始まりの依頼
高校時代、文芸部に寄稿していた作品をこちらでも公開する事にしました。
高校のモデルは分かったとしても書かないでください。
日本国が異世界に転移する10年ほど前。
ある高校に通う一人の男子生徒がいた。
その人物の名前とは有馬忠義。
人間と自認している妖怪である。
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放課後の学校は静かになる。だが、耳を澄ませば吹奏楽部の楽器の音色が聞こえ、また教室に残った生徒達の雑談が聞こえてくるのだ。そして、ここ県立立野高校もそうだった。
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ここは1年5組の教室。午後特有の紅い日の光が、教室の中を照らしている。その教室に二人の生徒が居た。
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「忠義、今日君の家に行ってもいいか。」そう話しかけてきたのは、龍田七海。僕―有馬忠義のクラスメイトだ。彼女は今年の1月に転入してきたのだが、ある人物曰く軽巡洋艦“龍田”の付喪神の様なモノらしい。だが、外見は16歳ぐらいの女の子だ。言動なども年相応の物だった。日本人らしい黒髪は紅葉色が混じり、その髪をうなじの辺りで桜色の飾り紐を使い纏めている。冬の夕暮れの日に照らされた彼女の横顔は神々しさが有った。そんな彼女は、僕に気が有るらしい。僕は彼女の頼みをどうするか考える。しかし、思考の海から急激に引き上げられた。「有馬、ちょっと良いか。」そう声を掛けてきたのは、担任の上村久だ。僕はそれに返事をし、彼女に断りを入れ、彼の元に向かう。「佐川先生が君を呼んでいる。小会議室に向かいなさい。」後で詰められる事を覚悟し、直ぐに小会議室へ向かった。
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「先生、その写真は。」僕は目の前に居る教師―佐川京子と話をしていた。
ここは小会議室、先生に呼ばれる時、それは僕が学生では無く探偵の助手として動く事になる。彼女の手には1枚の写真が有った。そこに映っている一人の男子生徒は陽気に笑っている。「この男子生徒―喜来幸一が、約1ヵ月前に失踪した。君は私の姉の右腕として動いてもらう。」
彼女の言葉は鋭かった。そして、非日常へと足を踏み入れる。
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僕とこの教師の出会いは数年前に遡る。彼女との出会いは中学生活の1ページから始まった。中学1年生の時、家族喧嘩を見たくなかったから家出を敢行。その時に彼女の妹である涼子と出会ったのだ。『少年、大丈夫か。』傘を差し出し、彼女はそう言ってきた。
その後は警察の世話になった。家族からは泣きながら家出するなと言われた。そして、次に会ったのが2年生に進級してからだった。新たに来た先生が、佐川京子である。そして、にやりとこちらを見てからこう言った。『妹から聞いているよ、少年。いや、有馬忠義。』それ以降はよく覚えていない、だがクラスの連中が騒いでいたのは覚えている。
あれから数年が過ぎた。僕は高校に入り、部活動にも励んだ。
そして、先生は1年生の2学期が始まる頃に来た。あの時の衝撃は計り知れない。しかし、中学の時と同様にクラスの連中が騒いでいた。それ以来、先生は何か理由を付け、僕を先生の妹の元に連れて行ったのだった。彼女曰く、人生は経験との事。
だが、探偵の助手は違うと思う。
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同年2月22日0800 佐川探偵事務所(旧小学校)
今回の依頼は失踪した生徒のクラスメイト―石川改治が依頼してきたそうだ。目の前に座る女性―佐川涼子所長(これはそう呼ぶように命令されたからだ)は眉間に皺を深く刻みながら、写真とA4用紙を見ていた。写真には失踪した喜来幸一の姿が映っている。A4用紙には失踪当時の状況や地域住民などの証言がびっしりと書かれていた。
ここは佐川探偵事務所の小会議室。この建物は小学校を改築して作られている。「すまないが、もう少し情報を集めてくれ。これだけではまだ足りない。」ここの主―涼子所長が僕に対して問いかける。
僕はどう返答しようか迷った。そして、返事をしたのは僕以外の人物だった。「涼子、失踪したのは3年の生徒だ。卒業式予行までに見つけなければならない。これは追加依頼だ。」
いつ間に現れた先生―京子が柱に寄りかかりながらそう言った。服装は紺のタートルネックにチェック柄の長ズボン。上には紺のジャケットを羽織っている。「姉さん、今回の失踪事件、マスコミに漏れてないよね。」それに対し、先生は肯定した。
そして、数分後。「来たぞ。」そう言いながら入ってきたのは、ずぼらな格好をした男だった。白の帽子をかぶり、上下ともに白の作業服を着、半長靴を履いている。背負った鞄は余り大きくは無い。この男は田中弘治。世界最強の術師であるとされている人物だ。田中先輩が顔を出したと言う事は、今回の失踪は非科学的存在により起こされた物だ。
「で、いつもの作戦だな、田中。」彼女の口からその言葉が出てきたのは、応接間で話し合いを始めてから10分が過ぎた頃だった。ここまでで分かっている情報は2つだ。
・午後7時ごろ、自宅近くの人通りの少ない場所を喜来が1人で歩いている所を、防犯カメラで確認されている。防犯カメラの設置場所は失踪者の自宅から約50mの至近距離。
・直前まで一緒に居た生徒(矢貴太司)の証言によれば、分かれる直前に焦げた様な臭いが有った。なお、失踪した人物の自宅の方向から発生している。
これらの事が分かっている。これだけ分かって居れば、捜査の難易度はかなり低くなる。非科学的な物が原因で有れば、手掛かりゼロが普通なのだ。だが、今回は二つの情報が有る。これだけでも十分だった。今回の様な事態には、必ず僕が囮になって捜査を行う。
まず、非科学的な事件には共通してみられる特徴が有る。それらはいくつかあるが、主にこれらがあげられる。
・午後4時から午後6時までの時間に多発している(時間的に鬼門が開く為)。
・発生現場近くに何かしら宗教関連の施設が有る(カルト系で有ればなおさら)。
・発生現場に魔力などの非科学的存在の残りが有る(妖怪等がさらっている為)。
・大抵子供が被害に遭う(子供は色々な面で弱い為)。
こういった特徴が有る。
最初、僕は反対した。だが、余りにも成功率が高すぎた。だからこそ、この方法を用い続けている。
しかし、今回の失踪には不自然な点が有った。まず、被害者の年齢。18歳の青年が被害に遭っている。普通被害に会うのは10歳未満の少年少女だ。だが今回は20近い人物なのだ。妖怪にしてもどの種類なのかが一切分からない。今回は時間が無い為、ぐずぐずしてはいられない。
さっそく捜査を開始した。まずは失踪現場付近からだ。
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同日0900
「ここだな、忠義はそのあたりを適当に歩いていろ。」そうしてやってきたのは生駒山の麓だった。僕達は電車とタクシーを使いここまで来た。現場を歩く。現在、所長達は僕達と反対方向を調査している。一見すると普通の市街地に見えるが、同行していた田中先輩は何かに気付いた。「残り香が有る。これは間違いないな。」僕は田中先輩が指さしたあたりを見るが、何も見えない。
当然だろう、霊力等は才能が無い限り見えないのだ。[忠義、こっちには無かった。そっちは有ったか。]数秒後、涼子所長が電話を掛けてきた。僕はそれに対応する。「涼子所長。田中先輩が痕跡を見つけたみたいです。こちらに来てください。」僕は電話にこう返した。その数分後、彼女達が合流した。「田中、ここに痕跡が有ったのか。」合流して開口一番、彼女はこう言った。だが、彼女はあたりを見回した後、疑問を口に出した。「だが、違和感が有るな。この感じは。恐らく異世界の霊力じゃないかな。田中、やれるか。」それに対し、返事をした田中先輩は札を投げ、円陣を作る。地に手を着き、詠唱を始めた。霊術詠唱は一音でも間違ったら失敗する為、この時は皆の表情に緊張の色が出る。「風を示し、太陽石を示せ。北海の者達の術を示し、彼の者達の術を示せ。流れは水を示し、水は風と共にあり。火は夜闇を打ち払う。我が術は人の術に有り。我が術は消えた者へと運ぶ物なり。」
そして、僕の視界を閃光が塗り潰す。数秒後、目を開ける。そこは森の中だった。これも作戦の一つだ。まず、僕が対象と接触し、それから田中先輩がこちら側に連れ帰る。今までもこの流れでやってきた。視線をあちこちにやり、対象を探す。そして、失踪した喜来幸一を発見した。木に寄りかかり、肩で息をしている。手には両刃の西洋剣を持っていた、刃渡りは45㎝ほどだ。僕は彼に近づき、肩を叩いた。彼はびくりと身を震わせこちらに刃の切っ先を向けた。その直後、彼の表情は驚愕の色に染まった。それはそうだろう。彼の通っている学校の制服を着た少年がこちらを見ているのだから。
そして、僕は初めてそれに気が付いた。彼の足元には14ぐらいの女の子が蹲っていた。いぶし銀の絹の様な髪はボロボロで、その可愛い横顔も土で所々汚れている。
そして何より、普通の人間ではなかったのだ。
「おい、その子…」僕は無意識のうちに呟いていた。彼女には狐の耳が頭に生えていたのだから。当然尾の方も生えている。毛の色は髪と同じいぶし銀だった。
彼は説明してくれた。こちらに来た時の状況も合せてだ。
彼曰く、自宅まで残り数mの所で鵺に襲われたらしい。だが、すんでの所でこの世界に飛ばされたそうだ。この世界で1ヵ月ほど地球に帰還する方法を探っていたらしいが、すべて空振りに終わったらしい。更についていない事に、冤罪を着せられ現在逃走中とのこと。具体的には貴族を襲ったなど云々である。これが約2週間前に起こった事である。そして、彼女はこの世界で拾ったのだと言う。当時の状況は、林の中を走って居た時に倒れていた所を保護したそうだ。補足だが、拾ったのは逃走開始から1週間が過ぎた頃である。そして、現在森全体を包囲され身動きが取れないとの事。
話をしている最中、田中先輩がやってきて、口を開く。「おい忠義、長話をしている暇はない。近くに兵士が多数いる。今すぐ帰るぞ。」その情報に皆の表情が硬くなる。特に喜来の動揺は明らかに可笑しかった。それはまるで何かを隠そうとしている様に。「厚かましいが、この子も連れて行きたい。」沈黙を破ったのは喜来。だが、田中先輩は無慈悲な答えを言う。「いや、連れて行けない。元あった物を戻すことは簡単だが、新しく持ってくる事は不可能に近いのだ。それはここでも同じだ、喜来幸一。」その直後、かっと言う鋭い音と共に矢が木の幹に突き刺さる。「いたぞ!」「なんとしてもあのキツネのガキは連れ帰れ!」そう言いながら向かって来たのは兵士達だ。後方では弓兵が一斉に構えている。一部の騎兵は馬を凄まじい早さで走らせ突っ込んでくる。
矢の1本が、僕の腕をかすめた。血がほんの僅かに地面に落ちた直後、視界が閃光に染まった。視界が回復すると、そこは石造りの廊下だった。いきなり場所が変わると言う事は、何らかの術が掛けられている恐れが有った。だが、不思議とこれは罠では無い事が分かった。奥の方は月光で照らされており、そこには本が一冊置いてあった。
僕は本に向かって走り出した。そして、それに手が触れた途端、意識が暗転した。気が付くとあの森の中だった。
どうやらあれはほんの瞬きする間の事だったらしい。森の奥から矢が再び射掛けられる。「輝針八重結界!」僕は無意識的にその言葉を放っていた。そして、それが出来上がっていく。それは鋭く輝く針が八重と成った結界だった。驚愕する喜来と田中先輩だが、好機と見て詠唱を開始。「風よ、水よ、我が隣人よ。我らを有るべき世界へと導け。」田中先輩の詠唱が終わった直後、閃光が視界を塗りつぶした。
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同年2月28日 0800 県立立野高校 小会議室
「さて、今回の特別手当だ。受け取れ。」
京子先生は茶封筒をそう言って渡して来た。それはかなり重たかった。あの後、ケモ耳少女もここに来たらしい。戸籍等は田中先輩がなんとかしたしたらしいが。名前も決まったらしく、喜来誠子と成ったそうだ。
依頼はある一定の成功をおさめた。喜来は卒業式に間に合ったし、誰一人として欠ける事無く依頼を遂行出来た。そして、僕は魔術を扱う素質が発現してしまったそうだ。それはそうだろう、反射的に放った言葉であれを展開してしまったのだから。
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そして、目の前で繰り広げられている事態を引き起こした物でもある。「つまり、これはあなた方の不始末が招いた物ですよね?」そう京子先生に詰め寄って居るのは龍田七海だ。喧嘩にむやみに首を突っ込まない方がいい。僕はそそくさと会議室から出て、帰路に着く。
そして、下校途中に彼の姿をとらえた。「また会いましたね。先輩。」そう声を掛けると、彼―喜来幸一は驚いた顔でこちらを見た。「なんだ君か。あの後どうなった。」彼はそう問いかけてきた。僕は全てを話した。僕に霊術を扱う才能が発現してしまった事等も含めて。「お前も大変な事になったな。こっちもだが。」
そう言ってから、彼は自身の近状を言った。まず、喜来誠子は彼の妻となるらしい。本人は了承済みだそうだ。近日中に結婚式が行われるとの事。そして、進路。ここで僕は思いもよらない言葉を聞く。「4年制大学に入った後、江田島に入学?」
彼はそう言っていた。彼女―誠子はどうするのか聞くと、先輩の弟―彰一に預けると言う。
そう言えば、先輩はよく修の事を自慢していた。なんでも海上自衛隊の次期海将だとか。…恐らく僕も江田島に送り込まれるだろう。あの人―佐川先生がやりそうな事だ。
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その後暫く話をした後、僕は龍田七海に引きずられ、彼女の自宅に連れて行かれた。「取り敢えず、全て言いなさい。私怒らないから。」床に正座された後、彼女は僕に対し頬笑みながらそう言った。
だが、僕は知っている。この様な事を言っている時点で大抵の人は怒って居る事を。
その後、1時間ほど説教された事は言うまでも無い。
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同日1900 奈良県某所
僕は自宅に帰った。「ただいまー。」そう言いながら玄関扉を開ける。「おかえりー。」と母親の声が台所から響いて来た。だが、ここからが想定外。「忠義。お前今日から恋人―龍田さんだったか?と同居するのだろう、荷物は相手の方に送ってあるから早く行きなさい。」そう親父―志朗に言われた。
スマートフォンの画面を見せられた僕は、数秒ほど固まった。そこには、龍田からのメッセージが書かれていたのだから。
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後に分かった事だが、彼女は佐川探偵事務所に入ったらしい。その際に田中先輩からこう言われたそうだ「あいつの面倒を見てやってくれ。」と。僕のちょっと変わった日常は、続く事になりそうだった。