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探偵と妖怪  作者: 相模曹壱
第2章 立野山の三年
20/23

異変3 結界と異界

 夏の気配が近付きつつある中、ある邸宅では一人の高校生が慌てて朝食を済ませていた。

 その日は平日だった。つまり、学校がある。僕こと有馬忠義は、顔を青くして朝食をかきこんでいた。制服のアイロン掛けは昨晩終えているが、この時間では列車には間に合わない。「忠義さん、早くッ。」一足先に靴を履き待っていた龍田七海(たつたななみ)は、ぼさぼさの髪で待っていた。彼女も寝坊して、起きたのは0740頃だったらしい。「「行ってきますッ。」」僕と龍田はそう言って家を飛び出す。外には、今まさに発進しようとしている車両が1台あった。車種は社畜の足、プロボックスである。左側面をこちらに向けた車両のドアは開け放たれており、運転手の姿も見える。その人物は赫怒に燃えていた。穏やかな雰囲気を醸し出す灰色の髪や、黄金色の虹彩も僅かに赤くなっている様な気がした。彼女の名はイリーナ・アイゼンバーク。異世界の魔術師で、現在はとある探偵事務所で働いている。「乗れッ、日曜日に夜更かしは止せと教えられなかったかッ。」「すみません。依頼の情報収集に集中して夜更かしを。」僕はそう言いながら扉を閉めて、シートベルトを締める。運転席側に有るそれを見て、僕はイーラの顔を見た。「これMTモデルじゃないですか。どこで。」「中古で買ったよ。安かったからね。」それはギアのシフトレバーだ、後退から6速までのそれは、ミスがエンストに直結する代物だ。「さて、飛ばすぞ。」彼女はそう言って、アクセルを全開にした。ギアは6速。クラッチペダルに置いた足をゆっくりと離す。そして、足が完全に離れた時一気に加速した。速度計の針は30㎞を超え、数秒後には60㎞に到達。交差点をドリフトで抜け、神社の前を時速100㎞で駆ける。自分の通う高校は、山の中腹に位置する。この為に、山を登らなければならなかった。だが、時速100㎞を僅かに超す車両に不可能は無い。歩けば15分近く掛る坂を僅か1分で登り切った。正門前で車体をドリフトさせて、強引に停車。僕と龍田は鞄を持って車から飛び出す。一気に昇降口まで走り、靴を履き替え、階段を駆け上がる。

 僕達は何とか間に合った。

同日1300 県立立野高校 社会科教室

 「龍田先輩、有馬先輩。お二人、校内で噂に成っていますよ。」

蕨田、貫田、江風、谷嶋、と剱田。それから同学年の赤坂、石狩、龍田と昼食をとっていた。僕に話しかけてきたのは、剱田こと剱田多聞だ。彼は麦茶を一口含んでから、言葉を続けた。

「今朝、ドリフトしてやってきたプロボックスから、先輩2人が降りて来たと。」確かにそれが僕達である事は間違いない。

しかし、そこまで素早く噂は広がる物なのだろうか。僕が疑問に思うと、赤坂が答えた。「恐らくだが、誰かが偶然カメラでも回していたと思う。それをメッセージに乗せてばらまけば。」「あっさりと全校生徒知れ渡る。だが、誰がどこで撮影しどの派閥に流したのか。そこが問題だ。」続きを言ったのは、石狩だった。

 彼の言っている事は、おおむね正しい。あの牛頭の1件以来、行方不明者の数も増えている。もし牛頭のシンパがそれを撮影していたら、我々は危機的状況に陥る事に成る。

 僕のバイト先の先輩も、過密スケジュールで動いていると言っていた。生姜の佃煮を入れた握飯を咀嚼しながら、思い出す。僕達3年生は中間試験がある為、この時期は休みだ。だが、恐らく試験期間が終われば相当忙しくなる。深夜帯まで動く事も視野に入れなければならない。

同年5月19日 2100 奈良県五条市某所 某国道

 「田中先輩、わざわざ送っていただいて。」「気にするな。今日は夕方までに片付く予定だっただろ。」僕と龍田、イーラは田中先輩こと“田中弘治”の運転する車に乗っている。バイト先の探偵事務所は、奈良県北部の大和郡山市に在る。この為、和歌山県の隣に存在する五条市からは離れている。今日も、2時間近く電車に揺られて事務所まで行った。更に3件もの依頼をこなしたのだから、当然疲労はたまる。この為か、助手席に座っているイーラはうつらうつらと船を漕ぎ、右側に座っている龍田は僕に身体を預けて夢の中。

そして、睡魔の魔の手は僕と田中先輩にも掛っていた。

「田中先輩、起きてくださいッ。」「ッすまん。落ちかけた。」

一瞬、ガクッと田中先輩の上体が前に傾く。車体が大きく振られかけた。その途端に、どうやら意識が完全に覚醒したらしい。1度路肩に車を止め、エンジンを切った。

 僕は鞄の中から、あるものを取り出して田中先輩に渡す。「取り敢えず、これを。」それは目覚まし用の、黒色のガムだ。「すまん。助かる。」田中先輩はそれを2つ、口に入れ噛み始めた。

 再びエンジンを掛け、発進する。その時に、僕は助手席に座りなおした。この為、後席には龍田の左側にイーラが居る事に成る。「田中先輩は、この事態をどうみますか。」僕がそう問いかけたのは、田中先輩がガムを噛み終わって数分してからの事だった。「どう、とは。」「こう、何か裏があると言いますか。今日の最後の依頼も、異世界での召喚術式が原因だった筈です。最近の依頼も、3件に1件程度がそれだった。」田中先輩は、遠い目をして言った。「これは俺の友人が話していたが、混ざる為にこれらの事が起こっていると話していたぞ。」「混ざる。ですか。」「例えだが、缶の中を水で満たし火に掛け沸騰させる。その状態で缶の口を押さえ、急速に温度を下げるとどうなる。」田中先輩が、唐突に物理的な話を始めた。

 僕は、中学の頃に見た教本の内容を思い出し答えた。

「大気圧によって、缶が潰れる。霊力でも同様の事が起こる。

…我々の身体を高濃度の霊力に適応させるために、異世界に召喚されている。そう言う事ですか。」「そう言う事だ。しかも、召喚された場所は霊力の薄い場所が多い。本格的に混ざり始めている。ワームホールが異世界とこの世界を繋ぎはじめている。最近、妙に気温が低い日が多いだろう。原因はそれだ。」先輩は真っ直ぐに前を見たまま言う。

 例年と比べても今年は4度ほど最高気温が低いらしい。理系科目の東町先生曰く、まだ若かったころの気温と殆ど同じらしい。とは言っても、先生は相当困惑していたが。「霊力的な変化は始まっているが、まだ一般人には影響のない範囲だ。」そう言いきった先輩の顔には、何所か安堵の色が見えた。

 その後は殆どしゃべらず、無事に家に着いた。「有難うございました。」僕は車から降りると、そう言って頭を下げる。「気にするな。俺も昨日この辺りに引っ越してきたばかりだから。じゃあ。」先輩はそれに答えると、車を発進させた。

 「帰るか。」僕は、未だに眠っている龍田を背負い直した。

同年5月19日 2130 奈良県五条市某所山城邸

 「おーい、起きろー。」あの後、無事に帰ったが、別の問題が発生した。

 龍田が一向に起きないのである。取り敢えず靴を脱がせるのは成功したが、未だに夢の中だ。彼女の私室は2階、ベッドまで運ぶのは容易ではない。

そこに、救世主が現れた。「お、お主ら帰っておったのか。」

そう言ってきたのは、この家で世話に成っている山城龍実だ。どうやら眠れなかったらしく、寝巻を着たままだった。「すまん龍実、この眠り姫をどうにか運んでくれ。なんでも言う事は聞いてやるから。」そう言って頭を下げる。だが、龍実の返事はある意味で恐ろしい物だった。「そこまで言うか。ふむ、そうだな。お主、部屋まで上がった後そやつの隣で寝ろ。安心しろ、何か間違いが起きたら全力で止める。安心して眠れ。」「いややっぱり大丈夫です。一人で行けます。」龍実はにやにや笑っている。「お主ら、確か婚約者同士だった筈では。添い寝程度であれば問題なかろう。」「いやそれでも駄目です。」僕はそう言うが、龍実はやはりにやにや笑っている。「過去に一度添い寝しているであろう。何も問題は有るまい。」「あれはノーカウントです。」「それに。」そう言った直後、龍実は僕の右肩を嗅いだ。「凭れ掛かられておるな。恐らく帰りの車内。」「何故わかる。」「私の鼻は良くきくからな。それに、背負っておったのだろう。大丈夫だ。」

 僕は、結局1人で龍田を運んだ。龍実は面白く無さそうに見ていたが、ふと微笑んでいたのが怖かった。

 翌朝、僕は普段と違う窓の光で目が覚めた。そして、ここが龍田の私室であることに気付く。(可笑しいな、僕は間違いなく自室で寝ていた筈だが。)昨晩は龍田を部屋まで運んだ後、衛子さんに帰りが遅くなった事情を説明し、風呂に入って自室の布団に入った筈だ。「静かに、後ろを見ろ。声は出すな。」

そう声をかけてきたのは龍実だった。しかも、耳元で囁いているのである。僕は後ろを向いた。

 そこに居たのは、間違いなく龍田だった。無防備な寝顔を晒して穏やかな寝息を立てているが、こっちとしてはそれどころでは無い。普段と異なり髪は下ろされており、眠っている間に乱れたであろう桜色の浴衣はより一層艶やかに見えた。

「静かにしろ。」声をあげそうになった僕の口を、龍実が抑えた。「お前何て事をしてくれた。家から追い出されるぞ。」僕は声を押さえて龍実に言った。それに切り返す龍実。「まさか、そんな事は無かろう。いざと言うときは私が責任を追うから大丈夫だ。」「そうではない。」言い合っている内に、この部屋の主が起きたらしい。

 目をこすりながら上体を起こし、とろんとした目でこちらを見る龍田。冷や汗を流す僕と龍実。「…夢か。だったら、好きな事をして良いか。」僕と龍実は目が点に成った。普段はしっかり者の筈だ。

 僕が驚いていると、唐突に龍田は抱き着いて来た。「ちょっ。」「これは夢だ、いい夢、だ。…。」そして、そのまま横に成った。僕に抱きついたまま。その表情は穏やかに微笑んでいた。「龍実、助けてくれ。」そう言うが、龍実は首を横に振る。「そのまま、夢を見せてやれ。私にはやるべき事がある。」龍実はそのまま部屋から出ていき、扉を閉めた。

 龍田が完全に起きたのは、そこから数時間後の事だった。

同日 1000 佐川探偵事務所

 「ごめんなさい。」ここは佐川探偵事務所、その休憩室だ。くつろいでいると、龍田が入ってきて頭を下げた。恐らく今朝の事を言っているのだろう。「気にしなくても良い。あれは龍実が悪い。僕達は被害者だ。」そう言いながら、僕はコーヒーをすする。今日は4件の依頼を達成する予定だ。2件は東雲と田中先輩、剱田、江風、蕨田が行っている。後の2件を、僕と所長、それから貫田、イーラ、谷嶋、龍田であたる事に成っている。

 僕達の出発は1300ごろの予定だった。2つはあの立野ダムで、2つは紀伊川上流域(しかも陸路では入れない場所だ)で起こっている為距離があった。

 僕は、出発まで依頼内容を見て過ごす事にしていた。今回の依頼は、立野ダムを点検していた作業員の捜索。そして、先月から行方不明になった男子生徒の捜索だった。「それにしても、やっぱりあのダムは可笑しい。」「如何言う事。」「あそこは満月のとき、異世界と繋がる門が出来る。その場所は、毎回あの赤い鉄橋の真下だ。湖底に、何か有るかもしれないな。」僕はそう言って、机にコーヒーカップを置く。「おい、君達。今すぐ出発するぞ。」休憩室の扉が開けられ、所長の佐川涼子が声を掛けてきた。その声は明らかに焦りがあった。「何があったのですか。」「とにかく走れ。」僕は急いでエンジンの掛けてあるハイエースに乗り込み、助手席のFMラジオを起動した。運転席には、イーラがハンドルを握って待っていた。

〈緊急ニュースです、緊急ニュースです。本日9時50分ごろ、立野山にある立野ダムにて、大規模な爆発が発生しました。現在、周辺1㎞は立ち入り禁止状態です。警察は原因を調べていますが、原因は不明とのことです。繰り返します…〉

 後から乗り込んだ龍田と谷嶋は、その手にガリル小銃を5丁、所長は相変わらずラハティライフルをかついでいる。所長がトランクから乗り込んだ直後、イーラはアクセルをベタ踏み。その結果、車体は一気に前進。「イーラ、荒っぽい運転は止せッ。銃が壊れる。」「時間が無い、舌噛むな。」僅か25分、爆速のハイエースは立野ダムに到着。警察の張った規制線を引き千切り、前を塞いだパトカーを弾き飛ばした。「全員、ガリルはオーケー?」そう声を掛けたのは、龍田だった。彼女はホームセンターで購入した作業服を着込んでいる。その手に持った銃には、弾倉は装填されてはいなかった。だが、腰には予備弾倉が5つある。僕も、助手席からいつでも飛びだせるように銃を持った。「よし、もうすぐ立野大橋だ。ドリフトで止める。直後に全員で橋から飛び降りるぞ。爆発の原因はそこだ。」イーラはそう言って、急ブレーキをかけた。甲高いブレーキ音と共に、車体が横滑り。そして、完全に反転した時に停車した。停車位置は丁度立野大橋の真ん中だった。ドアを蹴破り、橋から飛び降りる。下を見ると、何か黒い物体が存在していた。風圧を全身に感じる。そして、ぶつかった時視界が変った。黒い何かは異界とこの世を繋ぐ門の様な物だったらしく、見える景色は全く違っていた。落下していくのは間違いないが、眼下に広がる景色は北海道の湿原だった。だが、人の気配は一切ない。(忠義、左目を貸せ。誰かいる。)今まで動かなかったもう一つの人格、忠正の声が木霊した。(分かった。所で、何故最近言わなかった。)(少し訳がある。後で話そう。)

 地上に降りた所で、僕は1人の男性を見つけた。「君、ここが何所だかわかるか。」彼はそう聞いて来たが、僕としては1つ目の依頼が早くも達成できたことに喜びを感じていた。「もう少ししたら仲間が来る。無事に家に帰れるぞ。」「有難う。」作業服を着た男性、井ノ山徹三は感謝の意を述べた。

 それから、あっさりと男子生徒の方も見つけ出したが、ここで不可解な情報を得る。「少女が洞窟に入ったまま出てこない。」「ああ、あそこに見えるだろ。あれだ。」そう言って、男子生徒“藤沢健三”は遠くの山を指さした。「本当にその場所に洞窟が。」「ああ。それで、確か巫女服を着て居た様な。」

 僕達は直ぐに彼らを元の世界に送り、その山を目指した。「イーラ、少しは落ち着け。」「時間が無い、急ぐよ。」徒歩で行けば時間がかかりすぎる為、箒に乗って飛行している。速度は時速100㎞以上。全員安全眼鏡を装備していた。

数分後、息も絶え絶え目的地に辿り着いた。「ここだな。総員、全武装自由使用を許可する。」所長がラハティライフルを構えて言った。洞窟の中には一つ、祠があった。大きさ自体はそう大きくない。目測で高さ1m、幅50㎝程度の、苔生した欠けのある物だ。だが、その祠から天の川が見えているのが異様だった。「よし、まず私から入る。君達は後から突入して欲しい。」所長がそう言って、祠に入った。僕は最後に突入したが、既に撃ち合いは始まっていた。

 巨大な鬼が3体、その後ろには形容し難い魑魅魍魎がいた。近くの物陰に身を潜め、銃を放つイーラ達。霊術の類は最後まで温存する為に、わざわざそれらを持ち込んだのだが、早くも予備弾薬が無くなろうとしていた。

 そして、巫女服を着た少女が1人、弾丸が飛び交う真下に倒れていた。「誰でもいい、救出対象を回収しろッ。」所長はそう言いながらラハティの引き金を引いているが、20㎜弾でも中々有効打を与えられない様だ。(忠義。身体を貸せ、妖怪の身体能力で有れば助けられる。)そう忠正が言い張るが、不可能だと思ってしまった。(もういい、眠れ。)

忠正のイラついた思考を感じた直後、視界は暗転した。

 さて、ここからは俺がやらせて貰うぞ。俺は左手でガリルを牽制で撃つ。セレクターはフルオート。軽快な発砲音と共に5.56㎜弾が銃口から吐き出された。右手では、頑丈なワイヤーロープとフックの付いた矢を小型のボウガンにセットする。

そして、ボウガンの引き金を引いた。それは放物線を描き、救出対象者を飛び越した。だが、それも予想済みだ。そのまま左手のみで手繰り寄せフックを引掛かける。そして、そのままずるずると手繰り寄せた。「貫田、すまんがこいつを頼む。」

俺は乱雑に少女を貫田に押し付けると、配下の木の葉天狗から刀を受け取る。鞘から雑に抜き、ガリルを木の葉天狗に渡した。

「さて、やるか。」

 まず一歩、前へと踏み出す。その途端に、鬼は下がった。「そんなに俺が恐ろしいか。俺からしたら、貴様らの方がよほど恐ろしいが。」そう言って、右手に握る刀を軽く振る。

 一体の鬼が、恐れに打ち勝つ様に飛び出した。だが、動きが単純すぎる。対人戦では最強だが、それは力で押しているからだ。

 だからこそ、動きを予想する等造作も無い事。振り下ろされた金棒を半身で避け、袈裟切り。鬼はそのまま地面に崩れ落ちた。「…帰ろうか。事務所に。」そう言ったのは所長だった。

彼女はライフルの引き金から手を離し、立ち上る。「後ろから襲うのは良いが、やった場合は分かるな。」俺は最後まで残り、全員が居なくなった後、そこに入った。

あの後無事現世に戻り(警官達はどうやら記憶を消されていたらしく、立野ダムに居た理由も分からないらしい。)事務所に無事帰還した。

 そして、その日の夜。「少し厄介な事が起こった。」僕ともう1人の人格である忠正は夢の中で会っていた。将棋盤を挟んで向かい合う。盤の近くには湯呑が置かれているだけで、駒は一つも置いていなかった。「貴様の血肉はもう、殆ど人間では無いと話したな。」忠正の声を聞き、僕は頷いた。

「確か、9割は妖怪の物だったか。残りの1割で、その9割を包んでいる。だから外見は人間のそれを維持したまま。以前にも話してくれたから、それは覚えている。」

 だが、忠正は悲痛な表情を浮かべて言った。「俺は今まで、妖怪としての割合がこれ以上増えない様にやってきたが、限界だ。何れこの身体は自壊する。」僕は他人事のように思いながら言った。「つまり、死ぬと言う事か。」忠正は肯定すると、言葉を紡ぐ。「そう言う事と捉えても構わない。だが、若しかしたら助かるかもしれない。とは言っても、それは禁に触れる事に成る。人体を魔術で生成するそれを使い、妖怪と人間とを分離させる。そして、それぞれをまた再構成する。」

「ホムンクルスを応用する、そう言いたい訳だな。だが、記憶の保持が完全に出来るか不安だが。」「その点に関しては大丈夫だ。何とかなる。」そして、僕の記憶はそこで途切れた。

2023年7月19日1100 県立立野高校図書室

 僕はその日、ある少女と再会した。終業式も終わり、生徒達は下校し始めている。だが、僕“有馬忠義”は図書室で過ごしていた。下宿先に帰る気に成れず、ただ適当に取った本を読んでいた。龍田七海はもう既に下校しているし、部活動のある生徒以外はここに残っていない。

 だから、僕の様に用も無く残っている生徒は珍しいのだ。本のページをめくり、文に目を通す。なんとなく手に取った本は、昔話が集められた物だった。東大寺の鬼の話や、そうめんに関する話等。射場兵庫が撃った一本足の話には、少し恐怖を感じたが。この手の話は、現在でも起こりうる話だからだ。存在は殆ど認知されてないが、この世界には霊力がある。この為に、嘘から出た誠が如く現実に起こるのだ。

 ページをめくろうと言う所で、誰かが声を掛けてきた。

「あの、すみません。少しお話が。」後ろからだったので、振り向いて声の主を見る。そこに居たのは、以前見た巫女服を着た少女だった。今は学生服に身を包み、鞄を手に持っている。

上履きの色を見て、前に居る人が1年生で有る事を知った。黒髪を肩に掛るほどに伸ばし、枯れ草色の虹彩が特徴的な人物だ。背の高さは150㎝前後だろう。何所か儚げな雰囲なのは、その体つきからだろうか。「あの時助けて頂いた方ですね。有難うございます。」そう言って頭を下げる少女。「…、すまない。恐らく人違いだ。」僕はそう言って再び視線を本に注いだ。

だが、相手は確信して話しかけたらしく食い下がる。「では、これを見ても同じ事が言えるのですか。」突き出したそれは、明らかに僕の身体の一部だった。具体的に言えば、妖怪化した時に生える羽のそれである。「君、それを何所で。」「君。ではありません。私には佐加井季子という立派な名前があります。これは家に帰った時、服についていた物です。」

 僕は一度本を閉じると、ため息を吐いた。長く、深いそれを吐いた後、僕は彼女に向き直る。「確かに、僕は君を助けた。その事は誰にも話して居ないな。」「はい。」間髪入れずに返事をされる。少し彼女から話を聞かなければならない。

 僕は鞄の中に入っているガラケーを取り出す。「それは。」「ガラケー。ガラパゴスケータイだ。小口径ライフル弾(5.56㎜)程度なら、3発まで耐えられる。」

そう言って、僕は事務所に電話を繋げた。[もしもし、こちらは佐川探偵事務所ですが。]電話から聞こえる声は、先輩である田中弘治の物だった。「有馬です。少し厄介な事が。」[了解した、今どこだ。]「県立立野高校です。」[分かった。直ぐに迎えを出す。例のあれから魔物の類が出現している。注意しろ。]「了解です。君、正門に行くよ。迎えが来る。」僕は直ぐに本を棚に仕舞うと、鞄を持って図書室を出る。佐加井は慌てた様に僕の後ろを付いて行った。「迎えって如何言う意味ですか、それに、私には名前が。」「すまないが、君が思っているよりも事態は悪化している。詳しい事は佐川探偵事務所で話す。脱出するぞ。」彼女の声を遮り、階段を下りながら言った。一階まで下りた時、それが目に入った。背の高さは1mほどの、耳が長い子供の様なそれ。それは僕の方を見た途端に、手に構えていた弓を引こうとした。その目には驕りの色があった。僕は術を発動させ、針を飛ばし息の根を絶った。「ひっ。」「足を止めるな。」怯えて固まっている佐加井の手を掴み、引き摺る様に歩く。

 靴を履き替え、正門まで向かった。何とか間に合ったが、どうやら時間は残されていない。黒い雲が湧きだし、地の底から唸るような声が聞こえていた。

だが、迎えは間に合ったらしい。田中先輩の姿が正門の近くに有った。「田中先輩ッ。車両は何所に。」「今回はヘリコだ。グラウンドに降りろ。」僕は話しかけると、先輩は着いてこいと言って走り出した。

 そして、グラウンドのそれが目に入る。「アメリカから買ったUH60だ。割と苦労したぞ。」黒色の中型ヘリコプターが、グラウンドのど真ん中を占拠していた。砂塵が巻き上げられ、視界を悪くしている。後ろに居る佐加井はその光景に圧倒されているらしい。僕達は階段を駆け下り、近くまで走る。そして、ドアから入りシートベルトを締める。「忠義、田中、女学生、席に着いたな。周囲の安全確認は。」操縦はイリーナ・アイゼンバークが行うらしく、ヘッドセットとヘルメットを被り操縦桿を握っていた。隣には所長“佐川涼子”が座っている。「異常なしです。」「よし、テイク・オフ。」2基のゼネラル・エレクトリックT700エンジンが唸りを上げ、機体を持ち上げた。高度200mで進路を北北東に、事務所まで飛行する。時速290㎞での飛行により、僅か20分足らずで到着。佐川探偵事務所は元々小学校だった。廃校に成った時、所長が購入。大改装を施し、佐川探偵事務所として再利用したのである。しかも、グラウンドはヘリポートに改修済みである。なお、格納庫は地下に存在している。

 ゆっくりと着地するブラックホーク。ローターが完全に止まり、所長がこちらを向いて言った。「地下会議室で説明する。準備は済んでいるから問題ない。」機から降り、所長とイーラはヘリをエレベーターまで運んだ。

 地上から地下会議室は、階段を下りなければ入れない。理由は、地下空間が堅牢な構造となっているのが原因だ。

まず、天井は計8mの鋼板と10mの張力付加鉄筋強化コンクリート製で有り、鋼板の種類は高張力鋼である。つまり、天井だけでも18mもの厚さがあるのだ。更に、壁と床も殆ど同様の構造である為爆破しても殆ど効果が無いとされている。また地下空間は、地上とは+0.5気圧加圧されている。この為、外気が核兵器等で汚染されても入らないのだ。

 「こんな真実は知りたくありませんでした。」そう言っているのは佐加井である。彼女はやや疲れた目で会議室を見回していた。「さて、全員集まったね。所属していない人もいるけど。」

そう言って所長は見回す。この場に居るのは佐川探偵事務所に所属している全員だった。学校から直ぐに家に帰ったと思っていた龍田も、友人と映画を見に行くと言っていた東雲兄妹もいた。蕨田譲は山城さん達と釣りに行くと言っていた。

貫田尚子と江風誠子、谷嶋風実は風景画を描くために新幹線に乗っていた筈だ。赤坂武雄、井狩礒、剱田多聞はカラオケに行っている筈。にもかかわらず全員がここに居た。

「数日前、異変を感じたから。全員に頭下げたのだよ。」

そう言った所長の顔には、疲弊の色があった。若しかしたら、徹夜をしてでもそれを行ったのだろうか。「目的は穴を消す。そうでもしなければ大変な事に成るからね。目的地は立野ダム。時間が無いからMI26でむかう。質問は。」そう言って、部屋を見渡す所長。疑問の声は出なかった。

 数十分後、僕達は再び立野ダムを訪れていた。とは言っても、穴を消すだけである。「よいせっと。」田中先輩がそう言っただけで、出現していた穴は消失した。「おお。」佐加井は声を上げて驚いている。僕はこの光景を見るのは4回目なので驚かなかった。「さて、帰るぞ。…あー所長。もう休業にしないか。」

「ダメです。不倫調査とかいろいろ依頼来ていますから。」「まじか。」

 再びヘリに乗り込み、事務所に戻る。今回の報酬は、日本術師協会から渡されるらしい。この為、金が渡されるのは1週間後だった。

午後からは田中先輩、所長、イーラが事務所を回すそうだ。


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