第3話 ゆくゆくはこんな城に
ダンジョンを作る?
このお姉さんは何を言っているんだろう?
城とダンジョンでは色々と違いすぎる。
俺が憧れているのは、そんなダンジョンなんていうモグラの巣穴じゃなく、山の地形を活かした、いくつもの備えと立派な天守を備えた山城だ。築城の年代が新しくなると構えを大きく備えた平城が主流になるけれど、やはり男の浪漫は山城にあると思うのだ。あの高くそびえる山を切り開き、山頂には楼閣を建てる。まるでその山を征服した気分になれる山城こそが『城・オブ・城』だと思うのだ。
やや早口で熱く語る俺をアグレアスはうっとりとした目で見つめている。
「素敵ですわ。わたくしも壮馬様とその楼閣から眼下を見下ろしてみたいものですわ」
なぜだろう。胸の高鳴りが止まらない。
今までこんな風に綺麗な女性に賛同された事など無かった。いや、綺麗な女性はおろか、他人に賛同された事すら無かった。きっとこんな夢に賛同してくれるのは城郭研究家の髭の先生くらいだとずっと思っていた。
なぜだろう。今はこの目の前の女性の為に立派な城を建ててあげたいという思いが溢れて出てくる。
そんな俺の顔を見てアグレアスも優しく微笑んだ。だが、アグレアスは命の実に視線を落とすと悲しげな顔をした。
「ですけど、壮馬様の最大の目的はその命の実を守る事ですよね。いくらこの山の上に何かを作っても、いずれは玉を奪われてしまう事でしょう。そうなったらわたくしたちも……」
だから誰も踏破できない難攻不落の城のようなダンジョンを作ってはどうか。そうアグレアスは提案した。
ざくろの形をした命の実をじっと見つめる。心なしか黒色が剥げてしまったように感じる。以前より少し赤みが強くなったような。
「わかった。君の意見に従うよ。何せ今の俺は右も左もわからないからね。君に従う事が一番だと思う」
それを聞くとアグレアスは口角を上げ、ほっとしたような表情をした。勿忘草色の髪がさらさらと流れ、何とも言えない美しさを醸し出す。その美しさに思わず照れてしまう。
「俺は、その、ラッキーだったよ。君のような美しい人に色々と教えを請うことができて」
美しいと言われ、透き通るような白さだったアグレアスの頬がみるみる桃色に染まっていく。膝の上で指をもじもじさせ、頭をうなだれさせてしまった。よく見ると長い耳も真っ赤に染まっている。
「あの、わたくし、その、壮馬様のしもべとして、そのようにおっしゃっていただいて、その、大変光栄に存じます……」
あまりに小声でたどたどしく言うものだから、聞いているこっちまで恥ずかしくなってきてしまった。思わずアグレアスから視線を反らしてしまう。
何とも言えないギクシャクした空気に支配される。
するとアグレアスがパンと手を打ち、そうだと言って小さな行李を開けた。行李から紙と羽ペン、墨壺を取り出し、先ほど言っていた城がどのようなものなのか、絵に描いてみて欲しいと言ってきた。その顔はまだ紅潮したままであり、こちらもどうにもその顔が直視できない。
椅子に座り羽ペンをスラスラと動かしていく。
お城のスケッチはこれまで何度も行ってきた。熊本城、松山城、広島城、岡山城、姫路城、和歌山城、大阪城、彦根城、七尾城、金沢城、岐阜城、名古屋城、岡崎城、浜松城、駿府城、松本城、小田原城、川越城、皇居、鶴ヶ城城、山形城、青葉城、弘前城、五稜郭。有名な城で行っていない城なんてない。
そこの資料館に行くのが何よりの楽しみで、昔の城郭の姿を目に焼き付けて来た。
広い本丸には御殿と天守閣があり、二の丸、三の丸がある。各備えは石垣を構え、その上には塀を張り巡らせ、要衝には多門櫓。幾重にも升型虎口を組合せ、最も外には大きな堀を張り巡らせ、入口には立派な大手門。
「へえ、これが壮馬様が作りたいお城ですのね。素敵ですわ。一つたずねてもよろしいでしょうか? これ、壮馬様はこの天守閣というところにお住みになられるんですの?」
目を輝かせてアグレアスはたずねた。そんなアグレアスの目の前で俺は人差し指を横に振る。
「この天守閣は最後の砦さ。生活はこっちの御殿。城っていうのは、最初はこの本丸だけを作るんだ。そこから徐々に徐々に備えを増やして拡張していくんだよ。小さな櫓をいくつも建ててね。三の丸、二の丸、一の丸って感じでね」
だが実は逆から作っていく城もある。最初に一の丸を作って、そこを広げて二の丸、本丸という感じに拡張していく。その方法だと最初に天守閣として使っていた建物は櫓として使えるようになる。
面白いだろうと聞く俺に、アグレアスは嬉しそうな顔で無邪気に「はい」と返事した。
「面白いですわ。素晴らしいですわ。炎の猫や、雷の鹿、人魚なんかも呼んで、各備えを特徴付けさせたら!」
アグレアスの言葉で、改めて自分たちが作ろうとしているものが城では無くダンジョンだという事を思い出した。でも確かにアグレアスの言うように、ここは異世界なわけだから、いわゆるダンジョンのように様々なギミックを作っていっても、それはそれで面白いかもしれない。
ぐぅぅぅ
俺の腹の悲鳴を聞いて、アグレアスはクスクスと笑い出した。余程可笑しかったようで、目に涙を湛えて笑っている。
「わたくしと契約した事で玉の力が弱まってしまわれたのですね。何か作ってさしあげますわ。根本的な解決にはならないのでしょうけど、それでもお腹の足しにはなるでしょうから」
雨の降りしきる中、アグレアスは笊を持って小屋の外へと出て行った。かなり濡れて戻って来たアグレアスの笊には、何種類かの野菜と椎茸が入っていた。
何か手伝える事は無いかとたずねるとアグレアスは笑い出した。
「壮馬様は魔法をお使いになれないのでしょう? 大丈夫です。ここはわたくしにお任せくださいな」
くすくす笑いながらアグレアスは一旦外に行き、何やら呪文を唱えて魔法を発動させた。アグレアスの体をつむじ風が包み込む。すると先ほどまで濡れていたアグレアスの衣服が見事に乾いたのだった。
さらに竈に土鍋を置きアグレアスは短く魔法を唱えた。握った手の隙間から水が零れ落ちて、みるみる鍋を満たしていく。さらにさらに、竈に薪をくべ短く詠唱すると、薪に火が灯り土鍋を温め始めたのだ。
ここまで実に手際が良い。
再度水魔法で野菜を軽く洗い、風魔法で少し荒めに切り、沸騰した土鍋の中に投入。竈の隣に瓶があり、そこで熟成させていた何かの肉を取り出して、これも風魔法で切り刻んで土鍋に投入。
最後に味の決め手だと言って、塩と何やら白い塊を取り出し投入した。
「凄いよ、アグレアス! 思わず見惚れちゃったよ。ううん、良い匂い! 出来上がりが楽しみだよ!」
白い顔を真っ赤に染めあげてアグレアスは恥ずかしがる。その仕草が何とも美しい。その後もアグレアスは口をにまにまとさせて、こちらをチラチラ見ながら照れ続けた。何を想像しているのかはよくわからないが、どうも何か妄想が暴走してしまっているらしい。
急に我に返り、そろそろいいかなと言ってアグレアスは席を立ち、机の上に布巾を敷き、そこに土鍋を置き蓋を取った。全体的に白濁に濁った汁。どこか見覚えがある。
「あの、お酒の粕を使って作ってみたんです。わたしくし、見様見真似でお酒を作ってみておりますの」
一口食べてわかった。粕汁というやつだ。素朴な味だが実に美味しい。
アグレアスの料理が体の隅々にまで届き、心と体を温めてくれたのだった。
よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。