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第7話 スライムのビフロン

 この世界に来て二日目の夜が訪れた。


 松明の灯りを消し、ごく自然に薄着になって隣のベッドに横になったアグレアスを離れたベッドに追いやり、かなりぐっすり寝た。

 この世界に来て、右も左もわからない状態で、ただただ流されるままに洞窟に来る事になり、正直精神的疲労が尋常ではない。


 当たり前の話だが、洞窟内で灯りといえば松明だけで、とにかく薄暗く、今が何時なのかすらわからない。このままだと気が滅入ってしまいそう。


 土のベッドは寝心地が悪く、木に絡みついていた蔓を乾燥させて編んだとアグレアスが言っていた枕も、硬くて非常に心地が悪い。

 アグレアスは中々に器用で、土を盛っただけのベッドと思っていたのだが、それは外側だけで中央部分は軟らかい砂となっている。その上に布が敷かれており、なんとなくだがウォーターベッドに寝ている感覚に襲われる。

 ただし、布団と違って寒い……



 真っ暗な中、ゆっくりと夢の世界から戻って来た。

 真っ暗なので何が何だかよくわからないのだが、何かが寝床に置かれているような気がする。

 何だろうと触ってみると、温もり程度に暖かい。ほのかに牛乳のような香りがする。しかも軟らかい。

 この軟らかな薄いパットのようなものは何だろう?


「ゃあん……」


 ゃあん?

 ……ま、まさか。


「ちょ、アグレアス! 自分のベッドで寝ろって言っただろ!」


 すると少し離れたところから物音が聞こえてくる。


「ふぇ? どうかなさいましたか壮馬様……」


 え?

 これがアグレアスじゃないとしたら、いったい?


 むにゃむにゃと呪文を唱え、アグレアスが松明の一つに火を点けると、ぼんやりと部屋の状態が見えてくる。

 薄暗くてはっきりとはわからないが、離れたベッドの近くに刺さった松明の近くに人がいる。華奢な体、真っ直ぐで長くて美しい髪、そして端正な顔、寝ぼけ眼ではあるものの間違いない、アグレアスだ。

 下着一枚で寝ていたようなのだが、その下着が際どくて目のやり場に困ってしまう。


 考えてみれば、先ほど嗅いだ牛乳のような香りはアグレアスのものとは異なる。アグレアスはもっとシトラスのような爽やかな香りであった。


 ではこの隣の軟らかいものはいったい?

 ここまでちゃんと灯りが届いていないので、ぼんやり薄っすらとしか見えないのだが、それが人である事だけはわかる。それも女の子。着ている衣服は上下ともにかなり布面積が少なく、ほぼ下着のそれ。


 二つ目の松明にアグレアスが火を灯したところで、ここにもそれなりに明かりが届いた。

 アグレアスの方を見ると、こちらを見てわなわなと震えている。


「この娘、誰だろう? どっから迷い込んできたんだろう? もしかしてこの娘が侵略者なのかな?」


 口を真一文字にしたアグレアスが、俺の隣で気持ちよさそうに寝ている少女を睨みつけている。その拳は固く握られ、腕はプルプルと振るえている。


 少し明るくなった事で隣の少女は目を覚ましたらしい。

 目をこすりながら身を起こした。


「ほわぁぁ。もう朝れすか?」


 この声、ま、まさかマルファス?

 嘘だろ?

 だって昨日、お前カラスだったじゃん!


 ぺたぺたと足音を立てて、鬼の形相でアグレアスが近づいて来る。

 おもむろにマルファスの顎をむんずと掴む。


「マルファス! これはどういう事ですの? ちゃんと説明してちょうだい。昨晩あなた、壮馬様に何をなさったんですの?」


 アグレアスは完全に目が座ってしまっていて、声も低く、異常な威圧感を感じる。

そんなアグレアスの手をマルファスはぱっと払いのけ睨みかえす。


 ……何で俺は朝からこんな修羅場を迎えなくてはいけないのだろうか?


「なんですか? 添い寝してもらったらいけないんですか? 良いじゃないですか! あたし昨日頑張ったんですから、これくらいご褒美もらったって」


 両の頬をぷくっとふくらませてマルファスは抗議する。

 この背筋がピリピリするようなアグレアスの強い圧にも全く動じている様子が無い。

 松明に照られたマルファスの顔は、目が大きく少し丸顔で童顔そのもの。背も小さく細身でどこか幼さが残る体形。見た目だけなら、アグレアスの年の離れた妹のように見える。


「まあまあ、アグレアス。確かに昨日のマルファスはよく頑張ったよ。だから、この事は大目に見てあげよう、ね」


 そう言って宥めると、こちらをちらりと見て、口をギュッと結んでアグレアスは俯いてしまった。

 そんなアグレアスを見て勝ち誇ったような嬉しそうな顔をするマルファス。


 ……いや、お前のその居直り方も、俺はどうかと思うよ?


「というかマルファス、とりあえず俺のベッドから出てくれないかな。それと、明日からは絶対に俺のベッドに勝手に入り込むんじゃないぞ」


 少し強めの口調でマルファスを注意すると、アグレアスは少し機嫌を直した。

「えぇぇ」とマルファスは抗議の声をあげたのだが、俺がぷいと顔を背けると、反省してしゅんとしてしまった。



 それを見て少し機嫌を直したアグレアスは、一旦部屋から出て行った。戻って来ると朝ごはんを作りますねと言ってかまどの方に向かって行った。

 部屋から出た時は、ほぼ何も隠せていないんじゃないかと思えるほどの際どい下着姿だったのだが、帰って来た時にはいつもの膝丈のワンピースに、サマーカーディガンという服装になっていた。


「ささ、朝食をお作りいたしますから、壮馬様もマルファスも顔を洗ってきてくださいな」


 アグレアスに促され、マルファスと二人、言われるがままに部屋から外に出て、昨日マルファスの土人形が水を汲んで来てくれた土瓶を手に取る。

 すると、マルファスがつんつんと俺の腕を突き、壁に引っかけられている土瓶を指差す。

 これを肘で傾けると水を手に取りやすいとマルファスは教えてくれた。


 何もこんなに高いところに縛らなくても良いのにと、ぶつくさ言いながらピョコピョコ背伸びをして顔を洗うマルファス。

 先ほどまでの上下下着だけという格好から、いつの間にやら半そでの白のブラウスに黒のキュロットという姿に着替えていた。

 肩までの長さの漆黒の髪がさらりと揺れる。


「どうかしましたか? あたしの顔に何かついてます? あ! もしかして涎の痕付いてたりします?」


 見た目が違いすぎて戸惑うが、間違いない、この感じ、マルファスだ。


「いや、急に女の子の姿になったものだから、ちょっとびっくりしててね」


 そう言いながら土瓶を肘で傾ける。

 ところが水が出てこない。

 土瓶の出口に手を当て入口を下に向けると、なにやらぬるぬるしたものが出てきた。


「う、うわぁぁぁぁ!」


 叫び声をあげ、ぬるぬるしたものを払いのけると、それを見て即座にマルファスが俺の前に立った。

 ぬるぬるしたものは生き物のように体を所々尖らせて、こちらを威嚇している。

 このモンスターは知っている、スライムだ!


 スライムは小刻みに動きながら、こちらに向かって飛び掛かろうとしている。

 鉄球を鎖で結んだ棒――モーニングスターを手にして、鎖部分をくるくる回しながらマルファスはスライムを威嚇している。


「壮馬様、部屋に戻って命の実を取って来てくださいませんか。それとアグレアスを呼んでください。このスライムは仲間になる者じゃないかって思うんです」


 わかったと言って部屋に戻ろうとする俺にスライムが襲い掛かる。

 マルファスがモーニングスターを振ると、スライムは体の形状を変えて鉄球を避けて、元の位置へと戻った。


 どうやらマルファスの指示が聞こえたようで、アグレアスが命の実を持って部屋から飛び出してきた。

 命の実を受け取ると、細く黒い光線がスライムに向かって伸びて行く。


「ぎゅ……ぎゅい……はぅあ……」


 黒い光線が消えると、スライムはその形を崩してしまったのだった。


 このスライムが本当に仲間なのだろうか?

 どう見てもモンスターだったのに。

 ……というか、形崩れちゃったけど大丈夫なのか?


 まるで落ちた物をゴミ箱にでも捨てるかのように、アグレアスがスライムの欠片を乱雑に土瓶の中に放り込んでいき、魔法で水を注ぐ。

 ふうと吐息を漏らして、マルファスも手にしたモーニングスターを消した。


「ぷはあ、生き返るわあ。酷いじゃないのぉ! いきなり物騒な物で殴ろうとするなんてぇ!」


 スライムに小さく丸い瞳が開き、同じく小さな口が開く。その小さな口から何とものんびりした声が飛び出して来た。

 マルファスの額にピキピキと青筋が走る。


「ビフロン! 壮馬様を襲おうとしたあんたが悪いんでしょうが! 壮馬様に傷一つでも付けてみなさい、裏切者として灼熱の溶岩に放り込んで丸焼きにしてやるんだから!」


 マルファスの恐喝にビフロンは恐怖しているようで体色を水色にしているのだが、プルプルと震えていて何とも愛らしく感じてしまった。

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