを聞きたく無かったのだろう、ビフロンを差し置いてアグレアスが説明した。
今ビフロンが唱えた魔法は光魔法の中でも、日照魔法という代物らしく、ほぼ外の明かりと同様のものと考えて良いらしい。
この日照魔法はビフロンが元々持っている固有魔法であるらしい。
各人それぞれ固有のスキルや魔法を持っていて、例えばマルファスなら建築スキルを最初から所持していた。
日照魔法だから、基本は外の明かりと同じと考えて良いらしく、マルファスに土魔法で畑を作ってもらえば、種を植えて植物を栽培したり、花を咲かせたりという事が可能になるらしい。なんなら木を植えて育てる事もできなくはない。
ただし、現状では外の環境と育つ速度が同じで、育成にはだいぶ時間がかかる。
栽培スキルというものがあり、それを固有スキルとして持つ者を呼ぶか、レベルが上がって誰かが覚えれば、植物の育成を大きく促進する事が可能になるのだそうだ。
「実はですね! あたしが土人形を操っているのって、最初にここの砦を造った事でレベルが上がって解放になったからなんですよ!」
腰に手を当て、得意気に鼻の下をこするマルファス。
だが、よくよく思い起こしてみると、レベルが上がったはずなのに、先ほどレベル一のビフロンに攻撃を難なく避けられていた。
恐らく戦闘はそこまで得意では無いのだろう。
「さっきの感じだと、ビフロンも戦闘はさっぱりみたいだから、後方で支援してもらうのが良いのかもしれないね」
『ビフロンも』と言った事で恐らく自分も戦闘では役立たずと思われたと感じ、それまでの得意気な顔から一転、マルファスは唇を噛んでうなだれてしまった。
こういう子供っぽい所は実に可愛い。
そんなマルファスを見て、アグレアスが口元を手で隠しクスクスと笑う。
どうやらビフロンも俺の発言は気に入らなかったらしい。体を山吹色に変色させている。
「壮馬様ぁ、それはあんまりですぅ。あたしはまだレベルが低いだけでぇ、さっきのやつとだってぇ、同じレベルだったらぁ、遅れは取りませんでしたぁ!」
左右に伸ばした二本の突起をこちらにツンツンと突き出しながらビフロンは抗議する。この仕草も本当に可愛い。
まだ仲間に入ったばかりなのだからやむを得ないと言って、マルファスとビフロンと傷をなめ合った。
レベルかあ。
ゲームみたいに、この世界にはレベルがあるのか。
「とすると、先ほどの感じ、アグレアスはかなりレベルが高いって事なのかな? さっきの鞭の技、凄かったもんな」
すると何故かアグレアスは頬を桜色に染め、ビフロンの寝床を作らないとと言って、そそくさと部屋へ戻って行った。
その姿をマルファスが目を細め冷たい視線で見送る。
「なあマルファス、さっきから言っているレベルってどういう事なんだ?」
いつもの大きく丸い眼でこちらを見て、マルファスはレベルは自分たちの強さを表す基準だと説明。
現在アグレアスが十一、マルファスが五、ビフロンは一。
レベルは固定ではなく、このダンジョンというか、俺への貢献によって上がるらしい。
レベルが上がれば純粋に基礎能力が上がり、魔法の威力が上がったり、それまで使えなかったスキルや魔法が使えるようになったりする。
マルファスの『土人形創造』のように封印されている能力が解放される事もある。
襲撃してきた草色の鎧の衛兵にもレベルがあったのだが、わずか三であった。
残念ながら俺にはレベルは無いらしい。だが命の実にはレベルがあり、先ほどの衛兵を吸い上げた事でレベルが五から九へと上昇している。これによって維持できる仲間の人数が増えている。
各人のレベルが上がると維持に必要な魔力も増えてしまうので、その辺りの見極めが非常に重要だとマルファスは言う。
「へえ。アグレアスって最初からそんなにレベルが高かったんだ。どうりであれやこれやとできるはずだわ」
俺の感想を聞き、マルファスが目をぱちくりさせる。
その反応、どうやら何か俺は思い違いをしているらしい。
「あの壮馬様、ビフロンやあたし同様、アグレアスも最初はレベル一だったはずですよ? そもそもあいつは、レベルが低いうちは地水火風の魔法を申し訳程度に使えるだけで、鞭がメインの武闘派ですけど?」
つまりアグレアスも、一昨日、小屋で黒い霧が伸びた時にレベル一で仲間になったという事になる。
じゃあ何でそんな十一なんていうマルファスの倍以上のレベルになっているのだろう?
もしかして草色の鎧の衛兵の止めを刺したから?
その疑問にマルファスは可愛く首を横に傾けた。
「確かにさっきレベルは上がりましたよ。でも一だけですよ。そもそもあたしが仲間になった時、あいつのレベルはすでに十だったんですよね。いったいあいつ、あたしが来る前に壮馬様にどんな奉仕をしたのやら」
そう言ってマルファスは再度目を細め、冷たい目でアグレアスのいる部屋を睨むように見た。
マルファスが『奉仕』という言葉を使ったせいで、アグレアスのレベルが上がった原因に気が付いた。
恐らくは、あの日の夜の出来事だ……
だがその事は絶対に口にするわけにはいかない。言えば毎日とっかえひっかえ誰かしらを相手にしないといけなくなるから。
「なあマルファス、俺にはそのレベルってのが見えないからさ、誰かレベルが上がったら教えてくれよ」
ぴしっと右手を額の横に当て、「了解」と言ってマルファスは敬礼した。
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