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探偵と妖怪  作者: 相模曹壱
第2章 立野山の三年
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顛末

 夏休み。高3の今の時期はバカンスなんて望めない。入試に向けての資料作り等で予定は詰まっている。その上学校から出された課題もある為、忙しい日々だ。

 僕の方は総合型選抜を受ける予定である為、スライドの資料集めに奔走している。うず高く積もった本を読み、それをスライドに落とし込む。「うっ、…少し休憩するか。」鋭い痛みが、頭を襲った。かれこれ4時間ほどパソコンと睨めっこしていたからだ。データを上書き保存し、閉じる。置いていた蒸しタオルを目に掛け、30分のタイマーをセット。畳に寝転ぶ。(取り敢えず、30分休憩したら再開しよう。)

 だが、気が付いた時には2時間も経っていた。急いでパソコンを再起動し、資料を打ち込み始める。(最後に建造された大淀型。後は総括と参考資料を乗せれば。)

 それから1時間後、スライドは完成した。内容は、天龍型軽巡洋艦から大淀型までの特徴をまとめた物である。建造目的なども成るべく細かく記載した。

 ぐっと背を伸ばすと、ぱきぱきと音が鳴った。「さて、後は校閲だけか。」だが、文法等に注意し打ち込んだ為か、殆ど間違いは無かった。後は入試本番に向けて練習を重ねるだけだ。

同年9月1日 0900 県立立野高校

 いよいよ、実質的な最終学期である2学期が始まる。今日は始業式。その為、全体的にピリピリした空気が学校を支配していた。今居るのは体育館だ。校長の話が終わり、終わりかと思ったが、今にしては珍しく新たに教員が着任するらしい。壇上に上がったのは3人。全員30代の様だった。

「皆さん、はじめまして。私は本日よりここに着任しました、叶谷徳太郎です。担当教科は英語です。よろしくお願いします。」

「では、自分も。磯山和明、担当は数学です。皆さんに数学の楽しさを教える事が出来れば幸いです。」

「最後ですが、僕は難波田頼和です。前職は海上自衛隊幹部候補生学校で教官をしていました。担当は社会科です。よろしくお願いします。」生徒達のざわめきが漣のように伝播していく。

 それをよそに、始業式は終了した。

教室に戻り、終りのホームルームを行った。それが終わった後、僕はまず職員室に向った。「失礼します。3年3組の有馬です。叶谷先生、磯山先生、難波田先生はいらっしゃいますか。」

声を張り上げて言うと、3人の新任の先生がやってきた。何故全員が何所か誇らしげに壇上に立っていたのか。僕はその理由が知りたかった。だから呼んだのだが、答えは驚きの物だった。

「私はここの1期生だからだよ。君は20期生だろう。こうして、後輩に教える事ができて光栄に思う。」こう言ったのは叶谷先生だった。「自分は廃校に成った龍田高校の18期生だ。最後だからこそ、ここに勤めたかった。」とは磯山先生の言。

「ここは元々、三郷高校だったからな。20年前の日々を思い出したいと思ったから、ここに移る事にしたよ。」難波田先生も、昔を懐かしむ為勤務する事にしたようだ。

 そして、彼ら3人はここに集まった。過去との邂逅を果たした生徒達は、その瞳に何を写すのだろうか。

同年9月18日 0900 県立立野高校

 この日も、変わらない日常が過ぎる筈だった。そう言えば、今朝は佐加井の姿が見えなかったが、風邪か何かを引いたのかも知れない僕は板書を書き写しながら、そんな事を考えていた。「有馬。答えろ。大学受験で緊張するのは分かるが、皆同じだ。」そう言ったのは、新たに着任した難波田先生だ。鋭い眼光が眼鏡の奥から覗いている。僕は今やっている日本史の範囲を確認後、質問の内容を思い出しながら答えた。「日露戦争時、日本はぎりぎりの財政状況で戦っていた為、早く戦争を終結させたかった。」「うむ、よろしい。では、何故ぎりぎりだったのか答えよ。」「それは、当時まだ明治維新から50年ほどしかたっておらず、財政が未だ不安定であった事が原因だと思います。」「なるほど、その様な解釈も出来るか。他にも、兵士に対する給与などもあったからな。それから、戦死した兵士の家族に対する見舞金も、だ。後は外国から物資を大量に輸入した事も拍車をかける要因に成った。」クラスメイト達も納得した様な顔で先生を見ている。

 難波田先生が日露戦争の結果を言おうと時、不意に足元が揺れた。地震かと思ったが、違う。クラスメイト達も挙動不審に成って辺りを見渡す。窓ガラスと揺れ、蛍光灯が点滅した。

 だが、僕はそれどころでは無かった。(忠義、これはまずいぞ。)もう1人の人格である忠正が、焦りながら話しかけた。僕も、明らかに空気が変ったのを感じ取った。

 僕の身体は、少し普通の人と違う点がある。それは、身体の約9割が妖怪の物に成っている点だ。だから、普通の人では見えない物が見える。霊や妖精等がその代表例だ。それらに対しては、シカトを決め込むのが一番だ。

 だが、霊力自体が見える事がある。結晶化した物は普通の人にも見えるが、僕の場合だと結晶化していない物も見える。

 だから、立ち上るどす黒い霊力が見えてしまった。それは山から湧き出る雲の様に、どんどんと昇っていく。

 そして、声が聞こえ始めた。

“はっはっは。我らが天下を治めるときが来た。”“人どもを喰らい、我らが蹂躙せり時来たれり。”“くく、封印されて1500年。力を貯めた甲斐があった。”“龍田の巫女よ、止められるものなら止めて見よ。まず貴様から喰らい尽してやる。”

 僕は、ある事を思い出した。(そういや文化祭、10日後だったっけ。)(ここで思い出す事がそれか?!)忠正の鋭いツッコミが炸裂する。(いやでも、3年生にとっては最後の文化祭だろう。おじゃんになったら可哀そうだ。それに、1年にとっては最初の文化祭だ。尚更可哀そうだ。それに、僕一人で太刀打ちできるとでも。)そう念を送ると、忠正は納得できない声を上げる。(だが、奴らは人を食らうつもりだぞ。どうする。応援が来るまで待つしかないが、最低でも30分は掛かるぞ。玉砕覚悟で突撃するか。)

 だが、この異変は直ぐに収まった。“きっきさまぁ、よくもやってくれへぶっ。”その声が聞こえた直後、立ち昇っていた黒い何かは消えた。(…異変は解決できたようだな。)(秒速で解決しちゃって大丈夫だったか。)その後、割とあっさり普通の日常に戻った。

同年9月26日 0400 立野山山中

 私、龍田季子は封印を確固たるものにすべくここに居る。

学校には、体調不良を理由に行っていない。普段は偽名(佐加井)を名乗っている為誰も気付かない筈だ。(あの人は、悲しむだろうか。)剱田と言う男子生徒が私を助けたのだったか。あの時は、命と引き換えに屠る覚悟だった。だが、私は生き残った。両親はとうの昔に亡くなっている。孤独の身の人間だった。だが、彼はそんな私に告白をしてきた。受けたが、それ故に、後悔している。彼は私に色々な景色を見せてくれた、卑怯な人だった。だから、今こうして誰にも言わずにここに立っている。

 私の先祖が封印した、この祠の前に。武器は2つ、己の血で書いた術符。50枚を懐に入れている。昔から伝わる小烏造りの太刀一振り、これは左腰に佩いた。

 服装は白衣と緋袴、千早。白足袋と草履を履いている。

 私は、祠の中へと身を滑り込ませる。そして、見えたのは石作りの回廊。手に持っていたカンテラを使い、前を照らす。進むと、階段が見えた。それを上がると、天井に突き当たる。

 だが、これは天井では無い。目を凝らすと術符の様な物が隙間なく張り付いている。これこそが、結界だった。先代の魂により修復されている封印は綻び始めていた。余りにも早すぎるそれを目にして、唇をかんだ。

 そして、想定外の事態が起きる。「あっ。」気が付くと、全ての札は剥がれ落ちていた。

 そして、魑魅魍魎が姿を現す。“漸く見えたぞ龍田の巫女。”“1500年の恨み、貴様を末代まで苦しめ続けてやろう。”

天井は開かれ、私は中に引きずり込まれた。

 鶴の頭を持ち、牛の胴、亀の足を持つ者や、一目見て鬼と分かる物。形容し難い者達によって、空間は埋め尽くされた。

 私は刃を抜いた。“ほお、小娘如きが我らに刃向かうか。”

 そして、気が付くと左に飛んでいた。地面を転げながらせき込む。口から吐かれたのは血だった。「ごっほっげッほッ。」

“はっはっは。まったく面白い様に転げるのお。”“初代と比べては、月とすっぽんであろう。”“いやすっぽんは、すっぽんに対し侮辱に成る。日とそうじゃな海胆かもしれぬ。”“お主、上手い事を言う。”“”“はっはっは。”“”

声が重なり、鼓膜を揺らす。力を入れて立とうとするが、足も折れている様だった。胸倉を掴まれ、持ちあげられる。どうやら腕も折れているらしく、動かせない。“さて、ただ殺すのでは面白くなかろう。”“いたぶって殺すのは如何じゃ。”“いや、奴を離し、子を目の前で殺すもよかろう。”“うむ、それこそ上策。”“いや、奴の子の目の前で奴を殺すはいかがか。”恐ろしい話の内様だった。けれども、彼らは懐にある50枚の術符を知らない様だ。

だが、最後の希望は砕かれた。“おや、そう言えば、奴の懐からかような物が。”そう言って現れたのは、秋刀魚の胴体、頭はゴキブリ、足は竈馬の化け物だった。それは器用に足で50枚の札を掴んでいる。“ほお、全てこれは封印の物か。燃やせ。”“御意。”

 万事休す。どうやら私はここまでらしい。(そういや、文化祭は2日後だったか。すまない、皆。)私は最後の時を待った。だが、その時は10秒ほどたっても来なかった。気が付くと、私は剱田の腕の中に居た。覚悟を決めたその人の顔に、私は安堵した。(有難う。)意識が暗転する。

季子突入40分前 佐川探偵事務所

 「おい、大変だッ。」僕こと有馬忠義は、事務所の地下会議室で事前のブリーフィングを行っていた。少し前のあれは、結界が破壊された音らしい。田中先輩が簡易的に修繕を行ったが、長く持たないと言う。

 また、封印をかけ直すのが面倒なので封印されている物を全部潰そうとなった訳だ。だが、想定外の事が起こったらしい。

息を切らせて駆けこんできたのは、山城大嗣。僕の下宿先の主だ。彼は付喪神で、戦艦山城が本体である。「赤丸が動いたッ。」その声に、空気が凍りつく。赤丸とは佐加井季子の識別符号だった。だがそれは偽名で有り、本名は龍田季子と分かっている。これも、8月から必死で調査してくれた所長のお陰だった。動いたという事は、彼女は自分の命と引き換えにあれを封印する為だと分かった。「なにッ。直ぐに作戦を練り直せ。」その表情は明らかに3徹した人間の顔である。

 僕は武器庫に走った。「出発を急いでくれ。赤丸が動いた。」そう言いながら武器庫に入ると、龍田と江風は詰め寄った。

「それは本当なのか。」「嘘だと言ってくれ。」「本当だ、山城さんからの報告だ。」そう言うと、2人はへたり込んでしまった。

 僕は直ぐにガリル小銃を手に取る。イスラエル製のこの小銃は、過酷な環境でも十分に作動する堅牢さを持ち、命中率も比較的高いのだ。作業服の上からベストを着、予備弾薬を入れる。

耐衝撃用のヘルメットを被り、顎紐をナイフで切る。

(忠正、近接は任せた。)(おう。で、どうする。)(箒に乗って。)(流石に間に合わん。)(だよな。)そう言い合っていると、所長が声を掛けた。「出発を現在時刻に前倒しだ。急ぐぞ。」

 さて移動となったが、用いたのは大型輸送ヘリコプターだ。なにせ総勢17名(僕、龍田、イーラ、田中先輩、貫田さん、 江風、谷嶋、所長、蕨田、赤坂、井狩、剱田、山城さん、薩摩、雷、矢矧)である。

そして、その分速度も低下する訳で。「もっと速度を上げないか。」「これが今の限界だよ。4人降りれば速度は上がる。」

 山城さんが額に汗をかきながら言った。現在時速250㎞で巡航中だが、相当無理をしている。そして何より、今回は龍田達の仲間も搭乗している。「へへッ、久しぶりに得物を食える。」「我々戦船が陸で戦うとは思わなんだが、血が滾る。」「鎧袖一触だ。やってやる。」

 こう話しているのは雷(初代)、矢矧(筑摩型防護巡洋艦)、戦艦薩摩の分体である。彼らは応援として2日前から事務所に居た。彼らの得物は全て、銘が五十ツ胴である。つまり、一度に人間の胴体五十を切れると言う事だ。付喪神の技術は全く予想が出来なかった。

 「よし、目標地点に到達。懸垂降下で頼む。」山城さんがそう言うと、全員がそれぞれのドアに向かった。次々とロープを用いて降下。最後は僕とイーラだった。「さて、ロープは使わなくても大丈夫だな。」イーラの声に、僕は頷いた。

 そのままドアから飛び降り、箒に乗って飛行を開始する。

そして、剱田を米俵の様に抱え祠に突撃した。そして、石造りの回廊を抜けると視界が朱の空を捕えた。異形に掴まれている千早を眼球が捕えると、僕はそこに目一杯の力を込めて剱田を投擲。「剱田ッ、触手で回収しろッ。」「無茶苦茶なッ。」

剱田は愚痴を言いながらも飛びながら背中から触手を伸ばし、千早を着た人物“龍田(佐加井)季子”を回収する。彼は着地後、雷らと合流、直ぐに脱出した。「忠正。頼んだぞッ。」(おう、任されたッ。」 声が変ると同時に、身体の一部から感覚が消える。「さて。俺の後輩いじめた対価、命で支払い願おうか。」

“はっ、戯言を。”“囲んで嬲殺しじゃぁ。”

 だが、僕の右腕は刹那の内に太刀を振っていた。途端に、ばらばらに成る魑魅魍魎。今ので四十切りか。“ぬおッ。気をつけよ。こ奴やりよる。”“まさか、あ奴の刃は百ツ胴の小烏造り。”“なんと。奴を殺せばあの刃が我がものか。”“二百で囲めばよかろう。”

 さて、数で押すのは良いが俺一人だけだと思うなよ。そう心の中で呟いた途端、五十の魑魅魍魎が爆発四散した。

「へッ。伊集院信管と下瀬火薬は最高だぜ。」「さて、おいどん二百切りをしたくなった。援護はいらん。」「私は三百切りで。いいとこ持って行かれるのは癪に障る。」

どうやら薩摩達の砲撃が命中したらしい。砲塔が複数宙に浮かんでいる。それにしては恐ろしい。今の砲撃で計九十は屠した、だが戦意は向上している様に見える。“我らの恨みは晴らせなんだ。その代わりに貴様ら全員胃の中に入れてやる。”そう言って出てきたのは鶴の頭を持ち、牛の胴、亀の足を持つ者だ。吐く息は紫色で、明らか有害である。

 そいつが僕に突撃したが、背に隠していた鉄筋を進路上に猛スピードで飛ばした。結果首は胴と泣き別れ、力なく倒れた。「針飛ばしか。」そう言ったのは蕨田だ。僕はこう返した。「厳密には鉄筋だが、あれも針と言い張れば針に成る。」

 そいつの頭は未だに動いていた。僅かながら声も聞こえるが、そう大事は言っていない。「さて、こっからは華の一期生の見せ場だな。」そう言って現れたのは、ここに居ない筈の人物だった。「叶谷先生。何故ここに。」「なに、少し嫌な予感がしたから来ただけさ。俺の後輩をいじめた奴は、俺が成敗しなければな。」手をボキボキ鳴らすのは新任教員の叶谷徳太郎である。

彼は懐から鉄扇(畳んだ状態の扇をそのまま鉄製にした物)を取り出して、分銅縄が如く構えた。それを用いて連中の顎を打つ。ぐぇ、がっ、といった声を上げて倒れていく魑魅魍魎。それに止めを指すのは磯山先生と難波田先生である。

 それぞれナイフを持って脳天に突き刺していく。全くもって容赦無しだ。

「さて、フレイムゲッコー。死体を喰い尽せ。」そう言ったのは貫田尚子。彼女はどうやら精霊使いとしてこの場に居るらしい。つい先ほどまでは作業着を着ていた筈だが、紺のフレアスカートに空色のブラウスという格好に成っていた。腰には雑に鉈が括りつけられ、靴は黒の半長靴だった。刹那、焔がヤモリの体を取り魑魅魍魎の死体を覆った。そして、死体は焼失。

「全か無か。死体は無なり。」田中弘治がそう言った途端、死体は全て掻き消えた。この男が最強と言われるのは、1つの術式しか使えないからだ。それは0と1の術式。全か無かの法則が例えに適切だろう。それ故に、そこに存在しないと言い張れば存在しなくなる。

時折龍田が本体の14㎝砲を放ったり、所長がラハティを腰だめで撃ったりしながら魑魅魍魎を討伐していく。死体は田中先輩が無の法則を使い消し去り、最後は弾薬が無くなり、霊術で結界内に封印されていた全ての魑魅魍魎を討伐し終えた。

そして、それを発見した。「なあ、これは何だ。」それは注連縄で囲まれた小烏造りの太刀だった。傍には、ミイラ化した遺体が一体ある。ミイラの服装は巫女服の為、恐らく魑魅魍魎を討伐するためにここに来たのだろう。遺体と比較すると、太刀の大きさは優に3mを超えている。刃渡りは目測で2.5m程度、太刀と言うより長巻に近い。それに、明らかに不味い代物の様な気がする。「…あれは俺たちの手には負えんぞ。怨嗟の声が聞こえる。」田中先輩は冷汗をだらだら流しながら言った。

 だが、僕は注連縄を潜りそれに触れた。視界が暗転する。

気が付くと、僕は巫女と向かい合っていた。「助けてください。」その女性の声に、僕は直ぐに答える事が出来なかった。

 「すまないが、君達の怨嗟をどうにかしない限り、君を助ける事は出来ない。」巫女の後ろから来た忠正はそう言った。

「…そうなのですか。」巫女はそう言って、目を伏せる。

「私の血筋の者たちの怨念は、もう抑えきれません。」「そうか、じゃあ、赤の他人まで巻き込むか。」

 僕はそれをただ黙って見守る。この場所は、どうやら巫女の精神世界らしい。神社の境内らしく、白い砂利が敷かれている。

 僕は、巫女の後ろに居る何かに気が付いた。人をぐちゃぐちゃにつぶした後一纏めにしたようなそれは、瘴気の様な物を帯びていた。

 僕はそれに向かった、不思議な事に足音一つ無く歩く。見ると、自分の手が色つきガラスの様に透き通っていた。

 だからか、忠正も巫女も気が付かなかった。僕がそれに触れると、いくつもの記憶か流れ込んできた。惨たらしく殺された歴代の巫女たちの記憶。僕は呑まれそうになりながらも自我を持ち続けた。“さあ、貴方も、私と共に、怨嗟の歌を詠いましょう。”声が幾重にも重なり、響く。「そうか、君達は未練があるか。」「忠義ッ、直ぐに離れろッ。」

 忠正の声が響いたが、僕は触れ続けた。身体は殆ど透明に、そこに居ない様に見えた。「風よ、風よ。時津風。」僕は術を詠む。死者の迷える魂を、極楽に送る為に。意識は途切れかけ、だがそれを強い意志でもって抑え込む。心に浮かぶ呪い(まじない)を、声に出した。「春風吹くは、三途河。迷える御霊よ、河渡れ。来世は花園、常世縋るな。風よ、風よ。天津風。野を駆け、天駆け坂駆け河に着く。我が(のぞみ)は、輪廻転生。恨みは風に、掻き消える。」

 次の瞬間、風は僕が触れていた何かを運んでゆく。風が収まった後、目の前を見ると勾玉が落ちていた。恐らく怨霊の核となっていた部分だろう。僕は、それを乱雑にポケットにねじ込んだ。「…。有難うございます。」巫女がそう言って頭を下げる。

 忠正が、巫女に言った。「結界が破壊された件。原因は怨念だった、と俺は解析する。あれほどの存在は物体に干渉する能力を持つ事は明白だ。」

 そう言った後、忠正が僕に手招きした。「すまないが、あんたの得物、俺達が預からせて貰うぞ。」そう言って、忠正は巫女が背負っていた長巻を僕に渡した。ずっしりと重いそれを受け取った途端、視界が暗転した。

 気が付くと、目の前に在った長巻は消えていた。そして、身体が妙に軽くなっている。最近、忠正が肉体における人間と妖怪の割合を調整していた。それは思いの外体力を消耗し、常に風邪をひいている様な感覚だった。だが、それが感じられなくなっている。「おい、有馬。大丈夫か。」そう声をかけてきたのは、田中先輩だった。「はい、僕は大丈夫ですが。」「そうか、なら良い。取り敢えず、ここを脱出しよう。」

 田中先輩の声に、皆が頷いて歩き出す。そして、外に出る。

昇る朝日を目にして、僕達はあの中で過ごした時間の長さを感じたのだった。龍田季子は病院に運ばれたらしく、薩摩が周辺の見回りをしていた。腕時計を見ると、午前8時を示していた。「なあ、今日って平日だよな。」僕がそう言うと、全員が言った。「…そうだね。」「不味いのでは。」「そだね。」

 僕達は急いで事務所に戻り、制服に着替えて学校に出発。

当然だが、ハンドルを握るのはイーラだった。何時かと同様、校門前でドリフトをかまし、助手席側から昇降口目掛けて龍田と共に走った。間に合ったが、担任の先生に怒られたのだった。

翌日 0021 山城邸

 僕は夢の中で、忠正と会っていた。円形のちゃぶ台を囲んでいるが、今回は少し様子が違う。「すまないが、その人は。」

僕がそう忠正に問い掛けると、代わりにその人物が答えた。

「怨念の素体と成っておった、あの勾玉じゃ。人の血肉となっておるのは、このほうが話しやすいと思い取っておるだけじゃ。」「我(勾玉)が、あの長巻の一部であった。だが、怨念を集めるのには長巻は不向き。それ故に、我は切り離された。我のお陰で、未だにこの身体は自壊せずに済んでおる。」

そう言うと、その長巻“八重雲”は湯呑の緑茶を飲んだ。

 八重雲曰く、この身体を今の比率のまま維持するのは容易ではない。この為、一度完全に妖怪化させた後、再び人間に戻す作業を今行っているそうだ。「あと三刻あれば、それが完全に終わる。普通、妖に呑まれた人間は理性を失う。だが、私の主“初代龍田の巫女”は克服する事が出来た。それ故に、私の様な存在も扱えたのだろう。」「それを、僕にもしろという事ですか。」「そうなる。まあ、我が付いているゆえ失敗する事は無い。

それに、お主の身体全体に我は存在しているからな。」

そう言って、八重雲は笑った。

同年9月28日 0830 県立立野高校

 “では、本日ただいまを持って、第20回、県立立野高校文化祭を開催いたします。”僕はほっとしながら、その放送を聞いた。 あの日から2日。誰一人と欠けず、文化祭の日を迎えた。そして、僕は無事に妖怪化を克服したのだった。

「さて、有馬。君はあの出来事をどう思う。」そう問いかけてきたのは、佐川京子。所長の双子の妹だった。「どう、とは。僕としては、経年劣化の影響で、結界が破綻したと考えていますが。」そう言うと、京子先生は首を横に振った。「違うよ、周辺に可笑しな人影が見えたらしくてね。それが、9月18日。」

 僕は立ち上って声を荒げた。「馬鹿なッ。誰かがあの封印を解いたと言うのかッ。」「ああ、それに、人影は巫女の様な格好をしていたらしい。」

 僕は顔から血の気が引いた。あの結界内に巫女たちの怨念が封じ込められていた筈だが、注連縄で囲まれた場所が常世と繋がっていたのだ。「君は、どうやら呪いを始めとした存在に強い耐性がある。私は数分後、この事を忘れる。その様な術を組んだからね。」どうやら、忠正の推測は合っていたようだ。先生は、僕の目を見て言う。「君、この事を話してはならないよ、未練は混ざり、怪異と成って人々を襲う。だから、黄泉の阪を駆けた後も、話してはならない。」

 僕は小会議室から出る。「はあ。」1つため息を吐くと、僕は出店のある方に向かった。これからも、あの出来事は僕を雁字搦めにするのだろう。卒業まで、あと4カ月の事だった。


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