第6話 次の仲間は誰に
入ってすぐ探索終了という驚くほど簡素なダンジョンができあがったところで、アグレアスの家から持ってきた物を部屋に運び入れた。といっても大量の土瓶と大きな行李が二つだけだが。
実はあの小屋、寝床も机も椅子も土を盛って布を被せてあっただけだったし、よく見たら鍋も土鍋だった。
限りなく石器時代のような生活をアグレアスは送っていたという事らしい。
手に持っていた松明を部屋の入口の外に差し込んで、アグレアスは新たな松明に火を灯す。
部屋の中はガランとしており、ただ空間を作っただけという感じであった。
これでは少し不便ですねと言って、アグレアスはゴニョゴニョと呪文を唱え、寝床と机と椅子を作り出した。
さらに同様に呪文を唱えて部屋の隅に竈を作成。
また、これでは殺風景だと言って壁に穴を開け、持ってきた窓枠となる枝をはめていった。
ごく当たり前のようにベッドを隣り合わせにするアグレアスに、一抹の不安を覚える。
そこまで終わると、手をもじもじさせてこちらをチラチラと見ている。
何か言いたげなのはわかるのだが、何も言わないから良くわからない。
するとマルファスがアグレアスの背後で、嘴でアグレアスを突く仕草をし片方の羽を広げた。
そのマルファスの動きで全てを察した。
「す、凄いやアグレアス。これで当面の生活のスペースには困らないね」
そう言ってアグレアスの頭を撫でる。
耳を真っ赤に染めたアグレアスは、胸の前で手を組んで、ぷるぷると身を震わせ全身で嬉しがった。
……なんだろう。なんだかどっと疲れた。
寝床や机、椅子に布を敷いたところで、アグレアスに座ってもらいマルファスに机に乗ってもらった。
アグレアスの話によれば、命の実の状態を考えると、現状で呼べそうな仲間はあと一人呼べるか呼べないかというところらしい。
どのような仲間が呼べそうかとたずねると、それは壮馬様が望まれた者が来る事になっているという回答。
いったい、どういう意味なのだろう?
とりあえず簡易ではあるが当面住むスペースはできた。
そうなると次は食料だろう。
「食事ですか。必要となるのは、獣肉、魚、野菜、キノコといったところですわね。このダンジョンの中で現状何とかなるものといえば、キノコくらいですけど、そのためにはできれば水を操る者が欲しいところですわね」
確かに何をするにも水はいる。
外のせせらぎをダンジョンに引いて来るというような事はできないかとマルファスにたずねたのだが、マルファスは黙ってしまった。
大地の魔法を操るマルファスに水を操れというのは少し酷な話だとアグレアスは擁護した。
大地、水、火炎、風、アグレアスはその全てをほんの少し操る事ができるのだが、マルファスはそうではなく、大地の魔法に特化しており、他の魔法は使えないのだそうだ。
ある程度はアグレアスの魔法と知識で乗り越えられる。だが、それはあくまである程度。
ゆくゆくは専門的な仲間を増やして、便利さを追求しながらダンジョンを立派にしていくのが良いと思う。
「ですので、しばらくはわたくしの知識でしのぐのが良いと思うのです。ほら、わたくしはあの家で長く一人で生活してまいりましたから」
……家というか小屋な。
「それは嬉しいんだけど、それでもまずは水を引かないとだろうね。こうして会議をしようにも、飲み物も出せないというのは寂しいからね。このダンジョンに清水を引けると嬉しいかな。顔を洗ったりもできるし」
そう言うのだが、どうにもアグレアスは乗り気じゃないらしい。
飲み物なら自分が魔法で用意できるし、さらに水が欲しいならマルファスの土人形に汲みに行かせれば良いと指摘。
そんなアグレアスにマルファスは欠伸をして無言の抗議をしている。
「アグレアス、一つだけ聞いておきたいんだ。冒険者の襲撃はいつあるんだい? できればその規模も知りたい。それによっては早急に仲間を集める必要が出てきてしまうと思うんだよ」
その質問にアグレアスは沈黙だった。
どうしてこんなに頑なに仲間が増える事を拒むのだろう?
どちらにしても仲間が増えない事には先に進めないと思うのだが。
アグレアスの態度に小さく吐息が盛れる。
堪りかねてマルファスが口を開いた。
「壮馬様、アグレアスは単に壮馬様の寵愛を独り占めしたいだけなので気にしないで良いと思いますよ。それと冒険者の襲撃ですけど、あたしもアグレアスも予知の力を持ってないです。いずれはそういう者も入ってくるかと」
マルファスに感情を暴露され、アグレアスはキッと睨みつけた。
ぷいと顔を反らすマルファス。
こちらをちらりと見て、アグレアスは少しバツの悪そうな顔をする。
「あの……今日はマルファスを仲間にしたのですから、これ以上は止めておいた方が無難だと思うのです。命の実の魔力が枯渇してしまったら元も子もありませんわ。拠点ができた以上、これからは、壮馬様の心の求めに応じて向こうから誰かしらやってくると思いますから……」
眉をハの字にして、申し訳なさそうにアグレアスは言うのだった。
……寵愛ねえ。
寵愛も何も片やカラスだぞ。
カラス相手にいったい何があるというのだ。
「わかったよ。今日はアグレアスの意見に従うとしよう。焦ったって仕方ないもんな……ん? なんだ?」
そこまで言ったところで突然部屋が暗くなった。
どうやら室内に掲げていた松明の一本が燃え尽きて床に落ち、火が消えてしまったらしい。
他にも燃え尽きてしまった松明があり、松明はもう残り一本となってしまっている。
急いで呪文を唱えて松明に火を灯し、アグレアスはそれを壁の穴に差し込んでいく。一本、二本、三本と壁に差し込んでいくと部屋はかなり明るくなった。
「ではわたくし、夕飯の用意をいたしますわね。マルファスは明るいうちに、お水を汲んできてちょうだいな」
弾むような足取りでアグレアスは竈へと向かって行った。なんとなくだが機嫌が元に戻ったように感じる。
そんなアグレアスの背に向かって、マルファスは舌をべっと出した。その後、俺の方を向き、嘴を大きく広げ、元気に行ってきますと言うと、空の土瓶をいくつか咥えて部屋を出て広間へと飛んで行った。
アグレアスは昨晩と同様に、竈に薪をくべて呪文を唱えて点火。竈に土鍋を置き、呪文を唱えて水を入れて、風魔法で刻んだ肉とキノコを煮込んでいく。最後に何か調味料を加えて味を調えた。
暫くすると、先ほどの六本腕の土人形が水を一杯に入れた土瓶を持って、マルファスと共に帰って来た。
土人形がその場に瓶を置くと、マルファスはご苦労様と労う。
すると土人形は広間の端に行き、また土の山に戻ってしまった。
漫画やゲームではよく魔法やら呪文やらスキルやらと目にするが、実際に目の当たりにすると何とも不思議な感覚に感じる。新鮮と言うか、だまし絵を見せられているみたいというか。
土鍋を机の上に置いたアグレアスは、素焼きの器に料理をよそいながらぽつりと呟いた。
「確かに、これからは、この洞窟の中で野菜を栽培したり、家畜を飼育する事も考えていかないといけませんわね。その為には光を操れる者が必要となりますわね」
そう言ってアグレアスは俺の方をちらりと見た。
あれも必要、これも必要。つまりは圧倒的に人材が不足しているという事になるのだろう。
匙を手に一口料理を口にする。先ほど最後に入れていたのは味噌だった。
恐らく自分で大豆を育て、自分の中の知識によって、アグレアスはこれを完成させたのだろう。つまりはこれだけの知識が彼女にはあるという事なのだ。
今は彼女の意見に従っていた方が良いのかもしれない。
「美味しいよ、アグレアス。君に最初に出会えて本当に俺は幸運だったと思うよ」
その言葉にアグレアスは頬と耳を桜色に染めて俯く。
浅黄色の美しい髪がさらりと前に垂れ、そんな恥じらいの表情を覆い隠した。
アグレアスに会えた事が好運だったと思う気持ちに偽りはない。
感謝もしている。
だが、それと夜を共にするというのは別の話だ。
ごく普通に二つ並んだ寝床で二人で寝ようとするアグレアスを追い出して、離れたベッドで寝るように指示し、俺は一人で眠った。
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