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第4話 カラスのマルファス

 食事を終えると、アグレアスがどうにもそわそわし始めた。

 最初はトイレでも我慢しているのかと思っていた。だがそうでは無かった。食事を終えるとアグレアスは何の躊躇も無しに外のトイレに向かった。


 陽が落ち、アグレアスが火の魔法で松明を燃やし、それを土壁の空いた穴に差し込んだところで、やっと何をそわそわしているのかがわかった。

 ベッドが一つしかないのだ。


「いや、俺は地面に布敷いて寝るから! そんなわけにいかないから!」


 もじもじしているアグレアスから、じりじりと距離を取った。

 だが、いかんせん家そのものが狭い。家の壁伝いに逃げているだけになっていく。

 そうこうしているうちに、不意に何かに躓いて尻もちをついてしまった。見るとそこはアグレアスのベッド。


 ま、まずい!


 もじもじしながらも、顔に微笑みを湛えてアグレアスは近寄って来る。


 ……なぜ今、松明の火を魔法で消した?


 ふわりという感じでアグレアスは俺に抱き着いた。勿忘草色の長い髪がこちらに垂れ、何とも言えない良い香りが鼻腔をくすぐる。


「本当にお嫌なのでしたら強要はいたしません。だって、わたくしは壮馬様の……」


 さすがにここまでされて、無碍に振り払えるほど俺は朴念仁じゃない。そこから先は言わせず、雨が降りしきる中、二人だけの夜がしっぽりと過ぎて行った。



 翌朝、何とも良い香りに胃袋が最初に目を覚ました。


「あら、お目覚めかしら? 今朝食を作っておりますから、外で顔でも洗ってきてくださいな」


 服を着て、言われるがままに外に行き、小さなせせらぎで顔を洗った。

どうやら昨晩の雨は完全に上がったらしい。


 朝起きて気が付いたが、アグレアスの小屋は地面に直接土壁が立っているだけの、まるで蟻塚のような代物である。床というものがなく、昨晩のように雨が降るとぬかるんでしまう。なるべく早く何とかしないと、このままでは毎晩アグレアスと一緒に寝る事になりかねない。


 昨日は綺麗なせせらぎだったが、昨晩の雨で水が濁ってしまっている。こういった事も何とかする必要があるだろう。

 まずは生活基盤を城内に作る。これこそ防御拠点に最も大切な事ではないだろうか。

 そんな事を考えながら小屋に戻ると、アグレアスは大きな椎茸を焼いて、嬉しそうな顔で俺が来るのを待っていた。

 何となく昨晩と雰囲気のようなものが変わっているような気がする。何が違うのだろうと、じっくり観察して気が付いた。

 特徴的だった長い耳が人間の耳になっている。

 こちらの視線に気づいたようで、アグレアスは頬を桜色に染めて少し俯き、長く美しい髪を垂れさせて顔を隠してしまった。



 食事を終えると、いよいよ本題へと入った。ダンジョンを作るという話である。

 その前に少し命の実の力をお貸しくださいと言って、アグレアスは小屋から出て行った。


 しばらく待っていると一羽のカラスと共にアグレアスは帰って来た。

 すると昨日同様、命の実から細く黒い光線がカラスに向かって伸びていく。


「ククッ! クエックエッ! あんっ!」


 黒い光線が途切れると、カラスは意識を無くしてアグレアスの腕から落ちてしまった。危ないと言って受け止めるアグレアス。


「このカラスも俺の城作りに協力してくれるの?」


 じっと死んだように横になっているカラスを観察してみる。漆黒の羽、固そうなくちばし。どっからどうみてもカラスそのもの。


「お忘れでございますの? わたくしたちには魔法が使えるんですのよ。この者はマルファスというのですけれど、こう見えて大地の魔法を得意としているのですよ」


 その説明を聞き、俺は一点どうしても指摘がしたくて仕方がなかった。


「何で空を飛ぶカラスが得意なのが大地の魔法なんだよ! そこは普通に風の魔法が得意で良いじゃん!」


 するとアグレアスは口元を押さえながらクスクスと笑い出し、確かにと賛同した。

しかも風の魔法が得意な者が鹿だというのだから余計だろう。


 しばらくクスクスと笑っていたアグレアスだったが、重要な事を言い忘れていたと、急に真顔になった。


「壮馬様のその命の実ですが、わたくしとこのマルファスの契約でだいぶ色が薄くなってしまった事と思います。当面はごく限られた人数でその玉の色を濃くしていかねばなりません」


 そのために必要なのは、ダンジョンに来る『侵略者の排除』。侵略者が強者であればあるほど、玉はその魂を得て黒く染まっていく。恐らくはその命の実に引かれて定期的に侵略者はやってくるだろう。最初はそれだけでも事足りるだろうが、いずれは侵略者を集めるような工夫もしないといけなくなるだろう。

 それらは全て壮馬様のお知恵一つにかかっているとアグレアスは説明した。


「つまり、ダンジョン設計だけじゃなく、ダンジョン経営もしていかないといけないという事なのか。こうなるとまるでテーマパーク作りだなあ」


 考える事がいっぱいだと頭の後ろで手を組む俺を、アグレアスがクスリと笑った。

 すると、倒れていたカラスがぴょんと起き上ってぺこりとこうべを垂れた。アグレアスがマルファスに、こちらが壮馬様ですと声をかける。


「マルファスと言います。あたしの魔術が必要って聞きました。喜んで馳せ参じさせていただきました。どのような土木工事でもお任せくだい!」


 あまりの声の高さにびっくりした。土木関係を任せるというから、てっきり野太いおっさんの声を想像していたのに。どちらかといえばカラス寄り。しかもどこか少女っぽい声。

 頼みましたよというアグレアスに、マルファスは早く工事に行きましょうと急かした。


「マルファス。早く行きましょうは良いのですけれど、どのようなものを作るかわかってらっしゃいますの? お城のようなダンジョンを山の中に作るのですよ?」


 そう説明を受けたマルファスは目を瞬かせた。山の中にダンジョンを作る、それは理解できる。で、お城のようなとは?

 その小さな頭を右に左に傾ける。なんだかマスコットのようで、なんともいえない愛らしさがある。


 アグレアスに俺が書いた絵を見せられ言葉を失い、マルファスは嘴を開けたままになってしまった。


「あの……壮馬様……これをダンジョンの中に作るとなると、なかなかの空間が必要になってまいりますけど? さすがにこれをあたしだけで作るというのは、その……」


 マルファスの言わんとしている事はわかる。

 そこでアグレアスにもう一枚だけ紙をもらい、その中の一部だけ、大手門とその奥の虎口と備えだけを書いた。それでもそれなりの広さのものだ。

 大手門に至る長い通路の端に川を引き、水を得たり、釣りができるようにしたいという要望だけ出した。


「申し訳ないですけど、水はあたしの役割じゃないんですよね。溝だけは掘っておくので、後々別の者をお呼びくださいな」


 そう言うとマルファスは、俺が書いた絵図面を嘴に咥えて、外に飛び去って行ったのだった。

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