第5話 ダンジョンに砦ができた
「アグレアス、一つ気になっている事があるんだ。先ほど君はこの玉に力を満たすのは、ダンジョンに来る『侵略者の排除』だって言ったよね。いったいこの命の実の中身って何なの?」
命の実というザクロの形をした玉をアグレアスに見せる。
黒くくすんだ玉を見てアグレアスは眩しそうな顔をする。
「この命の実の中に満ちているものは壮馬様の魔力ですわ。煙のようなものが見てとれると思うのです。それが壮馬様の魔力なのですわ。壮馬様には魔法は使えませんが、その魔力によって、わたくしたちを使役できるのです」
今、大きな支配力を必要とする私とそこそこの支配力を必要とするマルファスを使役したので、その分魔力を消費してしまった。
だから煙が薄くなって少し色が薄くなってしまったように見えるのだとアグレアスは説明した。
”この玉が輝いた時、そなたの城は終わります”
ザクロ型の玉を両手で挟みこすりあげる俺を、アグレアスはその端正な顔で見つめる。
「つまりは、君たちに力を貸してもらえるようにするためにも、定期的に冒険者を呼んで排除しないといけないって事なのか」
聞いている限りでいえば、その仕組みはいわゆるタワーディフェンスというやつだろう。
瞼を一度閉じアグレアスは薄目を開けてじっと玉に視線を送る。
「その通りですわ。壮馬様にとっての魅力的なダンジョンではなく、冒険者にとって魅力的なダンジョンを作らないといけないという事なのです。最終的にそのダンジョンの雰囲気が壮馬様の好みと一致するのであれば、それが一番幸せな事かなとは思いますけれど」
まずはマルファスが作っている砦を見て、それからじっくりと今後の事を考えたらどうでしょうかとアグレアスは微笑んだ。
命の実をじっと見つめていると、アグレアスがパンと手を叩いた。
「壮馬様、そろそろお引越しの準備をいたしませんか。荷物がそれなりにありますから、マルファスの作業が終わったら運び出してしまいましょうよ」
アグレアスに促され、土を固めた椅子から立ち上がり、小屋の中を見渡して行く。
いったいここにどれだけ住んでいたのだろう。地面に直接置かれた瓶には泥がびっしりと付いている。
部屋の隅に並べられた瓶の中は、かなり昔に漬けたと思しきキノコ酒。
アグレアスに指示されるままに行李に色々と荷物を詰めていった。
ある程度荷物をまとめ終わったところでマルファスが帰って来た。
バサバサと飛んできたマルファスは、窓の格子を嘴でコンコンと突いて帰宅を知らせた。
「壮馬様! 先ほどの図面を元に、最初のダンジョンを作ってまいりましたよ。中々に良い出来だと思います。ささ、行きましょう!」
二人を先導して早くダンジョンへ向かおうと、マルファスはパサパサと羽をせわしなく動かしている。
引っ越しの荷物をまとめはしたものの、これをどうやって持って行こうかと悩んでいた。
すると荷物の山に気付いたようで、マルファスは嘴で地面をツンツン突いていく。
何やらゴニョゴニョと呪文を唱えると、地面がもこもこと盛り上がり、細マッチョな感じの土人形が出来上がった。土人形は腕が六本あり、荷物をひょいひょいと持ち上げ、全て抱え上げてしまった。
……魔法って便利なんだな。
アグレアスの小屋からすると、入口はかなり山の麓の方であった。
その入口はまるで鉱山のそれ。ただ半円の坑道が掘り進められているだけ。
その坑道を突き進んでいくと左右に深い空堀が掘られている。その奥に広い広場が作られていた。
「いかがですか、壮馬様! あたしは土を掘る事しかできませんけど、たぶんこれで土台はできてると思うんですよね」
非常に広い空間に舞台のように四角い部屋ができあがっている。
天井がとても高い。
だが、それだけで他に何も無い。これではまるで山の中に掘った貯蔵庫である。
「これ、かなり掘ったと思うんだけど、これだけのエリアを作った土砂はどこに行っちゃったの?」
カラスのマルファスは首を右に左にクイクイと動かす。
まるでマスコットのようで実に愛らしい。
「さあ。どこ行っちゃったんでしょうね。土の魔法で消し飛ばしてしまったのでよくわかりません。キラキラ光る石やら鉱物やらは、あっちにまとめておいてありますけど」
どれどれとマルファスが避けていた鉱石を見に行く。
まあまあの量の石ころの山。
よく見ると、確かに何かの宝石の原石っぽい綺麗な色の石がまとめて置かれている。それとその横には銀色の輝く石と、青白く輝く石。
「これは小さいですけど水の宝石と火の宝石ですわね。それとこちらも少量ですけどミスリル銀、こちらはオリハルコンかしら。後々彫金師や鍛冶師を呼んで加工してもらう事といたしましょう」
そう言って微笑むアグレアスにマルファスが不満そうにグワグワと鳴き声を発する。
「えぇぇ! それはあたしが見つけたんですよ! 全部取り上げる事ないじゃないですかあ。あたしだって宝石欲しいですぅ」
抗議するマルファスをアグレアスは冷たい目で睨む。
「ここにあるものは壮馬様のものですよ。これに手を付けてごらんなさい。裏切者としてわたくし自らの手で処断いたしますからね!」
アグレアスの冷たい声にマルファスは恐怖で震えた。
「これらは加工すればより価値が上がるのです。あなたが真面目に奉仕なされば、その際には、きっと壮馬様が何かを賜ってくださると思います。その日を楽しみになさいな」
ニコッとアグレアスが微笑むと、マルファスは後ずさって俺の後ろに隠れた。
マルファスに向けていたどこか冷たい笑顔ではなく、いつもの温かい笑顔でアグレアスは俺に微笑みかける。
……昨晩までのアグレアスの清楚なイメージが徐々に崩れていくのを感じる。
ガランとしたただ広いだけの空間をぐるりと仰ぎ見る。
これでは砦というより洞穴である。
「これだと生活もできないし、防戦もままならないな。できれば迎撃のエリアと生活のエリアはちゃんと区切っておきたいね。それと、門も欲しいし、柵も欲しい」
そういう事ができる人がいると良いのだけどとアグレアスに言うと、そういう事を得意とする者がいる事にはいるとアグレアスは言った。
だがその顔は細い眉がハの字になっており、かなり悩まし気である。
「いるのはいるのですけれど、今の壮馬様の魔力だと、それ以上の者はしばらく呼べなくなってしまいますけど大丈夫でしょうか? 差し出がましいようですけれども、わたしくはもう少し毛色の異なる者を呼んだ方がと思うのですれど」
建築関係ならマルファスがいるのだから、当面はマルファスに簡単な建物を作らせて、呼ぶのであればもっと別の事、例えば光や水を操る事を得意とするような者を呼び寄せた方が良いのではとアグレアスは提案した。
その提案は実に説得力がある。だが、先ほどのマルファスの話では、この辺りが限界という事だったような?
背後のマルファスに視線を移すと、マルファスは明後日の方に顔を向けている。
この感じ、さっきの報告は嘘という事か。
「いえ、その、嘘をついたわけじゃないんですよ。あたしはその……土でしか建物が作れなくてですね……それで、その……」
俺とアグレアス、二人からじっと見つめられ、マルファスはついに観念した。
「わかりました、わかりましたよ! やれば良いんでしょ。不出来でも文句言わないでくださいよ」
嘴で地面を突き、ゴニョゴニョと呪文を唱え、マルファスは広間の入口側に綺麗に土塁を盛って行く。
さらに広間の壁に向かってゴニョゴニョと呪文を唱えて入口を作り、その先に生活スペースとなる部屋を作った。ただし部屋の中はガランとしている。
「うわっ! マルファス凄いじゃん! ちゃんと砦っぽくなってるよ!」
マルファスの羽を優しく撫でると、マルファスはクエックエッと少し甘えた鳴き声を発した。
俺の隣でアグレアスが怖い目でマルファスを睨んでいたが、マルファスは懸命に顔を背けた。
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