表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵と妖怪  作者: 相模曹壱
第2章 立野山の三年
3/23

前日譚3 海岸の邂逅

 和歌山県のある砂浜にて、一人の少年が海に立っていた。

その少年は有馬忠義。自認が人間の妖怪である。

 波の音が、僕の聴覚を支配している。

足裏を洗う砂の感覚や、潮風が服を弄ぶ感覚も、目を閉じればありありと感じられた。

少し前、僕はここで何か特別な事を経験した。

 だが、それを未だに思い出せないでいる。

一昨日、僕は親に必死に頼み込んで一人旅の許可を得た。

おかげでこうしてこの場に来る事が出来たのだが。

(あちこち歩いても、何も思い出せないとは思わなかった。)

膝のあたりまで海水に浸かりながら、夕日を眺める。紅い日の光は特段目に染み入るようだった。

 駅から北に歩いたところに、陸軍の砲台の跡地や海軍の水雷部隊の跡地が有ったが、そこまで行っても特段記憶が呼び起こされるわけでもなかった。

 さて帰ろうか。

そう思って海から上がろうとすると、誰かが後ろの方から走ってくる音が聞こえた。

 振り返ってみると、こちらに来ているのは女性だった。

年頃は僕と同じぐらいなので少女と呼んだ方がいいのだろうか、過去に会った事が有るような気がする。

紅葉色が混じる烏色の黒髪を、桜色の組紐で纏め、もみあげを下に垂らしている。

こちらを見る目には、瑠璃色の虹彩が有った。

麻製の白いカッターシャツを着て、ベージュのスカートを身に着けていた。靴は動きやすいよう、濃い灰色のスニーカーを履いている。

 その人物が、僕に飛びつくようにして抱きしめた。

少女の激しいハグに耐えようと、脚を少し開きながら引いた。

腰のあたりに手を回し、くるりと体を回して、衝撃を逃がす。

「あの、どうかなさいましたか?」

僕はそう聞くのが精いっぱいだった。

 少女の方は、はっとした表情を浮かべた後、やってしまった、という表情になっている。

「すいません。はしたない姿を見せてしまって。」

少女がそう言ったのは体感にして二十秒が経った頃、僕から離れた後のことだった。

僕は混乱していたが、何とか立ち直って問いかける。

「いえ、僕は大丈夫です。それよりもけがはないですか。」

そう言うと、その少女はどこか可笑しなものを見るような目でこちらを見て、笑った。

僕はその態度に少し腹が立った。

「笑う事はないでしょうが。」

そう睨みながら言うと、表情を変えて申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさい。馬鹿にしているわけではなくて。」

そういった後口を噤んだ。

 とりあえず、僕はもう少し話をしてみることにした。初対面の相手に、ああして抱き着く物なのだろうか。若しかしたら、僕が過去に会ったことがある人かもしれない。

そう思って、僕はその少女に質問した。

「失礼ですが、貴方の髪を括っている組紐、何所で手に入れましたか。」

そう問いかけると、少女は悲しそうな顔をこちらに向けてきた。

「やはり、覚えておられないのですね。」

どういうことなのだろうか。少しばかりの疑問が出てきたが、それをかき消すように言葉を掛けられた。

「いつか、思い出せるはずですよ。貴方も、若しかしたら物を見て思い出せるかもしれません。

さようなら。」

 そして、彼女はそのまま振り返らずに走り去っていった。

 振り返る直前、その目元には光るものが有ったように見えた。

 変な事もあったものだと思い、帰路に就く。

駅まで歩いた後電子カードを使って構内に入り、帰りの電車が来るまで待つ。

ここは終点の駅であり、かつ本数も少なかった。

今日家に帰れるのは夜遅い時間までかかりそうだった。

 そんな不思議な体験をした夏休みが、今日終わりを迎える。

 今日から二学期だ。

クラスメイトや先生方は元気だろうか。自らの身だしなみに不備はないだろうか。

家を出る前にしっかりと確認したはずなのに、不安になる僕の心。

 だがいつまでもぐずぐずしてはいられなかった。

「行ってきます。」

家族に向けてそう言って、一歩一歩、確りと力を込めて歩いた。

 電車に揺られて1時間。降りるとそこは、急峻な坂が見えた。

元々ケーブルカーが走っていたらしいその坂を見て、ふと笑みをこぼした。

 ここの坂を上るのも、後2年ほど。後悔の無い様に過ごさなければ。

柄入りのカッターシャツの第一ボタンをはずして、鞄を確りと背負いなおす。

 そして、いざ駆けだした。

走っているうちに、空気の熱は和らいでいく。しかしそれに反比例するように、僕の息と体温は上がり続けた。

校門についたのは、走り始めて12分ほどが経った時だ。歩くよりも3分短縮。まだ縮められるはずだ。

 教室を鍵を職員室で受け取り、教室の鍵を開ける。

中に入ると、蒸し暑い夏の空気が出迎えてくれた。僕はすぐに窓を開けて、空気を入れ替える。

当然廊下側の窓も開けた。

 そうして、僕は鞄から体育館用の靴を取り出して、生徒に割り当てられたロッカーに入れる。

椅子に腰かけた後、僕は机に突っ伏した。

(やっぱりつかれる。)

窓から外を見ると、少し厚めの雲が千切れながら空を飛んでいる。

今日から始まる新学期、僕はうまくできるだろうか。

 気が付くと、朝のホームルームが始まっていた。

しかし、入ってきた先生は副担任の日下部政彦(くさかべまさひこ)である。

「本日は体育館で始業式があります。その後、教室に戻った後転入生について話があります。よく聞いておくように。」

ぞろぞろと教室から出ていく生徒たち。僕もそれに混じって動いた。

「なあ、お前。」

後ろから声がかかった。

「どうしましたか。」

その声に僕は返事をした。

 問いかけた主は、ある程度印象に残る生徒だった。黒髪を真ん中で分けており、耳は完全に覆われている。僕は必死にその人物の名前を思い出そうとした。

「篠田、であっているか。」

「おぉ、覚えているのか。お前。」

篠田、というクラスメイトで間違いないらしい。

「この時期に新任教員と、それから転入生だぜ。おかしいよな。」

篠田がそう問いかけてきたが、僕は顎に手を当てて少し考えて声を返した。

「いや、別に。それに、余り詮索するのはよくないだろう。」

「う、ま、まあそうか。」

篠田のうろたえたような声を聴きながら、僕はクラスメイトの列に加わった。

 そして全学年が集められた体育館。

「では、新任の先生を紹介します。佐川京子先生です。」

佐川京子、か。中学校の頃に迷惑をかけまくった先生だった。

とはいっても、同姓同名の違う人だろうと思いながら壇上を見る。

 しかし、そこにいたのは中学のころに同じ中学校にいた先生だった。

「嘘だろ。」

僕は額に汗が伝うのを感じた。

髪の毛の色、質、背丈、背格好。何もかもがあの佐川京子と同じだった。

 目が合うと、その先生はニヤリと笑って手を振ってきた。

「本日からこちらで教鞭をとる事に成ります、佐川京子です。担当科目は数学です。よろしくお願いします。」

「佐川先生は、1年4組の担任となります。クラスの皆さんは、よく覚えていてください。」

 潮騒のように、クラスメイトのざわめきが聞こえていた。

 そしてその後、転入生についての話が新担任の佐川京子先生から説明が有った。

「さて、今日から君たちの担任を務める佐川京子だ。君たちの呼びやすいように呼んでくれ。

さて早速だが、君たちと一緒に学ぶ仲間が今日から増える。私も含めると二人だがな。

龍田、入ってくれ。」

 先生が前の扉に向かって僅かに声を張った。

そして入ってきた生徒は、僕があの時出会った少女だった。

「本日から転入しました、龍田七海(たつたななみ)です。よろしくお願いします。」

「さて、龍田は…そうだな、有馬の隣に座ってもらおうか。」

クラスメイトがざわめき始めた。それを抑える様に先生が言った。

 「異論は認めないよ。不満があるのなら小声で言い合わずに私の目の前で堂々と言いなさい。」

張り上げられた声を前に、クラスメイト達は口を閉じざるを得ない様子である。

 隣に座ると同時に、こちらに視線を向ける龍田七海。

「これからよろしくね。有馬君。」

その声を聴いて、僕は少し憂鬱になった。

 放課後、僕は先生をとっ捕まえていた。

「佐川先生、少しお時間よろしいですか。」

そう声をかけると、佐川先生は振り返った後ニヤリと笑みを浮かべた。

背筋が凍るような、ぞくりとした笑みだ。

 「さて、小会議室で話そうか。ああ、龍田。君も同席してほしい。」

小会議室にて、僕と龍田は佐川先生から話を聞いていた。

「有馬君。君に頼みがあってね。こうしてここまで来たのだが、用がわかるかい。」

僕はそれ心当たりはなかったため、逆に質問した。

「僕はまだここで問題を起こしてはいないですよ。」

「さて、それはどうかな?」

佐川先生は指を口元に当てて、そういった。

「龍田七海、お前の口から言ってみろ。こいつに何をされたかな。」

「私はこの人に傷物にされました。」

「え。」

「だ、そうだ。男らしく責任を取り給え。」

佐川先生にそう言われ、僕はただ頷く事しかできなかった。

「それから、今後君はアルバイトを始める事に成ると思う。そこで、だ。」

佐川先生が、僕にある提案をした。

「君、私の妹の手伝いをしないか。」

 僕はそれに肯定するしかなかった。

佐川先生はとかくやることが陰湿であった。おかげで少しは根性はついたのだが。

 だが、僕はこの提案を受け入れたことを少し後悔する事に成る。


僕の日常が、非日常という怪物にのまれた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ