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探偵と妖怪  作者: 相模曹壱
第2章 立野山の三年
18/23

3年生になって

 1学期最初の放課後の学校は、浮ついた雰囲気がある。

それはここ県立立野高校でも同じだった。トランペットの音が聞こえ、射場からは鋭い弦音が鳴り響く。文芸部の活動拠点に成っている空き教室からは、楽しげな雑談の声が聞こえていた。

 僕“有馬忠義”はぼんやりと教室の窓から外を見ていた。

僅かに西に差した日の光が、何所か寂しげに校舎の中を照らしている。あの二学期以降、僕の名前は全校生徒に知られる事に成った。その為に、新聞部の部員にしつこく付きまとわれている。今朝も学校に着いた途端に囲まれた、異様だ。「もうそろそろ帰ろう。衛子さんも心配するだろうし。」隣に座っている女子生徒が声を掛けてきた。僕は視線を窓の外に向けたまま言った。「…もう少し、このままでいさせてくれ。」そう言うと、窓ガラスに映る女子生徒“龍田七海(たつたななみ)”は溜息をついた。久しぶりの学校だからか、彼女にも疲れが見える。普段は確りと桜色の組みひもで纏められた紅葉色がかった黒髪も、何所か草臥れている。青い龍田川を想起させる瞳も、疲弊の色が見えた。

 七海は、僕にとっては仕事仲間である。それ故、もう一つの関係を無くしたかった。彼女とは婚約者だ。

 周りに決められた物だが、少し強引すぎる様な気がした。確かに僕自身、このまま生きていけば独身で一生を終える事に成るとは薄々感じていたし、それに何所か生き急いで居た様な気もする。だから、結論を早期に出してしまったのだろう。自由気ままな1人旅をしてみたかったし、独りでしか出来ない事を経験しないまま歳をとるのは嫌だった。

だが、後悔した所でもう遅い。彼女と共に成長し、歳をとり、同じ墓に入れられるのだろう。そう過ごすのも良いが、直近の出来事も気がかりだった。最近行方不明者が増加している、若い女性が多いとの事だった。もし妖怪等が犯人なら、霊力の乱れがある筈だ。だが、今の所僕のもう1人の人格“忠正”からそのような報告は上がっていない。立ち上って軽く体を捻ると、関節からボキボキと音がした。「帰るか。」「判断が遅い。」体をほぐして言った後に、七海が鋭い突っ込みを入れた。鞄を肩に掛け、教室から廊下に出る。ここは本校舎の2階だからか、すぐに昇降口に着いた。

 だが、日常は崩れた。不意に刺激臭が漂ってくる。本能が警鐘を鳴らし、全身を硬直させた。(忠義、暫く身体を借りるぞ。)

頭の中に直接響く様に、僕のもう1つの人格が話しかけた。

最後に見えた景色は、2m以上ある牛頭の怪人が更衣室から現れた所だった。

 さて、忠義には暫く眠って貰う。ここからは、俺“忠正”の十八番だ。「龍田、奴は俺が始末する。事務所に連絡頼んだ。」

陰から出てきた手下の木の葉天狗から刀を受け取り、鞘から抜き放つ。右手に無造作に持ったそれは、造りが特殊だった。諸刃造りの、刺突にも十二分に使える様にしている。刀身は緩く弧を描き刃渡りは短く、60㎝前後だ。俗に言う小烏造の太刀である。

 牛頭の手には、西洋風の大剣が握られている。相手は力でつぶす心算らしく、がっちりと握りしめていた。ともすれば先手必勝。素早さで言えばこちらが上だ。軽く1歩踏み込み、2歩目で一気に加速する。相手は大剣を大げさに上段で構えた。

 しかし、動きはこちらが素早い。3歩目で確りと、だが柔らかく柄を両の手で握り、4歩目で奴の首目掛け刃を振るった。

その勢いで背後に回り、心臓を突く。更に逆袈裟へ繋げた。

 数瞬、残心。その後は布で汚れをふき取り、鞘に納める。「おい、見ているのは分かっている。姿を現せ。」そう言って、南館側の階段を睨んだ。出てきたのは、1人の気弱そうな女子生徒だった。伏せ目で、猫背。黒髪は顔の半分を隠し、陰気な雰囲気だった。「えっと…その。」女子生徒は弱弱しく声を上げる。僅かに見える目も、恐怖に支配されている様だった。

 ふと、俺の姿を思い出した。姿は明らかに人外のそれで、かつ刀を左手に持っているのだ。(忠義、後の交渉は任せた。俺の姿では無理だ。)そう思考し、忠義に身体の支配を返した。

 再び僕が意識を覚醒させると、目の前に居た筈の牛頭の化け物は消え、その代わりに陰気そうな女子生徒が顔を青くして僕の事を見ていた。「その、保健室、行くか。」そう言うと、気弱そうな女子生徒は激しく首を縦に振った。その時、必死に髪の毛にしがみつく蜥蜴が見えたのは気のせいではないだろう。

 保健室に着いた後、僕と七海は保険教諭と話をしていた。

相手が50位の人だったので、世間話に成ると止まらない。

「最近変な噂を聞いたのよ。」その言葉を聞き、心臓がひと際高く打つ。「その話、詳しく聞かせてください。」僕はそう言うと、龍田にハンドサインを送った。後ろで、七海がボイスレコーダーを起動した。「急にどうしたの。」「良いから話してください。お願いします。」僕はそう言って頭を下げる。先生はその様子を見て話した。「先週、私の妹の娘が大学に行ったきり帰っていないとか。」僕は直ぐに事務所に向う事を決めた。(忠義、今ベッドで寝ている女子生徒も連れて行った方が良いと思う。彼女の霊力は術師が使っているそれだ。)忠正の念が頭に響いた。僕はそれに肯定すると、どうやって彼女を事務所に連れて行こうか考える。

 その時、保健室の扉が開いた。「おう、ちょっと失礼するぜ。ここに貫田尚子が担ぎ込まれたと聞いたが間違いないか。」入ってきた人物は、七海とよく似た風貌をした人物だ。髪は鵜を想起させるオリーブがかった黒髪。これを項の辺りで黒いリボンを用いて纏めている。瞳の色は黄金色で、何所か神々しい物があった。「江風(かわかぜ)姉さん、何故ここに居るの。」「そりゃ、今年からここに通うからだよ。で、今はダチー貫田尚子を迎えに来た所だ。」そう言って無造作にカーテンを開け放つ江風。

そこには、身を震わせている女子生徒―貫田がいた。しかし、江風はそれに構うことなく貫田を抱き上げる。「取り敢えず、こいつに関して厄介な事情があるからな。有馬だったか。バイト先に電話して車を回してもらえ。」頭ごなしに命令されたが、龍田の知り合いなのだから大丈夫だろう。そう思い、ガラケーを取り出して先輩に電話する。「もしもし。田中先輩。」

[おう、どうした有馬。]「ちょっと車を立野高校まで回していただけますか。少し、いやかなり込み入った事態が発生しまして。」[分かった。直ぐに向うから荷物をまとめておけ。]

 それきり電話は切れたが、素早く準備を行った。それから1時間後、田中先輩こと“田中弘治”は大型のワンボックスに乗ってやってきた。「有馬、込み入った事情とは何だ。」校門近くに止めたワンボックスの近くに佇む田中先輩が、大声でこちらに問い掛けた。助手席にはイリーナ・アイゼンバーク(以下は略称イーラで記す)の姿も見える。

 僕はそれに小走りで近付き、耳元で言った。「近頃、女性だけがやけに行方不明に成っている事例が相次いでいるだろう。それの原因が解明できるかもしれない。」その発言に田中先輩は目の色を変えた。「なるほど。分かった。早く乗ってくれ。所長が待っている。」後部扉が開くと、僕は直ぐに乗り込んだ。

「さて、乗るぞ貫田。」暴れる貫田を江風が押しこみ、最後に七海が扉を閉めた。

 ここから1時間。僕達は車に揺られて事務所に向う。だが、貫田は絞首台に上った死刑囚の様な顔をしていたらしい。

同日1500 佐川探偵事務所 応接室

 僕“有馬忠義”は1度心を落ち着ける為に、机の上に置かれたコーヒーを飲む。ブラックの、うま味と苦みのあるそれをぐっと煽った。「うーん、君、もう少し寄ってきて。」「えっと、その、あんまりじろじろ見ないでください。」左側で繰り広げられる光景から意識を逸らす。イーラが好奇心の塊である事を、僕は目の前の光景から学んだ。右側では旧友との再会なのか、ずっと駄弁っている2人を見る。「でさー。尚子がドジ踏んで涙目に成って助けを求めてきた時は如何しようか悩んだけど、結局助けたよ。まあのまま放置しても良かったけど。」「江風姉さんは如何してそういう事しかしないのだか。」「お、言う様になったな。」右は右で過去を懐かしむ会話だ。名前から分かっていたが。

 少しして、全員が落ち着いた頃。所長がやおら立ち上がって、全員に話しかけた。「すまないが、2人には色々と話して欲しい事がある。」すると、江風の方は割と率直に応じた。「じゃあ私からだな。私は江風誠子、龍田と同じ付喪神だ。本体は江風型駆逐艦1番艦“江風”だ。よろしく。」その後に続いて、遠慮がちではあるが貫田も応じた。「…貫田尚子です。在る事情からこの姿に成りました。若しかしたら、今後ここで働く事に成るかも、です。」僕は応接室に置かれたホワイトボードにペンを走らせる。事前に知り得ていた情報も補填して書きだしていく。「すまない、有馬。」そう言って、所長―佐川涼子(さかわりょうこ)はメモ帳を取り出してこめかみを揉みほぐす様に指を動かした。

数分後、今までに明らかに成った情報全てが書きだされた。「すまん、所長。俺の目が可笑しく成ったのか。」「私だって、これを真実と認めたくない。」言葉を交わしているのは、所長と田中弘治(たなかこうじ)だ。ホワイトボードに書かれた情報の中で重要な物を書きだす。

・貫田さんは来るべき異世界の人外たちとの戦争に備えるため、強力な魔術を使えるようになった。代償で性別が反転した。

・江風は軍艦の付喪神であり、本体は江風型駆逐艦1番艦江風である。ちなみに、龍田とは従姉妹の様な関係である。

・なお、江風の話によると他にも妖怪等が複数1年生として県立立野高校に入学している。

 まったくもって複雑怪奇であった。唯でさえ県立立野高校は霊力が溜まりやすい場所だ。最悪は霊力が許容量を超えるだろう。そうなった場合、皆目見当もつかないが、異界と繋がる可能性が有った。「所長。取り敢えず、術使いを他校に転学させる事は出来ますか。」そう言って所長の方を見たが、首を横に振った。「ダメだ。術使いは成るべく同じ場所に集中させよう。管理も容易だからな。」そう言って、メモ用紙に目線を落とす所長。「なあ、一つ提案だが。」そう言ったのは田中先輩だ。

「有馬の下宿先に全員を集めると言うのはどうだ。これで有れば、ある程度の一元管理が出来る。それに、術師が拉致されるのは相当の事態だ。」そう言って、この部屋の中に居る全員を見る。彼の眼に映る景色は、僕のそれとは違う様だった。

 「ちょっと待った。それについてはもう既に対策済みだ。」

声を上げたのは先ほどまで龍田と駄弁っていた江風だ。

「その術の使える連中は全員私の所で生活している。まあ、付喪神―特に海軍艦艇の同窓会みたいな組織が管理している古民家ではあるが、ただの家よりかは安全だぞ。」そう言うと、彼女は取ってつけた様に言った。「術を使える連中はここをバイト先に決めているらしいぞ。」そう言った後、再び龍田と駄弁り始める。

 僕は田中先輩の所まで歩くと、目の前に座った。「田中先輩。大丈夫ですか。」そう問いかけると、ぐったりとした声で答えた。「大丈夫じゃない。性別が反転とかふざけやがって。」

そう愚痴を言ったが、それでどうにかなる問題では無い。僕と田中先輩は、そろってため息を付いた。外を見ると、西日が町を鮮やかに照らしている所だった。「なあ、有馬。」不意に田中先輩が口を開く。「あいつ等は、恐らく時代を変えるぞ。解らないが、そう予感できる。後5年もすれば、常識は変わる。

俺みたいなのは、もう引退すべきだろうな。」僕はその発言に驚いた。未だに最強の称号を持つ田中先輩がその様な事を言うとは思わなかったからだ。「そう、ですか。だとしても、培ってきた経験に勝るものは無いでしょう。まだまだ頼りにしますよ。」「おう。何時でも頼れ。俺は後進の育成に集中する。」

 それから数時間ほどは、それぞれで情報が交換された。貫田曰く、彼女は来るべき異世界との戦争に備えてこの力を手に入れたらしい。そして、見た牛頭はその先遣隊だ。江風は、情報収集のために学校に入学したらしい。七海の定時報告が暫く無かったのが原因だそうだ。

 七海は江風からその事を聞き、僅かに表情を曇らせる。「龍田、余りに気に病むな。私達が人型を取った理由には、恐らく人としての幸せを知る為だろう。気にしなくても良い。…すまないが私はここでお暇させて頂く。次会うときはなにかしらの依頼が入った時だ。じゃあな。」江風はそう言って応接室を後にした。

 僕は、七海に声を掛ける。「僕達も帰ろうか。いい加減帰らないと、衛子さんが怒るだろうから。では、僕達はこれで。」

 そう言って、応接室を後にした。「ねえ有馬。今日の事は話さなくても良かったの。」「あれか。それで有ればもう既に忠正が使い魔を通じて付けてくれたよ。今の内から使い魔を駆使して駆逐しろだ。」「忙しくなるな。応援呼ぶか。」「そうだな。今回は長丁場に成るだろうな。今回は術師協会も全面的に支援するそうだから。何とかなると思う。」「それを人慢心言う。」

「やめんか。」


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