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日常のかけら

 太陽が顔を出す前から、その邸宅はあわただしく動き出す。

ここに身を寄せて1か月が過ぎようとしていたが、僕こと有馬忠義はその生活に慣れていない。

布団から這い出て、学生服に袖を通す。タオルをもって洗面所に向かう。

「おはようございます。山城さん。」

自室から出て、出くわした人物にそう声をかけた。

「おはよう、有馬君。ここでの生活にはまだ慣れないかな。」

そう声を返したのはこの邸宅の主である山城大嗣だった。

僕はその質問に、それなりには、と返した。

 廊下を歩きながら2、3言話した後、1階まで下りて洗面所に向かう。

顔を洗うのは、山城さんが先である。こちらは居候の身であり、しかも赤の他人だ。

この為、大抵は山城さんたちに優先権が有った。

 顔を洗った後、調理場に掛けられた割烹着を身に着け、朝食の準備を手伝う。

これは日によって変わるが、山城さん毎日入っており、これに日替わりでここに住んでいる四人の内一人が付く。

 今日は僕が手伝う日だった。

朝食は典型的なご飯とみそ汁という簡素なものだが、山城さんのこだわりを垣間見る事ができる。

米はただの白米ではなく麦等を混ぜており、所謂雑穀ごはんである。

味噌汁について言えば、味噌は白味噌と赤味噌の合わせ味噌で、すり鉢でしっかりと練られたものを使っている。具材はわかめ、豆腐、人参、水菜、エノキだった。

 これらを作り終えた時、太陽はその姿を山より表そうとしていた。

これと時を同じくして、2階から三人の人影が見えた。

「おはよ~。」「おはようございます。」「おはよう。」

三者三様、それぞれ異なる挨拶を調理場にいる僕たちに掛ける。

「おはようございます。衛子さん、龍田さん、蕨田さん。」

伸びやかに言ったのは山城衛子さん。山城大嗣の妻である。

硬い感じなのは蕨田譲、気楽そうなのは龍田七海だった。

「今日は雑穀ご飯とみそ汁です。」

「お、今日も随分なこだわりだね。」

そう言って衛子さんが調理場をのぞいてきた。

 数分後、僕たち含め全員が居間の卓につき、朝食をとる。

「いただきます。」

皆一様にそう言って食事に手を付ける。

 食事が終わった後、直に部屋においてある学生鞄を担いで玄関に向かう。

玄関の靴箱から僕の靴を取り出し、履く。

その数秒後に、僅かに駆け足で龍田七海と蕨田譲が現れた。

僕はすぐに立ち上がって二人分のスペースを空ける。

「有馬、少し急がないとまずいよ。」

そう言いながら龍田はスマートフォンの画面を見せてきた。

時刻は0700。ここから駅まで歩いて10分ほどだが、電車での乗り換えを考慮すると走るべきだ。

「行ってきます。」

僕はそう言って、玄関の扉を押し開けた。その後に続く2つの人影。

「少し急いだ方が良さそうだ。」

僕がそう呟くと、龍田の声が帰ってくる。

「どうする。」

それに対する返答は、蕨田の声だった。

「40歩走った後、40歩歩くというのは。」

「蕨、それをどこで。」

「今は蕨田と呼んでください。」

 蕨田の提言通り、40歩走った後、40歩歩く。

普通であれば10分かかるところを5分で到着した。

駅の改札に定期券をかざし、電車の中に転がり込むように入った。その直後に閉まる扉。

「今回は危なかったな。」

僕はそう言った後に溜息を吐いた。見回すと、電車内には学生の数が多くない。

むしろ、普段と比べると少し少ないような気がする。

 この事に一抹の不安を覚えつつも、今後の行動の算段を考え始めた。

 最寄り駅は立野山本駅だが、僕たちの最寄り駅とは別の鉄道会社が運用している為、途中で乗り換える必要が有った。僕が北部にいたころはそう言った乗り換えはなかったのだが、少し億劫に感じる。

「有馬先輩。顔に色々出てますよ。」

蕨田にそう言われる。

「そこまで出ていたか。」

僕がそう言うと、龍田がこちらの顔を覗き込んできた。

「顔にでかでかと書いてあるよ。どんだけ面倒くさがり屋なのさ。」

 そう言いながら背中を叩く龍田。

そういったことをしているうちに、いつの間にか乗り換えを済ませていた。

「さて、今日もやりますか。」

「判った。」

電車に乗った後、龍田とそう言葉を交わす。

「勝利条件は。」

「自席に先についた方が勝ちで。」

「勝った方はどうする。」

「勝者が自由に決める。」

「乗った。」

蕨田はその会話を理解できずに聞いているらしい。

 乗り換えた駅から最寄り駅までは僅か数分しか掛からない。

電車の扉があいた直後、僕と龍田は一斉に駆け出した。

まっすぐに改札まで向かった後、定期券をかざして一気に坂を駆け上がる。

歩けばおおよそ15分ほどかかる坂だが、僕はここに入学以降は毎日のように走って上がっていた。

さらに言えば、5キログラム近い荷物を担いだ状態だったので、脚力の向上は目覚ましい。

現に、開始1分で龍田と僕の距離は50mほど開く事に成った。

 その為10分程度で坂を駆け上がる事ができるようになったのである。

 ちなみにだが、この光景は多くの生徒に見られている。

この競争?に賭けをする生徒も現れ始めるのだが、それはまた別の話だ。

 少し立野高校について話そうと思う。

立野高校は山の中腹に位置しており、下側に運動場がある。

そして階段を挟んで上側に校舎が存在している。

校舎の靴箱は南側校舎と北側校舎に挟まれた位置にある。

 あの後運動場を右手に見て少し速度を緩めたのだが、それがチャンスとばかりに龍田は急加速。

僕はそれに気が付いて咄嗟に走ろうとするものの、体力は限界だったため殆ど引きはがせなかった。

立野高校の門は2か所あり、そのうち一か所が駅から最も近いのだ。

ただし、学校の校舎が立つ土地と高低差がある為階段が設置されている。

 僕と龍田はその門めがけて全力疾走。校内の敷地に入れば、平地である為引き離す事は出来なくなる。

何とか靴箱までたどり着いたものの、そこで二人そろって転んだ。どうやら足がお互いに限界だったらしい。

 何とか立ち上がって靴を履き替えたものの、龍田は立っているだけで足が相当震えていたのである。

僕は何とか動くようになった足で、龍田の元まで歩いた。

「何さ。」

龍田は悔しそうな目でこちらを見ている。

「歩くの、きついか。」

僕がそう言うと、龍田は自らをあざ笑うように言った。

「そうよ、暫く経てば歩けるから。」

僕は龍田の真横に屈んで、背中と膝裏に手を通した。

「え、ちょ。」

抗議するような声が聞こえたが、構わず横抱きにして立ち上がる。

とりあえず職員室まで歩き、龍田を職員室前のパイプ椅子に降ろす。

引き戸を叩いて教室の鍵を取りに来たことを伝えて、龍田の座っている椅子に歩み寄る。

「歩けるか。」

僕がそう問いかけると、龍田はこう返した。

「ええ、絶好調よ!」

目にもとまらぬ速さで椅子から立ち上がると、そのままの勢いで階段へ向けて走り出した。

職員室が存在するのは南側の校舎である。

ここから向かうとすれば、靴箱の前を通って階段を駆け上がるのだが。

 僕は数舜反応が遅れたが、直に冷静になった。

(今教室の鍵を持っているのは僕だ。つまり彼女は教室に入れない。

そして、今回の競争の勝利条件は自席にどちらが先に座るか。…まだ勝てる。希望を捨てるな。)

足音を殺して廊下を歩き、階段を上がる。

 階段がある場所は教室からは死角になる。ゆっくりと陰から廊下の様子をうかがうと、教室の前で目線をあちこちに向けてる龍田の姿が有った。

 こちらがいるのは西側、東側から何らかのアプローチがあれば彼女の注意はそちらに向く。

人間が反応できるのは0.3秒前後だ。確実に勝つためには5秒は欲しい。

1秒で接近し、1秒で鍵を開けて引き抜いて扉を開け、抜いた鍵を所定の位置において自席につく。

 これを5秒以内。

できる出来ないではない。やるしかなかった。

どうしようかと迷っていると、不意に3階から何かが崩れる音と悲鳴が聞こえてきた。

(今だ!)

一歩。

足音に気が付いた龍田がこちらを向いた。

二歩。

ここで一気に飛んで距離を詰める。龍田は目を見開いた。

3歩。

急制動をかけて鍵を鍵穴に差し込む。この間1.5秒。

 鍵を開けて、扉を開く。僅かに空いた隙間に身をこじ入れ、鍵を投げた。

それは放物線を描いて鍵掛の所に飛んでいく、そして鍵に取り付けられたD環が鍵掛にかかった。

すぐさま自席に走る僕、そのすぐ後ろを追いすがる龍田。

 結果は丁度同時に自席に座ったので、引き分けである。

僕と龍田は教室で恥も外聞もなく机に突っ伏していた。

「…引き分け、だよな。」

「そう、ね。でも、次こそは絶対に負けない。」

そういった龍田の眼光は鋭い光になっていた。

 数分後、教室に同期たちが入り始める。時計を見ると0817。随分遅い登校だった。

朝のホームルーム迄、クラスメイト達は思い思いに過ごす事に成る。

友人との雑談か、スマートフォンで動画を見るかゲームをするかである。

 そうこうしているうちに、担任の先生が教室に入ってきた。

0830。朝礼開始の鐘がスピーカーから響いた。

 高校の一日が始まった。

1時間目は実践英語、続いて数学、日本史、生物基礎。

午後は2科目、科学と人間生活、応用英語である。

「hello。」

「ハロー。」

1時間目はイギリスからこちらに来たゴードン・ブラウン先生が担当する実践英語である。

この科目はいかんせん履修難易度が高いのだが、なぜか必修科目となっている。

この為、登竜門やら鬼門やら散々な名前でこの科目は呼ばれているのだ。

 しかし、この講義は意外と楽であった。まず、外国語のレポートで成績が評価される。

これは試験時間中の提出である為、家で先んじてやっておけば問題はないのだ。

数名集まればこの科目は十分攻略可能である。

 ただし、その数名を集めるのがめちゃくちゃ大変なのだが。

それはさておき、この講義はとりあえず英語を話す力をのばすことが目的である。

この為、とりあえず英語で自己紹介やら適当にしゃべっておけば勝手に評価が上がっていく。

 それでも落とされる人は数名必ずいるらしいが。

 何とか50分間の講義を終えた後、10分の休憩をはさんで2限目に突入。

次は数学だが、これは前回講義で出された課題を黒板に記入することで平常評価が上がる形式だ。

 僕は問題を2問回答した。ただし、全問不正解だったが。

 数学の問題がすべて不正解だったショックを引き摺って3限目に突入。

しかし、僕が最も得意だった日本史科目であるため、少しメンタルを持ち直す事ができた。

小学生だった頃、教本を読まずに漫画のみで試験対策をして80以上をマークしていたこともある。

 しかし、板書と先生の話は確りと聞く。事前知識が通用しない可能性が存在するためである。

 日本史を終えた後は生物基礎。

この講義は何かと面白い。難しい問題などが有るものの、担当の東町先生の豆知識が面白いため退屈はしなかった。

「…、つまり、人間の耳の中には魚の側線が元になった機関が存在している。」

チョークが黒板を叩く音と、東町先生の話声が聞こえる。

 僕はその話をノートの余白に簡潔に書いた。

 4限が終わると昼休みに入った。

友人と机を囲んで弁当をつつくものもいれば、一人購買で購入したと思われる菓子パンを食べるものもいる。

僕は講義終了後、龍田と一緒に体育館脇のベンチに向かっていた。

「蕨田が一緒に食べようって誘ってきてさ。」

「図書館は無理だから、というわけですか。」

僕は鞄を担いで教室を出たが、ここであることを思い出した。

「…まずいな。弁当を忘れたかもしれない。」

そう言うと、龍田は振り返って笑みを浮かべた。

「慌てて家を出たから、そう思うのも仕方がない。」

そういった後、龍田は鞄の中から弁当箱を二つ取り出した。

「忠義の分まで持ってきたから大丈夫。行きましょう。」

そう言って歩いていく龍田。僕はその背中を追いかけていった。

 「それで、今朝のあれは何だったんですか。」

弁当を食べ終えた後、蕨田からそのように質問された。

僕と龍田は顔を見合わせた後、蕨田の方を向いて異口同音に返した。

「「ちょっとした体力錬成。」」

「いや絶対それ以外の目的も含んでますよね。」

僕と龍田はその返しをした蕨田の眼を見た。胡散臭い人間を見る目で、圧を感じた。

「本当に?」

「本当と書いてマジと読む、だな。有馬。」

「マジだ。」

 そうしているうちに、昼休み終了5分前の鐘が響いてきた。

「じゃあ、後は放課後で。」

「…帰ったら、山城に報告しておきます。」

「それは勘弁してくれ…。」

蕨田が別れ際に放った一言に釘を刺し、そのまま教室に戻っていく。

 さて午後最初の授業は科学と人間生活である。

担当教員は武東武雄。生徒たちから心配されている先生である。

 その理由は恰幅の良さである。当人曰く、ラーメンや唐揚げが好きで、いつの間にかここまで凄まじい恰幅になっていたとのこと。なお、生徒たちからは”むっちゃん先生”の名前で親しまれている。

 さて今回の講義は別教室でのもので、なんとネズミの解剖だった。

まず4名から5名前後で別れて、それぞれ机につく。

解凍済みのネズミ(大きさとしては17センチ程度だろうか)が仰向けにされている。

「全員前の机に集まって。手順を説明しよう。」

武東先生はまずネズミをゴム板の上にあおむけに置き、四肢をテープを用いて固定した。

「この状態で固定したら、先ずおなかを開きます。」

そういいながらメスの刃を入れていく。のどのあたりから、丁度肛門付近まで真一文字に切る。

そして次に針を取り出すと、皮膚をゴム板に固定していく。

これで内部の様子がよく見えるようになった。

 「さて、ここまで出来たらまた前に集まってくれ。」

さて、各自机に戻ってからそれぞれニトリル手袋を着用した。

「で、誰がやる。」

同じグループになった古谷正一が、僕たち全員を見回している。

「では、僭越ながら自分が。」

僕はそう言ってメスを持った。

 手順通りに素早く、しかし確実に行う。

ネズミを仰向けにして、四肢をテープで固定。喉元から一文字に、皮一枚を切る様に刃を滑らせた。

そして、針を用いて皮を解剖台に固定した。

 この間僅か33秒である。

「先生、終わりました。」

そう言うと、武東先生がこちらにやって来た。

「執刀をしたのは有馬君かい。」

そう質問してきたので、「はい」と返した。まじまじと腹を裂かれたネズミを見る武東先生。

満足そうに微笑むと、僕たちの藩は次に行う事を聞いた。

「次は消化器官の取り出しだ。あ、有馬君以外でやってね☆」

そう言って離れていく先生。

 僕以外の生徒は、誰がやるかでもめていた。

「なあ、有馬。お前がやってくれるか。俺マジで無理なんだよ。」

顔を青くし声を震わせてこちらに来たのは古谷君である。

「先生から聞かなかったか。僕以外でやれと。」

僕は冷徹にそう返したが、僕のグループの一人がやると言い出した。

 「私が、やりましょうか…?」

こわごわといった様子で、そういったのは島居誠子である。

容姿は分厚い丸眼鏡を掛け、髪を肩口のあたりで切り揃えている。

黒髪で鳶色の虹彩の為、ごく普通の日本人なのだが、彼女の両親は広島出身らしい。

物静かな女子生徒なのだが、その隠された芯の強さ故、先生生徒問わず人気がある。

当人はそれが原因で少しメンタルに不調があるのだが、つい先日あたりから元気を取り戻したらしい。

理由は不明である。

 数分後、解剖台の上にはネズミの消化管が広げられていた。

喉から延びる食道、胃、腸、肝臓、すい臓、腎臓も摘出されている。

「お、終わり、ました…。」

島居誠子は床にへたり込んでいる。

玉のような汗がびっしりと存在し、前髪は額に貼りついている。

「だ、大丈夫?」

心配そうに声をかける武東先生。それに対する返答は、別の班にいた龍田が代わりに行った。

「大丈夫だよ。彼女は集中するとああなるから。島居さん、立てる?」

言葉は出ないが、何とか首を縦に振り、立ち上がる島居さん。

そのままふらふらと椅子に座った。

 次は消化器系以外の解剖だったのだが、生憎時間切れで終了した。

 次は6限目、篠田正一先生が担当する応用英語だ。

この科目は基本的にテキスト問題をこなすのだが、基本的にしっかりと対策さえすれば問題はない。

 あっという間に放課後になった。

とりあえず教室の掃き掃除を一通り済ませた後、直に帰りの支度をする。

鞄の中に、教本やノートを入れていく。

 龍田は僕の近くで待っている。

「じゃあ、帰りましょうか。」「だな。」

2階から階段を下りて、1階の靴箱の所まで歩いた。

なお、島居さんは6限目もそのまま受けたのだが、足取りに不安だったため、一緒に帰る事に成った。

最寄り駅や住む場所が近いという事もあったのだろうか。

 恐らく蕨田は靴箱で待っているのだろう。

少し急ぎながら靴箱に向かうと、何やら人だかりが出来ている。

僕は靴の置いてあるところまで人込みをかき分けて進もうとした。

 しかし、肩をがっちりと掴まれた。

「おい、てめえ。」

「何だ、こんなもやしじゃねえか。」

肩を掴んだ相手は、いかにも頭が悪そうな男子生徒と女子生徒2名である。

耳にピアス穴をあけ、髪を派手に染めている。女子生徒の方は随分化粧が濃い。

(これは相当厄介だが、逃げ切れるか微妙だな。というかババアじゃねえかあんなの。)

肩を掴む手を払いのけ、靴を履き替えようとした。

「シカトすんじゃねえ!」

大声で怒鳴られ、胸倉をがッと掴まれた。

 男子生徒の姿を見る。

随分ガタイのいい生徒だった。短く刈られた髪の毛は赤に染まっており、耳にはピアスが確認できる。

人垣の後ろから龍田と島居(しまづい)さんの姿が見える。

二人そろって顔を青くしているのが見えたが、今は目の前の生徒に集中するべきだろう。

「何か用か。」

「てめえ、調子乗ってんじゃねえよ。」

 僕の脳内は疑問で埋め尽くされた。

調子に乗る、とはどういうことか。女子生徒二人と行動していたことが原因なのだろうか。

 しかし、それは不可抗力である。

「不可抗力だ。」

「は?」

「理解してもらう必要はないと思うのだが、僕は少し厄介な人間に目を付けられているらしい。

彼女たちはその護衛だ。」

僕がそう言うと、ババアみたいに化粧の濃い女子生徒のつぶやきが鼓膜を震わせる。

「自分の身も守れないなんてダッサ。」

 これが意外と大きかったらしい。

龍田の方を見ると、表情がすっかり抜け落ちて能面のようになっている。

職員室の方向からは、蕨田が涙目になりながら先生をとっ捕まえようとしている。

 とりあえず逃げよう。

僕は龍田、蕨田とアイコンタクトを取った。

(5秒後に全力疾走で頼む。)

(島居さんは。)

(すまんが抱えてくれ。)

(無茶ぶりだね。)

 目と目で言葉を交わした後、きっかり五秒数えた後に動いた。

まず、相手の目に向けて右手を突き出す。

目は生物の弱点であるため、防御反応の行動をどうしても起こしてしまう。

掴んでいた左手が離れた時、僕は一気にバックステップを踏んだ。

靴箱の所に並んだすのこの端まで飛びながら、下靴を取りながら上靴を脱いで靴箱にいれる。

こちらを向いた男子生徒、僕は靴を履きながら後進する。

 そして、その男子生徒の後ろから迫る2つの影が有った。

「後ろががら空きだぞ。」

「は?」

振り返った男子生徒の脇をすり抜けたのは島居さんを抱えた龍田と蕨田である。それぞれ靴箱から下靴を出して素早く履き替えて校舎から出る。

「まて!」

大声で怒鳴る男子生徒の声を背に、全力疾走を開始する僕と龍田と蕨田。

 そのままの勢いで走り、何とか敷地外に出たのだった。

 その後、僕たちは山城邸に帰ってきた。島居さんは家まで送った後のことである。

「只今帰りました。」

僕が玄関を開けた後そう言い、靴を脱いで靴箱に仕舞った。

 この後、僕は自室に戻り制服から屋内服に着替えた。

脱いだ制服の内カッターシャツを洗濯物用のかごに入れ、スラックスとブレザーをアイロンがけした。

 次に翌日の科目準備を行い、調理場まで下りて弁当を仕込む。僕以外の二人分も仕込み、冷蔵庫に放り込んだ。

 この後は夕飯を食べて風呂に入り、歯磨きをしてそのまま就寝した。

 翌日も同じ時間に起きるのは確定している。

 山城邸の平素の動きは、そのような具合だった。

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