青木ヶ原ガス爆発事故(一般呼称)
9月23日 0220 立野大橋
そして10日後、今度は龍田も着いて来た。時刻は同じ2時半。今度は5人で行く。
僕、田中先輩、七海、蕨田ともう1人。
その人物は、明智光秀だった。何故戦国時代の人がいるのか。
それは田中さんのある提案から始まった。
“なあ、近接戦に特化した奴を知っているのだが、次から連れてきていいか。”
そう言ってきたので、僕たちはその提案に乗った。
結果が明智光秀の召喚である。当人も驚いていたし、僕達も驚いた。何せあの明智光秀である。誰も予測できなかった。
霊体では何も出来ないので、ロボットに憑依させている。
一切のぬかりはない。10日前と同じようにダムに飛びこみ、異世界に転移。
僕たちは走ってイーラの家に向かった。扉を叩き、中に入る。
「お邪魔します。」そう言って入ると、中には13人の魔術師がいた。「待っていたよ、アリマ、タナカ。まあ座りなさい。」
僕たちは指定された席に座る。席順はイーラに一番近い椅子に僕、その隣に龍田、田中さんと続いて、最後に光秀の順である。「さて、私も含めて知っているとは思うが、彼らの世界である事象が発生しようとしている。それが起きた場合、我々の世界にも重大な影響が出る。それは彼、コウジ・タナカに説明してもらう。」そう言ってきたイーラは、彼に目を合わせた。「分かりました。皆さん、紹介に預かりました田中弘治です。」彼は元々、霊術研究者だ。彼の説明なら分かる筈だ。「まず、我々がいた世界とこの世界は別次元の物です。」彼はそう言って、用意された黒板にチョークを走らせる。Aと言うさいころと、Bと言うさいころを書いた。「まず、この世界をさいころのAと仮定しましょう。すると、我々がいた世界はBと説明する事が出来ます。また、ここで有る条件を足します。」そう言って再びチョークを走らせる。X=Yの式だった。「このXYの値は霊力、そちらで言う所のマナです。この2つの値を足して2で割った物が、それぞれの世界のマナの総量です。」更にチョークを走らせた。X<Y、X>Yを書き、マナの流れを矢印で示す。「しかし、時折このバランスが崩れる事があります。その時に、こうして異世界にマナが流れ込むのです。同時に、片方ではマナが流出します。これが、様々な異変を引き起こすのです。とは言え、これはマナの濃度が均一に成ろうとしているだけで、異変でも何でもないのですが。これは、大規模な術が発動する事でも発生します。」彼はそう言った後、ぐるりと見回した。「これが、今から1ヵ月以内に起こる異変の全体像です。」
その説明には疑問が残った。何故世界をさいころに例えたのかという疑問。「それでは、何故世界をさいころに例えたのですか?平面でも十分だったのでは。」座っていた1人の魔術師から質問が飛ぶ。「それについてですが、我々が異世界と呼称している物のほかに、異界の存在が確認されている為です。」
異界と異世界の相違点は、さいころでなければ説明が付かないからだ。「異界と異世界の違いは単純です。この図でも説明したとおり、さいころによって説明できます。
まず、異世界はさいころが2つある。この内のAから見たBのさいころが異世界に成ります。しかし、同じさいころの1の面から見た2の面。それが異界なのです。」
質問した魔術師は納得していた。この後は報酬の話等で、全て日本術師協会に丸投げと成った。
そして彼らが地球世界に来るのが、1週間後の9月30日に決まった。それまでに、諸機関との調整に追われる事に成る。
♢
同年9月29日 1000 県立立野高校 2‐6教室
東京行きまで、あと数日に迫っている。
1週間ほど前に文化祭が有り、そこでちょっとした事件が有ったとしても、学校は普通に有る。
この教室では、生物基礎の授業が行われていた。シャープペンシルを大学ノートに走らせ、板書を書き写す。
もう9月の終わりか。ぼんやりと窓の外を眺める。不意に目が止まった、それは一羽の烏である。それは妙に人間くさい眼差しでこちらを見ていた。
「これで、授業を終わります。有難うございました。」
気が付けば授業が終わっていた。休み時間に入った教室を、ざわめきが支配する。カツカツと、窓が叩かれた。そこには、あの烏がいた。足には、何か銀色の筒が括りつけられている。僕は窓を開けると、その筒を取り外した。
カァ、と1鳴きすると、その烏は山の森に消えて行った。
手元に有る筒には、継ぎ目の様な物があった。右端と左端を持ち、引っ張る。すると、紙が出てきた。
それには、びっしりと文字が書かれている。内容を読み進める内に、手の震えが出てくる。「忠義、如何した?何か有ったのか。」龍田の声で我に返ると、僕はガラケーを取りだした。メールを起動し、メッセージを打ち込む。
送信先、田中弘治。
“今日、鞍馬山より烏が来ました。こちらに送られた文書によると、我々に5名の増援を送るとの事です。日本術師協会との調整をお願いします。“
♢
同年10月3日 0900 東京 市ヶ谷
僕たちは今、東京の市ヶ谷に居る。時刻は午前9時。
学生たちは学校に居る筈だが、僕たちは違った。
今日が修学旅行2日目だからである。1日目は移動に費やされ、本格的な行動開始は今日からだった。
東京に来てから、2日が経つ。しかし、状況は始まらない。
「本当に、それが起こるのか。アリマ。」
イーラが僕に問う。現地集合で有った為、案内人は奈良から付きっきりだった。「間違いなく。」ふと、空を見る。いつもと変わらない、秋晴れの空。ここ東京でも同じだった。
しかし、刹那のうちに黒い墨を流したように、空の色は漆黒へと変わっていった。
「もしもし、…はい、分かりました。君たち、状況開始だ。連中は魔獣を召喚し、箱根山から東京を目指している。更に、太平洋上に複数のリヴァサイアン、シーサーペントが確認された。」
田中先輩が、淡々と説明した。「我々は今から横須賀に向かい、リヴァサイアン、シーサーペントの迎撃を行う。総員、移動を開始せよ。」僕たちは直ぐに横須賀行きの列車に乗った。
しかし、途中で連絡が入ったらしい。「…君たち、目的地変更だ。青木が原に向かう。そこの奥地で、大陸の術師たちが古龍を復活させようとしている。あれが暴れ出したら、日本は消えるぞ。」
皆、息を呑む。古龍。僕はその存在を、人伝で聞いた。
曰く、平安時代、安部清明含む術師達が討伐できなかった存在。
曰く、1か所だけの封印では僅か数秒でそれを破壊する。この為、全国の国分寺等に結界が存在する。
曰く、田中先輩ですらも封印するのが限界。
これだけでも相当な強さで有る。田中先輩はこの21世紀に入ってから現れた術師の中でも、最強の称号を持っている。その人物ですらも手を引くほど強いのだ。古龍の外観は青龍だが、色が違う。鋼色の鱗を持ち、吐く息で生きとし生けるもの全てが死ぬ。その危険性ゆえに、青木が原に封印された。そして、この日本各地に封印されている龍の親玉でもある。それが復活したら、東アジア全体に甚大な被害をもたらす事は想像に難くない。「横須賀は、大丈夫なのですか。」そう質問したのは、東雲貞夫である。彼が心配しているその地だが、何も問題なかった。「東京湾は私のお友達が守っているから大丈夫。彼らは精鋭中の精鋭だから、何も問題ない。」龍田が、全てを見通しているかのように言う。「私の仲間は、かつての大戦を経験した兵ばかりだ。それに、あいつ等にも帝国海軍としての責務がある。」
彼女は続けて言った。
「それはこの国の、ひいては世界の平和の為に動く事だ。もう2度と、あの悲劇を繰り返さない為に。」
遠くの方から、ヘリコのローター音が聞こえてきた。「どうやら、迎えが来たみたいだ。次の駅で降りるぞ。」そう言ったのは龍田だった。彼女の顔には、呆れと懐かしさがあった。
♢
この時箱根に転進したのが鞍馬山から来た天狗10体、及びイリーナ・アーゼンバークの知り合い13名である。
彼らの活躍は別の所で語る事に成るだろう。
♢
そして、その駅に着いた時。それが着陸した。
「デカイ…!これでアオキガハラに向かうのか!」イーラはそう言って目を輝かせている。周りにいた魔術師たちも同じように見ている。機種はMI26。全長は40mを超え、全高も8m以上ある。更に、最大で56tもの貨物を輸送可能なのだ。デカイ以外の感想が浮かばないのは当り前だろう。「時間が無い!早く乗れェー!」後部ランプドアから叫ぶ人影は、僕のよく知る人の物だった。「山城さん!何故あなたがここに!」彼は確か、仕事の出張で愛知まで行っていた筈だ。機体に乗り込んだ後、山城さんから説明を受けた。現在、青木が原の防衛は数名の術師と付喪神によって行われている事。そして、封印を破壊される事は時間の問題である事も。
数分後、青木原上空に着。地上は火、水、氷が乱舞していた。
「着陸は不可能か!」山城が操縦士に言った。「ダメです!あの弾幕の中をノロノロ飛んでいたら蜂の巣です!この為、皆さんは後部ランプドアから飛び降りてください!その為にパラシュートを用意しておきました!」無茶苦茶である。しかし、やらなければ為らない。
パラシュートでの降下は、空中ではいい的だ。僕は七海を横抱きにしてランプドアから飛び降りた。手に持った箒に跨り、飛行を開始する。「お、アリマ!君もそれを使ったか!流石だ!」そう言ってきたのは、イーラだった。彼女の後ろにしがみ付いて居たのは蕨田だった。如何やら2人して飛び降りたらしい。
「取り敢えず、地面に降りて状況を確認しましょう。」
そう言い、一気に降下する。それを追うイーラ。そして、地面から僅か50㎝まで降下した。速度を落とさず、逆に上げる。(忠正、付喪神は何所に居る?)そう念じると、答えは直ぐに返ってきた。(12時の方向。数は7。恐らく軍艦と思われる。)
確かに、7人のそれらしき人影が見えた。それぞれ打刀を構え、迫って来る攻撃を切り捨てている。それらが撃ち出された元には、黒い服を着た人間がいた。
「縛!」
僕はそいつらに向け、叫ぶ。結果は最高の物だった。地面から細い針が伸び、黒服を拘束したのである。「君たち、すまないが状況を説明してくれ。」僕は彼らにこう言ったが、刀を構えたまま距離を取られる。容姿は似通っており、服装だけで判断しなければならない。3人は16歳ぐらいで、他の4人は18ぐらいに見えた。なお、全員黒髪の鳶目だと補足しておく。「お、そこに居るのは武勲7艦衆の皆さん。お疲れさまです。」そう声を掛けたのは、蕨田だった。「武勲7艦衆?それは何だ。」イーラがそう問いかける。「説明すると、特Ⅲ型の暁、特Ⅱ型の綾波、白露型の夕立、そして妙高型の妙高、那智、足柄、羽黒の4姉妹。彼らをひっくるめて武勲7艦衆と呼んでいる。彼らがここに居ると言う事は、私たちは勝ったも同じだ。」再び彼らの方を見ると、今度は顔を真っ赤にして俯いている。「龍田、その呼び方はやめてくれ。」そう言ったのは黒髪を短く刈り込み、臙脂色の作業服を着た18ぐらいの男性だった。恐らく妙高型の1人だろう。
しかし、ここは戦場で有る。火球が草陰から飛来した。僕は式を発動させ、その攻撃を逸らす。その直後、発砲音。「お前ら、ここは仲良く談笑する場所では無い。引き締めろ!」そう言って現れたのは田中先輩だった。その手に持つ銃口からは硝煙が昇っている。
トンプソン・アンコール。それが銃の名前だ。いや、こう言った方が分かりやすい。コンテンダー。ハンター用に開発された単発式の拳銃。この銃の真価はカスタマイズの種類の豊富さに有る。銃身を交換すれば、大威力の12.7㎜弾を放てる。精密射撃で有れば、5.56㎜の減装弾を使えば良い。更に用途に応じた改造が瞬時に行える。銃身がマイナスドライバー1本で取り外し可能だからだ。
なお、今回使用する銃器は全て龍田のお友達からプレゼントされた物である。「君たちが、協会の応援で間違いないな!」田中先輩の持っている銃に関する説明を思い出していると、声を掛けられた。声の主は狩衣を纏い、太刀を佩いていた。背の高さは高く、1m70㎝はあるだろうか。顔は精悍な物で、北海を往く尾白鷲の様だった。「土御門!君がここの指揮をとっているのか!」田中先輩が大声で問いかけると、その男は首を縦に振った。「応!俺がここの指揮を取っている土御門彰三だ!」そう言った男は矢継ぎ早に指示を飛ばした。「君たち7人は古龍結界付近の防衛を頼む!次に、そこの3人は遊撃だ!田中は俺に付いてこい!」
どうやら、僕と七海、イーラは遊撃らしい。「好き勝手に暴れろと言う事か。面白い。」イーラはにやりと笑った。龍田は両脇に25㎜連装機銃と7.7㎜機銃を浮遊させ、試射を行っている。元が軍艦だからなのだろう、船だった時の武装は召喚して使える様だった。箒に跨ると、龍田は徐に座ってきた。僕は彼女の体を抱えた。「私は7.7㎜で攻撃する。忠義は箒の操作に専念してくれ。」そう言った後、真っ直ぐに前を向いた。
「全ては国家の為に!」そう言って突撃してきた男に、7.7㎜を浴びせる龍田。全身にゴム弾を受け、ばたりと倒れる。「イーラ、回収頼む!」「応、任せなさい!」遊撃開始から10分、未だに封印は解かれていない。更なる増援が来るまで耐えれば、こちらの勝ちである。
しかし、限界だった。「龍田、弾は後いくつ残っている!霊力が心もとない!」「残り…100発!でも私の霊力が底を尽きそうだ!」「同じく、マナ…いや霊力が不味い!早く終わってくれ!」だが、イーラの方はそうでも無い。彼女はただの人間である為、霊力が底を尽きかけている。龍田も同じく、余裕はない様だ。僕は半分妖怪の為か、僅かに余裕がある。
しかし、最悪の事が起こった。「古龍の封印が解けた!地下から出てくるぞ!」地面が割れ、土埃が上がる。「嘘だろ…。」誰かが言った。視線の先には、全長が1㎞を超えている大きな龍が見える。鋼色の鱗を煌めかせ、全身を伸ばしていた。
そして、特大の咆哮を放った。「っ!全員、あの蛇に攻撃を打ち込め!」そう言ったのは土御門だった。だが、あの巨体では並の攻撃は通らない。(忠義、右目を借りるぞ!)忠正の念が頭に響く。彼が何をしようとしているのか、見当も付かなかったが、任せる事にした。
始まった攻撃は、全力だった。「“火業符”“水業符”!」田中先輩の声と共に放たれた札は、水と火を纏い飛翔した。
古龍に着弾した途端、爆発が起きる。水蒸気爆発を起こしたのだろう。だが、傷ついていない。(解析が終わった!奴の体の後ろ半分は張りぼてだ!引き剝さない限り、有効なダメージは与えられない!)忠正から報告が入ったのは、総攻撃から僅か1分の事だった。「…僕に考えがあります。イーラ、頼んだ。」そう言った後、僕は龍田をイーラに押し付けた。「奴の後ろ半分は張りぼてです。それに、奴の表面を覆っているのはただの鱗ではない。僕が式を使って丸裸にします。巻き込まれないように距離を取ってください。」「待って、お願い!1人にしないで!」
すまない、これは1人でしか出来ない事だ。
心の中で謝罪し、飛翔する。一気に近づき、式を組む。
♢
私はただあの人の姿を見る事しかできなかった。
「お前、あいつの婚約者だよな。」
後ろからそう声がかかった。声の主は異世界から来た魔術師のイリーナ・アーゼンバークだった。
私は振り向いたが、ぱちん、という音と共に視界が左に振られた。
数秒後、胸倉を掴まれると同時に、イリーナさんに頬を平手打ちされたことを理解した。
「悲劇のヒロインぶってんじゃないよ!なあ、お前の覚悟はそんなもんじゃないだろ!」
がなり立てるイリーナさん。私はその目をそらす事が出来なかった。
「お前には力があるんだろ!だったら婚約者の為にその力を揮え!ただここでじっと見守るのはお前の矜持に反するはずだ!」
そうだ、私は忠義を護りたい。
なら、やるしかなかった。
「イリーナさん。ありがとうございます。」
私はそう言って、イリーナさんに提案した。
「へぇ、面白いじゃないか。乗れ。」
私は本体に装備されていた25mm連装機関砲2基、及び7.7mm機関銃2基を周辺に召喚した。
その状態で、イリーナさんの箒に乗せてもらう。
さて、あの人のためにやりますか。
私は確りと目標である古龍を見据えた。
♢
相手の後ろ半分を切り離すためには、恐らく相当の力が必要になるだろう。固有霊術しか使えなくなった僕だが、やれるだけの事はする。上空から、何かが古龍めがけて急降下してきた。それは、イーラと龍田を乗せた箒だった。
あいつ等に引かれている間に、式を完成させる。七海が放ったのは25㎜連装機銃2基と7.7㎜機銃2基だ。
6条もの火線が奴の頭部に突き刺さる。遅れて発砲音が轟く。
命中させた後は、一気に上昇し、攻撃態勢に入る。古龍が彼女達を睨んだ。大口を開け、放とうとする古龍。だが、地上からの攻撃で意識を逸らされる。急がなければ成らないが、冷静に式を書く。そして、書き切った時に発動させた。
結果は十分すぎた。後ろ半分は地面に落ち、前半分だけに成った身体は、地面を跳ねている。「タダマサ、君は一体どんな魔法を使った!」イーラが大声でそう問いかけてくる。これに僕は大声で返す。「魔法じゃない、式だ!」改めて古龍を見る。その姿はまるでツチノコみたいだった。鋼色の鱗は落ち、本来の赤茶けた鱗が見える。その上で何より驚いたのは、小さな前足と後足がある事だ。
だが、あの形態に成ってからが本気みたいだった。一度動きを落ち着けたかと思うと、口からは蒼炎を吐き、尾からは風刃を放つ。青木が原の一部が、焦土と化し始めている。
これは討伐しか選択肢は無くなった。だが、未だに本体に傷一つ付いていない。如何するべきかと思っていると、爆音が轟いた。「勝手は、許しません!」声は空を飛んでいる僕にも聞こえたのだ、相当な大きさである。
地上を見ると複数の車両がこちらに向かってきた。中には10tトラックの姿もある。僕は地上に降りると、先に降りていた龍田の傍に向かう。「仕事が早いね、夕張達は。」七海が微笑んでいる。つまり、彼らがお友達か。
その間にも、続々と到着する車両。「よし、武装の展開を始めてください!」現場の指揮を取っているのは、詰袖に身を包んだ人物だった。彼は一通り指示を飛ばすと、僕達の方に歩み寄って来る。「皆さんの支援をする三日月です。」彼はそう言って頭を下げる。僕達も「よろしくお願いします。」と言って頭を下げた。「所で、今回運んできた武器は?」質問したのは所長だった。「今回の武器に付いてですが、こちらを。」見せてきた書類には、びっしりと武器が書かれていた。
大口径砲及び機関砲。
12.7㎝連装高角砲×10。25㎜3連装機銃×5。40㎜連装機銃×30。12㎝30連装噴進砲×15。20㎝単装砲×10。12.7㎜機銃×40。…
備考、各兵装に予備砲身を最低10ダース以上用意する事。予備弾薬は100ダース程度確保するべし。
携帯武器。
12.7㎝無反動砲。20㎜対物ライフル(ラハティL39)。
7.62㎜弾使用自動小銃(Vz58)。ガリル自動小銃。
38年式歩兵銃改造型自動小銃。12.7㎝迫撃砲。…
目を通していく内に、段々と視界が狭く成って行く。「あと、連合航空戦隊からの支援空爆も何時でも出来ます。連中張り切っていますよ。」その数秒後、またも爆音が轟いた。「あー、扶桑と山城、張り切っていますね。」三日月が苦笑いした。どうやら友人たちが張り切り過ぎているらしく、威力過多らしかった。「各種兵器、準備完了しました。何時でも使用可能です。」「よろしい、砲撃開始!」お友達による支援砲撃が始まった。始めに撃たれたのは12.7㎝砲である。なお、この時点で35.6㎝砲弾が48発程度命中していた。「弾着、今!」観測手の声と同時に、着弾音が響く。結果は、全弾命中だ。「緒元値据え置き、一斉射ァ!機銃撃ちまくれ!」次弾装填は完了しており、砲弾は放たれた。またも命中。気が付くと、古龍は地面に潜り始めていた。古龍の方を見ると、頭の鱗が割れている。そして、目には涙が浮かんでいた。「奴は逃げる気だ!何としてでも息の根を止めろ!」
僕はこう思った。(なあ、忠正。怖くて逃げていると思うが。)(ああ、そうだな。恐らく再起するつもりも無いだろう。止めるか?)(いやでも、もし再起を図ろうと地下に潜っていたら。)考え続ける僕と忠正。
「ヤメロヨ…、ヤメロヨォー!」そんな声が聞こえてきたのは、考え始めてから2分が経った頃だった。そして、大きな白煙が辺りを支配する。「砲撃止め!砲撃止め!」騒がしくなるトラックの周辺。
砲撃は止み、古龍を解放した術師たちも何事かとトラックの荷台から顔を出している。全員の視線の先には、古龍ではなく頭を押さえて泣き叫ぶ少女の姿があった。(忠義、あれは何だ?何が起こった?古龍は何所に消えた?)(いや、俺でもさっぱり分からない。)僕も野次馬精神で少女の元に向かう。傍に居た七海は、鞄の中身を確認しながら付いて来た。肩掛け鞄の中には、応急処置セットとカロリーメイト、それからチオビタドリンク、菓子パンが1つ入っていた。未だに大声を上げて泣く少女。それを遠巻きに見る術師たち。
人垣を掻き分け進む僕と七海。周りの大量の大砲や機関銃は、少女の方に向けられている。傍から見たら混沌とした光景だ。
漸く少女の元に辿り着いた時、10分が経過していた。この時に、少女の姿をはっきりと見た。赤茶けた髪は僅かながら焦げ、服はボロボロ。目は浅葱色で、澄んだ泉を思わせている。その雰囲気は精悍な物があった。
「取り敢えず君、これでも食べて落ち着きなさい。」そう言って菓子パンと野菜ジュースを渡す。七海はハンカチで少女の涙を拭っていた。「何故君は泣いているの?お姉さんが聞いてあげるから。」七海が優しく言う。しゃくり上げながら少女は言った。「何度も止めろと言ったのに、でも。」その後はギャン泣きで有る。後に関係者の1人が語った。“あの泣き声をおさめるのが、1番大変だった。”
♢
同年10月7日 1000 県立立野高校
あれから早3日が過ぎた。僕は今、いつもの様に授業を受けている。あの日から数日後、報酬を取った。ずっしりと重たい茶封筒には、150万円が入っていた。当然銀行口座に振り込んだ。現金のまま所有するのは、危険すぎるからだ。あの日の事は、当事者以外は知らない。だが、当然だと思う。あれが失敗していたら、日本はおろかアジア全体に甚大な被害をもたらしたと言っても信じないだろう。シャープペンシルを大学ノートに走らせ、板書を書く。最近の変化で大きいのは、山城さんに養子が来た事だろう。その正体はあの古龍だが、今は大人しくしている。名前は龍実に成ったそうだ。
そして、体育祭は何故か中止に成った。これが知らされたのが、つい昨日の事である。なんでも、生徒会のメンバーが軒並み蒸発したらしい。はっきり言って異常だが、日本術師協会が動いている。そこがなんとかしてくれるだろう。




