朱音《あかね》はクラ吹き
木管アンサンブルには金管楽器のホルンが入っています。
大学のオーケストラに地元商店街の依頼がはいり、木管五重奏をすることになった。
木管五重奏はオーボエ、クラリネット、フルート、ファゴット、ホルンの5つの楽器でのアンサンブルとなる。ホルンは金管楽器だが、伝統的に木管五重奏に組み込まれている。
曲目はモーツァルトのディヴェルティメントやポップスなど数曲をプログラムにして構成している。
朱音のクラ(※クラリネットのこと)は女性らしい柔らかい発音や音色で、明るい音がした。ホルンの秋良はその音色が心地よいと思っていた。
今回はメンバーにそのクラリネットの朱音とホルンの秋良も入ることになった。今回は実力重視でメンバを構成したと、学年一つ上の3年生のファゴットの田上が言っていた。
朱音と秋良は同じ学年だったが、学部が違うので顔を合わせるのはオケの練習の時だけだし、木管楽器のクラリネットと金管楽器のホルンでは普段は会話をすることはまずない関係だ。
今日は練習後に懇親を深めようと5人でお茶をすることになり、ファミレスに入った。
秋良の向かいの席に座った朱音は肩ほどの長さの髪が先の方でくるっとカーブを描いており、きれいな黒髪をしていた。美人というよりはかわいい顔立ちだ。
メンバは曲の課題などを話したり、オケでやってみたい曲や作曲家の話をしてしばらく盛り上がった。ひとしきり盛り上がったあとで、「こうやって話をするのはじめてだよね」と秋良が向かいの席に座った朱音に話しかけた。
「うん…。学年同じだよね」
「そうだね」
「…」
会話が続かない。
「えっと、学部はなんだったっけ?」
「私は文学部」
「そうなんだ」
「そっちは?」
「おれは工学部」
「えー。難しそう」
「まあ。高校の時は理科とか好きだったし」
「そう…。ねえ、なんでホルンになったの?ふつう第一志望にはならないよね」
「えっとー。中学の時に吹部(※吹奏楽部のこと)に入って、中一のときはトランペットだった」
「やっぱり、そうなんだ」
「だけどホルンパートが卒業生が抜けると人数不足になるってことで12月の定期演奏会が終わってからコンバートされたんだ。自前の楽器を持っていないのは俺ともう一人いてくじで負けた。それからずっとホルン」
「へー。運命的だね」
「なんで?」
「だってさ、椎木ホルンうまいじゃん」
「え」
「うん。わたし、椎木のホルンまえからいいなって思ってた」
ドキッとした。
「そ、そういわれるとうれしいけど」
「そお?椎木の音はみんないい音してると思ってると思うよ。直接言わないだけで」
「頑張って練習したんだ。中2のときコンクールの審査員に”ホルンは基礎からやり直しましょう”って書かれてさ。悔しかった」
「厳しいね」
ホルンを演奏するようになって半年ほどだった。そもそも楽器を初めて一年半ほどなのだ。
「梅香崎もクラ、いい音してる」
「んふふ。まーねー」
朱音は満足そうだ。
「一応レッスン受けたりしてたから」
「へーすごいな。やっぱりレッスンとか受けると違うんだね」
「椎木は受けたことないの?」
「ないよ」
「へー。それでそんだけできるんだ。才能あるね」
「それなりだろ」
「うん。まあ。言ってしまえば学生オケだからね。でも、音がいいの。私椎木のホルンの音好きだよ」
「ありがとう。俺も梅香崎のクラの音いい音だと思うし、吹いててクラと音がなじみやすいと思ってた」
「私も椎木とメロディ重なると気持ちいい」
朱音はにっこり微笑んで秋良を見る。
心臓がどっくんと強く鼓動する。
「そろそろ帰ろう」
ファゴットの田上が立ち上がった。学年が一つ上の先輩だ。
各自会計を済ませて、店を出ると朱音がそばに来て。
「今日、話ができてよかった。また話そうね」
と言うと振り返りながら笑顔で手を振って帰っていった。
「あ、うん」
秋良も手を振り返した。心が落ち着かないまま。




