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第8話 最初の襲撃者

 ぬるぬるとしたゼリー状の体をぷるぷると震わせながら、スライムのビフロンが食卓までやってきた。その後ろには、まるで看守かのようにマルファスが付いている。


 食卓についたアグレアスもマルファスも、非常に冷たい眼差しでビフロンを見ている。刺すような眼差しと言っても過言では無いかもしれない。


「さあ、ビフロン。どういう経緯で壮馬様を襲おうとしたのか、あなたの弁明を聞かせ願おうじゃありませんか」


 抑揚の無いアグレアスの声は何とも言えない凄みを感じる。凛とした美しい顔からは全く表情とうものが感じられず、ただただタンポポのような黄色い瞳が冷たくスライムを見つめている。


「あのぉ……ですね。人違いだったんですぅ。実はぁ、ここに来るまでにぃ、あたし襲われててぇ。それでぇ、川に逃げて休んでたらぁ、マルファスに瓶に入れられてしまったんですぅ。ひと眠りしたらぁ、目の前にぃ、また人がいてぇ……」


 ぷるぷると身を震わせながら、何とも間延びしたような喋り方でビフロンは言い訳を始めた。


 ……ただその、何と言うか、この喋り方はどうにも。

 どうやらそう感じたのは俺だけじゃないらしい。膝の上に置いているアグレアスの手が固く握られるのが見える。顔を見ると平静は装っていた。だが額に太い血管が浮きあがっているのがはっきりと見える。

 マルファスを見ると、並びの良い歯を強く噛みしめてビフロンを凝視している。ギリギリという音がここまで聞こえてきそうである。


 まだ釈明を続けようとするビフロンに、アグレアスは机をパンと両手で叩いて制止した。どうも苛々が限界に達してしまったらしい。

 ……マルファスが来てからというもの、徐々にアグレアスは色々と本性が隠しきれなくなっているように感じる。気が短くて、嫉妬深いという本性が。


「ああ、もう! あなた、もっとハキハキ喋れませんの! はあ、苛々する! ようはその何者かに襲われて逃げていたら、また似たような人が現れたと思って壮馬様を襲ったという事ですのね。何って情けないのかしら」


 アグレアスに罵声を浴びせられ、小さく丸くなって震えるビフロン。

 何だろう、どうにもマスコット感がする。ビフロンの今の姿を見ていると、手の平の上でコロコロ転がして遊びたい衝動にかられる。


「だけどアグレアス、こいつが来たって事は壮馬様は光を選んだって事だよね。野菜かあ、あたし野菜よりお肉が良かったなあ」


 膝を組み、両腕を頭の後ろに回して、マルファスは少しがっかりしたような口調でビフロンに向かって言った。

 ゼリー状の体からビフロンは角を二本出してマルファスを威嚇。何というか、その仕草ちょっと可愛い。


「マルファス、あなたねえ、壮馬様の御意思が不満なんですの? それならわたくしがお相手してさしあげても構いませんことよ?」


 すんと表情を消し、アグレアスはマルファスを威嚇。それにマルファスが何やら反論しようとした時であった。長くて細い人差し指をアグレアスは口に当て、しっと言って黙らせた。


「……どうやら最初の襲撃者がやってきたようですわね」


 極めて小さな声でアグレアスは二人と一匹に報告した。

 すぐにビフロンが窓に向かってぴょんと飛び跳ねる。俺もマルファスと共に別の窓に向かう。アグレアスもビフロンのいる窓から広間を注意深く見つめている。


 洞窟入口から広間に向かう通路、その先に虎口こぐちというちょっとしたスペースがある。虎口は向かって右側、部屋とは逆方向に出口があり、広間も部屋も見えない間取りになっている。虎口を出て、細い通路を通るとその奥に広間が広がっている。


 洞窟に入ってくる通路、そこに誰かが入って来たらしく、コツコツという足音が洞窟の壁に反響してここまで響いて来た。


 その人物は通路を過ぎ、土塁の切れ目から虎口に入った。通路で大人しく引き返せば間違いだったという事にもなるのだろうが、そこまで入り込んだという事は、すなわち侵略者という事になる。


「ああ! あいつですぅ! あたしをモンスターだ、討伐だって言って襲ってきのはぁ!」


 十字の槍を構え、幅広の独特な形をした草色の兜をかぶり、同じく草色の胸鎧を身にまとった男。ぱっと見ではどこかの衛兵のように見える。

 腰にも草色の短い腰鎧を身につけている。面長の顔、兜から零れる髪はすみれ色。

 注意深く槍を構え、徐々に徐々にこちらに向かってきている。


「ならば、さっさと追い払ってらっしゃいな。あなたのお相手なのでしょう?」


 ビフロンから目を反らしてアグレアスが冷たく言い放つ。


「へ? あたしだけでやるんですかぁ? あいつぅ、あんな見た目ですけどぉ、もの凄く強いんですよぉ?」


 ビフロンも必死に抗議するのだが、アグレアスには全く響いていない様子。


「負けたら骨くらい拾ってさしあげますわよ。あなたに骨があるのでしたらね」


 スライムの体に骨があるのかという意味でアグレアスは言ったのだろう。

 だが、どうやらビフロンはそれを根性無しと言われたと取ったらしい。


 その一言が怒りを買ったらしく、ビフロンは体色を山吹色に変えた。無言でぴょんと広間に飛び出して行ってしまったのだった。



「やはりここはモンスターの巣であったか! 悪しきスライムめ! この槍の錆びにしてやろう!」


 槍を構え、衛兵は雄叫びと共にビフロンに向かって駆けて来た。


 一突き、二突き、三突き。瞬時に三度の突きを放つ衛兵。

 ビフロンもフニフニと体の形を器用に変えながら突きを避ける。

 だが三突き目で十字の槍の横の鎌が当たってしまい、体の一部が千切れ飛んだ。


「さあ、どうした! 避けてばかりか?」


 衛兵がビフロンを挑発する。


 ビフロンはどこからか棘の付いたサックを取り出し、本来は手を入れる隙間に自分の体を入れ、衛兵を殴りつけようとする。

 だが衛兵は上体を反らして楽々と避けてしまった。それどころか逆に槍を横薙ぎにしてその体を千切ってしまったのだった。


 カランコロンと音を立て、サックが地に転がる。


 サックを拾おうと体を伸ばしたビフロンだったが、その伸ばした部分に槍を突き入れられ、さらに体を千切られてしまった。


 衛兵が槍を突き出す毎にビフロンの体は小さくなっていき、もはや元の半分ほどの大きさしかない。

ぷるぷると体を震わせ、恐怖で体色を藍色に染めている。


とどめだ!」


 衛兵がビフロンの本体に槍を真っ直ぐ突き入れる。

 だが、その槍はビフロンに当たる寸前で停止した。


「全く、なんですの、その体たらくは? たかがこの程度の相手にここまでされるだなんて。あなたって、そんなにへなちょこなんですの?」


 アグレアスが手にした鞭が衛兵の右手首に巻き付いて、その動きを止めさせている。

 衛兵が振り返ると、アグレアスは鞭を手首からほどく。

 さらに鞭を躍らせ、パンという小気味良い音を立てて鞭の先が衛兵の鼻先を殴りつけた。


 衛兵の鼻からぽたりと紅の雫が垂れる。


「何者だ、きさま! このスライムの飼い主か!」


 槍を構え直し、衛兵はアグレアスに穂先を向ける。


「だとしたら、どうなさるおつもりなんですの?」


 アグレアスは小刻みに鞭を振り、蛇のようにうねらせている。


「魔物は、退治だ!」


 数歩前進し、衛兵は槍をアグレアスに突きつける。

 だがその槍はアグレアスには届かなかった。それより先に蛇がのたうつように鞭が向かって行き、男の股間を守る防具の隙間を強打したのだ。まるで蛇が男の股間に食らいついたかのように。


「ぐ……がが……」


 ギリギリと音を立て衛兵は歯を食いしばる。痛みで槍を落とし、両手で股間を押え膝から崩れ落ちる。うまく息ができないようで脂汗がダラダラと幾筋も流れる。


 アグレアスがくいと鞭を引くと、鞭はまるで生きているかのようにアグレアスの足下に戻ってのたうち始める。


 片膝立ちになり、衛兵が何とか槍を杖に立ち上がろうとする。顔面は蒼白、脂汗がダラダラと滴り落ちる。


「鞭術 蛇走り!」


 アグレアスの鞭が再度衛兵に向かって行き、無常にも立ち上がろうとして少し開いた股間に潜り込んで飛び跳ねた。

 もう声すら発する事ができず、口から血混じりの泡を吐いて、衛兵はその場にうつ伏せに倒れてピクピクと痙攣を始めたのだった。


 極めて冷静に鞭を衛兵の首に巻き付け、アグレアスは容赦なく捻り上げていく。

 間もなく痙攣は止まり、衛兵は全く動かなくなった。

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