新年度
同年4月10日 1600 県立立野高校
僕はその日、ある意味で奇跡的な邂逅を目にした。「ごめんなさい。」「うじうじしないでください。こっちが居心地悪いです。」だが、目の前の光景には少々居心地の悪いものがあった。
♢
同日 0800
「おはようございます。」後ろから声をかけられる。
振り返ってみると、声をかけてきたのは女子生徒であることが分かった。
髪は緑青色がかった烏色で、蕨の葉をあしらった髪留めを身に着けていた。
「おはよう。君は。」「私は蕨田譲。龍田が世話になっていると聞いたので、ご挨拶に伺いました。」
そうなると、この人物も龍田と同じ付喪神なのだろう。だが、ここで色々詮索すべきでは無い。
「放課後小会議室に向ってくれ。詳しいことはそこで聞く。」
僕はそう言って、靴箱で靴を履き替え自教室に向った。
♢
放課後、他学年の教室に向かった。
その理由は融通の利く佐川先生に小会議室を抑えてもらうためだった。
僕は2年生であり、佐川先生は1年生の担任である。
2年生の教室があるのは北側の校舎の3階。
1年生の教室が存在するのは南側校舎の3階である。
南側と北側を繋ぐ廊下は2階と1階のみに存在している為、少し歩く必要が有った。
目的の教室に入ると、佐川先生がある男子生徒と話をしている所だった。
少し待ってから、佐川先生に話しかける。
「佐川先生、少しお願いがあるのですが。」
「有馬君かい。小会議室だろう。すでに抑えているから大丈夫だ。」
僕は驚いて目を見開く。
「そんな驚いた顔をしなくても大丈夫。」
僕は固まったままになってしまった。佐川先生は硬直した僕の耳元でささやいた。
「貴方の考えていることは分かるのよ。すべて、ね。」
その後、僕と佐川先生で小会議室に向かった。
その部屋の前についたとき、一つの人影を見た。
紅葉色を帯びた烏の濡れ羽色の髪に、桜色の組紐が揺れている。
愁いを帯びたその目を見て、僕はその人物が龍田七海であることに理解した。
「龍田さん。」
「忠義。」
名前を呼ぶと、龍田七海ははじかれたようにこちらを向いて僕の名前を言った。
速足で彼女の下に向かうと、彼女も近付いてきた。
「忠義、今日部活は。」
「休みだ。佐川先生も交えて、小会議室で話がしたい。」
小会議室に入り、椅子に座ってその人物が入ってくるその時を待つ。
待っている間、僕は佐川先生に疑問をぶつけた。
「佐川先生は、彼女のことをどこまで知っているのですか。」
うん?と言いながら首をかしげる佐川先生。
「貴方の目的は知りません。ですが、妙な事をしていては警察から目を付けられますよ。」
佐川先生は、怪しげな笑みを浮かべた。
「なる程、有馬君の懸念もよくわかる。だが…」
「失礼します。蕨田譲です。」
扉の向こうから、凛とした、しかし幼げな声がくぐもって聞こえてきた。
「どうぞ、開いているよ。」
佐川先生は僅かに声を張って、扉の向こうにいる人物にそう言った。
そして数秒後、その人物―蕨田譲―が姿を見せた。
目線を龍田の方に向けると、彼女の尋常ならざる様子を見た僕は後悔した。
♢
「なあ忠義、あの二人の関係は。」「僕でもさっぱり解りません。でも、相当因縁のある関係かと。」
そう言って、僕は式を組み上げる。それは解析の式。正体を暴く時に使うものだ。僕はそこで、確かに見た。彼女らの正体を。龍田七海の正体は、田中先輩の語った通りだ。
だが、蕨田譲が驚きだった。その本体は美保関沖に沈んだ駆逐艦蕨だった。美保関事件当時、龍田の探照灯照射により艦隊運動が乱れ、神通が蕨の側面に衝突。蕨は瞬く間に沈没した。
だからこそ、龍田の謝罪の意味も、蕨田の気にしなくてもいいという意味も。
僕は、ただ先生と共に静観した。二人の間に入っても、それが彼女らの為とは思えなかった。
その言い争いに終止符を打つように、僕のガラケーが唸った。
「すいません。少し。」そう言って廊下に出て、相手を確認する。掛けてきた相手は、バイト先の上司である佐川涼子だ。「もしもし、有馬です。」[すまないが、君に調査を頼みたい。最近、立野山周辺で失踪事案が相次いで報告されている。調査をしてほしい。]「了解です。期限は。」[来月の10日までだ。今回は、都市伝説が霊力の影響を受けて実際に起こってしまったものだと思う。十分注意して調査してほしい。]「了解だ。所長。」
僕が小会議室に戻ると、先生が両者を収めてくれたらしい。
二人ともどこかすっきりとした表情をしていた。
そして、一緒に靴箱に向う。違和感に気が付いたのは、電車に乗ったときである。「なあ、蕨田は何処から通う予定だ。」「貴方達の下宿先からですが。」僕の質問に、きょとんとした顔で答える蕨田。龍田の顔は僅かに曇り、僕は天井を仰ぎ見る。「それから、バイト先は佐川探偵事務所に決めています。」
僕と龍田は、現実逃避するように外の景色を眺める。春らしい晴れた空を、薄く細い雲が流れていた。
♢
実際、下宿先に着くと蕨田の物らしき私物が、段ボールに梱包されて玄関に置かれていた。送り元は島根県である。
僕達は、蕨田の私物を適当な空き部屋に入れた。本格的な模様替えは、恐らく週末に行うことになる。
これは大変な事に成ったと、僕は他人事の様に思った。